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先輩と帰りみち
「ブレせんぱーい!」
テスト前で部活がないから、一緒に帰るために二年の教室にやって来た。
「あれ?」
ガラリと扉を開けた先に、先輩の姿がない。すかさずスマホを取り出し確認する。終わったら教室に行くという、俺のメッセージはちゃんとある。先輩からの了解の返事も来ているし、日付も間違いない。
きょろきょろと教室内を見渡せば、窓際の後ろの席に見慣れたカバンを見つけた。帰ってはいないようで、よかった。
「ブレくん、先生に呼ばれてたわよ」
「そうなんだ」
「すぐ戻ってくるんじゃない?」
「あ、トワくんもこのお菓子食べる?」
入口近くの机でお菓子を囲みながら、先輩のクラスメイトである彼女達が教えてくれた。返事をするように俺の腹が鳴ったので、遠慮なくいただくことにした。あ、これって新商品のやつだ。食べてみたかったからラッキー。
先輩のクラスメイトは、俺がこの教室にやってくるとなにかとお菓子をくれる。しかもトワくん可愛いからあげる、ブレくんと一緒に食べなよと言って。ありがたく受け取り、おいしくいただくばかりだ。
「ありがと、先輩!」
手のひらに乗せられたいくつものお菓子に喜び、笑顔で伝えたらおまけだよともうひとつ増えた。
ブレ先輩と分けたいお菓子は別にする。これは甘くなさそうだし、一緒に食べてくれたらいいな。そんなことを考えながら、お菓子を手に先輩の席に座る。待つならここがいい。
頬杖をついて前を向けば、たくさんの机の奥に黒板が見える。いつもここで授業を受ける姿を想像し、頬がだらしなく緩む。まじめな表情で、ノートに書き込む姿は絶対かっこいい。部活の時とはまた違う、かっこいい姿が見られないのは残念だ。
次に横へと視線をやる。どの部活も休みのため、ひと気のない校庭が見える。これは体育の時に外から見上げたら、先輩を見つけられるかもしれない。今度試してみよう。
そしてお菓子の封を切り、口に入れたら広がる甘みに顔が綻ぶ。口の中で転がしながら、興味から机の中に手を突っ込む。ノートが数冊と、シンプルなペンケースのみできっちり片付いている。
一冊のノートを取り出し、パラパラと捲った。きれいな字でまとめられたページを目にして、先輩は頭いいんだよなあとぼんやり思う。なんで俺に付き合ってくれるんだろうと考えてしまうくらい、俺の成績はそんなによくない。先輩のシャーペンを使ったら、よくならないかな。貰えたら嬉しくてやる気は出そうだ、今度聞いてみよう。
「トワくん待ってるよ」
先程お菓子を貰った先輩の声に顔を上げたら、ちょうど扉を開けたブレ先輩がいた。彼女たちと一言二言交わし、まっすぐこちらに向かってくる。だから俺はがたんと音が立つくらい、勢いよく立ち上がり先輩を迎える。やっぱり俺、普段の先輩の顔も好きだな。
本当は今すぐにでも抱きつきたいが、ひと目があるのでぐっとこらえた。今から俺の家に行き、勉強を見てもらう約束をしている。それまでの我慢なのだから。
「待たせて悪かったな」
「大丈夫! 先輩、行こう」
待っている時間も案外楽しかった。面倒を見てもらう科目を確認しながら、残ったお菓子をカバンに詰め、先輩の後ろを付いていく。通りすがりにいまだ雑談をしている彼女たちに、お礼と一緒に手を振った。
「さっきのお菓子おいしかった!」
「一緒に帰るんだ、バイバーイ」
「また来てね〜」
わざわざ俺の方を向いて、みんな振り返してくれたので嬉しい。だから扉を閉める前に、もう一度だけ手を振った。
放課後の静かな廊下に、二人分の足音が響く。テスト勉強と称して先輩と一緒にいられるは嬉しいけど、勉強は苦手なのでちょっと憂鬱だ。けれど自分のテストもある先輩が、俺の面倒を見ると言ってくれたのだから頑張らなければ。苦手なところがあるとぽつりと漏らしたら、こんなことになるなんて。ブレ先輩って、結構面倒見がいいよな。
ああ、そうだ。貰ったお菓子を取り出し、袋の中から先輩に差し出した。
「先輩もお腹空いてない? 食べる?」
「ん。ああ、ありがと」
すぐに口に放り込み、どうかと尋ねたらうまいよと返された。まだあるんで、と小さな袋からまたひとつ渡した。
先輩が口に入れるところを眺めながら、残っていたひとつを食べてにやける。同じものを食べているだけで、嬉しいと思ってしまう。すごく単純だけど、先輩が一緒なら些細なことでも楽しい。
「あ、ブレ先輩」
「なんだよ」
「あしたの三限、体育なんだ。だから校庭見れたら、見てほしいな」
忘れないうちに予約しておかないと、きっと気づいてもらえない。ここのところ天気は良く、雨が降る気配はない。このままなら予定通り、校庭で行われそうだ。
あしたの体育は、多分アレをする。きょう隣のクラスがそうだったと聞いたから、間違いないと思う。身体を動かすのは好きな方だけど、アレは苦手なんだよなあ。同じ場所をひたすら回るのは飽きてくるし、走りっぱなしで疲れる。
「多分、苦手な持久走やるから。先輩が見てたら俺、頑張れそうなんだ〜」
両手で拳を作り、先輩の顔を覗き込んで訴えた。だって先輩には、かっこ悪いところは見せたくない。つまり、こうなればイヤでも気合が入る。
「……見れたらな」
「あ、いや。やっぱり見なくていい」
渋い返事をされて残念だと思ったけど、授業態度にかなり厳しい先生の時間だと聞いたら、遠慮するしかない。俺がお願いしたばかりに、よそ見をした先輩が注意されたらイヤだ。上手くやったとしても、見つからないとは限らないし。
「なんだよ。見てほしいんだろ?」
「そうだけど、無理そうだから」
「意外と見れるかもしれないし、覚えとくよ」
すっと伸びてきた手に、ぽんぽんと頭を軽く叩かれこそばゆい。
つい俺の希望ばかり押し付けてしまい、もっと周りを見なければと反省する。俺がなにをお願いしても、大抵先輩が許してくれるからって調子に乗りすぎた。今からテスト勉強を見てもらえるし、部活がなくても一緒にいられるんだぞ。
先輩が来るから、家の中はきれいにしてある。飲み物とか、休憩に食べるお菓子も準備は万全だ。
テストまであと数日。先日は問題集を開いたまま、真剣な表情に見惚れていたらバレた先輩にあきれられた。先輩はかっこいいんだから、仕方ない。そう言ったら分かりやすく照れたので、ちょっとだけ可愛いと思った。
「きょうも全部の問題解けるまで、覚悟しとけよ」
「は〜い……」
にやりと笑うその表情は少し意地悪で、背中に冷たい汗が流れる。部活の時もだけど、先輩の教え方は結構スパルタだ。厳しくてしんどいと思うことも正直あるが、その分めちゃくちゃ褒めてくれるし、成果もすごく出る。
だからきょうも、俺は先輩に教えてもらう。うまく出来たらもらえるご褒美に期待して、まじめに頑張るんだ。
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