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「なんだコレ」
朝の眩しさにうっすらと目を開けたら、ベッドの隅に赤いハートが見える。伸ばした手が触れた瞬間、空気に溶けて消えた。それと同時に、減っていたハートがひとつ回復した。
いつだったか、トワさんがしてくれた話を思い出す。オレは素材や作った料理で回復するが、トワさんはツボを割ったり草を刈り、出てきたハートで回復していたと。聞いていた大きさと似ているから、それとしか思えなくなっている。
偶然なのかもう一度試したいが、辺りに同じものは見当たらない。
「ブレ、そろそろ出来るから飯食べようぜ」
「いま行く」
「早く来ないとなくなっちまうぞ」
それはとても困る。さっきから漂ういい匂いに刺激され、腹が大きな音を立てている。すぐにベッドから立ち上がり、階段を降りていった。
牧童をしていたから朝には強いようで、トワさんが朝飯を用意してくれることがほとんどだ。焼きたての柔らかい小麦パンに、サラダとホットミルクが並んでいる。メインはなんだろうと心を弾ませていると、赤いハートが机にちょこんと乗っているのに気づいた。
真っ赤なハートはキラキラしていて、さきほどのものと同じ感じがする。
触れると溶けるように消え、再び体力が増すのだろうか。全快していないので、検証することは出来る。
不思議なハートを前に考えていると、突然音もなく点滅し始める。このままだと消えそうな予感がして、慌てて手を伸ばした。すると予想通り弾け、オレのものになった。
「どうしてここにあるんだ?」
いままで色々な場所を旅してきたが、回復出来るハートを見たことはない。集めた証と交換でハートの器をもらえるが、あれは抱えるほど大きく、豪華な模様も入っている。
意味がわからなくて首を傾げていると、空気を読まない腹が急かすように鳴る。いまは腹を満たすのが先だ。だから作業台でメインに取り掛かるトワさんの腰を、ぎゅっと抱きしめた。
「トワさん、なに作ってるの?」
「おい、危ないだろ」
「大丈夫だって」
離れろと言わんばかりに邪険にされる。いつものことなので、気にしない。背中にぴたりと寄り添い、脇から手元を覗き込む。
するとトワさんの頭上から、ぽんとハートが出てきた。
「えっ?」
「あっ!」
ハートはオレの頭にぽよんと当たり、消えるとやっぱりひとつ分満たされた。
これはもう、回復出来るハートで間違いないだろう。どうしてツボや草むらから出てくるものが、トワさん本人から出てくるのだろう。しかも見ることも、触ることも出来る。次から次へと、疑問が尽きない。
起きたことにオレと違う反応をしたから、なにか知ってるのだろうか。
「なんでトワさんからハートが出るの?」
「……俺の世界だと、感情が昂ぶると出るんだよ」
「いまみたいに?」
抱きつく腕に力を込めてみると、またひとつトワさんから小さな音と共に出てきた。オレが抱きついたことで生まれたのは、この行為が嬉しいという現れなのかな。気持ちが昂ぶるって、そういうことだと思う。
なにこれ、おもしろい。仕方なくオレに付き合ってやっている、みたいな空気を出すけど、本当は喜んでいたってことじゃないか。
多分ベッドや机にあったハートも、きっかけがあって出てきたものだろう。なにを思って出したんだ。想像していたら、出来た飯を机に運んでくれと頼まれた。ふわり湯気の立つキノコのオムレツはうまそう。腹もうるさく鳴ってるので身を離し、ふたつの皿をそっと机に乗せた。
「出るようになったのは、起きてから?」
「多分な。俺だって出てるのに、さっき気づいたんだ」
「どうして出るようになったんだろ」
あるいは、見えないだけだったのかしれない。出てるのはトワさんだけで、オレから出てる気配はない。わからないことだらけだ。
「さあな、なにが起きても不思議はねえだろ」
こうして別の世界の元勇者が呼び出されているんだ、と続けられて妙に納得した。
いつの間にかこの地に立っていたと言っていたし、オレに出会って助けになるためかとぼんやり思ったらしい。答えのないことは他にもあるし、この件も深く考えないでおこう。
そうしてる間に用意が出来たので、向かい合って食べ始める。出来立てはとてもうまく、次々と口へと放り込む。オムレツのふわふわ具合が最高で夢中になっていたら、目があったトワさんからハートが出た。
「また出た……」
赤いハートはオレとトワさんのあいだ、机の上でゆっくりと輝いている。
「気にしなくていい」
「そう言われても、なにかいいことあった?」
「……お前がうまそうに食うからだ」
思わず手が止まり、落ちたスプーンが軽い音を立てた。目を丸くしてるオレから視線を逸らし、トワさんは何事もなかったかのように食事に戻っている。目に見える形があるからだろうか。珍しく素直に白状したけど、そんな可愛いことをさらりと言わないで。
トワさんの気持ちがハートの形となり、具現化するのはいつまで続くのだろう。
普段なら気づけないことを知れて嬉しいが、このままだと可愛い面ばかり見せられそうな気がする。オレの心臓はもつのだろうかと、そんな心配をしてしまった。
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