空色の目カイトの目が空色であることに気づいたのは、つい最近だった。
といっても、迎えてから一年も経っていない。が、少なくとも半年間は気づいていなかった。カイトと初めて顔を合わせた時、ゆっくりと開いていく目を見て、いやに綺麗な目だ、と妙な劣等感と焦燥感を感じてからは、見ないようにしていたためだ。
そんなカイトの目に違和感を覚えたのは、数日前の、ふたご座流星群が観測できた日のことだ。
普段は小学生のような早さで寝るカイトだが、「今日は流星群が見られるそうです!マスター、一緒に見ましょう!」と言い出し、その日は夜更かししたがった。たまにはそういうのも悪くない、と思い付き合ってやることにすると、今度は「じゃあお菓子とお酒を用意しましょう!」と言い出した。このワガママっ子はどうにも可愛くていけない。逆らえず、コンビニに向かうハメになった。
「早く帰らないと始まっちゃいますね…」と言いつつ、アイスのワゴン前でうんうん唸る様子は実に面白く、『まだか〜?』と声をかけながら脇腹をつついてみると、余計に唸りながら手を払われた。
カイトが何とか選んだアイス一つと、俺の酒とお菓子…もといツマミ。人も大していなかったし、レジはすぐに終わったのだが、コンビニから出ると、既に流星群は始まっていた。「あー!もう始まっちゃいましたね…」と残念そうにするカイトに、『誰かさんがアイスで悩みまくってたもんな〜』と返すと「ぅぐ…」と小さく聞こえた。
流星群を見つつ帰路を急ぐ途中、空を見上げていたカイトが急にこちらを向いた。「マスター、来年も一緒に見ましょうね」思わずそちらを見てしまい、目が合った。久しぶりに見るカイトの目は優しく、俺に微笑みかけていた。『…ああ』とそっけないながらに返すと、カイトの目が…いや、瞳の中が、一瞬きらりと光った。カイトは笑う時に目を瞑る癖があるため、その前の一瞬しか見えなかったが、確かに光った。
『…カイト?』「なんですか、マスター」キョトンとした顔をするカイト自身は、気づいていないのだろうか。
『…カイト、お前の目…どうなってるんだ?』
カイトの目は、まさに「空色」だった。
空が映り込んでいるだけかと思ったが、こんなに明瞭に流星群が映り込むはずがない。カイトの目は、間違いなく「空」を写している。
『え…どういうこと?なに、ファンタジー?』
「ま、マスター?どうしたんですか?俺の目、何か…変、なんですか…?」
これは一度家に戻って鏡で見せた方が早い、と思い帰ってから見せると、どうやら本人も知らなかったらしい。「な、なんでしょう、これ…」と心配そうな顔をするカイトを見ていられず、サポートセンターに連絡を入れる。しかし、カイト以外の事例は無く、対処法も原因もわからないということだった。
それから数日後。カイトを精密検査に出した結果、予想の範疇を出なかったが、仮説が立った。
PC内で活動している際に何らかのウイルスに感染。カイトにとって害のあるものではなかったため、目にゴミが入った程度の痛みだったが、ウイルスはそのまま目に取り付き、こんな現象を起こしている、というものだった。非常に長いこと付着していたようで、既にカイトの目に馴染んでおり、取り出すことは困難らしい。
しかし、自宅で経過観察をしていてわかったが、不気味さや心配を忘れるほど、本当に美しい目だった。
昼間は鮮やかなスカイブルー。夜は濃紺の色を見せ、時には星さえ見えた。朝にはすこしの赤みを残しながら、淡い水色に変わっていく。
あくまで経過観察の一環ではあったが、見るのが楽しく思えるほどだった。
『もう痛くは無いんだよな?』
「はい。ウイルスが付着しているような感覚も無くて…気づくのが遅れてしまいました」
『まあ…俺にも原因はあるから。あんま気にすんな。それに、綺麗だし、痛まないんならそのままでいいだろ』
そんな会話をしたのが二週間前だった。
しかし今、考えが甘かったことを知らされている。
「マスター、目の調子が悪いんです…」
明らかに異常があると知っている部位だったからこそ、一度は害が無いと診断されていたからこそ、本気で血の気が引いた。
慌てて、二週間前に精密検査を頼んだところへもう一度向かい、絶望的な状況であることを告げられる。
『これは以前お話ししたことですが、完全に癒着してしまっているため、取り除けません』
『無害なんじゃなかったんですか!?』
『はい…現在確認したところ、信号が変わっていました。おそらく、二つの性質を持ち、それを切り替えでき────』
『そんなことはいいんです!!な、治る…ん、ですか…』
『…残念ながら、直せません。また、時期の問題でもありません。現在の技術では、どうにもできません……このウイルスに感染した部位は、完全に破壊されます』
『…っ、カイト…』
「……マスター…」
『……あの、少しよろしいでしょうか…』
『…何ですか?』
『感染した部位…つまりその目は直せませんが、眼球パーツを交換すれば、他に影響はありませんよ…?』
『……あ』
そういえば、カイトの体って、アンドロイドなんだったか。
「…マスター……」
…おい、憐れみの目で見るな!!この半年ぐらい、お前と暮らすのが普通になりすぎてて忘れてたんだよ!!
『…眼球パーツ交換、ということでよろしいですね?』
『はい…』
『両目ですが、こちらの不手際もありましたので、お値引きいたします』
『すみませんお願いします…』
こうして、空色の目を持った俺のカイトは、普通の俺のカイトに戻った。
この元の色は、俺が一度嫌って逃げた目だったが、どうにも今は、一際美しく見える。
『やっぱり普通が一番好きだな』
「何ですか、急に」
多分カイトも、俺が何のことを言っているのかはわかってるはずだ。ちょっとだけむっとした顔。でも、頬がふわりと赤らんでる。自分の目のことを好きと言われて、恥ずかしがってる証拠だ。
あれから、カイトの目をよく見るようになって、細かい表情もわかるようになってきた。笑う時は目を瞑るだけじゃなく、困り眉になりがちなこととか、俺がだらけてるのを諌める時は、案外ジト目というより「仕方ないなぁ」みたいな目をしてたこととか。
んで、目を見てるってことはこっちも見られてるわけで。俺がやたらと目を見るようになったことに気づいてるらしい。……目フェチとか思われてないよな…?
「マスター。俺の顔ばかり見てないで、手を動かしてください」
『は〜い』