北治場面1 布越しに、ふにりとした感触が指先に触れて、信介は長い息を吐いた。癒される、とはこのことか。手のひら全体をゆっくり押し当てる。筋肉の上に脂肪をまとった肉の弾力。少し指先に力を込めて押し込む。そのまま、手の平をゆっくりと動かして弾力を楽しんでいると、可笑しそうな声が降りてくる。
「無心の顔しとる」
「おん、無心や」
そう言って、真顔で自分の胸筋を揉み続ける信介に、治はまた笑った。柔らかすぎないのがいい、と言っていたのを思い出す。
「北さんて、おっぱい星人なん?」
「知らんけど、そうかもな、お前の限定やけど」
胡座をかいた治に跨がってひたすら手の平を動かし続けている信介は、自分の言葉にだらしなく口許を緩めて見下ろす治の視線に気づきもせず、相変わらず目の前の両胸に集中していた。
治が、信介の頭に手を伸ばす。少し乾いた、案外太い髪が指の間で滑る。整髪料の類いを使わなくてもほどよく収まる髪は、手触りがよくて、治の手を、つい伸ばさせる。撫でて、指を通して、指の先から溢れる髪を弄ぶ。そして、旋毛にゆっくりと唇を寄せて、治は、唇の薄皮を撫でる微かな汗と土の匂いをすうと吸い込んだ。
落ち着く。
「お前は、髪が好きやな」
「誰も彼もやないよ、北さん限定」
治の言葉に信介が顔を上げた。
「俺の髪が好きなん?」
治が、ふふっと、溢れたように笑う。
「髪だけやないよ、北さんが好きなん」
愛しさを隠さない穏やかな両目が、瞼の向こうで信介を見ていた。
信介はちょっと見惚れてから、治の胸に置いていた右手を上に滑らせ、治の首もとに添えた。信介が顎を上げると、少し高いところで緩やかに弧を描く唇が、笑みを乗せたまま降りてきた。