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    red_ut_fj

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    シャンウタ転生パロ 第二話 天花【歌姫、降臨】「思ってたより人、多いな」
     そう感じるのは、いつもと違って開演時間前に正面から来ているからかもしれない。
     チケット拝見の列に並びながら、シャンクスは同行者に話しかけた。
    「そりゃ一般公開はしなくとも、使うホールがデケェんだからそれなりに人はいんだろ」
     ウタから貰ったチケットは二枚。誰か行くかー? と、同じ部署の仲間たちに呼びかけると、すぐさま争奪戦が開始された。あわや本気の殴り合いに発展しかけたところで、待ったをかけたのは我らが冷静沈着な副船長──もっとも、今は違う名称だが──ベン・ベックマン。彼が出した案はくじ引きだった。他のやつは兎も角、よもやこの人が不正をするわけが無いだろう、と油断したのが悪かった、はたして赤いマーク付きのこより・・・はベックの手の中に──

    「自由席っつってたな、どこ行く?」
    「そりゃおれらの図体からしたら後ろだろ」
    「だよなー」
     せっかくなら近くで見たかったが、あいにく今生でも体格に恵まれていた。とはいえ、日夜戦闘に明け暮れていた訳ではないから、前ほど成長しなかったが。それでもやはり、平均よりは高い背丈を持っている。
     端をもぎ取られたチケットを受け取り、一階席こちら、と矢印が書かれたプラカードに従って移動しようとすると、スーツの首根っこを掴まれた。
    「うおっと」
    「おれらは二階席だ」
    「えー、一階席より遠くないか?」
     しぶしぶ赤絨毯の敷かれた階段を登る。階段に向かう人はほとんどいない。皆一階席に流れている。
    「だからこそ、だ。人がいないに越したことはない」
    「それはそうだが……」
     おそらくベックは観客や演者に配慮しているのだろう。以前と大きさや数は違えど両者とも顔に傷があり、シャンクスにいたっては片腕がない。堅気だと思われず、怖がられることは多々ある。周りにプレッシャーを与えるために来ているのではないし、自分達のせいでウタの歌に集中できないなんてことがあったら、それこそ表立って来た意味がなくなってしまう。
     そう、考えて、二階席の奥に陣取ったのだが、まさかこの選択があんなことに繋がるなどと、予想だにしていなかった──
    【歌姫、降臨】
     ──正直、"負けた"と思った。

     先日、かの有名なエレジア芸術大学音楽学部のミニコンサートに招待され、学生たちの歌を聴いてきた。さすが世界有数の音楽学校、どの生徒も今すぐデビューさせてもプロと遜色ないくらいのレベルの高さだった。もちろん、ただ歌が上手いというだけで歌手にはなれないから、まだまだ私の方が上だなって張り合えたけどね。
     ただ──いたんだよね、一人だけ。学生特有の青さ、というのだろうか、そういうものが残ってはいたけれど、思わず我を忘れて聴き入ってしまう歌声の持ち主が、いた。

     学生たちが歌うのは二曲。一曲目は、課題曲であるバラード。二曲目は自由曲だ。

     バラードでは、どの生徒も似たようなものだった。落ち着いて、ゆったりと、水平線を広げるような歌声。例の子は、確かに聴いた人を自分の世界に自然と引き込むような、包み込むような歌声だったが、一曲目の時点では、ああ、上手いな、この子、という程度の印象しかなかった。あの子の真骨頂は、二曲目からだった。

     自由曲は、まさに自由な曲選がされる。オペラの曲を選ぶ子もいれば、ダンスミュージックを選んで踊り出す子もいた。あの子は今流行りの──私の所属する〘グラン・テゾーロ〙でも公演されている──ミュージカルソングだった。ややアップテンポの明るい曲で、恋人との再会を喜ぶ幸福な歌。バラードでは目を閉じていることが多く、開いたとしても視線は基本的に一階席に向いていることが多かった。だが、二曲目では、顔を上げ、表情は楽しそうで、幸せそうで、二階席の奥の奥の奥にまで届けるような、力強い声をしていた。──それが、身体のつま先からてっぺんまでに、響き渡る歌声だった。

     私はブロガーといえど、小説家ではないから、あの歌声を鮮明に表現する術は持っていないが、例えるなら、こうだろう。「別次元の歌声」。
     ただ、ただあの子は楽しそうに歌っているだけ。それなのに、まるで私も、ずっと離れていた恋人と再会できたように嬉しくなった。すぐ目の前に、最愛の人が立っているような気がした。喜びで心が跳ね上がり、恋人に抱きついて踊りたくなるような、世界を塗り替えるような声。
     私も、みんなに思いっきり楽しんでもらえるように歌っているつもりだが、あれほどの、あそこまでの力は、無いと思う。気づいたらそこがコンサート会場だということを忘れて立ち上がり、あの子の世界に浸ってしまっていた。


     喜べ、世界。ここに新時代の歌姫が誕生した。その名は────────────ウタ。

     まさに歌姫の名にふさわしいと思わない?

     そして、私も負けっぱなしじゃいられない。あの後すぐにボーカルレッスンを大量に予定に組み込んだ。

     ねぇウタ、きっとあなたはまだまだ伸びる。だから、早くおいでよ。この、黄金に光り輝くステージに!

    1×××年10月×日 カリーナブログvol.180

     カリーナ──世界一のエンターテイメント施設、〘 グラン・テゾーロ〙を中心に世界中で活躍する歌姫。
     しかし、彼女の力は歌声だけに留まらない。お忍びで各国のレストランや劇場、ホテルにアートギャラリーなどを訪れてはその魅力をブログで紹介する。金に糸目を付けない豪遊をすることもあれば、場末の名店を書くときもある。
     彼女に紹介された店や場所や人は、たちまち世界が知ることとなり、翌日には訪れ、尋ねた人たちで大行列がなされるほどの知名度となる。
     なぜならブログのアクセス数は世界一の上、世界一の出版部数をほこる雑誌に、特設コーナーがあるほどなのだから。
     そんな、ひとたび載れば一躍有名となれるカリーナのブログで、これほどまでに賞賛された人があっただろうか。ときに辛口批評をする彼女が、まさかの敗北宣言。これまでにない異常事態だった。
     ──ウタの名は、光の速さで世界を巡った。

     この機を流すか、と、各国メディアはウタの家や大学に押し寄せた。世界中で活躍する芸術家を数多く輩出しているだけあって、一つ一つ丁寧に処理され、どこかに隠れていたらしいウタが表に出る時には、落ち着いた雰囲気で世界は彼女を迎えた。
     ──ただ、ひとたび彼女が歌えば、人々は幻惑され、囚われ、大きな騒ぎに発展したから、学校や地元警察や何やらは、その処理に追われっぱなしだったようだが。
    「っっっっすっごかったな」
     ウタの歌を聴いてから、しばらくその場を動けなかった。皆呆然としていた。どのくらい経ったのだろうか、同じくぽーっと息を切らしていたウタが、はっとして礼をしたときになって、ようやく皆、目が覚めた。そして、会場を叩き割らんばかりの拍手。指笛。歓声。もちろんスタンディングオベーションで。会場のどこかで「立った‼︎クララが立った‼︎‼︎」と別の叫び声も起こったとか起こらなかったとか。
    「あぁ、さすがおれたちの──いや、今は違うか」
     ふぅ、と息を吐きながら、ベックが席に座る。シャンクスもそれに倣った。これはもう学園長による閉会の挨拶どころじゃないな。誰も聞いちゃいない。ウタがトリだったのが幸いした。あれの後に歌うとなったらとても耐えられないだろう。現に、客席には、未だウタの歌にとらわれた観客で溢れかえっている。
    「そうだ! 会いに行こう! この気持ちを抑えるには直接伝えるのが一番だ!」
     突然ホールに誰かの声が響き渡った。そして、会場の外に向かう足音が鳴る。初めは、一人、二人、三人──気づけば地響きのような音になっていた。
    「おいおい、大丈夫か? これ」
     声が出た一階席だけじゃない、シャンクスたちのいる二階席からも走り去るものが続出している。慌てて係員が走らないでください! こちらは関係者以外立ち入り禁止です! 落ち着いて、落ち着いて退場してください! などとよびかけているが、まるで効果がない。嫌な感じだ。皆冷静さを失っている。このままじゃウタの身に何かあるんじゃないか──と、焦っても、もう遅い。コンサートホールの出口には人が押し寄せ、とてもシャンクスたちが通る隙間はない。
    「よりよっておれたちが焦っちゃいかんだろう、人の波が静まるまで、待とう」
     思わず立ち上がりかけたシャンクスの袖をベックが抑える。言葉だけ聞けば冷静でいるようだが、左手は忙しない。全面禁煙なこの会場は常に煙を咥えているベックにとっちゃ牢獄のようなものだろう。それがおかしくて、肩の力が抜けた。
    「そうだな。おれも直接あいつに感想を伝えたいが、今日は素直に帰るか」
     どっかり座り込み、足を組む。目を閉じれば、先ほどのウタの姿が鮮明に浮かび上がってくる。
     一曲目は心安らぐバラード。なぜかおれの方が緊張していたのだが、一小節聴いただけでも、心が凪いだ。ふと、寝るときに側で歌ってほしいと思った。
     二曲目は、まるで強烈な覇王色の覇気を浴びたかのような感覚に陥った。顔をあげたウタと目が合い、花開くように笑いかけられた次の瞬間には、もうそこは、ウタの世界だった。そして、強く、強く恋焦がれた。あの歌声をおれだけのものにしたい。あの歌声を世界中に聞いてもらいたい。相反する気持ちが同時に湧き上がって、どうしようもなく、興奮した。
     ああ、思い出しただけで身体が熱くなる。たとえ生きる時代が違っても、ウタはウタだ。あいつの歌声はいつだって本物だ。世界中を幸せにできる力がある。
     ふと、背後に人の気配を感じて、パチリと目を開けた。
    「あのー、フィガーランド・シャンクス様と、ベン・ベックマン様でお間違いないでしょうか」
     係員を示す黄色い腕章を付けた人物が、恐る恐る尋ねてきた。いつのまに、あたりに人は殆どいなくなっていた。
    「ああ、はい。何か?」
    「はい、あの、学園理事がお呼びです。案内するように任されましたので、ご一緒にお越しください」
    「理事が? あ、ああ、そうか、了解した」
     理事が何の用だと思ったが、そうだ、たしかゴードンが理事だった。よっと、と立ち上がり、係員の誘導に従って、ホールを出た。
     たどり着いた先は、行き止まり。音符のオブジェが何個かあるくらいで、あとはただの白い壁だ。
     係員は周りに誰もいないのを確認すると、音符の縁を触る。カチカチカチ、と音がしたかと思えば、壁の奥がガコンと鳴った。すると、何かのメロディを表すかのように等間隔にならんだいくつかの音符のうち、係員が触ったものとは反対にある右端のものが、少し傾く。
    「こちらです」
     係員が傾いたものを横に引くと、階段が現れた。
    「要塞かよ」
     咄嗟にでた感想に苦笑いした係員が促すので、シャンクスから足を踏み入れた。

     ◇

    「わざわざすまない。引き止めてしまって」
     階段を降りきると、少し開けた場所に出た。まばらに丸椅子や細長いテーブルが配置されている。おそらく楽屋の一つなのだろう。なぜ隠し通路と繋がっているのかはわからないが。
     お目当ての人物であるウタとゴードンは、部屋に入って右手奥で待っていた。
    「いや? できれば顔が見たかったから、そっちから呼んでくれて助かった」
     そう言って、チラと椅子に座ったウタを見ると、少し疲れている様子をしていたが、微笑みを返された。妙に色っぽく感じるのは気のせいか。
    「そうか」
    「ああ。それで?」
     改めてゴードンに向き直るシャンクス。ウタと面会できるよう取り計らってくれたのだと思っていたが、ゴードンの方から話があるような態度だ。
    「いや何、実は君に少々頼みたいことがあって……私が言うのも何だが、先程のウタのステージ、素晴らしかっただろう」
    「おう」
     シャンクスは即答する。あれは誰がどう見たって素晴らしいステージだった。うんうん、と隣のベックマンも頷いている。
    「実際、楽屋に押しかける人がいたくらいだからな」
    「ああそうだ、気になっていたんだ、大丈夫だったのか?」
    「ご覧のとおりだ。むしろこういうときの備えとして、隠し部屋や隠し通路があるからな、何か事がある前に移動は済ませた。のだが、本題はここからでね────
























    暫くの間、ウタを預かってくれないか?」
    「──なんだって?」
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