シャンウタ転生パロ 第八話 花歌「お頭、手紙だ」
「んー?急ぎじゃないならそこらへん置いといてくれ」
相変わらず、執務机が似合わない人だな、とベン・ベックマンは思った。ペンを片手に書類と格闘する姿は猿に烏帽子だ。
「ウタからでもか?」
「なんだって!?」
立ち上がった拍子にバサバサバサッとファイルが落ちる。シャンクスは散らかしたものをまったく目に留めず、ベックマンの持つ便箋と、共に送られてきた茶封筒を奪い取った。
まったく、とため息をつきながら、ベックマンが落ちたファイルを拾っていると、「はあぁっ?!」という叫び声がした。
「どうした」
声の主たるシャンクスは、驚愕憤怒悲哀と百面相をしている。
「いや、いや、ああああ」
その場で慌てふためいてるシャンクスの手元を覗くと、ベックマンは息を呑んだ。
「これは……」
「悪い、ベック、おれ、ちょっと、出る」
「……はいはい」
一瞬止める選択肢も頭をよぎったが、動き出したシャンクスを止められるのは、それこそ彼の育ての親たちしか無理だろう、と、ベックマンはシャンクスの行動計画を立て直し始めた。
部下に礼を言う間もなく、シャンクスは車を飛び出した。
『はい』
鳴らしたインターホンに出たのはウタの義母だった。
「急にすまない、おれです、シャンクスです。ウタに会わせてもらえないだろうか」
開けてもらった門扉から玄関までのアプローチで雨に打たれる。張り付いた前髪をかき揚げながら、扉が開くのを待った。
重々しく、ゆっくりと開いた扉の奥には呆れ顔のゴードンの妻がいた。「非常識ですよ」という刺々しい諌言が耳に痛い。あとで改めて詫びに来ようと密かに決めたシャンクスは、ありがたく差し出されるタオルで顔を拭った。
礼もそこそこにウタの自室へと続く中央階段を駆け上がる。すると、ガタガタバタンッと誰かが部屋へ駆け込む音がした。方向からして、ウタ、だろうか。
ウタの部屋の前へ到着する。はやる気持ちを抑えるため、深呼吸をしてから、ノックした。
「ウタ……あの」
『何』
扉の奥から聞こえてきたのは、奥さんの諌めが赤子の張り手に思えるほど冷ややかなウタの声だった。
「急にすまない、だがこの、お前が送ってきた"絶縁状"は承服しかねなくてな」
『なんで』
「なんでってそりゃあ」
『私をずっと騙してたのに?』
「う……」
思わず扉から一歩下がってしまう。騙していたつもりはないとは、言いたくとも言えなかった。
『全部知ってたくせにいい人の顔して近づいて、私を利用しようとしたんでしょ』
「それは違う!」
『違わないよ、書類が全部示してる。だから私も同じ方法を使う。書面だけじゃ納得できないなら、今言うよ』
少しの沈黙。
『縁を切って欲しい。私が私であるために。自分自身で未来を決めるために。貴方は、貴方たちはその障害になるから』
シャンクスは何も言えなかった。
『ごめんね、シャンクス。急にすべてを決めて、拒絶して。酷いことしてる自覚はある、でも、でも』
「お前が、そう決めたんなら、おれは反対できないよ」
大人として、子どもが成長し自律しようとしているのを阻むべきではないと、相応しい言葉を投げかける。己の中で暴れ回る獣を抑えつけて。
『ありがとう。どうか、こんな酷い女は忘れてね、バイバイ』
ドンッ
つい、聞き捨てならない言葉に反応して壁を叩いてしまった。「ひぇっ」というウタの悲鳴に、怖がらせてしまったか、と思うも握り拳の力は抜けない。
「忘れられるわけがないだろう……!」
喉から捻り出した声への応答はない。留まろうとする足を無理矢理動かし、シャンクスはその場をあとにした。その脳裏には、忘れられないウタとの記憶がよぎっていた──
──シャンクスの前世は、あの日、エレジアでウタを失って以来、島に置いてったとき以上の後悔に苛まれ続けた。置いていったときの傷は12年かけてなんとか少しずつ薄れていったはずだったが、もう、この世界のどこにもいないんだと思い知ったとき、12年前とは比べようもない痛みを覚えた。
それでも新時代は幕を開けた。そのときは、誇らしさと嬉しさと、一抹の切なさを感じた。
今、このとき、ウタが傍にいればどんな風に笑っただろうと考えては眠れない夜を過ごした。余生とも言えるべき時間をかけて、ウタのことを思い続け、長かったような、短かったような一回目の人生は終焉した。
そして今、二回目の人生で、所謂、前世の記憶というものをシャンクスは幼い頃から持っていた。だから育ての親が変わらずあの人たちだったのが嬉しく、かつての仲間ともすんなり再会できた。
そんな中、唯一心残りだったのは、忘れようもないほどの傷をシャンクスたちに残した、ウタのこと。かつての仲間たちとの出会いはちょうど前もやつらと出会った歳だったから、ウタとも、シャンクスが二十歳のときに、会うものだろうとわかっていた。そして案の定、いや、幸いなことに、ウタとも再会できた、が、昔と今じゃ立場や環境が余りにも違った。
昔はシャンクスがトップだったからシャンクスの一存でウタと共にいることを選べたが、あの頃は、──いや今も──会社の一社員でしかなかった。
だから、シャンクスは、拾ったウタを、手放した。──ゴードンに、預けた。開けた宝箱を閉じ、ほとんど初対面だったゴードンの家へ持って行った。
今思えば、ずぶ濡れで赤子を抱えるシャンクスがどれだけ迷惑だったことか。ゴードンには頭が上がらない。その家族にも。
無論シャンクスが育てないからとウタとの縁を切りたかったわけではない。どんな形であれ、ウタとの関係が欲しかった。そのせいか契約やら交換条件やらでウタと婚約することになってしまったのだが、それはまた別の話だ。
傍にいることで、また前みたいに、ウタがいなくなってしまうかもしれない、そう考えると、中々接触できなかった。──だが、もう、いい。"あの日"は過ぎ去った。
ウタが無事に、何事もなく、21歳を迎えられた。なら、もう、我慢しなくてもいいかと、思って、会いに行った。ロジャーが前世での年齢をこえてなお元気にしているのだから、心配するのは年齢じゃないかもしれなかったが、ある種のケジメだ。直接対面せずともコンサートの類があれば必ず行っていたから、我慢はできていなかったかもしれないが。
直接会って話して、歌を聞いて、改めて惚れ直した。
婚約当時はエレジア芸術大学を救えるのなら、それがウタのためになるのなら、と深く考えていなかったし、婚約破棄を可能にする文言をいれさせたのは他でもない自分だった。しかし、いざ大人になったウタを目にすると年甲斐もなく恋慕の情を感じてしまった。だからウタが婚約破棄することないよう──シャンクスに惚れるよう──あれこれと手を尽くしたし、上手くいっていた、はずだったが。
長い思慮を終え、シャンクスは手元の絶縁状をながめた。
「くそっ」
叩いた執務机からペンが落ちる。
やってきたことが全部裏目に出るなら裏から始めればよかったのかと悪い考えが頭をよぎるが、かぶりを振って吹き飛ばす。もうシャンクスはウタを諦められなかった。拒絶されようと絶縁状をつきつけられようと、ウタを手放す選択肢はなかった。
かくなる上は、と立ち上がる。
「ベック」
近くのソファで黙々と仕事をするベックマンに声をかける。
「おう、覚悟決まったか」
「……いやそう言われちまうと」
「しっかりしろ、何度目だこのやりとり」
「だってよぉ」
──絶縁状をもらってから、早くも一ヶ月は経とうとしていた。