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    シャンウタ転生パロ 第三話 月花「わ、綺麗……!」
     港では、陽の光に反射して、白い船体がきらめいていた。海の上の結婚式か──いいな。
    「あ」
     シャンクスだ。あの赤髪は、こんなに遠くからでもわかるものなんだな。ウタは肩からずりおちかけた荷物を今一度背負いなおすと、今さっき船から出てきた、太陽のように燃ゆる"赤"に向かって、歩み出した。
     
     ◆

    「正しくは匿ってくれ、だろうか。今日のこの騒ぎようだと、しばらく大学や家にメディアが押しかけるだろうから、どこかに隠したいんだ。もちろん、そう長いことじゃない。二、三日あれば十分だ。──こちらの業界の者は音楽のこととなると盲目になりがちだから、あまり信用ならなくてな」
     申し訳なさそうに頬をかくゴードン。なるほど、そういうことか。
    「つまりうちの船に乗せてくれ、と?」
     確かに、船上であれば、情報が回ってくるのは一日二日遅れることもある。話題の歌姫を隠すにはうってつけというわけか。
    「急な願いで難しいのはわかっているが、どこか空きはないだろうか」
     他でもないウタに関する頼みだ、断る理由がない。だが、空きか、今日明日出港する船は貨物船がほとんどだったような気がする。あるとすれば──
    「な、ベック、結婚式のあの船って」
    「ああ、おれも考えていたところだ」
    「結婚式?」
     そんな言葉が出てくると思わなかったのか、黙って話を聞いていたウタが口を開いた。
    「いや何、明日一泊二日で結婚式をやる客──というかおれの友人がいてな。気前の良い奴だし頼めば乗せてくれるはずだ。それにそもそも親族とごく近しい友人しか呼ばないっつってたから、船の大きさ的にも一部屋二部屋空いてるだろうな」
    「スタッフのフリするっていう手もある」
    「いやそれは駄目だ。あんな狭い部屋にウタを泊められるか」
     そんなことするくらいだったら、招待客としてシャンクスが泊まる予定の部屋を譲る。
    「いや私はどこでもいいんだけど……」
     おずおずと手を上げるウタ。そういえば当事者を置いて話を進めているが、ウタ自身はいいのだろうか。
    「では……」
    「ああ、問題ない。あとはこっちでなんとかする。明日の朝、八時半までに三日分の服持って港に来てくれ」
     ゴードンにそう返し、ウタに目を向ける。しかと頷いたのを確認し、携帯電話を取り出した。

     ◆

    「ウタ、悪いな迎えに行かなくて」
     シャンクスがこちらに気づいて駆け寄って来た。スーツを着ているが、ベストやスーツからのぞくポケットチーフの様子からすると、今日は仕事じゃなく、客として船に乗る予定だったのかもしれない。
    「ううん。父様に送ってもらったから大丈夫」
     家と港はそこまで遠くないし、自分一人で行けるとも、隠れるなんてそんな大袈裟な、とも思っていたのだが、朝、外に何人か記者らしき人影が見えて、ようやく自分の置かれている状況を理解した。
    「そうか。じゃ、早速……」
    「オーナー、すみません、少々よろしいでしょうか」
     シャンクスに導かれて、船の入口に足を向けると、いつの間に駆け寄って来ていたのか、スタッフと思しき人物が割り込んできた。
    「っと、あー、悪い、いや、ちょっと待っていてくれ、先にこいつを部屋に案内してくる」
     ウタとスタッフとを見比べて、いくらか逡巡したシャンクスはウタを優先した。
    「あ、はい」
    「ウタ、すまん、先に部屋の場所を教えとく、早歩きでついて来てくれるか」
    「う、うん。大丈夫、私こそ、ごめん」
     荷物を持つと差し出して来た手に、一瞬迷ったが、時間がないと察せたため、素直に渡した。足の長いシャンクスの早歩きは、ウタにとっては小走りになる。
    「ん?ああ、いや、別にお前が飛び入り参加したから問題が出たってのじゃないと思うぞ?」
     あっさり心中を見破られた。それならいいけれど。
    「というか、シャンクスってオーナーだったの?もしかしてすっごく偉い人だった?」
     招待客の格好をしていても、仕事に駆り出されるくらいだ。否、今日は客兼オーナーなのか?
    「ん、あ、あー、まぁ、そうだな、偉いといえば、偉いな」
    「ふーん」
     なんとも煮え切らない返事だったが、先程からスタッフの誰かとすれ違うたび頭を下げられてるのを見る限り、ほんとに偉いのだろう。偉い人は外に出たりせず、デスクでふんぞり帰ってるイメージだったから、身軽な位なのだと思っていた。でも言われてみれば、養父のゴードンもそれなりに偉いはずなのに色々飛び回ってたな。
    「っと、ここだ」
     シャンクスは懐から取り出した鍵二つと、預かってた荷物をウタに手渡す。
    「こっちがお前の部屋。ここで待っていてくれ。隣はおれの部屋だ。本とか、暇つぶしになるようなものがあるはずだから、好きに持っていけ。鍵は閉めろよ」
     え、勝手に入っていいの?などと、問いかける暇もなく、シャンクスは元来た方向に走り去って行った。
     色々疑問はあるのだが、私が何か文句を言える義理はないだろう。とりあえず、先程渡された鍵を使って目の前の部屋に入る。
    「わ、すごい」
     一歩足を踏み入れると、まず見えるのは窓の外に広がる青い海。どうやらバルコニーまでついているようだ。部屋に入ってすぐの扉はバスルームで、短い廊下を抜けると左手に一人分というには大きなベットがあった。他に、アメニティのある棚やソファもあり、地上のホテルと変わらない様相が広がっていた。移動手段としての船は何度も使ったことがあったが、泊まるほど長く乗ったことはなかった。
    「ん?」
     ふと、部屋の左手奥に扉があることに気がついた。近づいて見ると、なぜか鍵穴とサムターンがある。なんだこの扉、と、なって、思った。もしや──
    「あ、空いた」
     先程部屋を開けるときに使った鍵とは違うのを差し込んでひねると、ガチャ、いっそ爽快なくらいの音がした。鍵を抜いて、扉を開く。
    「おじゃましまーす……」
     抜き足差し足忍び足で、入り込む。なんだかいけないことをしてる気分だ。おそらくこの部屋は、シャンクスの部屋。事実、彼のものらしき荷物が置かれている。机の上にカードゲームや文庫本も置かれていた。カードゲームはどちらかというと何人かでやるようなものな気がするのだが──
    「へぇ、こんなの読むんだ、シャンクス」
     意外とも、らしい、とも思った。音楽関連以外の本は、勧められなければあまり読まないようなウタでさえも知っている海洋冒険小説だ。確か、主人公は海賊なんだっけな。そういえば、この間リクエストしてきたのも海賊の歌だった。ふーん、シャンクスって海賊が好きなんだ。
     パラパラと立ったまま文庫本の初めの方を読む。面白い。ちょっと先が気になって来た。ウタの部屋のものと壁を挟んで対になるような位置にあるベッドにボスン、と腰かける。ふっかふっかで体が大きく揺れたが、ページをめくる手は止まらなかった。

     ◇

    「ウ〜タ〜?鍵は閉めろって言ったよなぁ?」
     自分の部屋に入る前に、なんとなく嫌な予感がしてウタの部屋の扉に手をかけると、開いた。少し迷ったが、入って鍵をかける。見渡す限り、部屋にはいない。しかし、シャンクスの部屋に通ずる扉が開いている。

    「おいおい勘弁してくれよ……」
     ひょっこり顔をのぞかすと、はたしてウタは、いた。シャンクスのベッドの上に。しかもシャンクスの声に反応しないあたり、眠っているらしい。シャンクスのベッドの上で。仰向けであるにも関わらず重力にさからっている豊満な胸が、規則的に上下している。
     いや何考えてるんだ。飯の時間だって起こすのが先だろ。そう、自分に言い聞かせて、親が子に接するように声をかける。
    「ウタ、起きろ。飯食うだろ?」
     よし、極めて普通な声が出た。
    「んぅ……」
     ベッドに腰掛け、軽く肩を揺らすと、寝ぼけたような声が出てきた。
    「まったく……」
     横向きに体勢を変えるだけでウタは起きようとしない。悪戯してやろうかという気持ちがむくむくと湧き上がってくる。ゆすっても声をかけても起きないんだ、多少何かしたって許され──と、ベットに乗り上がろうとすると、ウタの投げ出された手の先に、何かがあるのに気がついた。もしかして置いていった本か? と、ウタに覆い被さるように手を伸ばす。
    「ん、ぁれ、シャン、クス……?」
     なんてことだ。このタイミングでウタが目を覚ました。いや、本を取ろうとしていただけだ、襲おうとしていたわけではない。断じて。
     邪心など何もないような顔をして、本を取り、体を上げる。その際、本を強調するようにウタに見せるのも忘れずに。
    「あ──ごめん、寝ちゃってた」
     心臓を押さえるように手を当てながら、体を起こすウタ。
    「いや、こっちこそ悪いな、随分とほったらかしちまった」
    「ううん……」
     ウタは乱れた髪を手櫛で整える。長い左側の前髪で顔を隠すように俯いていても、染まる頬と耳は隠せていない。
    「ん? 顔赤いぞ? 熱でもあるのか?」
     前髪を横に流して顎に手をかける。白々しくも、アメジストの瞳を覗き込むと、一層顔を赤らめて、手を振り払われた。
    「ち、ちがう! もう、わかってるんでしょ、からかわないでよ!」
     シャンクスの手から逃れるようにバッと立ち上がって後ずさるウタ。焦る様子がなんとも可愛らしくて、くっ、と喉の奥から笑い声が出る。
    「悪かったって。でもな、ウタ、おれだから良かったものの、他の男だったらもっとひでぇことになってたかもしらないんだぞ? わかってるか?」
    「え?」
     頬を膨らませていたウタだったが、シャンクスの静かな怒気にあてられてさっと顔を青くする。
    「鍵、閉めてなかったろ」
    「あ──ごめん、なさい」
     ようやくシャンクスの言わんとしていることがわかったらしい、しおらしく肩を落とす。
    「反省してんならいい。怖がらせちまったな。さ、昼飯を食いに行こう」
     ぽんぽんと頭を撫でてから、扉の外へと促す。
     九時に始まった結婚式は、招待客が出港時間に間に合わなそう、というような多少のトラブルを乗り越え、おおむね予定通りに終わった。だから十八時からの披露宴までは休憩を兼ねた自由時間だ。スタッフも折を見て昼食にすることになっている。と、ウタに説明しながらスタッフルームに向かった。

     
     もしかして、もう寝てるか?と思いとどまったのは、既にウタの部屋の扉をノックした後だった。
    「はーい」
     あ、でもちょっと待って、という言葉と物音がしてから十数秒後、タオルを肩にかけ、髪を下ろしたウタが廊下に顔を出した。
    「悪い、もう寝るところだったか?」
     風呂上がりの女というものは、どうしてこうも艶っぽいのだろうと、この世の理を問うような思考に飛びかけたが、「ううん、昼に寝ちゃったから、そんなに眠くない」というウタの言葉で戻って来た。
    「そうか、ならよかった。披露宴で余った酒を貰ったんだ、どうだ、飲まないか?」
    「いいの?!飲む!」
     パッと顔を輝かせるウタ。入って入って、と、シャンクスの腕を引き、部屋の中に招き入れた。なお、今度はちゃんと鍵を閉めている。男が部屋にいるときは逆に鍵は閉めない方がいい、と、言うか迷って、やめた。
    「せっかくバルコニーがあるんだ、外で飲もう」
    「うん!」
     ウタは部屋に備え付けられた小型冷蔵庫のそばにある棚から、二人分のグラスを取り出す。シャンクスが窓を開けると、ふわっと潮風がなびいて来た。
    「なんか羽織るもん持ってこい」
     バルコニーの丸テーブルにシャンパンの瓶を置いて、ウタからグラスを受け取り言った。

     トクトクと二人分注ぎ終わったところで、ウタが外に出てきた。
    「わ、ねぇ見た?真っ白な満月!」
     バルコニーの手すりに手をかけ、空を指差すウタ。空に浮かぶ月も綺麗なものだが、シャンクスはどちらかというと、水面に映る月の方が好きだった。まぁそれ以前に、月光に照らされる歌姫に目を奪われたが。
    「あぁ」
     テーブルを挟んで左側の椅子に腰掛ける。思っていた反応と違ったのか、ウタが少しむっとしながら振り返る。だがすぐに笑顔になってグラスを取り、「かんぱーい」と差し出して来た。
    「ん」
     シャンクスもウタの目を見ながらくいっとグラスを掲げた。そして同時に一口目を喉に流す。
    「お、おいしい……」
     しみじみと呟いたウタは、そっと椅子に座り、もう一度口をつけた。
    「そりゃよかった」
     披露宴で出すものだから、質が悪いわけがなかろうが、ウタの口に合ってなによりだ。よほど気に入ったのだろう、こくこくと喉を鳴らす音が聞こえる。
    「そんな急いで飲まなくたって奪ったりしねぇよ」
     前はウタと飲むことなんてなかったから、酒好きなんて知らなかった。シャンクスはそれなりに飲む方であるから、ウタが酒好きなのは好都合だ。
    「うん」
     そう返事をしつつも手酌で酒を注ぐウタは、もう顔が赤くなりつつあった──

     ◇

     肌が白いから酔い具合がわかりやすいな、と、気づいた時点で、もう少しペースを落とせ、と、止めておけばよかった。
    「ふふ、私、シャンクスのこの赤い髪、なんでかわからないけど、すっごく好きなんだー」
     へへへ、とシャンクスの髪をわしゃわしゃしながら微笑むウタ。髪を触られるくらいどうってことないのだが、体勢に問題があった。
     シャンクスは今、ウタに跨がられていた。デッキチェアで体が斜めっているから、密着する事態は避けられているものの、目のやり場にも、腕の置き場にも困る。
    「ねぇ聞いてるー?」
    「聞いてる聞いてる」
     両手で輪郭をつかまれ、ぐいっと顔を上げさせられた。仕方なしにとろんとした瞳を見つめていると、自分から目を合わさせたくせに、恥ずかしそうにそらされた。それでもじっと見つめていると、「んむ、何考えてんの」と膝立ちだったウタが、ストンとシャンクスの腿に座った。口をとがらせる様に、なんでだかわからないが──おそらくシャンクスもそれなりに酔っていた──そそられて、肘掛けを支えに上体を起こした。
    「わぁっ」
     土台が急に動いて、シャンクスの上から落ちそうになったウタの腰を抱き寄せる。シャンクスの胸に手をついたウタが顔を上げると、下を向いていたシャンクスの鼻にウタの鼻が当たった。ウタはビクッと肩を跳ねさせ、顔を動かそうとしたが、シャンクスはそれを許さない。
     紫水晶に映る己が瞳が、欲情に燃え上がっているのが見えた。
    「あ……」
     少しの吐息でも、感じられる距離。
    「何、考えてると思う?」
     すり、と、焦らすようにウタの頬を撫でる。頬から首に手が流れ、親指は耳たぶを擦った。ピクリ、と、ウタの体が反応した。
    「ふっ」
     下を向こうにも首が固定されてどうにもならないウタが、おろおろと視線を動かす様子で、こういうのに慣れていないんだな、とわかり、愉悦してしまった。
    「な、からかってるの?」
     今まで軽く触れる程度だったウタが、本気で力を入れて胸を押して来た。
    「さぁ?」
     だがシャンクスはビクともしない。そればかりか、さらに距離を詰める。
    「じゃあ、なに、したいの……?」
     ウタはぎゅうっとシャンクスのシャツを握る。シャンクスは目を細めて「……ウタは、どうなんだ?」と、やけに熱の詰まった声で問いかけた。
    「……っ!」
     大きく目を見開いたウタは、何を思ったか、視線を一度横にそらしたものの、すぐ向き直って、ゆっくり目を閉じた。それと同時に、こわばってた肩の力も抜けていく。
     今度は逆に、シャンクスが驚く番だった。半ば本気だったが、冗談半分でもあったのだ。
     ここに来て、急に頭が冴えてくる。いいのか、ほんとうに、と、迷った。だがそれもほんの僅かな間だった。
    「シャンクス……?」
     と、少し目を開けつつ吐息混じりの声で己の名を呼ぶウタを前にして、理性などというものは一瞬で吹き飛んだ。気づいたときには、桃色の薄い唇の感触を味わっていた。
    「ん……」
     再び目を閉じ、どこでそんな技を覚えたのか、首に手を回して来たウタに、たまらなく胸の奥が疼くのを感じる。
     何度も角度を変えて口付けしているうちに、苦しくなったらしいウタが、僅かに口を開けた。腰に回っていた手をウタの首に戻すと、迷いなくその隙間に舌をねじ込んだ。
    「っぁ」
     逃げ腰になったウタにすかさず顔を寄せる。口腔内でも逃げる舌を蹂躙するように捕らえていると、「ひゃ、ん、くしゅ」と混ざり合った唾液を飲んだウタが、ぐいいと肩を押してきた。その動きに、ちゅぅっと舌を吸ってから口を離す。
     は、はぁ、と、肩で息をするウタの様子に、シャンクスはサーっと血の気が引いていくのを感じた。てらてらと唾液で口の端を濡らし、涙目になってこちらを見つめるウタは、間違いなくシャンクスが作り出してしまった"女"だった。こくり、と今一度喉を鳴らすウタは、真っ赤に染まった頬も相まって、とてつもない色香を纏っている。
    「わ、悪かった……」
     ウタの口の端を親指で拭うと、腰を抱いて持ち上げる。自分が座っていたところに腰掛けさせようと思ったが、離れたくないとばかりに抱きつかれた。
     もしこのまま外に置いていって寝られたら風邪ひくかもしれないな、と、部屋に戻り、ベッドに寝かせる。シャンクスの首と頭にかかる腕を外し、「夢、だからな、おやすみ」と呟いた。
     バルコニーに戻ってグラスを回収し、自室の流しに置く。シャンパンも栓をして持ってきた。
     ウタの部屋に戻り、バルコニーに続く窓の鍵を閉めたのを確認し、また改めて隣室に行った。繋がった扉の鍵を閉めるなり、シャンクスはその場に崩れ落ちた。
    「なっっっにやってんだおれ!このばかやろうが!」
     こんなに早急にことを進めるつもりはなかったのに、と、後悔しても後の祭りだ。あとはもう、酒のせいでウタの記憶が飛んでいることを、願うしかない。

     ◇

    「おはよー」
     翌朝、ウタは何事もなかったかのように振る舞った。それどころか、「昨晩途中から記憶ないんだけど、私何かしちゃったかな?」とさえ言っている。
    「さぁ?」
     ホッとしているのを隠すように茶化してやる。
    「え、なになに、なんかした?!」
     おろおろと焦り出すウタに、ぷっと笑い、何もねぇよ、と言うかわりにわしゃわしゃーっと頭を撫でた。これは昨日のお返しだ。
    「ちょっと!せっかくセットしたのに!もう!!」
     ウタはぷくーと頬を膨らませる。そういえば、服装も昨日とだいぶ様相が変わっている。
     昨日は清楚さはあるが、一般的な旅行客のような、ややラフなシャツとクロップドパンツだった。対して今日は、舞台に立つときのような華やかな薄紫のワンピースを着ている。そういえば、余興として歌ってもらうかも知れないと言ったんだったな。
    「すまんすまん、綺麗だな、今日も」
    「んぇ?!」
     瞬間、真っ赤に熟れたウタに、今日も今日とて百面相だなと失礼なことを考えながら、宴会場へ導いて行った。

     転がる酔っ払いたちを横目に、簡単に朝食をいただいていると、新婦と思しき美しい女性が近づいてきた。
    「こんにちは。ごめんなさいね、あまり相手をしてられなくて」
    「いえそんな、私こそ飛び入り参加の上にご飯までいただいてしまって」
    「いいのよ、気にしないで」
     朗らかに笑うその人が、どことなく疲れているようにも思え、慌てて座るよう促す。
     兄達──つまり義父母の実子──の結婚式に参加したとき、当事者含め親族の皆がかなり忙しなく立ち回っていたのを、幼いながらに覚えている。
    「そうだ、お前は特に気にしないでいい」
     隣でもぐもぐ肉を頬張っていたシャンクスが口を出す。
    「ちょっと、それはあなたが言うことじゃないでしょ。それに食べながら話さないで。お行儀が悪い」
    「ちゃんと飲み込んでから話してますー」
     んべ、と舌を見せるシャンクスに、眉間を押さえてやれやれと首を振る新婦さん。
     知り合いの結婚式と言っていたが、知り合いというのは新婦のことだったのか。──随分と、仲が良いんだな。少しのやり取りでも、互いに気のおけない関係だとわかる。
    「まったく……そうそう、ウタちゃん?あなたに頼みたいことがあってね」
    「は、はい! なんでしょうか」
     意図して笑顔を作る。
    「んーとね、この後お昼前にお開きになるんだけど、最後の挨拶の前に少し歌ってもらえないかなって。いいかな?」
    「もちろんです。あ、でも、何かこう、楽器ってありますか?」
     アカペラでも歌えないことはないが、楽器があるに越したことはない。ウタは歌以外にもゴードンによって楽器の素養を叩き込まれている。
    「楽器かぁ……確か、昨晩の余興でアコースティックギターを弾いてる人がいたかも。聞いてみるね」
    「はい! ありがとうございます」
    「いいのいいの。ご飯邪魔しちゃってごめんね、また後で」
     カタンと椅子から立ち上がると、新婦さんは手を振ってどこかに行ってしまった。朝ご飯は食べたのだろうか、まだ何か用事があるのか、ついつい心配していると、「腹ごしらえはちゃんとしとけ」とシャンクスに諫められた。
    「うん」
     素直に席に座り直し、朝食の残りを片付ける。ギターなら、あの曲がいいかもしれない──

     ◇

     最終的に、結婚式は大盛況のまま幕を閉じた。ウタによる結婚式用ラブソングが功を奏したのは言うまでもない。
    「ウタちゃん! すごい、すごかった! 想像以上!」
     閉会後、シャンクスと共に甲板で語らっていると、見送りを終えたらしい花嫁が駆け寄ってきた。
    「あ、ありがとうございます」
     頬を赤らめるウタ。否、元々赤くなっていた。
    「そうだろ、こいつの歌は本当に良いんだ。この世界の誰よりも……おれが保証する」
     と、二人きりだろうと人前だろうと褒めて褒めて褒めちぎる男のせいで。
    「ねぇ、もうわかったから、恥ずかしいよ……」
     髪を寄せ集めて顔を隠す。ウタの視線は忙しなく動いていた。花嫁の顔が見れない。
     この間のコンサートのときも予定が決まった後に話したのだが、どれだけ感動したかを、まるで子どものように目をキラキラさせながらベタ褒めするものだから、最初は嬉しかったけど、段々居た堪れなくなってしまった。
    「なんでだ? 良いと思ったものを素直に良いって言ってるだけだぞ?」
    「うわ、あなたそういうところ変わってないのね……」
     恥ずかしがるウタを微笑ましく見守っていた花嫁が、シャンクスに冷ややかな視線を向ける。
    「はぁ? そういうとこってどういう──」
    「オーナー! すみません、お話中でしょうか!」
     スタッフの一人が慌ただしく近づいて来る。
    「いや、すまんウタ、ちょっと待っていてくれ」
     すぐさま仕事の顔になったシャンクス。笑っている姿とか、プライベートな部分はとても可愛らしい人なのだなと思っていたが、この数日で、いざという時には頼りになる人なのだと知った。真剣に仕事に打ち込むその横顔が──
    「かっこいい?」
    「っ?!」
     思わず口を覆う。ウタはどうも考えていることが声に出てしまう癖があるらしい。
    「ふふ、大丈夫、何も言ってないよ」
     ウタの頭の中を見透かして、くすくす笑う花嫁は、ああ良かった、とその場で伸びをした。
    「?」
    「……ここだけの話、わたし、あの人と昔付き合ってたんだよね」
     困惑してばかりのウタから視線を外し、眼前に広がる青い青い海を見る花嫁は、ふっと、愁を帯びる。
    「えっ?!」
    「ま、昔の話よ。なんてことない、勝手に好きになって勝手に振ったよくある話」
    「えっと……」
    「あの人さ!」
     なんて声をかければいいのか戸惑っていると、そんなウタの心配を吹き飛ばすように明るく話を続ける花嫁。
    「すっっごく天然の人タラシなんだよね! 無自覚なくせに、的確に、そのとき求めている行動や言葉をくれるの。……好きになるなっていうのが、無理な話。でも、誰にでもそうだったから、わたしだけが特別なんじゃないんだって、自覚させられて、嫉妬して。それに、同じだけの熱量を、返してくれなかったし……」
     寂しげに笑った彼女は、すぐに表情を変え、ウタの手を取りぎゅっと両手で握る。
    「だからさ、あの人をお願いね、ウタちゃん」
    「え?」
    「あの人を燃やすのは、あなただったのね。友として、ずっと心配だったんだ。でもあなたなら任せられる。シャンクスと出会ってくれて、ありがとう」
     は、え? 何が? と、二の句も告げず、おろおろしていると、彼女の名を呼ぶ声がした。
    「はーい!」
     パッとウタの手を離し、夫の元へ向かう彼女は随分と幸せそうだ。シャンクスとの話は、もう少し聞いてみたい気もしていたが、心底幸福そうに夫と共に歩む彼女を見ると、そんなことよりもっと、「いいな」って羨望の気持ちが湧いてきた。
    「何がだ?」
    「うわっ! うっ、」
     突然背後から声がして、振り向き後ずさったせいで、思い切り手すりに腰をぶつけてしまった。
    「お、おいおい大丈夫か、落ちるなよ?」
     いたた、と、打った部分をさすっていると、その人もウタの腰に手を回してきた。
    「シャ、シャンクス」
     抗議のため姿勢を正すと、すぐ目の前に、顔がある。ぴゃっと硬直するウタに気づいているのかいないのか、愉快そうに目を細めたシャンクスが、目にかかった前髪を流すように頬に触れる。
    「それで、何が"いい"んだ?」
    「っぇ、えと、花嫁さんが、綺麗で、いいなって……」
    「ふぅん、海上の結婚式こういうの、好きなのか?」
    「え、どうだろ、でも、うん、海は、好き」
    「そうか……」
     なら式は海でもいいな──と、呟いたのを、ウタは聞き逃さなかった。
    「何が? というか、そういえばシャンクスって結婚してないの?」
     言ってから気づいた。もしかして、花嫁はウタをシャンクスの結婚相手か何かだと勘違いしているのだろうか。それなら、シャンクスを任せるというような発言にも説明が付く。
    「ぅえっ!? あ、あー、そ、そうだなー、まぁ、未婚っちゃあ未婚だなー」
    「へぇ……?」
     どうにも歯切れが悪い。さては離婚でもしたか売れ残ったか──後者とは考えにくいな。付き合っていた人が、いるくらいだし。
    「あ、いや、まぁ、そんなことより、この後だが──」
     なんだよ、誤魔化すつもり? どうしてだかわからないが、じんわり腹が立ってきた。私のことはなぜかよく知っているようだからこそ、私の方こそシャンクスのことを知りたい。わからないことだらけだ。こんなに親切にしてくれる理由も、時々見せる熱い視線の意味も──

    「はぁ……」
     ウタは外に面した渡り廊下の手すりに肘をかけていた。
     帰りの船は、移動用という面の大きいもので、寝る場所といえば簡易的な仕切りしかない平たいベッドだった。
     シャンクスはどうにかして部屋のある船を取ろうとしてくれたそうだが、ないものはない。だから昨日は──と思い出して、ウタはポンッと顔を赤く染めた。抱きしめてくれた、腕の感触と、温もりがまだ残っている。
     自身を落ち着かせるように、腕を組む。妙な輩に狙われないように、と、昨日はシャンクスの腕の中で眠った。互いの息遣いを感じられるくらいの距離で、寝られるわけがなかった。最初は、だけど。気づいたら、爆睡していた。いびきかいていたらどうしよう。今朝も羞恥心で飛び出してきた。
     潮風に髪を靡かせる。朝日に照らされる海は、白く雪面のように輝いている。清々しい朝だ。ぼんやり揺蕩う波を見ていると、だんだん自分の悩んでいることがちっぽけなことに思えてきて、気持ちが落ち着いてきた。さすが海。凄まじい包容力と雄大さだ。

    「うぁれ? えっ、もしやもしや、あんた、"ウタ"、じゃね?」
    「おいおいなんでこんなとこにいんだぁ? え? 本物?? そっくりさんとか?」
     ひゅっ、と、息を飲んでしまった。見るからに軽薄そうな二人組がウタの前に立つ。後ずさろうにも背後は海で、身動きが取れない。
    「え、いや……」
     すっかり油断していた。そうだった、ウタは報道陣から逃れるために海にいるんだった。あれからもう三日は経った。そろそろウタの顔なりなんなりは出回っているだろう。誤魔化して、するりと横を抜けようと画策する。
    「ちょ、まってまって、ウタでもウタでなくてもいいから、お話しようぜ? どうせ暇だろ」
    「お前可愛い子いるとすぐ手ェ出すよな」
    「はっ、お前が言うかよ」
     二人の間にある僅かな隙間に入り込もうとしたが、一人に腕を、一人に腰を掴まれた。ひっ、と、声が出る。触れられた箇所から鳥肌が立っていくような気がした。
    「や、だ」
    「んー?」
     絞り出した声に、覇気はない。ぎゅっと目を瞑る。脳裏に映るのは、美しい赤髪を持つあの人。
     そうだ、シャンクスはどこ、と、思ったところではたと気づいた。今日はスタッフが欠員だかなんだかで、それの手伝いに行っていたんだ。だったら、ウタ一人でなんとかしなくては。
    「っ、やめ、」
     顔を上げ、キッと相手を睨みつける。彼らは、そんなウタに余裕そうな笑みを見せてきたかと思ったが、瞬きする間に消えていた。
    「え」
    「お客様、何かトラブルでしょうか」
     気づいたときには、シャンクスが輩の間に入り込んで、ウタに背を向け護るような位置に立っていた。
    「は、いや、トラブルっつーか」
    「おい、やめとこうぜ」
     シャンクスがどんな顔をしているのかはわからないが、急に怖気付いた一人がもう一方をひっぱり、どこかへ行ってしまった。
    「シャン、クス」
    「悪いウタ、大丈夫か、何かされたか? すまん、本当に、離れるべきじゃなかったな」
     おろおろとウタの全身を矯めつ眇めつ眺めては、ひたすら誤り倒すシャンクス。
    「シャンクス……ちょっと、抱きしめてほしい……」
    「は?」
     何言ってんだと、何考えてんだと、諌める冷静な自分が脳内には存在したが、生憎、他の勢力の方が強かった。
     我慢できず、すっと腕を伸ばして、自らシャンクスの胸の中に飛び込んだ。初めは手持ち無沙汰にしていたシャンクスだったが、微かに震えるウタに気づいたのだろう、そっと腰に手を回してきた。
     ──ああ、やっぱりだ。どこか確信があった。この腕の中なら安心できると。さっきは触れられた部分から全身を蝕むような怖気がしたものだったが、シャンクスに触れられると、じんわりとした温かみが身体に広がっていく。
    「ウタ、ごめんな、もうすぐで着くから。……こんなんじゃ、ゴードンさんに顔向けできないな」
     懺悔するシャンクスに、ウタはふるふると否定する。そしてさらに強く彼を抱きしめる。
     ふと、肩口から見えた赤髪に手を伸ばすと、ゆっくり体を離された。すると、髪に触れようと伸ばす手を捕らえられ、無精髭の生える頬に寄せられる。そしてそのまま手のひらへとキスをされた。伏せられた長いまつ毛の奥に潜む、赤茶色の獣の瞳がウタを射抜く。
    「っ?!」
     冷静な自分が勝利した。ビクゥッと急いで手を引き寄せ、一歩後ろに下がる。
    「ん」
     にこやかにウタに近づき頬を撫でるシャンクス。その表情からは、何を考えているのかまったく読み取れない。
    「ひぇ、あ、え、え、う、え、?」
     全身から汗が噴き出してきた。ライオンに睨まれたウサギのように、硬直してしまう。これ以上下がりようがないし、第一、さっきみたいに、逃げたいとも思っていない。──どうして? 相手がシャンクスだから? 自分を守ってくれる存在だから? 信頼できるから? 本当に? どうして、私は、日数で言えばたった数日しかない関わりの人間に、これほどまでの信頼を寄せているの? 義父が信じているから? それとも、この、赤髪に、どうしようもなく、惹かれるから? 胸の奥底に眠っているはずの何かが、この"赤"を、求めているから──?
    「ふ、」
     顔は熱いし、心臓は激しく鼓動するし、眼前の男からは逃れられようがないしと、頭のなかがぐるぐるして爆発する寸前、一気に空気が緩んだ。シャンクスは、だーっはっはと大口開けて笑い出す。
    「な、な、な、」
     また揶揄われた?! と今度は違う意味で顔を真っ赤にする。
     なんだよ変に悩んでしまった自分がバカみたいじゃないか。ふつふつと、怒りが胸に溜まっていく。
    「悪い悪い、いや言っとくが、心配したのは事実だぞ? ただ、お前が、随分と可愛いことをしてくれるから、つい、な」
     はあああ?! なんだこの男は! 普通じゃない! 普通だったらそんなにさらっと可愛いだとか綺麗だとか言わない! 新婦さん! 今はきっとハネムーンに行ってる新婦さん!! こいつ!! 天然タラシだ!!!!
     うわーもーあああー!! と髪を振り乱してウタは廊下を駆けて行った。

    「ほんと、可愛くて、可哀想なやつだ」
     こんなおれに捕まって、と、目を細めるシャンクスを、ウタは知らない。
    「あ、そうだ、さっきは助けてくれてありがと。かっこよかったよ、シャンクス」
     ああああ、と叫んでいたウタの姿が見えなくなりそうになったところで、ウタがキキーッと急ブレーキかけた。そうして、踵を返すと前屈みになって秘密話をするように口元に手を当てながら、ぽそっと言った。
    「え、お、おー」
     なんだなんだと、シャンクスもまた前屈みになって耳を寄せていた。起き上がったシャンクスは、口元を隠し、あさっての方向を向いている。
    「ふふふ」
     顔が赤いように見えるのは気のせいではないだろう。してやったり、と、にやけたウタは、「どうだ! 面と向かって褒められるのは恥ずかしいだろ!」と指を突きつける。
    「いや? 単純に、嬉しいが」
     指差すな、と、掴まれた手を開かされ、指を絡められる。俗に言う恋人繋ぎのようになった状態で、シャンクスが、ウタの指に唇を寄せる。
    「んなぁっ!」
     振り払おうにもまったくもって動かない。それどころか、そのまま腕を引かれ、シャンクスに激突すると、手を離され腰を抱かれた。手が開放された代わりに、身体が囲まれた。
    「な、もっと言ってくれよ、かっこいいって」
     身体の奥底へ響かせるような低音を耳に注がれた。両手でなんとかシャンクスの顔を押し返す。何笑ってんだ!
     ぷるぷると小刻みに震え出すウタ。シャンクスの体が少し離れたタイミングで、脇を抜け、今度こそ一度も振り返らず、立ち去った。
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