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    red_ut_fj

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    red_ut_fj

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    ※転生if
    ※ウタちゃんがいじめに遭ってる表現があります。キャラヘイトの意図はありませんが、気になる方は閲覧をご遠慮ください。
    ※モブが出てきます。
    ※閲覧は自己責任でお願いします。

    シャンウタ転生パロ 第五話 消花※キャプション必読でお願いします。
     瞼の裏では依然として炎がチラついていた。揺さぶられて、すこしだけ意識がもどる。目を開けるほど覚醒してはいないが、ウタに触れる誰かの腕や体の温もりは、不思議と覚えがあった。力が抜けて、先程とは違う感覚で眠りへと沈んで行った。

     何かに寝かせられ、再び意識が浮上する。しかし耳鳴りが酷くて外の音を認識しにくい。
     まるで、水の中にいるようだ。そんな中で、唯一耳に入ったのは、最近知り合ったばかりのはずの、低い声────

     ◇

     喉の乾きで目が覚めた。見慣れない白い天井。ズキズキ頭が痛む。
     あれ、なんだっけ、確か──
    「ウタ、目が覚めたかい」
     頭を抑えながら起き上がろうとすると、あわてて制する心配そうな顔の義父ゴードンがいた。
    「おとう、っ、けほ」
     喉になにかひっかかる感覚がする。うまく声が出せない。
    「ああ、無理に話さなくていい。すぐに医者を呼んでくる、待っていなさい」
    「ん……」
     カーテンをくぐり抜けるゴードンの背をウタはぼんやり見送った。
     あとで、色々聞こう。12年前のこと、それから、あの、声のこと──

     ◇

    「え、歌えない?! っげほっごほ」
    「ほら、まず声も出ないだろ。というか悪化するから喋るな」
     んぐぅ、と、喉をさすりなから抗議の唸り声をだす。ウタは病室のベッドで起き上がりつつ、主治医の話を聞いていた。
    「ウタ、後は私が話すから、安静にしていなさい」
     ゴードンにそう諭されて、不満げな顔をしつつも聴く体勢に入る。
    「煙を吸いすぎて喉を痛めたんだ。永遠に歌えないってのじゃないから、しばらくは大人しくしていろ」
     ウタを含めたゴードン一家の主治医であるホンゴウは、そう言ってポンとウタの頭を撫でる。もう大人なのだから子ども扱いはやめてほしいのに、癖なんだとやめてくれない。
    「…………」
     喋るなと言われたから、むすっとしつつ、頷く。
    「それじゃあ、おれはこれで」
    「あぁ、後は私の方でなんとかしよう。助かった」
     他にも患者がいるのだろう、ホンゴウはそそくさと立ち去った。忙しいだろうに、夜遅くに運ばれてきたウタも懇切丁寧に扱ってくれた。昔は町医者のようであったのに、今じゃ立派な病院の医院長だ。だのにこうして世話をしてくれるのは、昔馴染みだからという。
    「さて」
    「?」
     ゴードンが改まった顔でベッド横の丸椅子に腰掛ける。首を傾げてその顔を眺めていると、筆談用の紙とペンを手渡された。
    「今から酷なことを言うが、いいかい」
     はぁ、と、ゴードンは傷ついたようにため息をつく。言う側である彼が言う前から沈んだ様子であるなら、なんとなく予想はつくが、聞きたくないと駄々をこねても仕方がない。
     こくり、と首肯し、じっとゴードンの目を見つめる。
    「ふぅ……来週の試験は棄権しなさい」
     彼は一度眉を顰め下を向いたが、ウタの覚悟に応えるように、しっかとウタを見据え、はっきりと告げた。
     来週の試験というと、学園祭のステージ発表権をかけたものだろう。それを棄権するということは、つまり──
    『わかった』
     紙にペンをつけ、やや間をおいてからさらさらと、そう書いた。文字を読んだゴードンは信じられないとばかりに驚きを顔に表したが、ぎゅうっと、ペンを握りしめるウタに気づいて、険しい顔に戻った。
    「軌道に乗ってきた今、なんともタイミングが悪いが、こればかりはどうしようもない。他に溜まっている仕事も断るよ。それから、マスコミに騒がれることを考慮して、学業を優先するため休みをとるということにしておく。安心して養生してくれ。学園祭が終わったら、また本格的に活動を再開しよう」
     そうだ、歌ってはいけない、そもそも喋ってはいけないという事実に気を取られていたが、スケジュールは少なくとも一ヶ月先まで埋まっていた。それをほとんど断るとなると、気が滅入る。仕事相手にも、ファンにも、申し訳が立たない。
    「あぁただ、声を出さなくてもいい仕事があれば、やることにはなるだろうし、この機会にあまり返せていないとこの間言っていた、ファンレターに目を通すなどしていればいい」
     意気消沈を全身で示すウタにゴードンはおろおろと慌てて提言する。
    『そうだね、それがいいかも』
     ウタ以上にウタが歌えないことを残念がっているであろうゴードンを前に、落ち込んでいちゃ駄目だろう。出来ることからやっていこう。そのうちまた歌えるようになるのだから──と、どこか楽観視していたウタだったが、現実はそう甘くはなかった。
    「ねぇねぇねぇ! 聞いた?! ウタ、今度の試験棄権するんだって!!」
    「え、そうなの?! うっわ、超ラッキー!」
    「でもなんで?」
    「あーそういえば……」
    「は、どうせあれでしょ? 天下の歌姫様は学園祭どころじゃないんでしょ、忙しくてぇ」
    「やっぱそれだよね。やな奴〜」
     ウタは、ロッカー室に入れないでいた。
     この世は競争社会である。幼い頃からそれなりに優秀であったウタは、僻みや妬みもずいぶん受けてきた。だから今回も、いつもと同じようにため息一つついて受け流そうとしたのだが──
    「え、待って、私はストーカーに襲われたから活動休止って聞いてるけど」
    「あーあれでしょ、この間のボヤ騒ぎの。あれウタのことだったんだ」
    「まー仕方ないよね」
    「そうそう、あれだよ、有名税ってやつ」
    「これを機に、大人しく私たちに席を譲ってくれーなんてね」
     聞き捨てならなかった。有名税ってなんだ。私は別に、有名になろうとしてなったわけじゃない。そりゃ、多くの人が歌を聞いてくれれば嬉しいなと思っていたけどさ。と、ここまで考えて、違和感を覚えた。何をムキになっているんだろう。──あいつに言われたことがまだ心に残っているからかな。あのあと話を聞いたゴードンに絶対に気にするなと言われたから、あまり気にしないようにしているけれど。
    「え、ねぇそういえばウタといえばさ、あれ聞いた?」 
    「なに?」
    「なんか、この間堅気じゃなさそうな人と一緒にいるの見たって誰かが言っててさ」
    「あー!知ってる」
    「なにそれぇ、怖」
    「いやいや、元々さ、ほら、他にもあの子のお父さんに噂が……」
     ガチャン、と、扉を押し開け、ずかずか部屋に踏み込んだ。
     私を貶すなら、まだ、あーはいはい、嫉妬してるのね、そっかそっかって、流せるからまだいいけれど、よく知りもしないで憶測で他の人を、殊にシャンクスを悪く言うなんて、見過ごせなかった。
     静まる室内。入った途端気まずそうに黙り込むなら最初から言うなよ。
    「えーなに? もしかしてそれって変装ですかぁ?」
     嘲笑うように声をかけてきたやつがいた。
     まだ言うか。背後ではちょっと、やめなよ、と止めている者もいるが、その顔はいやらしくニヤついている。
    「別に……」
     ウタはぽつりと小声で返答すると、にこやかに笑って自分のロッカーへ向かう。ウタは近頃マスクをしていた。しかし、返事のとおり、変装のつもりはないし、そもそもマスクをしていたいわけでもない。ゴードンを筆頭に周りがうるさいからしているだけだ。ただ単に、喉を守っているだけだ。
    「……ふん、気取っちゃって。行こ」
     まだぶつくさ言っているが、まともに取り合っても疲れるだけだとロッカーを開ける。そして呆然と立ち尽くす。背後では、くすくすという笑い声と、扉の閉まる音がした。
    「さいあく」
     これが大学生にもなってやることか。鍵のついたロッカーをどうやって開けたのか知らないが、じっくり見るのも嫌なくらい、あからさまな悪口が書かれた紙が貼られている。無造作にぐしゃあっと、握りつぶしながら外していく。幸い、教科書類が盗まれたというようなことはなさそうだ。
    「はあぁ……」
     最早ため息しか出ない。ずるずるとその場にへたり込む。歌えないというストレスに加え、以前よりまして明らかないじめ。ウタの心身は疲弊の一途を辿っていた。

     ◇

     ──これに気づけたということが、今回試験を棄権した上で唯一よかったことではなかろうか。
     あの子は高音の伸びがよく、あの子は細かいビブラートが出せて、あの子は会場中に響かせられる力強い歌声を持っている。

     試験当日、ウタは本番と同じステージの試験会場で、後ろの席から皆の様子を見ていた。今までは自分のことに精一杯で、あまり周りを気にしていられなかったが、こうしてじっくり聞いてみると、この学校に入学できるだけの実力は皆付いていることを知ることができる。
     エレジア芸大は世界で活躍する芸術家を多く輩出する分、門戸は狭い。求められるレベルも相当の高さとなる。たとえ付属高校出身であっても容赦なく試験で落とされることはままある。入れたとしてもレベルについていけなくて、退学する者もいる。
     なんだ、皆うまいじゃないか。ライバル視は当然にしても、必要以上に妬みすぎではないか。

    「はい、では試験終了です。結果は後日掲示しますから、各自確認しておいてください」
     そうこうしているうちに試験が終わったようだ。はーい、という返事ののち、ステージからはけて帰り支度をする皆にならい、ウタも会場を出ようとする。と、ふと、痛いくらいの視線を感じた。なんだ、誰だ、と、未だステージに立ち尽くす彼女の方を見ると、勝ち誇ったような笑みを向けられた。
     は?なんだ、何が言いたい。ウタの心にもやもやと黒い靄がかかる。彼女は目が合ったのを確認すると、ふんっと、鼻で笑ってステージから立ち去った。
     ウタは唇を噛む。喉は依然として調子が悪い。多少掠れているが、喋るのには困らなくなってきつつある。それでも、歌うことに関してはドクターストップがかかったままだった。
     ──もし、あんなことがなければきっと私は学園祭のステージに立てた。あいつらなんか実力でねじ伏せられた。──ああ、これが嫉妬というやつか。悔しいな、もどかしいな。辛い苦しい。でも、だからといって、この気持ちを誰かにぶつけるようじゃだめだ。これを原動力にしなければ。
     ふぅ、と、深呼吸をして、ステージを睨み付ける。今に見てろ、喉が治ったら、前よりもっといい歌声を響かせてやる。そのためには、今できることを、すべきことを済ませてしまおう。隣の椅子に置いていた荷物を手に取り、地をしっかり踏みしめ音楽ホールを後にした。
    「失礼しまーす」
     他の学部の棟に来ることはあまり多くない。服飾学科には舞台に立つ時の衣装を作ってもらうこともあるから、比較的訪れる方だが、それでも多少緊張する。
    「おー、よく来たな、入れ入れ」
     ペローナが使っている実習室には、彼女以外にもいくらか人がいる。
     いや、あれはトルソーか? かつらを被せられているものもあってどれが人間なのか分かりにくい部屋だ。夜になったら怖いだろうな。
    「すごいね、この部屋。黒い」
    「まぁな、明るくて薄い色彩の衣装を作るときに布とか糸とかがどこにあるかわかりやすくするためなんだと」
     服飾の実習室というと、白くて清潔な場所というイメージが大きいし、実際そのような部屋ももちろんあるらしいのだが、今日来たところは机も椅子も床も黒く塗られていた。これなら確かに白い糸なんかは目立ちやすいだろう。
    「……で、私はこれを着ればいいの?」
     ペローナが先程からいじっているトルソーには、薄紫を基調として、裾などに花飾りが付けられたやわらかなAラインのワンピースが着せられている。ペローナの趣味とは違うな、と少し思ってしまった。
    「あぁ、まだ完成じゃないけどな。今日呼んだのはサイズ調整のためだ」
    「ふーん」
    「今ここのほつれ直してるから、もう少し待っていろ。暇だったら他のやつらのでも見てるといい。触るなよ」
     うん、と返事をしながらぐるりと部屋を見渡す。六つの太い長方形の机が等間隔に並んでいる。机にはミシンが付随してあり、作りかけの衣装や布の切れ端が部屋の端の棚などに散らばっている。ペローナのものと似たトルソーには、長さや大きさ、柄、形がそれぞれ大きく異なる衣装が着せられている。
     唯一の共通点といえば、どれも舞台映えしそうなドレスだということだろうか。ファッションショー用ということもあって──ペローナの衣装含め──スパンコールやビジューが縫い付けられ、歩く度にキラキラとライトに反射している。あまり近づきすぎないように、それでも細かな装飾が見える範囲まで寄って見ていると、いつの間にか一周していた。
    「よし、こんなもんだろ。向こうの部屋が更衣室になってるから、ちょっと着てみてくれ」
    「はーい」
     トルソーから丁寧に、慎重に衣装を取り外したペローナに連れられ、服飾室後方の扉の中へ入る。
    「うわ」
    「ちょっと散らかってるが我慢しろよ」
     ちょっと、というレベルだろうか、これは。
     下着に靴下にインナーに、いろんなものが床に放り出され、まさに舞台裏の惨状が再現されている。
    「仕方ねぇだろ、締め切りまであと少しでいちいち片してられねぇんだ。言っとくが、普段はもうすこーし綺麗だからな」
     思っていたことが顔に出ていたらしい。
    「そっかー」
    「おう、じゃ、まずこれな」
     ペローナに指示されるままに下着姿となり、光沢のある厚手の白いベアトップワンピースを着せられる。巻き込まれた髪を引き抜くと、肩近くまである長手袋を渡される。薄手に見えるが裏起毛になっていて暖かかった。
     「ん」と、ばんざいするよう促され、すっぽり頭からドレスを被る。こういうのは下から着るものなのでは、と思ったが、まぁ言わない。
    「ぜってぇ動くなよ。針刺さるからな」
    「あ、はい」
     ジーっと背中のチャックを上げられる。中途半端に腕をあげたまま、ウタは硬直した。少し離れて「うーん」、とウタの全身をくまなく見つめるペローナは、職人の顔をしていた。
     怒っている顔や笑っている顔を見ることが多い分、なんだか新鮮だ。その真剣さに報わなければ、と、ウタにも気合が入った。モデルは素人の学生ばかりだし、無理に本物っぽく歩かなくていいと言われているが、基礎的な知識はつけておいてもいいかもしれない。時間があれば、の話だが。
    「腰回りがちっと緩いかな……でもここ締めると胸がな……裾上げるか……?」
     ペローナはぶつぶつと構想を練りながら裁縫箱に手を伸ばす。まち針を取り出すと、「ほんっっっとにぜっっったいに動くなよ、刺さるからな!!」と脅しつつ、サイズ調整をしていった。

     ◇

    「そういえばさ、この間のボヤ騒ぎのとき、結局なんだったんだ?」
     あれから忙しくてお互い全然会えなかったし、とペローナはチラリと視線をウタに向ける。
    「あー、言ってなかったっけ。──私さ、火が苦手……っていうのでもないな、好き、でもなくて、うーん、なんて言えばいいのかわからないけど、とにかく、火を見ると、触りたくなる癖? があって。だから気が動転しちゃって」
     改めて表現すると、よくわからない症状だなと思う。たぶん、トラウマとかそういうのなのだろうけど──いや、違う、炎に焦がれるのは、たぶん──
    「それだけで過呼吸になるのか? いや、なるかもしれないけど、あの不審者は関係ないのか」
    「あーっと……」
     できれば、あの日のことはどうにか濁したかった。が、ペローナがそれを許すはずもなく、何もかも白状させられた。

    「ふーん。あんな奴の言うことなんざ真に受けんなよって言いたいところだけど、そういうのはどうしても気にしちまうか?」
     過去の罪も同時に暴かれることにもなるから、友情に亀裂が、などと考えてしまっていたが、そんなのは杞憂だと一蹴された。曰く、
    「そんなんで崩れるほどの関係だと思ってたのか? そんなわけないだろ。ま、なんでもかんでも受け入れるのが友情だとは言わねぇよ。ただ私は支え合うのが友情だと思ってる。
    で、なんだって? 自分のせいで火事になった? 本当か、それは。確かに火事は起こったかもしれない、だが、それが全部ウタのせいかっつったら傲慢がすぎるんじゃねえの。屋台の管理をしていたやつとか、その周りの人間の不注意のせいや、季節のせいもあるだろ。
    第一、火の手が上がればステージに注目してたとしても、普通はすぐに気がつくはずだ。自分の不注意のせいで火事になったのを、ウタのせいだと擦り付けるやつがいる可能性もあるだろ。お前のせいで火事になったっていうのと同じ程度の可能性だ。
    それになぁ、私はウタの歌が好きだ。好きだからこそ、聴けば幸せになれるんだ。だから嫌いなら幸せにはならないだろ。それだけだ。
    呪いっつーと聞こえが悪いけど、生きてる限り人は呪いを振りまいてるよ。例えば気に入らねぇ奴が自分よりテストの点が高かったら恨めしく思うだろ?その程度の悪意は世界中で、今こうして私たちが話している間にも生まれている。だから──って結局あいつの言うことは気にすんなって話になってるな、はは」
     あっけんからんと、内容的にはそんなことないのに、世間話のようにペローナは話す。
     ──なるほど、一理ある。ウタは傲慢になっていたのかもしれない。人気が出たからって自分の能力を過信しすぎていたのかもしれない。ましてや、12年前の話である。
     それに、呪いや悪意は誰だって振りまいている。たとえ意識的なものでなかったとしても。ならば、少なくともウタは声楽科の同級生たちに呪いを振りまいていたということになるだろう。
     客観的に考えればいい言葉ではないかもしれないが、今のウタにとっては救いの言葉だった。
     あぁ、やっぱり、一人でなんでも抱えるのはよくないんだな。少し話しただけでも心に余裕が出てきた。
    「うん、ありがとう。確かにそうだよね、じゃあもう、なるべく気にしないようにする」
     少しばかり涙ぐんでしまったウタは、衣装を汚さないようにとそっと指で雫を拭った。
    「でもなんでその癖がわかったんだろうな、私でさえ知らなかったのに」
     ペローナが黒レースに縁取られたピンク色のハンカチを手渡してくれる。
    「なんでだろ」
     確かに大学では調理実習とかはないし、火に触れる機会なんてほとんどないだろう。うちの大学はそれこそ昔火事があったというのも教訓に、後夜祭にキャンプファイヤー、なんてのもないし──
    「……盗聴?」
    「ん、なんて?」
     ボソッとペローナか何か呟いたようだったが、考え事をしていたせいで、聞き逃してしまった。
    「いや、なんでもない、それより今度、お前の家行きたい。つっても、学園祭が終わらないことには行けないけど」
     少々気になったけど、雑談はこれで終わりにして、作業を本格的に再会するようだ。
    「もちろん、いいよ!」
     ウタは、蕾が花開いたときのようにまばゆい笑みを浮かべた。

     ◇

    「ま、こんなもんか」
     衣装をトルソーに着せ直してじっくり見ていたペローナは、そう言って片付け始める。
     ウタはやっと解放された……と、肩の力を抜いて、特に何も置かれていないテーブルにつっぷした。ずっと立っていること自体はさして苦ではなかったが、いちいち脅されて、気を張っていた。
    「おーい、まだ終わりじゃねぇぞ」
    「え、そうなの?!」
     ガバッと顔を上げる。
    「ああいや、今日はもう終わりだが、また今度次はアクセサリーをつけてもらう」
     ったく、金属加工学科のやつらが出してくんの遅くてよ……と悪態をつくペローナ。
    「りょうかーい」
    「悪いな、じゃあもう今日はこれでいい。おつかれ。帰りはどうするんだ? 迎えくるのか? 送って行こうか」
    「いや、迎えくるから大丈夫。ありがとう」
     そこらへんに放っておいていた荷物を回収し、ウタは服飾室を後にする。

     人目のつかないところには行きたくなかったが、かといって多くの人の好奇の視線にさらされるのも嫌なウタは、できれば学校にいる間はずっと気の許せるペローナに側にいてほしかった。しかし、学園祭まで時間がなく、どこもかしこも慌ただしい。ペローナの手を必要以上に煩わせたくなかった。今年は舞台に立たない分、せめて皆のサポートがしたかった。困らせているようじゃ本末転倒である。
     と、いっても、声楽科の人たちはどうもウタを毛嫌い? しているようで、やることがあまり見つからなかった。闘争心を燃やすのは勝手だけれど、こうも遠ざけられると、少々落ち込む。今日はペローナに勇気付けてもらえたけれど、環境面の変化は何もないのが現状だった。
     ウタは外に出て、通りがかった音楽学部の建物を見上げる。はぁ、とため息をついて、止めていた足を動かす。地面には、昨日の雨で踏みしめられ泥をかけられた落ち葉が広がっていた。
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