シャンウタ転生パロ 第六話 花祭※キャプション必読でお願いします。
「綺麗だ。すごく。本当に。似合ってるよ、ウタ。可愛い」
熱した飴玉のような熱さと甘さの低い声。それは、ウタを真っ赤に熟れさせるには十分すぎるものだった。
「なっっ、なぁ、なっっに……?!」
顔を隠そうにも、手袋の調整されていて動けないし、顔を背けようにも頬に添えられた手によって阻まれる。ウタはただただ、餌を求める金魚のごとく、口をパクパクさせる以外にできることはなかった。
「おい、気安く触れるな、化粧が崩れる」
その声は我が友ペローナではないか?! ウタの窮地を救ったのは、他でもない、たった今衣装の調整をしていたペローナ。パシッと、ウタから手を離させると、守るように立ちはだかった。
「おお、すまんすまん」
一寸たりとも悪いと思っていないであろう言葉を返す、ウタを翻弄する張本人、シャンクス。払われた手をぷらぷら振りながら一歩下がると、またしみじみと頭の先から爪の先までウタを眺める。
バチリ、目が合うと、すっと目を細めて笑いかけられ、ウタは胸がきゅうっとなって同時にすごくどきどきした。いや、さっきからずっとどきどきはしているけれど。褒められたことにより多幸感であふれているにも関わらず、どこか、苦しい。
衣装が締め付けられているのかと、胸元を確認するが、きつくもなくゆるくもない。内側から生まれる痛み、これはいったい何だ。
チラと、再度シャンクスを見ると、胸元にかけられた関係者の名札が目に入った。ん、関係者?
「そういえば、なんでここにいるの? 今更だけど」
「ん、ああ、おれ当日仕事で来れないからな、ゴードンさんに頼んで入れてもらった」
「職権濫用……」
養父ってそんなことする人だったっけ。
「何言ってんだ、そりゃ確かに多少無理はあるが、おれも一応関係者だぞ」
思わずジト目になったウタを、窘めるように笑うシャンクス。
「そうなの?」
「おう。出資者だ」
「なるほど……」
急に生々しいな。それなら関係者といえば関係者といえるが。
「でも、普通は飲食系のスポンサーが多いよね。クルーズって何か関係あるの?」
「え、あー、まぁ、あるといえばあるがないといえばない、な」
「ふーん」
よくわからないが、大人の事情というやつだろう。企業のことは専門外だ。
「よし、こんなもんだろ」
糸と針をしまいながら、ペローナが満足げに頷く。ウタからするとどこがどう変わったのかわからないのだが、これで最終調整は終わりらしい。
「じゃ、部外者はもうこの辺で退散してくれー」
「っと、はいはい。邪魔したな」
先程からペローナのシャンクスに対する扱いが雑だと思っていたのは勘違いじゃなかったようだ。やけに邪険に接している。いや、これが通常運転だったっけか? 打ち解けてから、それ以前はどう接していたかが思い出せない。
シャンクスは両手をあげて降参を示すと、ペローナによってステージ横の控室の外へ追い出される。完全に扉が閉まる前、シャンクスは改めてウタを眺め、口パクで似合ってる、と言った。
扉は閉まったのに、ウタの脳裏には嬉しそうに微笑むシャンクスの姿が映っていた。また、胸の痛みを感じる。顔も、熱い。
「あいつさぁ……絶対お前に気があるぞ」
一部始終を死んだ魚のような瞳で見ていたペローナ。なんとも嫌そうな表情である。
「えぇ? そうかなぁ……」
確かに、よく気にかけてくれるけど、シャンクスからしたら私なんてそこらへんの小娘と同じ──とここまで考えて、キリ、と胸の痛みが強まった。
「まぁ、お前がまんざらでもないならいいけど……何かしでかしたら私がぶっ飛ばしてやるから、言えよ」
「う、うん」
何もしでかさないでもペローナはぶっ飛ばしそうなオーラを出しているから、つい、苦笑いになってしまう。
それにしても──まんざらでもない? 確かに、シャンクスが昔助けてくれていたことを思い出しては、彼のことを思い出す回数も増えたし、会いたいとよく思うようになったし、前よりずっともっと好きだけど──好き、だけど。え、あれ、好き、なのか? そういえば、前流行った恋愛ソングに、そんな歌詞があったような──「この胸の痛みはあの人を想う痛み」、みたいな。なら、えっ、え──シャンクスのこと、好きなの?!
あわあわと、途端に挙動不審になったウタの横で、やらかした、言っちまった──と天を仰いでいるペローナを、ウタは知らない。
学園祭四日目──
「うひゃぁ、人多いね、失敗しないか不安になってきたよ」
ウタは、もうすぐ出番だからと呼び出され、ステージ横で待機していた。じっとしているのも落ち着かなくて、チラッと幕の隙間から客席を見てしまった。最後列が見えないくらい、人がいる。
「大丈夫、さっきずっこけた奴いるから、ちょっとくらいじゃ失敗にならない」
腰についたリボンの角度を微調整しているペローナ。励ましてくれているのはいいが、苦笑いしか返せない。というか、後方で涙目になった子がこちらを睨んでいるのだが──
「それにしても、確かに人多いな」
「そうなの?」
ファッションショーもメインイベントの一つだから、このくらい人がいるのが普通だと思っていた。
「んー、人数もそうなんだが、客層がいつもと違う気がする。むさい男が多いっていうか、なんだろう、妙に胸騒ぎがするな」
「むさい……」
「いやほら、こういうの見るようなやつはそれなりにファッションに気を使ってるやつなんだよ、普段は」
だから──とペローナが言葉を続けようとすると、「ペローナさん、そろそろ」と声がかかった。
「あ、はい。よし、じゃあ、さっと行ってさっと帰ってこい」
ステージ真横まで歩を進め、ペローナはぱしっとウタの背を叩き、送り出した。
「あはは、うん、わかった。いってきまーす」
向こう側の出入り口に前の人が戻って行くのを確認し、コツコツとヒールの音を響かせながら、ウタはT字ステージの先端に向かった。
────結果から言って、ペローナの嫌な予感は的中した。
◇
思えば、ウタがステージの端に到達する前に、それは始まっていた。
ウタが登壇した途端、歓声が湧き上がった。そして我こそはと規制を乗り越えてステージに近づく人々が絶えなかった。彼らは口々にウタの名を呼び、叫ぶ。
「ウタ!」「かわいいー!」「こっち見てー!!」
かけられる声に、なんとか笑顔をつくって手を振る。そんなに近づいちゃだめなのではないか、と、顔がやや引き攣る。たぶん、自分のファンだと慌ただしく動き出した係員に申し訳なく思いながら、ステージの最先端に辿り着いた。
自然光に反射するビジューや、そよ風になびくスカートを強調するようにポーズを取ろうとした、とき──
「ウタ!歌ってよ!!」
一つの声が風をきった。え? ここで? と、ウタ狼狽えたように、観客たちも困惑している。
「あんた何言ってんの?」「ここそういう場所じゃないでしょ、ウタだけが目当てなら来るな!」「はー? ウタ見るために他の興味ないやつらも見てやったんだけど」
ウタ目当ての客と、ファッションショーを楽しみにしていた客とが一触即発の雰囲気になる。
「ちょっ、」
最前列近くで繰り出されるやりとりに、ウタが口を挟もうとするも、「え、ていうか、ウタって今歌えないんでしょ?」という声に遮られた。
よく通るその声は、聞き覚えのあるもの。たしか、同じ声楽科の──
「なにそれ、どういうこと?」「初耳なんですけどー」「嘘だろ?」「聞いてない!」
案の定、混乱は広まって行く。
ウタは単純に、ひどい、と思った。いくら何でも、こんなところで、その情報を出す? 声楽科内でも暗黙の了解っていうか、他言無用の案件じゃなかったの? 公式発表していなかったのは、余計な混乱を与えないためじゃないの? こんな形で判明されたら──
「おいウタ! どういうことだよ!」「おれウタの歌聞くためにわざわざ遠くから来たんだけど」「どうりで最近テレビに出てないと思ったぁ」「ありえなーい」
ひゅっと喉が鳴る。冷や汗が吹き出してきた。
「ちょっとやめてよ!」「ウタを責めないで」「そうだそうだ! なんか事情があるんだろ」
ズキリと罪悪感で胸が痛む。擁護してくれるのは、ありがたいけれど、隠していたのは、事実──
「歌えなくなったのってあれじゃないの?ストーカーに襲われたんでしょ」
目眩がした。足元の感覚がなくなっていく。また、声楽科の学生の声。貴方達は、どうしてそんなに、貶めようとするんだ。
「え、やっぱあの噂って」「ボヤ騒ぎのあれだっけ?」
今度は座って静観していた在校生たちが声をあげ始めた。
「なになに、ほんとに何かあったの?」「なんで発表しなかったんだろ」「そりゃ犯人が学生とは学園側も言えないだろ」「え」
何か、言いたいのに、何を言えばいいのか、わからない。このまま、放っておくと、ほんとうに、ダメなところへ、憶測が、進みそう、なのに。ど、うしたら──
「ウタ!」
「ペローナ……」
その場にへたり込みそうになったのを、ガッと支えられた。腕と腰を掴まれ、立たされる。「行くぞ」とペローナは観客を顧みず、ズカズカとウタを引っ張ってステージからはけた。
ウタは、「そういえばボヤっていえばさぁ……」という声から、聞き覚えのある声から、耳を塞いだ。
◇
ペローナをはじめ、今回のファッションショーに関わった人たちを前にして、ウタが思いっきり頭を下げた。ぽたりぽたりと地面の色が水玉模様に変わる。
「ごめんなさい……ほんとうにっ……!」
やや呆然としていたウタが、温かい飲み物を渡され、落ち着いてきた頃だった。
「いや、まぁ、トリだったから、後がつかえたわけじゃないしそこまで最悪の事態じゃないよ」
「そうそう、むしろあなたのおかげで私がこけたのも忘れられてるよ」
「聞いた話だけど、もっと昔は超有名モデルを起用したせいでステージ上にあがってくる人もいたらしいからさ、それがなかっだけマシじゃない?」
皆口々にウタを慰めるが、どことなく、空気は重かった。そりゃそうだ。ただでさえウタが出るってだけで色々もってかれる可能性はあったのだし、こんな事態になりゃ、ウタ以前の発表を覚えてる人は少ないだろう。
ペローナは内心、ウタを擁護しきれないことに罪悪感を覚えつつ、「ほら、皆こう言ってるだろ、顔あげろよ」と、ウタの肩に手を置く。
「ううん、だって、私、っう、ごめん、なさ、いっ」
ペローナの服を掴み、嗚咽をもらすウタ。しゃがみかけているのを無理やり抱き起こし、更衣室に連れて行く。
途中、実行委員と目が合った。物言いたげな視線を捉えるが、敢えて逸らした。言いたいことは、わかっている。
「ほら脱げ。着てた服はこれだっけか」
ウェディングドレスを模しているから、そこそこ場所をとるヴェールを抱えて更衣室の奥へ誘導する。学友の一人が気を利かせて、ウタの服を待ってきてくれた。目礼し、ウタの背中のジッパーを下ろすと、ゆっくり着替え始めた。
────はぁ。
ウタに気づかれないように、ため息をつく。実行委員はさぞ恨めしく思っているだろうな。いや、委員だけじゃないか。──考えが、浅かったのだろうか。ペローナとしては、時の人だからと集客力を狙ったんじゃなく、ただ単に、友達だからモデルを頼んだんだが、世間はそうは見ないだろう。ウタを起用しなければ、なんて、絶対に、口が裂けても言えないが、こうなることを予想していれば、対処法を伝授するとか、スタッフの配置を工夫するとか、できたのかもしれない。
──過ぎた話だ。次に生かすために反省はすれど、いつまでも引きずってられないな。それに、今は、ウタの方が心配だ。優しいこの子のことだから、必要以上に気にしてるだろう。ただでさえ、歌えなくて気が滅入ってる時期なのに、これ以上心労をかけられない。かけたくない。
「ほらウタ、今夜打ち上げするって話だったろ?さっさと着替えと片付け済まして、飯に行こう」