しあわせ 瞼をそっと持ち上げると、辺りがほんのり白んできた所で、起きるにはまだ早い時間とわかる。スンと取り込んだ空気が、愛しい人の香りと共に鼻腔を抜けていく。ふと隣を見ると、すやりすやりと眠る善逸が目に入る。俺の腕の中で幸せそうに笑む彼にこちらも自然と頬が緩み、彼の形のよい額にそっと唇を落とした。
善逸と初めて出会った高校の玄関先。彼は風紀委員として服装を取り締まっていた。そこで俺は父の形見のピアスを見逃してもらったんだ。結構前のことなのに、あの日の事は昨日のように思い出せる。その日からお礼を口実に自分の作ったパンを何度も渡して、善逸との時間を必死に作ろうとしたんだよな。学年が違うから、昼休みぐらいしか一緒にいられなくて…。それから何とか仲良くなれて、放課後遊んだりできるようにもなったけれど、俺も店の手伝いが忙しくて…。そんな俺に、善逸は買い物と称して会いに来てくれたんだよな。あれはとても嬉しかった。
いつの間にか、善逸を好きになっていた。ピアスを見逃してくれた所。俺のパンを美味しいって笑ってくれた所。買い物だって言いながら、照れてそっぽを向く所。一つ一つが俺の中に降り積もって恋になっていた。
彼に告白するのは、すごく勇気がいったな。これ以上ないってくらい、心臓がバクバク言ってた。放課後の屋上で、真っ赤な顔をした善逸が遠慮がちに頷いてくれて…それは夕日のせいだけじゃなくて、俺の言葉でそうなったんだって思ったら、思わず善逸を抱きしめていた。聞こえた善逸の鼓動は、俺にも負けないぐらい早くって、それがまたとても愛おしくて。そこで初めて彼にキスをしたんだっけ。
再び、隣で寝入る善逸の顔を見つめる。薄い唇が軽く開いてちょっと涎が垂れてる。なんとも情けないその顔がまた可愛くて、それをそっと指先で拭うと、んん、とむずかるように口を閉じ、特徴的な眉が軽く寄せられた。たまの喧嘩の時も、同じような顔をする。
彼の少しいい加減な所、女の子にすぐちょっかいをかける所、自分を顧みない所。そんな所を咎めると、今みたいに眉根を寄せて唇を尖らせて拗ねてしまう。俺の堅物な所、心配性な所、彼と同じく自分を後回しにしてしまう所。そんな所を突いて言い返され、喧嘩してしまっても、彼を愛しいと思う気持ちは衰えなくて、むしろ仲直りする度に強くなっていく。
「…好きだなぁ」
善逸の金糸をさらりと撫でて、思わず呟いていた。胸いっぱいのこの気持ちを言葉にして出さないと、溢れて破裂してしまいそうで。
「誰の事?」
そう言って、善逸がゆっくりと瞼を持ち上げる。急に掛けられた声に、身体がビクリと跳ねる。いつから起きていたのだろう。彼はしてやったりとこちらを見上げている。
「決まってるじゃないか」
「ちゃんと聞きたいなぁ」
少しの悔しまぎれにそういうも、今は彼の方が上手なようで。悪戯っ子のように笑んで言葉を紡ぐ。善逸は言わせたいのだ。可愛く愛しい恋人の為、否、俺も溢れんばかりのこの愛を受け取って欲しいから、素直に伝えることとする。
「善逸が、大好きだよ」
「うぃひひ、俺も大好きだよ、炭治郎」
満足そうに笑う善逸。その笑顔が、また俺の胸をいっぱいにする。彼の手を捕まえ、ギュっと握って顔を寄せる。俺の意図を汲んで瞼を閉じる彼の顔がとてもキレイで、何度も何度もキスをした。
俺は世界で一番幸せだ!