1.ロロとダレカ砕ける闇の季節の終わりかけのある日、テオは孤島の砂の丘が続くだだっ広い場所で走り回る、見知った姿を見かけた。
二つのとんがりがあるフード、丈の短い二枚重ねのケープ。引きずりかけの裾の広いズボンで砂を巻き上げながら、小さな星の子が何かを探すように周囲を見渡しながら跳ねて走ってを繰り返している。
「ロロ」
少し離れた場所から呼び掛けたが、返事はない。
テオはやれやれと肩をすくめ、歩きづらい砂地で歩を進め、ロロのすぐ近くまで近づき、もう一度呼び掛ける。
「ロロ」
「…。うわぁ!びっくりしたぁ、テオ~いつの間に来てたのさ!呼んでくれれば良かったのに。」
ロロはテオの呼び掛けに一瞬の間を置いて振り返り、少々大袈裟にも見える反応で跳び跳ねて驚き、よく響く高い声でいつものように言葉を返した。
「呼んだよ、あの辺から。ロロが気づかなかったから飛んできたんだけど。」
「あれぇ…そうだったの?ごめん!聞こえてなかったや。」
少なくとも、テオにはロロが嘘をついているようには見えなかったが、何とはなしにロロの返事に心ここにあらずな印象を受けた。
「んで、ロロはこんなところで何してたの?探し物?」
「うーん…たぶん…そんなところ?」
「たぶんって…落とし物とかなら探すの手伝うから、言ってみ」
「えっとね…うーん…落とし物じゃなくてね、探し人?たぶん、星の子を探してるの。」
特定の星の子を徒歩で探しまわるというのはなかなかに無謀な挑戦をしているものだ。
そう思ったのが顔に出ていたのか、ロロ自身が言葉に出しながら気づいたのか、ロロは少しの間顎に手を当て唸った後、ハッと閃いたように、足元の砂に絵を描き始めた。
うねうねと細い指が線を引いてゆけば確かにそれは星の子にも見える形を成していくが、お世話にも上手いとは言えないようなそれを、ロロは黙々と描いては消してを繰り返しながらなんとか完成させた。
「できた!こんな感じの星の子を探してるの!」
抽象化された壁画の絵から飛び出してきた物に少し具体性を足したようなその絵を解読してみると、髪は長く目元を隠すような髪型に、シンプルな黒いケープを着ており、短めなところで裾がすぼめられたズボンを履いている、ロロと同じくらいの等身の星の子なのではないかと想像できた。
「ふーん…見覚えはないけど…こういう星の子ね。ロロの友達?」
問うと、ロロの割れた仮面の奥が少し困ったような表情になったのが分かる。
「あのね、あんまり覚えてないんだ。たぶん友達…だったんだと思うんだけど…」
ロロはテオと出会う前の事をほとんど忘れてしまっている記憶喪失だ。情報が抜けているのはそのせいだろうと推測できる。
しかし、少しでも情報を集めなければ探せたものではない。
「その星の子の名前は?」
「わかんない」
「その星の子とはどこで会ってた?」
「わかんない…けど、一緒に砂の上に座ってた…気がする…?」
砂の上となるといくつか選択肢が出てくる。
今居る孤島の砂丘、楽園の島の砂浜、星月夜の砂漠、捨て地全域の廃墟、他にも細かく見るならば原罪にだってある。つまり何処にでもある。
これでは絞りきれない。
「他に…そうだな…その星の子の特徴は?」
「えぇっと…うーん…あんまり…元気な子じゃなかった…と思う。」
「あとは…そういえば、そもそもロロはなんでその星の子のことを探してるんだ?」
そう問われたロロは、はたと気づいたように顔を上げ、やっとテオの顔を見て言った。
「歌を思い出したの、あの子の歌声を。」
その目はあまりに真っ直ぐで、一瞬言葉に詰まるほどだった。
「…。歌か…」
「そう、もう一度、あの子の歌を聞きたいんだ。」
「そんなに上手いんだ、その子。」
「うん!すごーく歌が上手で、それで、いつも聞いてた…と思う。」
真っ直ぐに答えた声は徐々にハリを無くし、慈しみと形容するにふさわしい声音に変じていく。
再びロロの視線が足元の絵に注がれる。
その目はひたすらに優しく、穏やかな眼差しだった。
それを見て、いやそれ以前にも、このヒントの少なすぎる宝探しに俺は協力しない。と言う口を持ち合わせてはいなかった。
「ほーん、ロロがそこまで言うなら俺も聞いてみたくなったな、その子の歌。探すの手伝うよ。探しものなら目が多いほうがいいでしょ。」
「ほんと!?うれしい!きっと聞かせてくれるよ!歌うの大好きだって言ってたもん!たぶん!」
「たぶんかぁ…まぁロロの交渉に期待しとくよ。」
二人は並んで、いつものように歩き出す。
少し歩いたところでテオはふと振り返り、風に吹かれて消えかけている星の子の絵をチラリと見る。
先ほどのロロに思うところがあった。
以前にロロが過去を思い出しかけた時、その時思い出しかけたのは、おそらく辛い記憶だったのだろう、ロロはまた記憶を消してしまおうと雨林の雨に打たれ傷付こうとしたのを、珍しく大喧嘩して必死で止めたことがあった。
それを思うと今回はずいぶんと幸せな記憶なのか、むしろ大切な宝物を見せるように語る姿に、安心と、確かな嫉妬を覚えていた。
それを掻き消すようにかぶりを振って、少し前を楽しそうに歩くロロの背中を見やる。
複雑な心を宥めるように少しだけそうしていると、くるりとロロが振り返る。
「テオ?」
仮面の奥から真っ直ぐこちらを見つめるその瞳は、いつもの通り、優しくも楽しげで少しいたずらな表情を雄弁に伝えてきた。
「…なんでもないよ。」
肩をすくめてみせて、少し大股で歩み寄る。
簡単にロロに追いついてみせると、ロロは楽しそうに少し笑って小さな手を差し出してきた。
いつものようにその手を取り、少し背を屈めながら引かれるままに一緒に歩き始める。
砂についた足跡は風に吹かれて消えていく。
二人の後ろ姿を、そっと見つめる小さな影が居た。
ふいに視線を落とせば、消えかけた下手な星の子の絵がそこにあった。
小さな影はその場にしゃがみ込み、そっと砂を少し手に取り、星の子の絵の頭の方から砂を被せて消していく。
小さな影は絵を消し終わると、すっくと立ち上がり、真っ黒いケープに付いた砂を払い、ほんの少しの足跡を残してその場から飛び去っていった。