2.ロロの思い出のダレカロロは記憶喪失だ。
それは親しい友人達なら知っている、ロロの過去だ。
ロロはあまり覚えていないが、何か辛いことがあって、雨林で記憶を無くしたらしい。
その時助けてくれたのがテオで、それ以前のことはほとんど全く覚えてない。
だが、ほんの時折、昔のことを思い出すことがある。
何かがきっかけで。
その日、ロロはいつものように世界を飛び回り、のんびりと風に吹かれながら過ごしていた。
何とはなしに、あまり人が通らない場所に行ってみようと峡谷の奥地、隠者の谷の山頂を目指し、雪景色を楽しみながらゴンドラを乗り継いで歩みを進める。
あそこなら誰もいないかな
そんな事を考えながら、雲の海の中にポツンと突き出た山の頭を目指して飛ぶ。
ふわふわの雲の上を跳ねながら、記憶をたどってその場所へ。
目的地が近づいてくると、ロロの耳に小さな軽い音が飛び込んできた。
楽器の音。これはピアノ?
誰かが人目を避けて練習をしているらしい。
邪魔をしてはいけない、けれど、なんだか気になってしまって。
ついつい雲の中から邪魔をしないように覗き込み、いつの間にやら聞き入っていた。
そこに居たのはピアノを膝前に置き、1音ずつ確かめながらゆっくりと曲を奏でる星の子だった。
知っている曲ではなかったが、弾むような音が奏者の楽しげな感情を如実に伝えてきた。
ロロは聞き入るうちに、知らず知らず目を閉じ、緩やかに夢の中に落ちていく。
気がつくとロロは”いつものように”飛んでいた。
ロロの周りには蝶や小さなマンタが寄り添い、お互いに光を交換しながらクスクスと笑い声のような音を発しながら、穏やかに飛んでいる。
景色を見ると、そこは広い砂の海
どこまでも続くその海に、ポツンと置き去りにされたような不思議な形の岩のようなものが見えた。
ロロは興味をそそられた。
あれはなんだろう?
そんな気持ちがはやり、少し遠くの地面に降り立つ。
砂地に足を着いた瞬間、不思議な感覚に襲われ、つんのめる。
転びそうになって一歩、二歩と足を前に出し、なんとか持ちこたえる。
周りの生き物達が心配そうに鳴く声が聞こえて、顔を上げ
大丈夫よ
と微笑みかける。
安心したようにすり寄る小さなマンタをひと撫でし、目的地に向けて歩み始める。
なぜだか一歩足を進めるたびに、違和感がある。
なぜだろうと首をひねっていると、その原因を理解した。”いつも”より視点が高いのだ。
精霊から受け取った魔法で一時的に大きくなった時と同じような違和感。
不思議な感覚に、これが夢なのだと自覚した。
ふわふわと浮くような足取りで柔らかい砂を踏み歩く。
歩くうちに少し強い風が吹き、とんがりのあるフードがさらわれ髪の間を吹き抜け、フードに守られていた”長い髪”が空を踊る。
目的の場所が近づいてくると、蝶達がたてる笑い声のような羽ばたき以外の音が聴こえてくる。
それは星の子の歌だった。
何か歌詞もあるようだが、よく聞き取れない。
だが、耳に残る特徴的な声が、穏やかな旋律を奏でていく。
不思議と惹かれる
ああ、もっと聞きたい
もっと明瞭に
もっと、もっと
もっと、あの”懐かしい歌”を
聴きたい
この丘を超えればきっと、あの歌を歌っている誰かが見える
”彼”に、会える
進めど進めど、焦る足取りは砂に沈み、前に進まない。
それどころか、どんどん足が沈み、遠退いていく。
流砂に呑まれるように足が、身体が沈んでいく
腰の辺りまで沈んだ所で、不意に周りの感覚が消え、真っ暗闇に包まれたかと思うと、身体が急落下していく風を感じる。
その瞬間、落ちる感覚と共に身体が跳ね、パチリと目が覚めた。
夢から覚めた。そう自覚して、周りを見回す。
雲の上に居たはずが、いつの間にやら隠者の谷の雲の切れ間の白い丘の上に居た。
風に流されたのかもしれない。
そういえば、なにか夢を見ていた気がする。
なんだったかな…
…歌を歌う…星の子…そうだ、あの子に会いたい。あの子に会えば、大切なことを思い出せるかもしれない。
…あの子…あの子って…誰なんだろう…
探してみよう。
ぼんやりとした記憶を探り、忘れていく不思議な夢を掘り返す。
少しだけ聴こえたあの歌と、砂の上に朧気に見えた彼の姿を心に描き留める。
「砂がたくさん、歌がじょうずな星の子…うーん…どこから探そうかな。」
立ち上がり、身体に付いた雪を払いながらロロは穏やかな面持ちで考える。
「そうだな…とりあえず孤島から探してみようかな?砂いっぱいあるし、広いし。」
かくして、ロロの思い出探しが始まった。