雨音 雲が空を覆い始め、地面には斑点模様が次々と現れた。ぽつぽつと静かに降り注ぐ雨は、花々に囲まれたクンタラに恵みをもたらす。長いこと嗅いだことのなかった土の湿った匂いがアマレンドラの鼻を通り抜ける。
そっと窓辺から手を差し出し、空を見上げた男があまりにも嬉しそうで、デーヴァセーナはその様子を不思議そうに見ていた。
「雨がそんなに珍しいのですか?」
マヒシュマティにも時々雨は降る。しかしそれは、雷と共にやってくる荒々しい豪雨がほとんどだ。滅多に雨が降らないマヒシュマティは、乾いた広大な大地に数時間で大量の雨が降るような国だった。
「其方の国は、雨も美しい」
自然豊かなクンタラにしとしとと降り注ぐ雨は、マヒシュマティとはまるで違う。白を基調とした宮殿に花の色が添えられたクンタラは、秘境に迷い込んだかのような美しさすらあった。
窓際に寄りかかったまま外を眺める横顔が、恋に落ちたかのようにうっとりとすると、デーヴァセーナはそんなアマレンドラの隣に寄り添った。
「この雨では、弓の勝負はお預けにしなければ」
「それなら明日、また競えばいい」
「存外貴方も負けず嫌いね」
くすくすとデーヴァセーナが笑う。弓の達人と言われる女性に、あと一歩及ばなかったのを悔しそうに語るアマレンドラは幸せだった。
こうして何度かデーヴァセーナを連れてクンタラに戻るのは、母国にいる家族に合うだけが目的ではなかった。マヒシュマティという大国へ、王の妻としてやって来たデーヴァセーナは、アマレンドラに相応しく、強く立派な女性であったが、唯一心休める場所はクンタラにあった。
2人で弓を競い合うのも、白鳥に囲まれた庭先を歩くのも、この穏やかに流れる時間は、マヒシュマティにはない特別な空間とも言えた。
隣に立つデーヴァセーナの手が、アマレンドラの手に触れる。
「この雨が上がるまで……」
最後まで言いきる前に口づけられると、アマレンドラは目を閉じて受け入れた。指先だけが重なり合った手を握り、熱を感じ合う。
「上がるまで、何です?」
「……デーヴァセーナ、其方の思うままに」
窓際から引き離すように、デーヴァセーナがアマレンドラの手を引く。やけに雨音が、大きく聞こえた気がした。