普段は口にしないこと 特に口を開く事もなく、お互い気ままに時間を使っていた。ヒル魔は机に向かってキーボードを叩き武蔵は床上にあぐらで読書。そういう時間がふと途切れたのはヒル魔が視線を感じたからだ。何をしようというのでもない、ぼんやりとした武蔵の視線を。
「なんだ、腹でも減ったか」
「いや、まあ…。なんとなくな」
出前でも取るか、と目で促したが武蔵の反応はどことなく鈍い。何か言いたいのか、何でもないのか、はっきりしない目線が揺れている。相手をするのも面倒なので放置一択と目をモニタに戻すと、武蔵がぽつりと小さくつぶやく。何だ、何が言いたいと再度目を向ければいつもより数倍のアホ面と目が合う。
「お前は足は、見た目が良いよなぁ」
少し眠たげな口調に似合わぬ、武蔵からは中々出て来ない言葉にヒル魔は作業の手を止めて向き直った。
「そりゃ、褒めてんのか」
「そう聞こえなかったか?」
「珍しい事もあるもんだ」
ヒル魔はノートパソコンをパタリと閉じて、武蔵に向かって座り直した。見せつけるように高く足を組み、そのつま先を目の前で揺らして見せる。
「てめーが人を褒めるなんざ、明日は雨だな」
「まるで俺が偏屈みてぇだな」
武蔵の手が揺れる足先を追い、それをからかうようにまた足が揺れた。
「偏屈だろうが。他人に興味があるようにゃ見えねぇな」
「ひでぇ言い草だ」
「そういう奴ほど、自覚がねぇ」
「俺だって、褒める事も….あるだろ」
ほう、とヒル魔が小さく笑った。例えば?とその先を目だけで促す。
「お前は頭がいい。回転が速いし…」
詰まりながらも言葉をつなぐ、武蔵を見下ろす目が笑みを増す。
「見た目も悪くねぇ。…………そうだな、優しいぞ」
耐え切れないとヒル魔が笑った。
「笑うところか」
「続けろよ、おもしれぇ」
「まだ言うのか」
「偏屈じゃねぇんだろ?」
「ぅ……頭がいい」
「二回目だ」
「か……おも良い」
武蔵が撫でていたヒル魔の脚が、つい、と、持ち上がり宙に浮かんだ。
「行動するのが早い」
追いかける手から逃げるつま先が、武蔵の顎を爪先でなぞった。
「意外に器用で」
「意外に、は余計だ」
「割と意地が悪い」
鋭く冷たい足の指先が、武蔵の顎から喉の線をなぞる。
「金儲けが上手い。……ほどほどにしとけよ」
鎖骨をくすぐり、胸を撫で下ろす。
「人を味方につけるのが上手い」
腹まで降りて、臍をくすぐる。
「人の事をよく見ている」
何年も履き続け、緩くなった部屋着の腰ゴムを足先が器用に摘んで引っ張る。
「俺を、その気にさせんのが、うめぇ」
深く笑った武蔵の顔の目尻がしっとり熱を帯びて赤い。動きに合わせて武蔵の少し腰がほんの少し浮き、スウェットはずるりと引き脱がされた。とうに熱を持ち、立ち上がった股間をヒル魔の足裏がいやらしく撫でる。焦らすように、くすぐるように、触れるか触れぬかのそのギリギリを。
「偏屈にしちゃ、上出来だ」
深く息を吐く武蔵を見下ろして、ヒル魔の口元が笑みを深めた。
「俺もお前のイイ所、知ってんぜ」
椅子から立ち上がるヒル魔の目線は、武蔵をじっと見下ろしたまま、見せつけるように腰に手をかけた。ピッタリ張り付く黒の下着を、見せつけるようにゆっくり下ろす。
「お前は、俺を煽るのがうめぇ」
武蔵の胡座の真ん中で、強く主張するそそり立つモノの上にヒル魔が腰を揺らしながら跨った。急かすように武蔵の両手がヒル魔の腰を下へと引っ張る動きに、ヒル魔の口端が更に釣り上がった。ゴムをつけろと耳元で囁き、腕を伸ばしてオイルを手に取る。焦れる武蔵がうめくほどヒル魔の動きは緩やかだった。
「動くんじゃねえよ」
オイルで濡らした指を見せつけながら、それを自分の尻の奥に沈める。動きに合わせて腰を揺らして、甘いため息を耳に吹きかける。高まりきった武蔵のモノに濡れた指をヒル魔が添えると武蔵がこらえきれぬように呻いた。
「意地が悪いぞ」
「俺は優しくて」
ヒル魔の額が、武蔵の肩に乗る。
「人の事をよく見ていて」
膝立ちのヒル魔が足を開いて腰をゆっくり真下に下ろす。ただ待つ以外を許されぬ武蔵は、ヒル魔の動きを食い入るように見ていた。生唾を飲み、ため息をつき、それを見下ろしヒル魔は笑う。
「お前をその気にさせんのが…」
じわりじわりと体を落として、肉の先を尻が柔らかく撫でる。
「上手いんだろ?」
余裕の無く首を振り、呻き声を漏らし、焦れて早くとねだるように腰を振る。そんな武蔵をヒル魔は味わい尽くした。焦れる熱の塊のその先端を柔らかく撫で、甘く包んでなおも焦らす。
「ヒル…魔……」
「味わえよ。……ただし、ゆっくりだ」
流石に不平が溜まった武蔵の、まさに文句に喉が開いた、その瞬間にヒル魔の腰が落ちた。
「あっ…っ、くぅ……っ」
うめき声を漏らす唇が、堪えるように真横に結ぶ。その唇をヒル魔の指先が愛おしそうに柔らかくなぞった。
急な刺激に動けぬ武蔵を、試すようにヒル魔が腰を揺らした。待ち侘びたヒル魔の肉の刺激は武蔵を生暖かく包んで締め付け、動きはねっとりのろくしつこい。武蔵の顔を深い皺が刻んでそれをヒル魔が指でなぞった。ヒル魔が奥まで腰を落とす頃、武蔵の両腕はその細腰を痣が残るほどに指を食い込ませていた。
「よく、イッちまわなかったなぁ?」
「お前、なぁ…」
「俺が、テメェを気に入ってるのはな……」
汗を浮かべた武蔵の顎にヒル魔が唇を落として柔らかく食む。体格差ゆえにヒル魔の上体は武蔵の腕に、すっぽりとおさまっていた。
「俺を満足、させるところだ」
耳元でささやき手を肩に回す、それがヒル魔の「良し」の合図だった。お互いに焦れて待ち切れなかった。武蔵が腕の力だけでヒル魔の体を上下に揺らして、それに合わせて腰を打ち付ける。ヒル魔が喘ぎ、武蔵も唸り、焦れた分だけお互いに動いた。欲しいまま喰らい合いながら、溶けちまう、なんて声まで漏れて、あっというまに高まり、果てた。
荒い息のまま崩れるように布団に転がり、しばらくは互いに声も出せない。強い余韻とやりきった感。疲れとだるさにどうでもよくなり、眠気に全部を放り投げながらぽつりぽつりと言葉が続いた。
「根性が悪ぃ…」
「お前はヤる事しか考えてねえんだ」
「嫌がらせが過ぎんだろ」
「がっつきすぎだ、腰に指の跡がついた。両方だ」
「お前こそまた背中に爪立てたな?」
噛み合うようで噛み合わぬ、勝手気ままな会話が続く。
「てめぇは焦りすぎんだ」
「止まらねえんだから仕方ねえだろ」
「昔から、変わんねぇなエロジジイ」
「……そうだなあ、そこは、変わんねぇなぁ」
大きなあくびを噛み殺しながら、武蔵の返事が大分間延びする。
「変わらねぇもんだな」
「若いって自慢か?」
「飽きねぇって事だ」
もう随分眠いのだろう、こちらに顔を向ける武蔵の両目はほとんど閉じているに等しい。
「お前とヤんのは、すげぇイイからな」
少し笑ったのかもしれない。シーツに押し付けて歪んだ頬は少し緩んでそのまま眠った。規則的な寝息を立てるその口元をヒル魔は何度か指でなぞって本格的な眠りを確認した。頬をつねって反応を楽しみ、少し端に寄れと邪険に転がし、そうして武蔵のすぐ隣でくたりと眠る。
眠りに落ちるその直前の武蔵を見つめる目元は柔らかく、先に目覚める武蔵はいつも穏やかにヒル魔の寝顔を見下ろす。
眠っている時だけは静かで可愛いと、二人は同じ思いを胸に抱くがそれを口にする事はない。
意地っ張りで口が悪くて割に照れ屋で素直ではない。
二人は、そういう所がとても良く似ていた。