デッドロックは眠れないデッドロックは眠れなかった。
あの凍結した研究施設から奇跡的に生きて帰還できた事は幸運だった。
その後治療と義手のリハビリを終え、そのままヴァロラントプロトコルに加入し、既に一ヶ月以上が過ぎていたがそれでも中々眠れずにいた。
悪夢にうなされるならとフェイドが気にかけてくれることもあったが、悪夢を見なくても眠れないものは眠れず、原因不明の不眠にフェイドでさえお手上げだった…唯一忙しさから来る疲労でのみ訪れる気絶で身体の疲労を癒している状態だった。
メンタルは大部消耗しております、仕事の時以外はボンヤリと脳を休めて過ごすことが多かった。
今日も眠れず深夜にコーヒーカップ片手に談話室へやってきたデッドロックが室内を見渡すと部屋の隅の一人掛けソファーで丸まって本を読んでいたフェイドの不機嫌そうな顔が本から覗いていた。
「まだ眠れないの…?」
「うん…まぁね…」
もはや二人の間では恒例となったいつもの何気ない会話を交わし、談話室中央の三人掛けのソファーへ向かう。
ソファーには珍しい先客がおり、ソーヴァがタブレットを片手に電子新聞を読んでいた。
「ソーヴァ…こんな時間に珍しいね…隣いい?」
「ああ、構わないよ」
三人掛けで大きめのソファーだが端へ詰めてスペースを広げてくれた。
カフェテーブルにコーヒーカップを置きながら、そう言えばあの凍結した研究施設から助けてもらってちゃんとお礼をしていなかったことを思い出しタブレットに集中する彼の横顔をボンヤリとしたみつめていた。
「どうした?俺の顔に何か付いているか?」
タブレットから顔を上げず此方の視線に気づいているソーヴァの言葉に、寝不足から来るボンヤリとした思考で「う〜ん…」と曖昧な返事をしてしまう。
曖昧な返事にタブレットから視線を上げ心配そうな左右の異なる眼がデッドロックに向けられる。
「どこか調子が悪いのか?」と本気で心配そうに声をかけられ思わず「違うの!大丈夫!大丈夫だから…」と慌てふためいてしまう。
「そうか?それならいいが…」と変わらず心配そうな視線に気まずさを感じていると、部屋の隅から「フフッ…」っと笑うフェイドの声が聞こえた。
デッドロックは姿勢を正しながらもじもじとソーヴァを見ながらあの日助けてもらったお礼と、その後の調子をぽつりぽつりと話し始めた。
「あの…ソーヴァ、あの日…あの研究施設から助けてくれてありがとう…まだお礼言ってなかったなって思って…それをさっき思い出して言おうと思っていたんだ…心配させてごめんなさい…」
デッドロックの言葉に安心したのかソーヴァの表情が和らぎ「そんな事気にしなくて大丈夫だ、でも…ありがとう。」と爽やかな笑顔で言われ「うん」と返事を返すと内心ホッとすると同時に正していた姿勢も崩れソファーに沈み込むように背もたれにもたれ掛かり何をするでもなくクッションを抱えぼんやりとしていた。
壁掛けの時計の音が聞こえるほど静かなつかの間を耳障りの良い心地良い声が響く
「そういえば、いつもこんな時間まで起きているのか?」
ふとしたソーヴァの疑問に視線を向ける。
「あ〜…うん、あの研究施設の一件以来なかなか眠れなくてね…フェイドにも助けてもらってるんだけど中々効果が出ないんだ…」
チラリとフェイドを気にしながら話すがフェイド本人は気にしてないのか本を開きながらコーヒーカップを啜っている。
「そうなのか!?すまない気づいてやれなくて…」
いつの間にかタブレットはカフェテーブルの上に置かれ、再び心配そうな顔が此方を向いていた。
「そんな、ソーヴァが気に病むことじゃないよ!これは私の問題だから…だから…その…あんまり心配しないで…」
責任感の強い彼が責任を感じてしまわない様思わず突き放してしまう言い方をしてしまい、シュンとした彼の表情の変化に言い過ぎたと僅かに罪悪感を感じてしまう。
「…そうか…でも、何か手伝えることがあったら言ってくれ!」
シュンとしながらも何か助力したい気持ちは強く、左右の異なる眼で真っ直ぐに見つめていた。
冷たく突き放してしまった罪悪感と、彼の優しい気持ちの折衷案としてデッドロックは暫く考えた。
「…じゃあ、あの時みたいに背中…貸してくれない?」
この部屋に来てソーヴァの心地よい声を聞いているとゆったりとした気持ちと瞼の重みを感じ始めていた。
あの雪の中一瞬浮上した意識で感じたのは、踏みしめる雪の音と温かい頬に伝わる背中の温もりと彼の香り心音、耳に響く心地よい声、そして、助かったと安堵を覚えた瞬間だった。
あの日の記憶は、雪と失った腕から流れる血液不足から身体は凍えるほどの寒さと痛みが大半を占めていたが、あの一瞬だけは安らぎを感じていた。
「あ、あぁ!構わない!」
デッドロックの申し出にソーヴァ、フェイドはもちろんだが、部屋の一番奥の片隅で気配を消して編み物をしていたオーメンからキョトンとした視線がデッドロックに注がれ、一拍反応が遅れたが、ソーヴァは快く背を向けて背中を差し出してくれた。
ソーヴァが背を向けたの見て、他の二人も自分の作業へと戻っていった。
「お邪魔します…」
三人からの視線に気まずさと恥ずかしささを感じながら、オズオズと差し出された背中に頬を当てると、温もりと香りと心音を身体と心が憶えており、凍った氷が溶けるようなほぐれる感覚と共に、あの一瞬の安堵感が身体を満たしストンと眠りの底へ沈んでいった。
次に目を覚ましたとき、デッドロックはクッションを枕にソファーに横たわっていた。
見上げると、ソファーにもたれ掛かり、ひじ掛けに頬杖をついて眠るソーヴァの姿があり、クッションと彼の膝を枕にして寝ていたことが分かった。
窓からはカーテンの隙間から朝日が差し込み、部屋にいたはずのフェイドとオーメンはいつの間にか姿を消し、机の上にはタブレットと冷えたコーヒーカップが置かれているだけだった。
デッドロックはブランケットを掛けており、ソーヴァの肩にはオーメンお手製の毛糸のケープが掛けられていた。
「ソーヴァ、起きて」
ソファーから起き上がりながらソーヴァを揺り起こす。
「…っぁあ〜、よく眠れたか?」
「ごめん、まさか朝まで付き合わせてしまうなんて…」
「大丈夫だ!気にしなくていい」
伸びをしながらこちらを気遣う優しさに申し訳なく思い、謝罪するが笑顔で躱されてしまう。
「それよりも、よく眠れたのか?」
「ええ、久々に清々しい寝覚めだよ」
「それは良かった、俺の背中も役に立つ時があるんだな!」
ソファーで寝ていた事もあり、身体を解しているとセージが談話室へ入ってきた。
「あら、おはよう!二人とも早いわね。」
テキパキと窓のカーテンを開け、机や椅子に散らばった雑誌や本を集め始める。
「セージ手伝うよ」
「ありがとう!ソーヴァ」
朝からキビキビ働く二人に気後れしながらも、自分が使ったソファーのブランケットやクッションを元の場所に戻しながら息の合った2人の動きを見守っていた。
「デッドロックもありがとう!今日は10時からミーティングがあるから忘れないように!ソーヴァ、昨日の報告もお願いね!それと、デッドロック、随分顔色が良くなってるわね!安心したわ!」
そう言い残し、サッサと部屋を出ていってしまった。
吹き抜けるそよ風のように去っていくセージを見送って残された二人はそれぞれの持ち物を持って部屋へ戻る準備を始めた。
「さて、俺は部屋へ戻るよ、また必要になったらいつでも言ってくれ。」
そう爽やかな笑顔を残し去っていった。
残されたデッドロックは冷え切ったコーヒーを飲み干しキッチンへカップを片付けに向かった。
その日、キッチンで朝食を準備していたエージェント達に爽やかな笑顔で挨拶をしながら入ってきたデッドロックの姿が暫くプロトコル内で話題になったとか…