雨雨降られて~徳于の場合~どんよりとした曇り空の中、仕事の帰り道であろう、2人の男が歩いていた。
「于禁殿、先ほどの商談、上手くことが運びそうですな。」
「当然だ。私と龐徳が行って上手くいかぬことはない。」
「それもそうでしたな。さて、思ったより話が長引いたので、時間が遅くなっておりますが、今からどうされますか?」
「そうだな、早めに仕事場に戻るとしよう。今後の商談のまとめと次の手配をしなければなるまい・・・龐徳、どうした?」
于禁が仕事の話をしている最中、龐徳が何かに気づいたように、ふと足を止めた。
「・・・于禁殿、そろそろ雨が降ると思われるので、屋根のあるところへ参りましょう。」
「・・・雨が降るようには思わないが。」
「今は降らずとも、雨の匂いがいたします。じきに降りましょうぞ。」
「そうか、なら」
と言いかけた最中、ポツポツ、と雨が降り始めた。
「まさか本当に降ってくるとは・・・龐徳、礼をいう。」
「于禁殿のお役にたてたなら、何より。」
話をしながら、2人はたまたま近くにあった喫茶店の前の屋根下へ入った。
「しかし、雨が降るとは聞いていなかったが・・・。」
「確かに降るとは言っておりませんでしたが、天気が崩れる場合もある、と言われていたかと。」
「なるほど・・・それにしても、よく分かったな、雨の匂いなどと。」
「それがしは、昔、自然豊かなところにいた時期がありますから。その際、雨が降る前には雨の匂いがする、と教えられました。」
「そうか・・・。具体的にはどのような匂いなのだ?」
「そうですな・・・。それがしが感じるのは、土に水が含まれたような、そんな匂いがするように思います。」
「そうか・・・。」
于禁は、話を聞きながら、ぼんやりと雨を眺めていたが、ふと横を見ると思ったより龐徳が近づいてきていたため、少し驚いた。
「っ!・・・どうした。」
「・・・いえ、雨で体が冷えておられないかと思いまして。」
そう言いながら龐徳は自分の手を于禁の頬へとあてた。龐徳の手は温かいというより、于禁が思った以上に熱く熱をもっているように感じた。
「龐徳の手は熱いな。」
「いえ、于禁殿が冷えられているだけ、かと。」
「それにしても、だ。」
「嫌でしたか?」
「嫌ではない。むしろお前の手と温もりは安心するから好ま・・・っ、すまない、今のは忘れてくれないか?」
于禁は出てしまった言葉に慌て、思わず顔を反らした。龐徳がその顔をのぞきこむと、少し赤くなっている。
「・・・申し訳ないですが、忘れるのは難し」
「厳罰に処されたくなければ忘れてくれ。今すぐだ。」
周りが見れば震え上がりそうな顔をしている于禁を見ながら、龐徳は照れているのだろう、と思い、思わず苦笑いをした。
(ここで忘れたということにしておかなければ後々面倒であろうな・・・)「分かり申した。では、忘れる代わりといってはなんなのですが。」
「・・・何だ?」
「今日は早く仕事を終わらせてくだされ。」
「・・・何故そうなる?」
「久々に2人きりの時間を楽しめれば、と。」
「・・・分かった。お前がそれで良いのなら。」
「ありがとうございます。」
「そうと決まれば、濡れてでも早く帰らんと・・・む、電話か・・・夏侯惇殿?はい、はい・・・いや、それは・・・しかし・・・分かりました。」
于禁は、何言か話した後、電話を切った。
「?いかがなされた?」
「夏侯惇殿からだ。『今日はそのまま帰れ。』と。」
「おや、そうですか。」
「後、『孟徳からの伝言だ、明日は2人とも休みにしてあるから、好きに過ごせ。と言ってたぞ。』・・・とも言っていた。」
「・・・もしや、夏侯惇殿と曹操殿にはお見通しなのだろうか?」
「可能性はなきにしもあらず、だ。・・・やれやれ、休み明けにでも礼を言わねばなるまいな。」
「そうですな。では、せっかくのご厚意、謹んでお受けいたしますか。」
「・・・あぁ、そうだな。」
「ついでに、雨宿りさせていただいていたこの喫茶店でお茶をしてから帰るのは如何か、于禁殿?」
「・・・悪くないな。」
「では、そのようにいたしましょう。」
こうして、2人は喫茶店でお茶を楽しんだ後、家に帰り、ゆっくりとした時間を過ごしたのだった。