俺の隣で寝てるよ「ダメだ、直胤。師弟なのに、こんな…。」
「お師匠は、真面目だなぁ。」
まぁ、そんなところも可愛らしくて好きなんだけどと、後ろから水心子を抱きしめる体となっている大慶は、白くてほっそりとした水心子の首筋に口づける。
暴れるなり、人を呼ぶなり、抵抗しようと思えばできるはずなのに、それをしない水心子の様子を見るに、やはり水心子は、刀工として弟子であった自分のことをかわいがってくれているというのが伝わってくる。今回は、その師匠のやさしさにつけこんでいることとなるが、この際理由はどうでも良かった。
「あっ…。」
「ふふっ、お師匠、かわいい。」
「お願いだ、やめてくれ直胤、私には清磨が。」
甘い空気を感受していた大慶であったが、その水心子の言葉にぴきりと反応した。
そう、源清麿。後世で江戸三作として名をはせることとなる、水心子正秀、大慶直胤、そして源清麿。この本丸では、水心子正秀と源清麿が先立って顕現し、大慶が顕現したのは、それからずっとずっと後のことだった。
お師匠のことは、誰よりも尊敬している。何せお師匠がいなかったら、自分は存在しなかったかもしれないのだ、この本丸では新々刀の祖として、相応しいふるまいをと背伸びをしているようだが、どんな姿をしていても、お師匠は俺にとって唯一であり、大切なお方。それなのに。
「源清麿、ねぇ…。そんなに源が大事ですか?」
「えっ?」
「俺の方が、お師匠のこと、良くしてあげられますよ。」
時は1か月前にさかのぼる。
自分がこの本丸に来て1か月ほど経過したが、その短い期間であってもお師匠と源清麿がいわゆる「恋仲」であることは、十分すぎるほど思い知らされた。顕現時、ちょうど近侍であった水心子から本丸の案内を受けたが、その際遠征から帰還した源清麿が水心子を探してそのまま周りの目を気にせず水心子を抱きしめたのだ。そしてその清磨の抱擁を、「無事でなによりだ。」と抱きしめ返す水心子の姿。一緒に遠征にいっていた蜂須賀虎徹の咳払いで、ようやく新刃であり、自身の弟子でもある大慶へ本丸の案内をしている途中だったことを思い出した水心子は慌てて、清磨から離れたわけで。
「す、すまない。本丸の案内途中であったな、直胤、次は厨を案内しよう。」
「ああごめんね、近侍のお仕事の邪魔をしちゃったみたいで。」
水心子、あとでね、と指を口元にそえてお師匠につげる源清磨の姿、そして頬を赤らめるお師匠を見て、大慶は釈然としない感情を抱いたのは記憶に新しい。
まだ来たばかりだし、この本丸のことを良く知らないからと、一旦違和感については蓋をしてその時の本丸案内を終えたわけだが。
その後、しばらく様子を見ることにしたというのもあるが、数日過ごしていく内に、尊敬するお師匠がこの本丸で幸せに過ごしているのであれば、それが一番良いのだとも思うところもあった。
しかし、だからと言って尊敬する大切な人のことを、自分という近しい弟子が来たんだぞ、という事実がありながら、他の刀と懇意にする師匠を黙って見ていられるかというと、そうもいかないようで。大慶は顕現して早々、人の身にある「感情」というものに揺さぶられることとなる。
そんな感情を抱くようになってから、源清麿を含む第二部隊が長期の遠征、お師匠たる水心子は内番として、自分との手合わせを命じられた日がめぐってきた。偶然でしかない采配であるが、大慶はこの采配をした審神者に内心感謝した。
水心子との手合わせは、まだまだ練度の低い自分ではあるが、それも踏まえて「鍛えてやろう」というお師匠の気概を感じ、とても気分が高揚した。
なんといっても、手合わせ中は、お師匠は恋刀である源清麿でなく、自分をまっすぐ見据えてくれる。しかも、源清麿は遠征中で不在、手合わせを見学される、という事態にもならず、ここには自分と水心子の二振りだけ。
同じ打刀同志、だからこそ、学べることも多く、顕現以来自分のことを気がけてくれる師匠への思いは、ずっと蓋をしておくということは叶わず、手合わせ終了の号令がなった際には、「お師匠、今夜、話したいことがあります。」とついぞ発してしまっていた。
弟子たる大慶の真剣な様子に、「わかった、今夜は自室に控えていよう。」 都合の良いタイミングで来るといい、という水心子に、ありがとうございますと返し、大慶は源清麿の居ない今のうちにと水心子へ自身の心情を吐露することとしたのだ。
そして冒頭へと繋がる。
「な、にを。」
弟子の突然の発言に動揺を隠せない水心子。水心子にとって大慶は数多くいた弟子の中でも、「江戸三作」として名を残した優秀な弟子であり、いつかこの本丸に来るだろうと顕現を心待ちにしていた大切な存在であった。そんな弟子から向けられた感情は、彼にとって全く予想していなかったものであり、どうしたら彼を傷つけずにすむのかと必死に考えていた。
「ね、俺のこと、見てくださいよ。源清麿じゃなく、俺を。」
そんな優しい師匠につけこんで、大慶は、水心子の寝巻に手をかける。
「やめろ、やめて、直胤、あっ。」
大慶は、暗がりの中、うっそりと笑う。
水心子の言葉は、そこで途切れた。
翌朝、第二部隊は遠征より帰還した。
いつもであれば、清磨が遠征から帰った際に、水心子が本丸にいる場合は、出迎えてくれるのが常であったが、今朝はそれがなかった。
(水心子、疲れているのかな・・・)
珍しいことにいぶかしんだ清磨であったが、どうにも嫌な予感がぬぐえない清磨は、遠征結果報告を隊長や他の隊員に任せ、急いで水心子の部屋へと向かう。
時間帯は朝ではあったが、早朝というわけではなく、大半の男士は朝餉の為大広間にいる時間帯であった為、清磨は脱兎のごとく駆けた。
(部屋にいないなら、おなかをすかせて先に朝餉をとっているのかもしれないけれど。)
何故か、このときはそうではないという予感がした。
そうこうしているうちに、本丸の一角、水心子の部屋が見えてきて、いつもなら部屋の外から呼びかけて部屋の主からの反応を確認してから扉を開けるが、この時はいきおい任せに開けた。
「水心子!」
そうして清磨の目に飛び込んできた光景はー。
「あぁ、源。帰ってきたんだ。お師匠なら。」