上司と部下の休日「アオキ、今度の休日に私に付き合ってくれませんか?」
リーグの執務室のデスクでコーヒーを飲みながら休憩している時にオモダカの“ふいうち”を食らったアオキは思わずコーヒーを吹き出しそうになった。オモダカは眉を下げ、困っている様子で説明する。
「チャンピオンネモに言われたのです。トップは働きすぎです、たまにはゆっくり休んでください、と。それで次の休日は思い切り羽を伸ばそうと思ったのですが、長らく仕事に専念していたので何をして過ごせばよいものかと思いまして。そこであなたに付き合ってほしいのです。あなたは息抜きは上手いでしょうから、参考にさせてもらいたいのです」
なるほどと納得しかけたが、休日を部下と一緒に過ごすなど却って気が休まらないのではないか、とツッコミたくなった。
「……何もしないで寝ていれば良いのでは?」
「それは抵抗がありますね……時間は有意義に使いたいです」
プライベートまで意識が高すぎる……。
アオキが心の中でツッコみながら黙っていると、オモダカは悩む様子を見せながら尋ねた。
「あなたは何をするのが良いと思いますか?」
「そうですね……自分は休日は専ら飯を食いに行っていますが……」
瞬間、アオキの頭にある少女の姿が浮かぶ。
「ピクニックをするのも、良いかもしれません」
ある少女──チャンピオン・アオイはどうやらピクニックにハマッているようで、アオキにもやりましょうと度々すすめてくるのだ。
「なるほど、ピクニックですか! それでしたら私のポケモン達も息抜き出来そうなので良いですね。アオキ、付き合っていただけますよね?」
「…………」
「付き合って、いただけます、よね?」
有無を言わせない笑顔を向けられ、アオキは心の中で溜息をついた。休日に上司と一緒にピクニックをするなど、正直あまり気が乗らなかったが、どうやら拒否権はないようだ。
こうして次の休日にアオキはオモダカと共にピクニックをすることになった。遠出をしたくないアオキの希望により、ピクニックをする場所はアオキが住むチャンプルタウンに隣接するプルピケ山道に決まった。
オモダカとピクニックをする予定がある当日、アオキは着ていく服に悩んだが、動きやすさを重視して白のトレーナーと紺のパンツという格好にすることに決め、オモダカとの待ち合わせ場所であるプルピケ山道のポケモンセンターに向かった。
ポケモンセンターには既にオモダカがいた。彼女も動きやすさを重視したようで白のハットを被り、グレーのニットに黒のパンツというラフな格好だ。アオキは何よりもオモダカが背負っているリュックの大きさに驚いた。
「トップ……重くないですか? それ」
「アオキですか。大丈夫ですよ。ピクニックに必要な物を色々と用意してきたのです」
やる気満々じゃないか……。
アオキは密かに懸念した。息抜きのはずが、これでは息抜きにならないのではないか。
オモダカとアオキはピクニックが出来るスペースがある場所に移動し、ポケモン達を出した後、テーブルを組み立て、椅子を設置した。
「ピクニックといえばやはりサンドウィッチ作りですね。早速やりましょう。アオキ、何かオススメのサンドウィッチはありますか?」
「そうですね……自分はカレーライス風サンドをよく作りますね。このサンドウィッチを作ると不思議とノーマルタイプのポケモンに出会いやすくなるので」
「カレーライス風サンド……ふふ、サンドウィッチなのにカレーライスですか。面白そうですね、それを作りましょう」
オモダカとアオキはそれぞれのリュックからサンドウィッチの材料を取り出し、カレーライス風サンド作りに取りかかった。
「……むう、意外と難しいですね。具材が綺麗に挟めません……」
大きなパンにハラペーニョとトマトスライスを綺麗に乗せるのに苦戦している様子のオモダカにアオキは思わず笑みを零す。何事も完璧にこなす彼女が珍しく手間取っている姿が新鮮だった。完璧超人な故にオモダカには何かと振り回されるアオキだが、彼女も人間なのだと思った。
「アオキはサンドウィッチ作りが上手いですね。とても綺麗に挟めています」
「ピクニックは時々やるので慣れていますから」
「私も負けていられませんね……」
オモダカが真剣な表情を浮かべ、パンに具材を挟んでいく。完全に集中モードに入っている。これは声をかけない方がいいな、とアオキが思っていると、グルルル……と鳴き声が聞こえた。
他のポケモン達と遊んでいたオモダカのゴーゴートがテーブルに近づいてきた。どうやらテーブルにあるサンドウィッチの匂いが気になったようだ。アオキはサンドウィッチを掴むとゴーゴートに差し出した。ゴーゴートがいいのか?という目で此方を見つめてきたため、いいんですよ、と声をかけると、ゴーゴートはサンドウィッチに齧り付いた。
「……美味しいですか?」
アオキが尋ねるとゴーゴートが頷き、満面に笑みを広げた。ポケモン勝負では恐ろしい眼差しを見せる彼だが、サンドウィッチを食べて喜んでいる姿は至って穏やかだ。微笑ましくなってアオキはふ、と笑みを浮かべる。暫くサンドウィッチを食べているゴーゴートを眺めていたが、ゴーゴートの主であるオモダカに視線を移して、ぎょっとした。オモダカの手元には大量のサンドウィッチがあった。
「トップ、作り過ぎでは……」
控えめなアオキの発言にオモダカは我に返った様子で具材をテーブルに置き、苦笑した。
「すみません、つい熱中しすぎてしまいました……」
「いえ、構いませんが……。ポケモン達が喜びますよ」
オモダカが作ったサンドウィッチをオモダカとアオキはそれぞれの手持ちポケモン達に分け与えた。ポケモン達は皆サンドウィッチを美味しそうに食べて喜んでいた。
「私はピクニックはあまりやっていませんでしたが、ポケモン達も喜んでくれますし、良いものですね」
サンドウィッチを食べているキラフロルの様子を眺めながらオモダカが目を細める。穏やかな空気にアオキは安堵しつつ、テーブルに置かれたサンドウィッチをチラリと見た。
「……サンドウィッチ、まだなくなりませんね」
「はは、明らかに作り過ぎでしたね……」
オモダカが苦笑した時──穏やかな空気を切り裂くように突如甲高い鳴き声が辺りに響き渡った。
「ギギャアアアア!!」
「グギャルルルル!!!」
「!?」
オモダカが椅子から立ち上がり、周りを見回す。
「この鳴き声は一体……!?」
アオキも周りを見回す。傍にいるゴーゴートが警戒するように鳴き声を上げた。ゴーゴートの視線の先を追ったアオキは目を見張った。大量のヤングースとデカグースが現れたからだ。彼らは此方に向かって襲いかかろうとしている。
「ヤングースとデカグースの群れですか……!」
自分と同じく驚愕しているオモダカを横目に見て、アオキは瞬時に頭を動かした。この場には自分とオモダカのポケモンがいるが、相手の数が多すぎる。ここは下手に応戦するよりも──
「アオキ、逃げますよ!!」
オモダカが素早くポケモン達をボールに戻し、ハットを抑えながらゴーゴートの背中に飛び乗った。アオキもポケモン達をボールに戻していると、ゴーゴートの体からムチが伸び、アオキの体に巻き付いた。そのまま上に持ち上げられてオモダカの後ろの位置に乗せられる。アオキが目を白黒させていると、ゴーゴートがムチを仕舞って勢いよく駆け出した。アオキは凄まじい衝撃に再び目を白黒させ、振り落とされないようにゴーゴートの背中にしがみついた。
ゴーゴートが全速力で山道を駆け抜ける。時折オモダカが指示を出す声が聞こえた。ヤングースとデカグースの鳴き声は次第に聞こえなくなっていった。
「アハッ! アオキ、空がとても綺麗ですよ!」
オモダカの楽しそうな笑い声が聞こえる。空が綺麗だと言われても、ゴーゴートに振り落とされないように踏ん張るのがやっとで景色を見ている余裕なんてない。
「アハハハハ! ゴーゴートに乗ってこんなにも速く走るのは久しぶりです!」
オモダカの声はとても楽しそうだった。よく楽しむ余裕があるな、とアオキは末恐ろしいものを感じながら、ひたすらゴーゴートにしがみついていた。
「ここまで来れば大丈夫でしょう」
オモダカの言葉にアオキは体を起こして周りを見回す。見慣れた町並みから自分達がチャンプルタウンにいることが分かり、ホッと胸を撫で下ろす。オモダカとアオキはゴーゴートから降りて、彼に礼を言った。
「あのヤングース達はおそらく、私が作ったサンドウィッチの匂いにつられて私達の前に現れたんでしょうね。私達が無事で良かったですが……私が作ったサンドウィッチはヤングース達に食べられてしまうでしょうね」
アオキはハッと思い出す。オモダカが作ったサンドウィッチの残りは、プルピケ山道で組み立てたテーブルの上に置かれたままだ。
「……すみません。せっかく作られたのに……」
「謝らないでください。ポケモン達にはちゃんとあげられましたからいいんです」
オモダカはゴーゴートの背中を撫でて、大きな雲が広がる青空を眺めて微笑んだ。
「それに……お陰で良いものが見られましたから」
空を見上げるオモダカの笑顔は、普段のキラキラしたそれとは違う、無邪気な笑顔だった。
おまけ
ネモ「えー! トップとアオキさん、一緒にピクニックをしたんですか!? 良いなあー!」
オモダカ「ふふ、ヤングースとデカグースの群れに襲われかけて大変でしたけどね」
ネモ「それは大変でしたね! でもピクニック、楽しかったんですよね? 今度はわたしと一緒にピクニックしましょう!」
オモダカ「ええ、是非お願いします」(チャンピオンネモだと野生のポケモンの群れに襲われても立ち向かっていきそうですね……)