あくろす小咄(パンクとインディア2)。「よぉ」
「!? HB、どうし……」
「シッ、ちょっと面貸せるか」
「? え、でも、今、僕のアース……」
「分かってる。…………その件でも話しときたくてな」
「此処じゃダメってこと……?」
「…………」
「………分かった。でも此処が心配だから長くは無理だよ? あと何かあったらすぐ戻るからね?」
「おぅ」
「……カノンイベント……」
「ソサエティではそう呼んでる」
「なんだよ、なんなんだよ、それ………」
「……………」
「ホービー、どうして僕に?」
「お前には知る権利がある」
「つまり、これ、君の独断………?」
「ああ」
「なんで、ソサエティは、だって今」
「お前のアースに残って作業してる奴以外はマイルス狩りに出た。今連絡取ったってあそこは最小人数だろうよ」
「!? どうして!」
「《異分子》とミゲルは呼んでやがった」
「マイルスのことを? なんで? 彼は」
「違うアースから来た蜘蛛に噛まれ、加速装置を完全に壊さず逆に穴を広げ、挙句他アースでのカノンイベントを阻害した。本来スパイダーマンになるべきじゃなかった《異分子》。小僧故に世界を知らず、マルチバースの平衡を乱した原因そのものだとよ」
「っ!!?? 待って、待ってよ、おかしいよ……! マイルスはわざと噛まれたわけじゃないんだろ?」
「ああ、違う」
「じゃあ、なんで《異分子》なんて枠で扱うの!? マイルスは……彼は何も悪くないじゃないか……! 彼は人を救ってる! ムンバッタンのみんなも署長も! 自分の命も顧みないで! マイルスはムンバッタンの誰もが認めてる、『スゴイ』スパイダーマンだよ! 彼を狩るなんて……」
「そうだな」
「どんなに絶望的な状況下だって、助けられるいのちがあったら、助けを求めてるひとがいたら、足掻いて足掻いて手を伸ばして助けるのがヒーローじゃないの……!? 起こってから『皆も経験したことだ』って慰められて前を向けるのと、前もって知らされて平和の為に見殺せっていうのはあまりにも違うじゃないか……! そんなの、マイルスが受け入れられるわけないって分かるじゃないか! 僕だって同じ立場ならパニックになるよ!」
「大勢で取り囲んでの説得を選んだ連中にはそうじゃねぇのさ。『それしかない』『仕方ない』『今は耐え難いかもしれないが』『もうとっくに試したがダメだったからお前もダメだ』『大人になれば』で押し通して、挙句捕縛と追いかけっこ。………押し売りクソ体制すぎてやってられねぇ」
「おかしすぎるよ………なんで、なんで非道いことが出来るの? 分からないよ………」
「そう言えるお前は十分マトモだ、パヴ」
「………そもそもそんな情報、僕には何も」
「だから呼んだんだ。お前のアースがどうなっても、ソサイエティは伏せたままにする可能性だってある」
「そんな、まさか」
「妄言だと片付けたきゃそれでもいい。そのまま自分のアースに戻んのもアリだ。だがマイルスは追われてる。それは紛れもねぇ事実だ。全スパイダーマンの《敵》としてな」
「…………っ」
「…………」
「…………」
「…………ホービー」
「ああ」
「わざわざ君のアースに呼んでの説明ってことは、カノンイベントが成立しなかったら僕のアースがどうなるか、君は知ってたってこと?」
「そうだ」
「……………——ホービー」
「………あぁ」
「歯食いしばれ」
ぼすっ。
「————」
「………………」
「パヴィ「少し黙ってて。僕、今すごく怒ってるんだから」………」
「……………」
「……………」
「ホービー」
「……………」
「君もグウェンも、あの場でカノンイベントがどう起こるか知ってたってことだろ」
「……………」
「僕が……僕がどっちも、ガヤトリィ達も署長もどっちもは救えないのが分かってたって………どんなに足掻いてもガヤトリィ達のほうしか助けられなくて……署長を看取るのが《正しい未来》なんだって………」
「……………」
「救えなかった僕の横に、どんな顔でいる気でいた? 慰める気だった? 放っとく気だった? 起こってから説明する気でいた? それとも………」
「……………」
ぼすっ。ぼすっ。
「………パヴ」
「なんだよ………カノンイベントって………前もって分かってても見殺しにするのが《正しい》ってなんなんだよ………ソサエティって、世界って、スパイダーマンってなんのためにあるのさ………」
「……………」
「ホービー」
「………ぉう」
「覚えといて。僕に黙ってたことは怒ってるし、絶対に許さない。ずっと、これからも。君とまた仲良くなっても」
「ああ」
「でも、あの時崩れる街の中、市民を救う為に走り回ってた君やグウェンの姿が嘘っぱちだとは思わない。マイルスが無事に署長と女の子を助けてくれた時の喜びようも」
「…………」
「おじさんの周忌が来るのがしんどかった時、『君も?』って訊いたら『お前の傷はお前のもんだろ。しんどかったらしんどいでいいんだよ。俺のとで無理くり引っくるめて物差しにすんな』って言ってくれたろ?」
「そういやあったな」
「あの時『冷たすぎる』って眉をひそめてる人もいたみたいだけど、あれでちょっと救われたんだ。いっぱい傷ついても『自分の傷は自分のものだ』って自分の足で踏ん張ってきた上で一度もひとに押し付けなかった君なら、カノンイベントの《ほんとうのこと》を知ってた君なら、ソサエティの方針にとっくにうんざりきて抜けたがってただろうなって今なら思うし。………それと」
「………?」
「『時計くらい自作しろ』『染まるな』って散々くれた君の忠告を無視し続けてた後悔もある」
「——パヴィトル」
「『認められた!』って浮かれて、本当のことから遠ざけられてる事に気付けないでいる僕を気遣ってくれてたんだろ? ここで時計作ってるところも、本部でパーツくすねてるところも見せてくれてて」
「早く気付いてくれねぇかなと思ってた」
「だよね。…………鈍くてごめん」
「俺こそ」
「ほんとだよ。二度目はないからね」
「……痛ぇよ、締まる」
「当たり前だろ! わざとやってるんだから」
「わざとか」
「ずっと怒ってるって改めて思い知らせようか?」
「十分身に染みてる」
「本当に本当だろうね」
「お前の淹れてくれるチャイと、おばさんのビリヤニに誓っていい」
「それ軽くない?」
「生まれてこのかた、神様とやらは信じちゃねぇんだ」
「……………なら、しょうがない。譲ってあげるよ」
「サンキュ」
「でも二度目はないからね」
「分かってる」
「…………ところで、ホービー」
「ん」
「僕に明かしてくれたのいいけど、これからどうするの? 君は………」
「ソサエティならもう抜けた」
「抜け!? ぁ、でも君ならそうか………。時計も違うもんね、自作のやつでしょそれ」
「前のは本部で捨ててきた」
「ホービーらしいね………って、そうじゃなくて、マイルスはどうなるの!? ひとりのまま!? あと僕はどうすればいいのさ! 衝撃の事実知らされたまま、自分のアース帰っても心穏やかじゃいられないんだけど……!」
「それ訊くなら、俺よりうってつけの相手がいるぜ」
「ぇ? 誰のこ………————————!」
「————来たな」
「ホービー! え、パヴィトル!?」
「お前さん、なんで此処に!?」
「グウェン! Bパーカー、メイディも!」
「きゃぅううー!」
「よぅ、待ってたぜ」