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    いきる

    @baleine_0101

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    いきる

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    マルエー現パロ
    幸せでいて欲しい

    猫を飼うはなし きっかけはいつだったか。柔らかなブランケットの上で眠る子猫を前に、エースはふとそんなことを思う。
     それは確か1ヶ月程前の出来事だった。土曜日の夜、同居人のマルコといつもどおり夕食を済ませて、ソファでゆっくりテレビを見ていた時のこと。丁度その時に映っていたのが、毎週20時から始まる動物番組。内容は、とある野良猫のドキュメンタリーだった。
     始まりは凍えた道端で鳴く子猫の姿から。傍らには、その猫によく似た大きな猫が眠っている。恐らく、親猫だ。もう既に亡くなっているのだろう、身動きひとつない親のそばで、子どもはただ1匹で小さく鳴いている。
     思えばマルコは、もうこの時点で瞳に涙を浮かべていた。隣で、すんと鼻を啜る音を聞いていると、映像が代わってすこし成長した猫の姿が現れる。
     始めのシーンでは暗くて分からなかったが、どうやらその猫は黒猫だったらしい。人間に助けられ、けれども野生で駆け回る溌剌とした様子が流れ、マルコと共にホッとしたのを覚えている。
     河辺の土手を、住宅街の軒道を、商店街のコンクリート路を。その黒猫はどこまでも、するすると大胆に歩いてく。冒険のなかで出会った猫と一緒に魚を捕まえたり、時には一回り大きなカラスと闘ったり。そんな勇敢な猫の姿に、マルコは釘付けの様子だった。
     偉ェなあ、と優しい響きで呟く。ずび、と鼻を鳴らしながら、マルコは涙ぐんで言葉を続ける。すげェよい、身ひとつでこんなに頑張って。
     クールな見た目に反して、マルコは意外と涙脆い。それは付き合ってすぐに分かったことだったから、特別驚くこともなく。むしろ、眉間を抑えて涙を堪えるマルコがなんだか可愛く見えて、その時は揶揄うようにティッシュを渡してやった。
     当時を思い出しながら、目の前の小さな籠の中を覗き込む。クリーム色のブランケットの上には、あの番組で見た猫と似た、黒っぽい子猫が眠っている。それは、その日の約1週間後に、マルコが連れてきたものだった。
     親がいない子どもらしい。港の方で拾って、飼主が見つからず困ってた婆さんから引き取ったんだよい。
     じっと子猫を見つめて動かないおれに、マルコは優しい声色で説明してくれた。この間テレビで見た猫に影響されて、放っておけなかった。そう言って、すこし照れたような、困ったような表情で笑う顔が、なんだかとてもマルコらしいとも思った。
     ふたりとも、猫なんて飼ったことがない。どうすればいいのか分からなくて、すぐにペットショップに行った。店員さんにあれこれと聞きながら、子猫用の餌やトイレシート、その他必要なものを買う。育て方の注意点を聞いて、「こねこのきもち」なんて可愛いタイトルの本も一緒に買って、ふたりでページの隅々まで読んだ。
     3時間に1度のミルクやりや、トイレの躾。ブラッシングに爪の手入れまで。やることは山積みで、最初の1週間はすごく大変だった。こねこのきもち、なんて、成人した男2人に分かったもんじゃない。暴れるし鳴き喚くしで、想像以上に暴れん坊の子猫に、マルコもおれも手を傷だらけにしながら、根気強く面倒をみた。
     お前によく似てるよい。
     ある時、マルコはそんなことを言った。がじがじと子猫に指を噛まれながら、どこか懐かしそうな顔をして。
     初めて会った時も、こんな風に噛み付いてきたな。親父が拾ったガキだと聞いたから、まあ予想はしてたが……コイツに負けねェくらいの反抗心のかたまりだった。
     そう言われてつい、おれは腕の中で暴れている猫に目を向けた。こんなに凶暴じゃねェよ、と文句を返してやれば、マルコは一瞬きょとんとして、でもすぐに吹き出して笑った。
     凶暴とまでは言わねェが、かなり荒れてただろい!知らねェうちに怪我ばっか増やして、その上いくら話し掛けても無視しやがる。思春期のガキだ。放っておけばとも思ったが、何でだろうなぁ。おれはお前のことが気になってしょうがなかった。
     マルコはそう言って、おれの腕の中にいる猫をあやし、それからおれの頭をぽんぽんと撫でてくれた。すこし眠そうな目を愛おしそうに緩ませた、おれの大好きな表情をして。
     にゃあ、と小さな声が響いて、ふと意識が目の前の籠に移る。飼い始めた当初のことを思い出しているうちに、子猫が目を覚ましたらしい。覗き込むと、寝起きの子猫がふみふみとブランケットを揉み始めている。
     マルコが貰ってきた日から数週間が経って、お世話にもだいぶ慣れてきた。初めは嫌がってたお手入れも受け入れて、ごくごくといっぱいミルクを飲む。もうすっかり懐いた子猫は、一日中おれに引っ付こうとしたり、にゃあにゃあと鳴いて気を引こうとする。それが可愛くて可愛くて、おれも子猫から離れられないでいるのだ。
     籠の中にそっと手を入れて、柔らかな額を撫でる。おれの両掌に収まるほど小さいのに、どうしてこんなにもあたたかいんだろう。
    「ただいま」
     玄関からマルコの声がした。リビングの扉を開けて出迎えに行くと、仕事から帰ったマルコが靴を脱いでいる。
    「おかえり。今日もお疲れさま」
     いつものようにマフラーとコートを受け取ると、ありがとよい、と優しい笑顔が返ってくる。すっと高いマルコの鼻先が、すこしだけ赤い。そういえば、今日は気温が氷点下近いと天気予報で見た。
    「寒かっただろ、先に風呂入る?丁度沸かしてたとこなんだ」
    「お、いいのかよい。じゃあ先に入ろうかねい」
     そう言って、ぽんとおれの頭を撫でる。手袋をしていたからか、まだ温かい掌に気を取られていると、袋をふたつ渡された。
    「なんだこれ」
    「アイツ用のミルクとウェットフード。猫飼ってる同僚にお勧めされてな。あとは、お前の分だよい」
     おれが袋を覗き込んでいる内に、マルコはすたすたと風呂場へ向かっていく。中には、可愛い猫のイラストが書かれた赤い缶や袋に、おれが好きな菓子がいっぱい入っていた。
    「……こういうとこだよ」
     ぐっと熱くなった頬をおさえて、つい本音をこぼす。マルコのこういう、ふわっと優しいところが、おれは好き。だけど時々ものすごく、擽ったい気持ちになる。
     リビングに戻って、マルコが風呂から上がってくる前に、夕食の準備に取り掛かる。と言っても、既にご飯は炊けているし、おかずも作り終えているから、あとは味噌汁を温めるだけだ。すぐに終わって、1ヶ月前からの定位置である、猫の籠の前に座った。
     子猫はまた、すうすうと寝息を立てて眠っている。どうりで、静かだと思った。気持ち良さそうな寝顔に、自分の表情がふにゃりと弛んだのが分かる。
    「起きたら、ミルク飲もうな」
     こっそりと呟いて、指先だけでふわふわの背中を撫でる。そうやってずっと子猫を眺めていると、マルコが風呂から戻ってきた。
    「寝てんのか。珍しいな」
     バスタオルで頭を拭きながら、マルコも籠の中を覗き込む。
    「今だけだ。午前中なんかは超うるさかったぜ。カーテン引っ掻いて登ろうとするし、すげェやんちゃ」
    「へェ、そりゃ凄えな。まだ小せェのに果敢なやつだ」
     そう言って、マルコは子猫の細い髭をすくうように触れる。微かにむずがった様子がすごく可愛くて、抱き締めたい気持ちを堪えるように見ていると、「エース」と名前を呼ばれた。
    「ん?」
    「もう名前は決まったか」
    「え、何の?」
    「何のって……コイツだコイツ。前ちょっと話しただろい」
     マルコは少し呆れたように笑って、ちょんちょんと子猫の背に触れる。そういえば、そうだ。コイツ、アイツ、猫、とそれぞれ言うのは辞めて、名前を付けてやろう。そんなことを、ついこの間マルコが話していた。
    「おれが付けていいのか?」
    「当たり前だろい」
    「でもコイツ、おれが付けた名前でも気に入ってくれっかな……」
    「何言ってんだよい。お前が1番可愛がってやってるんだ、気に入るに決まってる」
     にこにこなマルコの笑顔に押されまくって、おれは子猫に視線を戻す。そこまで言われちゃあ、しょうがない。じっと見つめて、名前を考えてみる。
     ふわふわな、グレーがかった黒っぽい毛並み。眼は、今は閉じているけど、海みたいに綺麗な青色をしているのだ。そして、まだ小さなまろい背中には、くっきりと白い三日月の模様が入っている。
    「ん——……じゃあ、さ、シロってどう?」
    「シロ?」
     マルコの声に、おれは子猫の背を指差しで教えてやる。
    「コイツのここ、オヤジの白い髭と同じ模様してるだろ。だから、シロ!」
     マルコはその模様に少しだけ目を見開いて、でもすぐに嬉しそうな笑顔をみせる。指先でそっとなぞりながら、マルコは「いいんじゃないか」と、柔らかい声で言った。
    「オヤジも喜びそうだなあ」
    「へへ、そうかな。今度行く時はコイツも……あっ、シロも連れてこうぜ」
    「ああ。ま、もう少し大きくなったらな。家族一緒に顔見せにいこう」
     マルコがそう言った途端、子猫がゆっくりと眼をあける。くぁ、と大きく欠伸をひとつ。マルコの指に気付いたのか、すりすりと顔を寄せて、にゃあ、と高い声で鳴いた。これは、餌が欲しい時の響きだ。
    「……ミルクだな」
    「そうみてェだな。おれ、作ってくるよ」
    「エースはこのまま構ってやれよい。お前が離れるとコイツも……あぁ、シロも付いてっちまう」
     名前呼びがまだ慣れねェよい、と笑いながら、マルコはキッチンへと向かっていく。構っていたマルコの指が消えたことに、子猫はにゃあにゃあと鳴き出して立ち上がった。
     すぐに抱っこをして掌であやしてやると、ごろごろと喉を鳴らし始める。単純だ。でもすごく可愛い。可愛くて、愛おしくて温かくて。なんだか胸が、じわじわと熱くなってくる。
    「……家族、だって」
     呟きの意味を、子猫は理解できないだろう。それでもおれは、この嬉しさと幸せを共有するように、腕の中の温まりをそっと抱き締めた。
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