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    らくがきとSSと進捗/R18含
    ゲーム8割/創作2割くらい
    ⚠️軽度の怪我・出血/子供化/ケモノ
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    2018/01/24 過去作投稿
    「春雷」
    古めで文章に粗が多いんですが、直しようがないのでそのままにしてます。
    ---
    ジークとサイカの話。
    出会った頃と旅を始めたばかりの頃の話です。
    捏造多め。標準語を話すジークが出てきます。(2022/07/06)

    ##SS
    ##Xb2
    ##Xenoblade

    春雷ジーフリト・ブリューネ・ルクスリア。
    ルクスリア第一王子である彼は、雷の力を操るブレイド、サイカと共にあった。
    彼はサイカと出会った「日付」を覚えていない。しかし、サイカと出会った「瞬間」は十年以上経った今でも鮮明に思い出せる。

    「ジーク!またゲンブの外に出ようとしていたな!お前は一体何回同じことを言わせれば気がすむのだ!?」
    王の怒声。ジークはその声の主が座す玉座の前に立たされ、ただ口を尖らせて黙していた。
    「……」
    ーーちっ、港に衛兵がいなければ、今度こそ商会の船へ紛れ込むのに成功しただろうに。最近また増えた。おそらく親父が命じたのだろう。
    そう彼は心の内で文句を垂れた。
    「聞いているのか!お前はこのルクスリアの第一王子。まだお前は若い。この国の中で学ぶべきことがたくさんある。それにブレイドも伴わず外に出るなど言語道断。……世迷い言もほどほどにするがいい」
    王の言葉ひとつひとつを聞くたび、ジークの心はささくれだった。
    ーーつまらない、つまらない、つまらない。
    彼はいつも聞こえないふりをしてその言葉を無視し、やり過ごしてばかりいた。
    ようやく王の小言が終わり、ジークは解放される。
    ーーああ、疲れた。聞き飽きた。
    分厚い壁に囲まれた、堅牢なテオスカルディア城の廊下を歩く。ジークはさっさと自室に戻って、もう眠ってしまおうと考えていた。その帰りし、彼は城外に面したバルコニーから外を眺めた。
    いつもの吹雪。白、灰、白。いくら日を重ねようと変わらぬ景色にすら、彼は苛立ちを覚えた。変わらぬ日常、変わらぬ鍛錬、変わらぬ勉強、変わらぬ国、変わらぬ“父”ーー
    「うんざりだ」
    吐き捨てるように、ジークは呟いた。
    こんな日々をいつまで繰り返せばいい。こんな、何の変化もない、覚えておく価値すらない日常を。自分はもっと、様々なことを知りたい。外のこと、このアルストのこと。だから外へ出て行き、ルクスリアだけでは得られないことを学び、そしてーー。
    閉塞したこの、ルクスリアを救う力になりたい。
    それの何が、いけないというのか。

    バルコニーから離れ、再び自室へと向かって歩き出す。自室へ向かう廊下には宝物庫があった。もちろんその扉の前には警備の兵が立っているため、中には入れない。
    国交を絶っている閉塞したルクスリアに、宝物庫を狙う野盗などほとんど現れることはない。どちらかというと、王の命令を聞かず、所構わず走り回る悪戯坊主の「王子」が悪さをしでかさないように配備されているようでもあった。
    ジークは閉ざされた宝物庫の扉をじっと見つめる。中にはルクスリアの歴史を示す書物や武具、祭具、機械兵器ーー彼からしてみれば、ほとんどは古ぼけた『骨董品』でしかないーーがしまい込んである。その中にはいくつか、この国において重要とされるブレイドのコアクリスタルも眠っていることを、彼はよく知っていた。
    「ブレイドも伴わず外に出るなど言語道断……か」
    先程の王の小言が蘇り、ジークは思わず苦虫を噛み潰したように顔を歪めた。
    彼は王からブレイドとの同調を禁じられていた。ブレイドとの同調には危険が伴う。ドライバーとしての資質がなければ、同調を試みた際にコアクリスタルから逆流してくるエーテルエネルギーで肉体や神経などを損傷する恐れがある。いや、それだけで済めばまだいいほうだ。反動が重篤であれば、場合によってはーー
    しかし、ドライバーの資質があるか否かを、同調しようと試みずに知る方法など存在しない。ブレイドもなしに、と言うが、それは王である父が同調の許しすら与えないからではないか。
    彼はここのところ、この宝物庫への侵入を画策していた。庫内のコアクリスタルを持ち去り同調すれば、自分はドライバーとなることができる。その為にどうやって警備兵の置かれた宝物庫に侵入すればいいか……最近はそればかりを考えていた。
    普通に入ることはできない。十中八九警備兵に止められるだろう。ならば別の用件と偽って警備兵に扉を開けさせるのはどうだろうか。彼自身は直接宝物庫に入ることは出来なかったが、勉強の為に古代の文献や祭具などの持ち出しを依頼することは度々おこなっていた。あくまで警備兵に依頼する体だ。彼らが扉を開き、中で依頼した物を探している隙に彼自身も侵入してコアクリスタルを持ち出す。そしてすぐに同調してしまえばいい。
    そうすれば自分はドライバーになれる。そうすれば、自分は認められるーー彼はそう考えていた。
    とても浅はかな発想だ。無茶で、無謀で、その後のことなど何も想像していない。
    しかし、ジークは最早その鬱屈とした日々に耐えることが出来なかった。

    数日後の夜。彼はその無謀な計画を実行に移そうと、宝物庫へと向かった。いつも通りに扉の前に立つ警備兵に、出来るだけ平静を装って話しかける。
    「すまない。テオスピスティ神殿と暴走したブレイドに関する資料はあるか?文献をいくつか借りたいんだが」
    「ああ、ジーフリト王子。勉学の資料でしょうか?」
    「そうだ」
    そのジークの返答に警備兵は頷くと、あっさりと宝物庫の扉を開く。
    「承知致しました。では私が関連する文献をお持ち致しますので、王子はそのままお待ち下さい」
    ジークは分かった、と言うと、そのまま奥へと文献を探しに行く警備兵と、宝物庫の内部をじっと観察した。警備兵の目が逸れているうちにことを為す。その好機を伺った。
    以前から勉学の資料を出してもらう際には、外から宝物庫の中の様子を観察していた。コアクリスタルのある場所は分かっている。庫内の中心に置かれた台座の上に、いくつかのコアが整然と並べられている。
    ーーご丁寧なことだ。
    そう心の中で嘲笑すると、ジークは素早く中に侵入し、台座の上に置かれたコアクリスタルの内の一つを奪い取って即座に外へと飛び出した。
    「じ、ジーフリト王子ッ!!」
    その様子に気がついた警備兵はすぐに資料を探すのを中断し、慌ててジークを追いかけた。
    「い、いけません!おやめください!誰かっ!ジーフリト王子を!!」
    ジークはただ自室に向かって全速力で走った。途中で何度も衛兵達にぶつかりそうになったが、突然のことに動転してか誰もジークを捕まえることはできなかった。
    彼は転がり込むように部屋の中に入るとすぐさま扉を閉じて鍵を締め、さらに自身の身体をもたれかけて塞いだ。集まってきた警備兵達が激しく扉を叩くのを無視し、先程持ち去ったコアクリスタルに向けて意識を集中させる。扉はすぐ破られるだろう。すぐに同調してしまわなくては。
    コアクリスタルが瞬く。溢れ出た光の粒子が、人のような形を帯び、そして再び強く光を発する。
    「ーーッ!!」
    ジークはその閃光に目を覆った。
    すとん、と。己の前に何かが舞い降りる気配がした。
    「ーーウチはサイカ」
    ジークは目をゆっくりと開く。
    目を惹く派手な色合いの出で立ち。大きな眼鏡。その奥で穏やかに瞬く深緑の瞳、同じく深緑の柔らかそうな短髪、硝子のように透き通った不思議な肩。その身体の周りを走る、雷電の閃光。
    「ドライバーさん、よろしゅうね」
    コアクリスタルから姿を現した少女が、優しくジークに微笑む。
    「ーー……!!」
    これが、自分のブレイド。
    ジークは目の前の少女の姿に目を奪われ、息を飲んだーー
    「ジーフリト王子ッ!!」
    「お開けください!王子!!」
    ドンドンドンと激しく叩かれる扉の音に、ジークは即座に現実に返る。サイカはその音と声に驚いたのか、眼前の少年に質問した。
    「な、なんやの…この状況は?もしかして誰かに追われとるん?ドライバーさん……、ええと、ジーフリト…王子?」
    だがジークはむしろ真逆の自信満々とでも言いたげな表情で、サイカにニッと笑みを向けた。
    ーー同調は成し遂げた。もうこちらのものだ。きっとこっ酷く叱られるのだろう。だが、これで外に行けるに違いない。
    「違う、追われているんじゃない。でも大丈夫だ」
    そういうとジークはようやく扉にもたれていた己の身体を起こし、鍵を開いた。すぐに衛兵達がジークの腕を掴む。まるで盗人のような扱いだ。いや、実際盗人とそう変わりない。
    「王子。ご無礼を承知ながら、このまま陛下の元へお連れさせていただきます」
    「分かってる」
    彼はそれでも平然ととしたまま、衛兵達に従って部屋の外へと連れ出された。まだ状況が飲み込めず目を白黒させているサイカも、衛兵を伴いジークの後ろをついて行く。二人は玉座の間まで連れて行かれた。
    連れられてきた二人の姿を見て、ゼーリッヒ王は普段よりさらに激昂した様子で怒声を浴びせた。
    「ジークッ!!お前は……!!何てことをしたんだ!!」
    広い玉座の間に大音声が響き渡る。
    「サイカと同調したのか……、無事だったとはいえ、何て危険な真似を!何故私が同調を禁止していたのか分かっていないのか!!」
    ジークはその声を聞きながらなお反省の色すら見せず、ただ目を逸らして黙っていた。
    サイカは何が何やら、と身体を硬直させていた。そのサイカの様子に気づいたゼーリッヒ王はゴホンと咳払いをし言葉を止めた。
    「……すまない、サイカよ。目覚めたばかりだというのに驚かせてしまったな」
    「あ、……いえ。ウチのことは大丈夫です」
    サイカが軽く首を振る。
    「私はゼーリッヒ。このゲンブの、ルクスリアの王だ。そこで黙りこくっている大馬鹿者はジーフリト・ブリューネ・ルクスリア。私の息子でこの国の第一王子、……そしてそなたのドライバーだ」
    「……なるほど、分かりました。ウチはこの国のブレイド、っちゅう事?」
    サイカの言葉にゼーリッヒ王が頷く。
    「そうだ。言わずとも感覚で分かるだろうが、そなたはこの国のある巨神獣、ゲンブを制御することができる。故にそなたはこのルクスリアにおいて重要なブレイドだ。目覚めた以上、今後は力を貸してもらうこともあるだろう」
    「承知しました。ゼーリッヒ王、ウチの力、この国とジーフリト王子の為に使わせてもらいます」
    短い説明ながらもサイカはそれに即座に理解を示し、ゼーリッヒ王に向けて深々と頭を垂れる。ブレイドとは人と共にあるもの。教えられなくとも「そういうものである」と理解しているのだろう、彼女は生を受けて間もないながらルクスリアと己のドライバーへの忠誠を誓った。
    「頼む。では、サイカは下がるように。誰かジークの部屋で待っているよう案内を」
    整然と並んでいた兵のうちの一人が歩み出て、さあこちらへとサイカを誘導する。その姿を見送った後、ゼーリッヒ王は軽くため息をつくと、先程の険しい表情へと戻ってジークを見下ろした。
    「ーーさて、ジークよ……。お前の考えなど分かり切っている」
    ジークは臆せず、キッと王を睨み返した。王はそれを気にも止めず、ただ冷然と言葉を告げる。
    「おおかたブレイドと同調しドライバーとなればこの国を出られるとでも思ったのだろう?……私はそこまで甘くはない。ゲンブから外に出ることは許さん」
    「なっ……!!」
    ジークの浅はかな希望が一瞬で砕け散る。いや、違う。どこかでジークはそう宣告されるだろうと分かっていた。しかし、認めることが出来なかった。彼は何も言い返せず、ただ悔しさに唇を噛んだ。
    「……だがサイカのドライバーでいることは許そう。サイカは既にこの国とお前の為に在ることを受け入れた。彼女と共に過ごし、サイカを知り、この国の頂点に立つに相応しい者となるよう、一層励むことだ」

    …結果として、この時ジークはルクスリアを出ることは出来なかった。
    「くっそー…、あんのクソ親父…ッ!!」
    込み上げる憤りで叫びたくなる衝動を必死に抑え、彼は小さく悪態をつきながら早足で自室へと戻っていった。部屋の前まで戻ると、ジークは隠し切れない苛立ちで僅かに震える手で扉を開く。その中には、ちょこんと椅子に腰掛けたサイカの姿があった。
    「あ……、ジーフリト王子」
    サイカはジークの姿を認めると、椅子から立ち上がり心配そうにジークの元へ歩み寄った。
    「サイカ」
    改めて、サイカの姿をまじまじと見る。感情の揺れが少し収まり、そうだ、この目の前の者は自分のブレイドなのだと、ようやく実感が湧いてくるのを感じた。そういえば、彼女が現れたあの時は自己紹介する間もなかった。
    「自分はジーフリト。ジーフリト・ブリューネ・ルクスリア……。ジークでも何でも好きに呼べ。畏まる必要もない」
    僅かに気恥ずかしさを覚え、ジークは彼女から少しだけ視線を逸らす。やや無遠慮な言い方だったろうか、と彼はひっそりと内省した。そんな彼をサイカはじっと見つめ、ほんのすこしだけ何かを考え込むと、ふわりと柔らかく微笑み頷いた。
    「……ん、分かったわ。ほんなら“王子”って呼ばせてもらおかな」
    「…………」
    想定していたものとは違う返答に、ジークは余計なむず痒さを覚えた。
    ーーまぁいい。自分はドライバーとなり、彼女は己のブレイドとなった。これできっかけを作れる。諦めない。絶対に、絶対に外の世界に行ってみせる。
    ジークは一つ深く息を吸い込むと、サイカに握手を求めて右手を差し出した。
    「よろしくな、サイカ」
    「よろしゅうね、王子」
    彼はそれから少しだけ外に出る回数を減らした。諦めたわけではない。ただ、ただ、サイカのことを知ろうと、常に彼女と共に過ごした。訓練では彼女と共に戦う方法を学び、ブレイドとドライバーについて少しでも知識を得ようと関連する様々な書物を読み漁った。
    外の世界が見たい。この国の現状を変えたい。新しいものに触れたい。たくさんの人々に出会いたい。自分の力を試したい。そして、人々を救う存在になりたい。

    「ーー王子ってロマンチストやね」
    「……別に。普通やろ」
    今日も変わらず夢を語るジークの姿に、サイカはぽろりと感想をこぼした。共に過ごすようになって一年。気づけばジークには、サイカの口調が移ってしまっていた。
    外に出る回数が減った代わりに、ジークの日課には王都内の図書館で本を借りて読むことが加わっていた。サイカも書物を読むことには興味があったようで、この日も二人は図書館内の一角に本を広げて過ごしていた。サイカもまた、国や世界の歴史を知りたがった。別段、己の過去に興味があるわけではない。彼女は「王子は何故そんなに外に行きたがるのか」ーーそれを知りたいと考えていた。

    ジークは彼女に憧れた。彼にとってサイカは何もかもが眩しく、目新しく、「美しいもの」に見えていた。その奇抜な容姿、ふんわりと揺れる髪、厚い眼鏡の奥の優しい色を湛えた瞳、少し変わっているが不思議な柔らかさを持った口調。どんな時でも自分を見守っている、穏やかな笑顔。
    そしてその華奢な身体から生み出すとは到底想像できない、無骨な雷の大剣。刀身からほどばしり大気を震わせる雷のエーテルエネルギーは、ジークの目には新鮮で、生命力に満ち溢れているように映った。
    何故、そのように見えたのだろう。ルクスリアが白と灰色の世界だからだろうか。テオスアウレの中以外で「緑」など、滅多に見られないからだろうか。彼が雪と雲海霧以外に包まれた世界を知らないからだろうか。

    ロマンチストというサイカの評価に、ジークは照れ隠しをするかのようにパラパラと借りた本のページをめくる。英雄アデルの伝承を基にした伝記物語。ジークは、その本の中の挿絵の一つに目を止めた。
    「……『雷雨』……」
    それは、雷雨の中をアデルが天の聖杯と共に駆け抜けるという、物語の中の一場面を描いたものだった。
    「…サイカ、『雷雨』ってどないなもんなんやろ?」
    「え?」
    ジークの半ば独り言のような質問に、サイカはつい聞き返す。ジークは伝記の該当ページを開き、ほれ、とサイカへ指し示した。
    「空に光の筋が走り、轟音が鳴り響いて『稲妻』が落ち、その空から『雨』が降ってくる……て書いてあるけど。ワイにはちっとも想像付かへんわ。雨…、ゆうのは液体の水の粒やろ?ほんで稲妻…はサイカのような雷の力やな。ゲンブは雪しか降らへんし、だいたい『空』が見られるとこがほとんどあらへんし」
    彼は雷雨というものを見たことがなかった。
    ジークの言葉にサイカもうーん、と唸り考え込む。
    「そやなぁ……、ウチにも分からんけど、きっとめっちゃすごい天気なんやろね。想像しただけでワクワクするわ」
    例えば、祭りの時のような。この閉塞したルクスリアにも、祝宴や伝統儀式などの“祭”はある。きっとその時のように、いや、その何倍も「賑やか」なのだろう。

    と、想像を巡らせ盛り上がっている二人の元に、一人の兵士が歩み寄ってきた。
    「ジーフリト王子、失礼致します。ゼーリッヒ王が王子をお呼びです」
    また小言か。話の腰を折られたような気分になり、ジークは小さく舌打ちした。そしていかにも面倒くさそうに立ち上がると、しゃーない行ってくるわ、とサイカにひらひら手を振り、彼女を残して兵士とともに図書館を後にした。

    「ジークよ、励んでいるようだな」
    珍しく小言ではない第一声。今日は機嫌がええやんけ、などと頭に思い浮かべながら、ジークは玉座に座った父の顔を眺めた。
    「うむ。サイカと共に過ごすようになって、お前も少しは落ち着いたか」
    そんなわけないやろ、と心の中で呟く。確かにゲンブの外へ出ようと試みることは、ここ一年で多少減った。しかし彼の「外」への欲求はむしろ一年前を上回るほどになっており、 ジークはやはり、外へ出ていく好機を今か今かと常に待ち構えていた。
    さっさと会話を終わらせてサイカの元へ戻ろうと、ジークは王に切り出した。
    「……今日は何の用やねん、親父」
    その言葉に、機嫌の良さそうだったゼーリッヒ王の眉間に皺が寄る。
    「……ジーク。その言葉遣いは慎めと言った筈だが?」
    「やかましいわ。サイカには何も言わへんくせに」
    「サイカはブレイドだ。彼女は元々そう生まれているのだから何の問題もない。だがお前はルクスリア王子。いい加減、王族としての態度や立ち振る舞いを身につけろと言っているのだ」
    またその話か。じり、と焦げ付くような不快感がジークの胸にまとわりつく。
    「……いつまでや……」
    今までただ黙することで抑え込んでいた感情が、最早我慢ならぬと決壊し始める。
    「……いつまでそないなことを繰り返させるねん。ワイはこのテオスアウレで、いつまで同じことをしとったらええんや!!」
    怒りと憤りに任せ、ジークは王に向かって叫んだ。しかし王は何の反応もせず、眉をひそめたまま彼を見下ろしていた。
    「……」
    「この国は何も変わらん。ずっと鎖国し続けて、国民は飢えたままで…、そんでワイのやることも毎日変わらん。ずっと、ずっと……!もううんざりや!!」
    「そんなに嫌か、この国が」
    「ああ嫌や。それを変えようともせえへん親父もな!!」
    玉座に置かれたゼーリッヒの拳が、僅かに握り締められる。だが、それの意図するところをジークは察することが出来なかった。
    「……そうか。ならば今すぐ出て行くがいい。…どこへなりと、好きな場所へ」
    「言われんでもそうしたる。ワイがこの国を変えたるーー……絶対にな」
    王の言葉にジークは吐き捨てるように返事を投げつけると、すぐに身を翻し謁見の間を飛び出していった。その彼を追おうと控えていた兵たちが身を乗り出したが、王は「構わぬ、追う必要はない」とそれを制し、深くため息をついた。
    「……分かっていた。いつか必ずこの時がくると」

    「サイカ!」
    ジークは図書館の中に駆け込むと、先程まで自分が読書をしていた一角へと急いだ。同じ場所で変わらず本を読みながらジークを待っていたサイカは、興奮した様子で走り寄ってくるドライバーを訝しげに見つめた。
    「王子?どしたん……」
    ジークはそのまだぼんやりとした彼女の腕をさっと掴む。
    「ええから付いて来い」
    「ち、ちょっと王子!?」
    急に引っ張られてよろめくサイカを連れ、彼は本も片付けずにどすどすと図書館を出ていった。彼女の腕を掴んだまま、すぐに城の自室へ向かって走り出す。
    ーーそうだ、今日は……、認可を受けた商会の船が来る日の筈だ。急いで荷物をまとめてゲンブ港へ向かえば、なんとかギリギリのところで出港に間に合うだろう。その商会の船に乗って、外へ出ていってしまえ。
    自室に戻るや否や鞄に物を詰め込み始めるジークを見て、サイカは慌てふためいた。
    「ま、待ってや王子、あかんて!まさか今からルクスリアを出ていくゆうん?ゼーリッヒ王の許しなんてもろてへんやろ?」
    ジークは身支度を進めながら、振り返りもせずサイカに返答する。
    「もうもろたようなもんや。見てみい、止める奴なんか誰もけえへんやろ」
    「せやけど……」
    サイカはそれでもまだ納得しきれないと言いたげに戸惑う姿を見せる。彼女が共に来てくれなくては、ジークの旅は早々に終わりを告げてしまうだろう。今ここで彼女を説得しなければ。
    「サイカ」
    荷物を詰める手を止め、ジークは自分のすぐ後ろに立っていたサイカの方へと向き直る。そして立ち上がると、強くサイカの肩を掴んで真剣な表情で彼女の瞳を見つめた。
    「……サイカ…、ワイはルクスリアを変えたい。自分の目で世界を見たい。困っとる人々を救いたい。せやからーー…、ワイに力を貸してくれへんか。ワイとサイカの二人なら絶対できる筈や」
    この一年、彼女に幾度となく語った夢を再び訴える。
    「………王子」
    ただまっすぐなジークの視線が、サイカの瞳を射抜く。彼女は少し気圧されるように息を飲むと、まだ僅かに己に背の届かぬ少年の、やや筋張った手のひらにそっと自分の手を添えた。
    「…仕方あらへんなぁ。ええよ、おねーさんが一緒に付いていってあげましょ」
    おどけるようにサイカが微笑む。
    サイカは何度も何度も、夢を語るジークの姿を見てきた。だから、今は止めるのではなく、ただ傍にいて、彼の助けになってみせようーー
    彼女は心の中で、そう誓いを立てた。
    「サイカ、見てみいサイカ!ええ眺めやと思わんか?」
    弾けるような少年の声が、共にあるブレイドの名を呼ぶ。ジークは船の柵から身を乗り出し、遠く離れた雲海の上をゆったりと移動する巨大な巨神獣を指差した。一番近くに見えているのは、まるで風船のように丸い体を持った巨神獣、アヴァリティア。さらにその向こうには赤銅の体躯を持った巨神獣、スペルビア。それだけではない。国家を擁する大型巨神獣以外にも、小さな集落をもつ小中の巨神獣の姿もまばらに見えた。そしてそれらは全て、雲海の中心に聳え立つ世界樹の周りを、弧を描くように回遊していた。
    ゲンブ港から覗く切り取られた空とは全く違う。初めて船上から見るアルストは、呆れる程に広かった。
    その光景にサイカもはああ、と感嘆の声を漏らす。情報としてーーそしてこれは本能として、だろうかーー彼女はこの光景を“知っていた”。だがジークの元に新たな生を受けてから見るのは初めてで、彼女もまたこの広大なアルストに強く胸を打たれた。
    「……すごいわ。外って、こないに広かったんやね」
    雲海を駆け抜ける風が、ふわりと二人の間をすり抜けてゆく。ジークははたとあることを思い出し、俄かに目を輝かせて声を弾ませた。
    「…あ、せやサイカ。旅を始めたらな、絶ッ対こう名乗ったろ!って決めてた名前があんねん。どうや、気になるやろ?」
    「へぇー、そうなんや」
    サイカの気の抜けた返答にジークはむすっと膨れつらを見せる。
    「なんやねん、そのいかにもどうでもええわー、みたいな返事は!」
    そんなジークを見るのが楽しくて、サイカはついクスクスと笑みをこぼした。
    「そんなことあらへんで?ほんで、何ていうん?おねーさんに教えてぇな」
    そうサイカが訊くと、ジークは待ってましたと言わんばかりにサッとポーズを決める。
    「……よくぞ聞いてくれたな。そう、我が真名こそ……人呼んで雷轟のジーク。”ジーク・B・極・玄武”やッ!!」
    どうやっ、とでも言いたげに、ジークは爛々と輝かせた瞳でサイカを見つめた。サイカはその奇妙な覇気でぽかんと呆気に取られ、しばらく言葉を忘れてしまった。あかんあかん、とすぐに気をとりなおし、軽く咳払いをする。
    「……まあ、王子がええと思うんならそれでええんとちゃう?」
    「せやろ!ええやろ!流石にそのまま名前を名乗るのもアカンし、だいたいおもろないやんけ。ほんならめっちゃ格好ええ真名を考えたろってなーー………」
    ジークの語る口は止まらない。嬉しそうにはしゃぐ彼の姿はやはり年相応の少年で。そして、何より。
    「………“玄武”、ね」
    故郷に失望し、見捨ててしまったのではない。いつか必ず戻ってくるという誓いにも似たそれを、サイカはただ小さな喜びとして噛み締めた。


    そうして彼らはルクスリアを出奔し、世界中を巡る旅を始めた。国家を有す巨神獣だけではなく、各ノポン商会などをツテに中小規模の巨神獣へと向かったこともあった。見るもの、触れるもの全てが新鮮だった。その旅の中で、ジークはこの世界で苦しみ困難を抱えているのが己の国だけではないのだ、と気づき始めた。
    ルクスリアだけではなかった。人が生きていく大地である巨神獣はどんどん減りつつある。限りある資源を奪い合い、このアルストの人間達は生きている。
    ーーその世界の為に、何か自分にも出来ることはないのか。
    彼はサイカと共に巡っていった様々な巨神獣で、見る人見る人に手を貸そうとした。野盗に襲われている旅人がいれば割って入り、飢えてうずくまっている孤児を見れば食糧を分け与え、貧困に喘ぐ村を見れば何か力になれることはないか、と人々に歩み寄った。しかし、それがこの広いアルストにおいて一体何の役に立とうか。その場凌ぎでしかない、いやそれにすら到底及ばぬ自己満足の“善行”は、繰り返せど繰り返せど世界を変える力になどならなかった。
    その“善行”がうまくいかないと悟るたび、彼は自分にもっと力があれば……と無力感を胸の底に淀ませていった。
    しかし彼は楽観的であろうとした。“善行”が失敗に終わった後でも、彼はいつも傍に立つサイカへと振り返り、「サイカ。次こそはうまくやってみせるで」と宣言した。その言葉を聞くたびにサイカは胸の奥にちくりと憐憫にも似た痛みを覚えていたが、努めてそれを顔に出さぬようにしながら、ジークへと穏やかな笑みを浮かべることを心がけていた。
    「ーーせやね、王子。……がんばろな」
    そして旅は続き、二人が巨神獣を渡り歩くことにも慣れてきた頃のことだった。ジークとサイカはゴルトムントのハラペッコ食堂で昼食を取っていた。
    「ーー聞いたか?あの噂……」
    「ーーああ、インヴィディアがグーラ領の奪取を目論んでいるとかっていう……」
    何処からか不穏な話題が流れてくる。ジークはピタリと食事を口に運ぶ手を止め、じっと聞き耳を立てた。
    「相手はあの大国スペルビアだぞ?なに考えてんだかーー」
    「インヴィディアも作物などの収穫量が減りつつある。だから早いうちに新たな食い扶持を確保して安心したいんだろ」
    「戦力差は相当大きそうだがなぁ……」
    「いやそれが、インヴィディア側の新兵器の………、……らしいぞ、それに………」
    穏やかでない会話は続く。どうやら近いうち、グーラで戦が起こるようだ。誰かも分からぬ声の主は、やや呆れたとでもいう風に零した。
    「……しかし、どちらにしろグーラ領の民にとってはーーただ迷惑なだけの話だろうな」
    グーラ領はもうじき蹂躙される。そこに生き、生活する民のことなどまるで無視してーー
    ジークはかたん、と手に持っていたフォークを皿の上に置く。
    「……サイカ」
    己の向かいに座って共に食事をしていたサイカに向けて、鋭い眼差しを向けた。サイカははあ、と少し大げさにため息をつく。サイカの耳にも先程の会話はしっかり聞こえていた。
    「王子、危ないで?……なーんて、ゆうても聞かへんか」
    「よう分かっとるやんけ」
    サイカの返答にジークはニッと笑みを浮かべる。初めて出会った時と同じ、ただ純粋な自信に満ちた顔。よっしゃ、と気合を入れるように呟くと、ジークは勢いよく席を立った。
    「ほんならすぐにでも出発や。行くで、サイカ」

    数日の船旅を経て、二人はアヴァリティアからグーラ領トリゴへと辿り着いた。二人が噂を耳にするよりもっと以前から情報が出回っていたのだろう、ジークは以前グーラへ向かった時より定期便の本数が少なくなっていた事に気づいた。そういえばゴルトムントを行き交う人々の中にも、それぞれの軍の装備をまとった者達が目に付いたように思う。
    徐々にトリゴの街の姿が見えてくる。街なかに陣取るスペルビア軍トリゴ基地には、いくつもの巨大な巨神獣戦艦の姿が確認できた。
    「こら噂どころじゃあらへんな……」
    遠くからでも分かる物々しい様子のトリゴ基地を、ジークは真剣な眼差しで観察した。
    「王子、ほんで?まずどこへ向かうつもりなん?」そのジークの元へ、下船の準備を終えたサイカが歩み寄る。
    「ひとまずはトリゴを見て回らんと。住民達はどないしよるか……それを確認せなあかん」

    ジーク達を乗せていた船がトリゴのグロッド居住区の桟橋へとつけられる。二人は船を降り、ざっと街の様子を見回した。居住区には明らかに人がごった返している。避難の為の他国行きの船を待っているのか、不安に顔を曇らせた住民達がその場に溢れていた。ジーク達はそれをかき分けながら街の上部へ繋がる階段を上ってゆく。上がって右手のガレグロの丘方面を見やると、スペルビア軍の巨神獣兵器であるトルトガ数体が闊歩していく姿が見えた。
    「今すぐに戦が始まってもおかしいことあらへんなぁ……」
    街全体を包む緊張感に、サイカは思わず拳を握り締めた。トリゴ全域を巡る必要すらない。判断を誤ったという事実が、サイカの頭の中で響き渡る。
    ーーここは、危険だ。本能がそう告げている。
    今すぐにでも先程乗ってきた船にとんぼ返りして出て行きたい、という衝動を深呼吸で抑える。これは、彼の為の旅なのだ。出立の時、サイカは己が傍にいて彼を支えるのだと誓いを立てた。それを貫く。この場に来てしまった以上、最早彼の命を守ることができるのはサイカのみであった。
    サイカはただじっと、街を見て黙り込んでいたジークの言葉を待った。サイカに背を向けたまましばらく考え込んでいたジークは、遠くを闊歩する巨神獣兵器を見やった後、くるりとサイカに向き直った。
    「ーートリゴ基地に行く」
    ぐ、と僅かにサイカの喉が鳴る。彼の無鉄砲さは充分身にしみて分かってはいたが、それは流石にまずいのではないか。その後の行動を予想するにろくな事態になりはしないだろう。サイカは何も言わず僅かに首を横に振った。ジークは珍しく反対の意思を見せたサイカに食ってかかる。
    「なんでや。もたもたしとったら戦が始まってまう。今しかないんや」
    「あかん」
    それでもサイカは頑として提案を受け入れようとしなかった。
    「……あかん。そないな危険な真似させられる訳ないやろ。話聞いてもらうどころか、下手したら取っ捕まるで」
    「そんなん……!……そんなん、分かっとる。けど時間がないんや。急がんと、……グーラは」
    苛立ちを隠せないのか、ジークの声に焦燥が滲み出る。その言葉を聞いてなお返答をしないサイカに向けて、ジークはふん、と鼻を鳴らした。
    「……ええわ、ならワイ一人で行く。サイカはそこで待っとれ」
    ジークの身体が翻る。サイカが肩を掴もうとする手をすり抜けてさっと駆け出した少年は、振り返りもせずガレグロの丘の向こうへと小さくなってゆく。
    「ちょっ…!王子ッ!」

    サイカが彼に遅れて基地正門の前まで辿り着くと、ジークは既に警備兵と言い争いを始めていた。
    「……しつこい子供だな、こちらはお前のような輩に用などない!さぁ、さっさと帰れ!」
    「っ…!!話にならん!ちっとはワイの言い分を聞かんかい!」
    今にも警備兵に掴みかかりそうな勢いで叫ぶジークの前に、サイカは無理矢理割り込んだ。
    「アカン、お願いやから…!」
    「…ッ!!ーーサイカ、どけ!」
    目の前に立ち塞がるサイカの右腕を、ジークは邪魔だと言わんばかりに押しのける。そして、強い焦りが彼の判断力を鈍らせた。
    「ーーよお聞けや、ワイを誰や思うてんねん。ワイは……ワイはジーフリト・ブリューネ・ルクスリアーー」
    「ーーッ!!!」
    その言葉を聞いた瞬間、サイカの手は動いていた。ぐっと無理矢理身体をジークの方へ向き直らせると、掴まれていない左手でジークの口を塞いだ。サイカの突然の行動にジークは虚を突かれ、僅かによろめいて後退した。
    その時ジークは、眼鏡の奥で悲しげに揺れる深緑の瞳を見た気がした。
    言葉を止めたジークを認めると、サイカは即座に警備兵の方へと向き直り、跪いた。
    「……ウチのドライバーが失礼な態度取ってしもて申し訳ありません。どうにかここは…見逃してもらえまへんやろか?」
    その姿に警備兵もジークを押さえようとした手を引き、チッと舌打ちして居心地が悪そうに二人を見下ろした。
    「………フン、ルクスリアーーねえ。ああ、あの雲海に潜行し続けて姿も見えない、得体の知れない国か?」
    ざらりとした悪意の込められた兵士の言葉が、二人の耳をなで付ける。ジークは僅かに目を見開いて兵士を睨んだ。
    「だいたいあの国は鎖国しているはずだ、そこからどうやって人が出てくると?しかもこんな薄汚れたガキが王族の名を騙ろうとは……馬鹿にするのも大概にしろ」
    そう言うと兵士はまるでゴミでも払いのけるかのように、跪いていたサイカを突き飛ばした。
    「っ……!」
    「サイカッ…!」
    抵抗もせず、サイカはそのまま尻餅をつく。ジークは咄嗟に彼女の背を支え、ぎり、と歯を食い縛り再び強く警備兵を睨みつけた。彼女は唇を真一文字に結んだままゆっくりと起き上がると、最早こちらを見てもいない兵士に小さく礼をし、己の後ろで激しく敵意を露わにしている少年の手首を優しく握った。そしてそれをそっと引き、ふらふらと走り出す。
    「……ひとまずここを離れよ。多分さっき乗ってきた船はもうおらんと思う……、やから、他の村」
    丘を引き返し、吊り橋を渡り、不安にざわめくトリゴの住人達をすり抜け、二人はグーラの平原を駆け抜けた。確か、数キルト先に小さな集落があったはず。はあ、はあ、と息を切らしながらも、二人は立ち止まらずただ草原を突っ切っていった。
    ーー空が暗い。完全に日が暮れるには少し早いはずなのに、平原を照らし湖面に煌めくはずの夕陽の姿は見えなかった。
    平原の向こうにまばらに建物の姿が見えてくる。どうやら目的の集落のようだ。ジークの手を引きながらサイカは僅かに安堵を覚え、駆ける速度を落としたーー
    そこに、物凄い轟音と共に激しい爆風が舞い上がった。
    「なっ………!!」
    突然の出来事にジークとサイカは凍りつく。まだ遠い集落から人々の悲鳴が聞こえ、次々と住民達が飛び出してきた。ジークは砲撃が飛んできた方角へ振り向く。遥か向こうの雲海上に、豆粒のような影がいくつも浮かんでいる。しかし、それが兵装を身につけた巨神獣であることは明らかであった。
    「インヴィディア軍か……!?あほな真似を…、アカン!」
    逃げ惑う住民達の姿が目に入ったジークは、反射的に人々がいる方へ飛び出していく。しかし、そのほんの数十メルト先に再び巨神獣兵器の砲撃が飛んできた。
    「……ッ!!」
    逃げるしかなかった。恐らく今集落に近づけば無事では済まされまい。二人は再び方向を変え、今度はいくつかの洞窟がある湖の方向へと疾走した。
    空がさらに暗さを増す。暗雲が立ち込めていた。ゴロゴロという不穏な音が一帯に響く。
    そして、空に光の筋が走ったかと思うと轟音と共に激しい稲妻が地面を打ち、それから間を置かず、空から大粒の雨が叩きつけてきた。

    ーー『雷雨』だ。

    走る。ただ走る。二人は何も出来ず逃げた。全身は吹き荒れる嵐でずぶ濡れになった。ジークとサイカはぐちゃぐちゃに泥で塗れた身体を、小さな洞窟に転がり込ませた。
    早鐘のように打つ鼓動がおさまらない。ジークの身体は冷たく、冷たく冷えきっていた。雨のせいだ。しかし何故だろう、ただの強い雨だったはずなのに、彼にとってはルクスリアの吹雪で凍えるより寒く感じた。
    「…何でや………」
    ジークの口から、憤りが形を得て溢れだす。
    「何でワイはこんな……!ワイは……!何も、何も出来ひんやないかッ!!!」
    ずぶ濡れのまま、叫ぶ。壊れそうなほど強く握り締められたジークの拳が、地面を激しく打ち付けた。
    「ちくしょう!!クソ、……クソったれ!!!」

    ルクスリアの為に。そして、アルスト中の困っている人々を助ける為に。そう決めて旅を続けてきたのに、何も成せなかった彼は、ただ己の無力さに打ちひしがれた。
    「………」
    サイカはその打ちひしがれ叫び続けるジークの姿を、ただ悲しげに見つめていた。
    ーー彼はひたすら甘かった。見通しも、行動も、抱き続けてきた希望さえも。だが、それでも……『社会勉強』というには、あまりにも不出来な旅ではないか。
    そしてサイカは、地面に突っ伏して悲鳴を上げている彼の身体にそっと手を伸ばしかけてーーーーその手を引いた。
    ぎゅっと手のひらを握り締める。
    ーーそれは、絶対にやってはいけない。
    彼女は一瞬のうちにそれを悟った。

    彼に優しい言葉をかけることも、彼の手を握ることも、頭を撫でてやることも、肩を抱くこともーー叱咤することも。

    たったひと言。恐らく、ここで彼に穏やかに微笑んで手を差し伸べ「王子、帰ろ」と言えば、この心を激しく引き裂かれた少年は自分の手を取ってこくりと頷き、大人しく従ってくれるだろう。
    そして、故郷のルクスリアへ戻り、二度とゲンブの外へ出ようとは考えなくなるだろう。
    だが、彼女はそのような惨たらしい仕打ちをジークに施したくなかった。
    手を差し伸べて優しく慰めることが、それこそが、己の無力さに絶望し今まさに自分の一番弱い部分を曝け出している彼に二度と取り返しのつかない傷を負わせてしまう・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ーー
    サイカは、それを拒んだ。

    することを拒み、しないことを選んだ彼女は、それでも湧き上がるその衝動を抑えようと、ただ固く口を結び、拳を握り締めたまま、彼が疲れて眠りに落ちるまで悲しげに見守り続けた。


    チュン、チュン、と遠くの大樹に止まった小鳥のさえずりがサイカの意識を呼び覚ます。
    心身共に疲れ切った二人は、転がり込んだ洞窟の中で朝を迎えた。
    雷雨は過ぎ去り、洞窟の入り口からは澄んだ朝日が樹々の緑を彩っている様がサイカの目に映った。身を凍らせるような砲撃の音も、今はない。
    サイカは洞窟の壁にもたれたような姿勢で眠りについていたようだ。全身に塗れた泥がやや乾き、その白い肌や衣服にこびりついている。うわぁこれ落ちるんかな、とサイカは独りごちた。
    傍らに目を向ける。自分から少し離れた場所に横たわるジークの身体があった。ジークはまだ眠っているようだった。すう、すうと規則正しい寝息の音を聞き、サイカは少しだけ安堵すると、ジークの横に歩み寄ってちょこんと座り込んだ。
    「……う……」
    その気配を察したのか、ジークの瞼がゆっくりと開く。もぞもぞと身じろぎをするとジークは顔を上げてぼんやりと辺りを見回す。そして傍らのサイカの姿に気づくと、ぱちぱちと数度瞬きした。
    「……サイカ……?」
    「王子、おはようさん」
    昨日の朝と全く同じ笑顔で、サイカはジークの瞳を見つめた。
    「いやー、ぐっちゃぐちゃやでその格好。そこの湖で顔だけでも洗うんはどう?」
    「………ん」
    サイカの提案にジークは小さく頷くと、ふらふらと壁に手をつきながら立ち上がって外へ向かって歩いて行った。サイカもそれについていく。
    ふと、サイカはあることに気づく。
    ーー彼の背丈が、いつのまにか自分を追い抜かしていたことに。
    彼は湖のほとりに立つと、両手でその澄んだ水を掬いあげてばしゃりと自分の顔を洗った。ようやく意識がはっきりしてきたのか、彼はふう、と一息つくと、サイカの方へと振り返る。
    「……サイカ、すまんかった」
    申し訳なさそうに、ジークは呟いた。眉は下がり、視線は躊躇うようにサイカの足元へと向けられていた。
    「こんな場所まで連れて来てもうて……。ほんで、ワイを庇ってくれたっちゅうのに、あんな………」
    彼女を押し退けようとした自分。そして、己の至らなさの代償を被った彼女の姿。ジークの脳裏にはその光景が焼き付いて離れなかった。サイカは言葉を返さない。ただ、彼が懸命に紡ぐ言葉を待つことを返答とした。
    そして僅かな沈黙の後、ジークは顔を上げ、己の正面に立つサイカをまっすぐ見据えた。
    「サイカ。……まだ旅を続けてもええか」
    サイカは目を逸らさない。やはりただ何も言わず、己を見据えるジークと同じくらい真剣に、彼女もまた彼を見つめた。
    「昨日でよーく分かったわ。……ワイ一人に世界を変える力なんぞあらへん……ってな。それでも」
    語気を強める。彼の瞳に強い決意の光が宿る。昨日あそこまで打ちひしがれてもなお、一度も涙を流すことがなかった、その碧の瞳に。
    「それでも、ワイはこの世界を、アルストに生きる者を助けていきたい」
    この決意は揺るがない。この先の未来にどんな苦難が待ち構えていようとも。碧の瞳に宿る光が、それをはっきりと物語っていた。
    その瞳を見て、サイカはそれを認めるように頷いた。
    ーー誓ったのだ。己のドライバーの傍にあり、支え続けるのだと。それはルクスリアを発った時から、いや、あの日出会った時から、ずっと変わらない。
    「ええよ、王子。とことん付きおうたる……どこまでも、ね」
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