道満は晴明殿が好きなんだろ?
ある日、ぽつりと言われた言葉。
「はて?あの憎き男を私が?ご冗談を」
すっぱり言い切ると出された茶を啜る。
今いるのは金髪碧眼の美丈夫であり、私には余りにも過ぎた男の家である。
「いっつも晴明殿の話ばっかすんじゃねぇか」
茶を啜りながら目だけ天井を眺める。
「そうでもありませぬ、知った名が印象に残っているだけでしょう?」
薬効の話だの星見の話しだのしても全く聞いていないのだから。
「もしや、義兄殿と喧嘩でも致しましたか?」
晴明の名が出る時は概ねこの男の想い人である義兄の悩みだ。
「ちげーよ、喧嘩なんかしちゃいねぇ」
そもそも勝ち目の無い戦である。なんと言っても彼の義兄は恋に落ち破れた後それが鬼に成ったというらしいのだから。
今夜もどこかの橋で現れたと言うから義兄が行ったのであろう。
「おいらは今晩非番だからよ」
とふらりと京に寄っていた拙僧に声が掛かった訳である。
彼にしては酒は進まずただ手元で杯を持て余していた。
勝ち目の無い、最初から否定しか出来ない想いを己で抱え込めない時に拙僧がたまたま都に居るらしい。咲いた花を丁寧に踏み潰しては後悔し、また咲いては踏み潰して後悔をする。そんな様子だった。
雪のように積もったなら春が来れば溶けるであろう。彼はそれもままならない。
ただ拙僧を見かけて暇かと聞いて酒を飲む。
普段は豪快に話す気持ちのいい男なのだ。だがこの時ばかりは借りてきた猫のように大人しい。
金髪の鬼が出た日は特に。