【天上の花】~彼岸・此岸~――昔、親父のほうのばあちゃんに、言われた事があったな……
「は何その漫画みてぇな話…」
松田は萩原が萩原の姉、千速から直してほしいと渡された物を持って松田と学校の屋上にいつも通り一緒にいたのだった。
「なんかそういうのあるらしいんだよね。ま、きっと宗派とか……結局日本人だって別に全員が全員仏教徒ってワケじゃないし……まぁでも確か海外にもあるよね、こういう考え……えーと七つの大罪だっけ」
萩原は松田の手際の良さにいつも感心しながらも
よくもまぁ、自分なんかの無駄話をちゃんと耳をちくわではなく
しっかりと全て聞いていて、しかもちゃんと手は動いているのに自分の話への返事までくれる。
まったく……この男は一体どこまで器用なのだろう……
「っていうか、悪い事したら速攻で地獄って昔いわれなかったか小学校ン時のセンコーに」
松田は渡された修理品の修理が終わったらしく直した部分をしっかりと磨き上げ、萩原に「傷でもつけたらお前が起こられろよ」等といって頼まれモノがしっかりと直ったことを確認して手渡した。
「サンキュってか、そんなヘマしないでしょーオレ」
「まぁな」
笑っていたオレたちだったが、急に振り出した雨の為、急いで校舎の中に戻った。
戻ったといっても結局屋上に通ずる階段の踊り場なのだが……
「……じんぺーちゃんは、地獄に落ちるって思ってるの」
髪の毛に少しまとわりついた雨粒を振りほどきながら静かに尋ねてみる。
「なんだよ、まだその話かよ」
松田はつまらなそうにしていたのだが、表情が硬くなっているのと…右こぶしを松田が壊れるのではないかぐらいには松田自身が自分の拳を固く握っていたので、タンっとオレは簡単に松田を壁に追いやる。
松田の前髪についた水滴が落ちてくることも構わずにオレは松田の唇を一気に食んだ。
実は授業をこうして抜け出して屋上で会っている事も多々で。
今日もそうだった。
しかし、
自分が言った事で、きっと松田は松田自身の事より……父親の事を気に病んだのだろう……
だから……
「んっ…ふっ…んんんんっ」
ちゅるっと音を立てて舌を結局松田からも絡めて深い口づけになる……
――コレなら大丈夫だな……
勝手な確信を持ったオレは
「さっきの忘れていいからさ、もう早退してさ……ねーちゃん夕方まで帰ってこないし……オレんちでシよ」
自分でもバカだと思った。
それでも目の前で呼吸を整えながら、紅に染まった頬を必死に元に戻そうとしている松田は
「…いく……」
と言ってくれた。
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「おいっ萩原っ萩原萩原」
ドーーーン
と肌をピリピリとしびれさせるような大きな音が自分の知っている
自分の
大切な
自分の
自分の……
萩原を吹っ飛ばした瞬間の振動はなぜかあんな高いマンションの自分は全然下にいて
手を伸ばしてでも助けてやりたかったのに……
手は届かなかった
でも
萩原が吹っ飛んだ震動は自分の肌にも何故か痛いぐらいに感じていた……
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――萩原がしていた……
学生時代萩原がしていた、海外でいう【七つの大罪】というのは
日本では三途の川を渡って、霊体が、仏になるまでに七つの【審判】を受け
その言葉に嘘偽りがなければないほど良い場所…簡単に言えば、「極楽浄土」ってやつにいけるって話だった。
あの時は……自分の父親が、冥府の世界でも真実を言ってもぬれぎぬを着せられてしまうのではないかと心配で仕方がなかった。
が
今は違う……
オレが審判を【受ける】側になったからだ……
……極楽浄土。
そもそも生きていた時に自分は誰から「天国に行けるような行いをしてきたのか」
と、問いただされれば…NO。と言える自信しかなかった。
アイツは…萩原は……きっと、オレと違ってちゃんとした、極楽浄土…。天国って奴に行ったのかもしれないが。
死んでも尚、あいつの近くにいけないのか……
霊体になった俺はタバコはやはりいつもポケットにいれていたのに、ここはあの世ってことなのか、存在しなかった。
ただ、ため息をついて【審判】を受ける、覚悟だけは決まっていた。
現実とは違い、今が一体何日で、今が何時なのか……
全く分からないまま最後の審判が来た……
今までの審判は共通して同じような事を聞かれた…。
いや、正しく言えばそれは全ての質問が同じではなかったが……
ただ、神だかなんだか知らない相手に対して、
「はい」
「いいえ」
で自分の生前の行いを答えるだけだった。
…そういえば昔話で、自分が天国に行きたいが故に全て嘘を貫き通し、最終的に見破られて、天国などには行けなかった男の話があったような
まぁどうでもいい、
次の扉の向こうにいる相手の質問に答えりゃオレの行き先が決まる。
≪ギィィィィィィ≫
鉄の重たい扉が開く。
白檀の香りに包まれた部屋の奥に御簾が掛かった祭壇がみえる。
どうやら部屋の主は御簾の奥にいるらしい……
白檀の香りはどうやに香でも炊いているらしく、部屋には白い煙がうっすらと漂っていた。
今までの審判を下してきた相手は皆、顔をみせていたというのに……
どういう了見なのか、今オレの目の前にいる相手は顔すら見えない。
「とっとはじめてくれよ…」
少し苛立ったオレは先方から話がなかなか始まらなかった為、口を少し尖らせて相手に言い放った。
よく見ると御簾の中に座っている奴と、その傍でこそこそと動く小さな影が見えた。
「よくぞここまでたどり着いた。」
どう考えても座っている相手ではないような子供の声がした。
「そりゃどうも。」
ここまできてまで悪態をついてしまう、自分もどうなのかとは思うが、
なんだか怪しい部屋すぎて、どうしてもそうなってしまった。
「では、始める。 お前は生前何かを強く願った事はあるか」
「は 願い」
オレは突然今までの審判と違う問いかけに戸惑った。
「そうだ、例えば、他人の幸せ等だ。」
――他人の、幸せ……
その言葉にぐらりと頭が割れんばかりに痛み出す。
他人の幸せ……
願った
願っても
願っても
願っても
叶わない幸せを
それは、今でも……
「……神様って奴は面倒な生き物なんだな。」
「……。」
オレは両手をぐっと握って
「ああ願ったさ先に逝っちまったバカヤローの幸せをあの時逝くべきだったのは自分だったってな」
――そう…ずっと願っていた。
あの忌まわしい爆破事件……
バディではなかったものの
一緒に現場に入っていれば……
違う…
あの現場にいたのが、【自分】だったら……ハギは幸せだった……
ギリギリと痛いぐらいに握られた拳の先端の自分の爪が手のひらに食い込んでいく。
それでも痛いとは思わない。
「願ったって、神様なんてかなえてくれなかったけれどな さあ、オレは言った、さっさとこれからオレがどこへ行くべきか教えてくれよ」
諦めにも似た言葉を言い放つとオレは審判が下るまでそっと瞳を閉じた。
ああ、自分は最低だ。
救えなかった。
たった一人の相棒を……
堕ちるべき場所はわかっている。
ふわっ
鼻をついていた白檀の香りが増した。
次の瞬間先ほどまで自分に対して問いをしていた子供の叫び声が聞こえたが、
オレはそんなものはどうでもよかった。
「バカはどっちだよ」
懐かしい、あの声がする。
声も
そして
自分を抱きしめるぬくもりも……
「は、ぎ……」
嘘だろ……
御簾の奥にいたのは神様でもなんでもなく
自分がずっと会いたいと思っていた萩原自身だった……
「萩、なんで……お前……」
萩原は抱きしめていたオレから少し顔を離し泣きそうな顔でほほ笑んだ。
「神様になったのか…お前」
萩原はフルフルと横に首を振る。
オレは自分に回されている萩原の腕を掴み、そしてそれが本物である事を確認する。
「じんぺーちゃんの最期の難所はオレだったんだよ……」
「…っ……」
振り切ってもふりきっても振りほどけなかった生前の呪いは死して尚、自分にまとわりついていたのか……
オレは少しうつむいた。
「萩、お前は今……天国か」
紡いだ言葉がバカだと思った。
萩原はそっとオレの髪にふれ、ゆっくりと髪を梳かすように撫でる。
「天国、ねぇ……どうだろう」
萩原の声色に困ったなという感情が混じっていた。
「萩……オレは死んでもお前と、お前と一緒にいる事は……」
最後の言葉は喉につっかえて出てくることはなかった。
萩原はつんつんとオレの肩を叩く、そして、先ほどまで御簾の奥にいた萩原に代わって
オレに答えを求め居た子供が一定の方向を指差し、立っていた。
「……あれは」
「二人であっちへ……ってことみたいだねぇ……」
萩原はオレの手を握り締める。
「怖い」
「死んじまったから怖い物はねーな。あと……」
オレは握られている手を握り返す
「お前がいるから、どこでも……どこに行ってもお前がいるなら……」
子どもが指さした先に向かって二人は白檀が香る部屋を後にした。
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ハロウィンに出動するのは、自分たちの部隊ではなく、
ここ最近、目立って忙しいワケではない……
あったとしても週末の駅伝……
スケジュール帳と、ホワイトボードの出動予定を照らし合わせ千速は自分の出動予定の相違がないかを確かめる。
迫った駅伝の日程を見て次の日を非番にしてもらってよかったな…
そう思ったのだった。
「まったく……何年経っても迷惑ばかりかける……」
手帳の裏側からそっと出てきた写真を眺めて千速はそっとため息をついた。
「元気でやっているか二人とも」
太陽に照らされた、その写真はもうとんと昔の……
まだ子供だった二人の写真……
顔中に絆創膏を貼って笑顔で笑っている……
でも、
もう……
「あっちへ行ってもまだヤンチャしているだろうから……私が取り締まれない事を知っていて……まったくアイツららしい……」
すっと手帳に写真を戻すと、千速は足早に独りきりだった
隊の部屋をでたのだった。
2022.11.07【萩松献花】/kamiyuki