【世界の終に何をする?】「ツーリング、行かないか?」
唐突に、臣さんからLIMEが入った。
あまりの唐突さに、実家にしては少し豪華な朝食(臣さんが作りそうなやつ)を頬張っていた俺は、大きく喉を鳴らして甘い卵焼きを飲み込んだ後、けほ、と噎せた。
「どうかしたんすか。」
「んー?」
宛もなくただ隣り合わせて風を切った。
随分遠くまで来たように思うけれど、実際どのぐらい普段の生活圏から離れたのかは分からない。俺は賢くねえんだ。
「どうしたんだろうなぁ」
出発したのは昼前の太陽が真ん中に近い空で、今は少し西に傾いた日がまだ眩しい時間で。
青空、海辺の寂れたパーキング、潮風の匂い、ジャリッと鳴く灰色の砂。
絵に描いたような思い出を背負って曖昧に微笑む臣さんは、どの景色よりも頼りなくて綺麗だった。
「理由、無いなら別に…それでもいいっす。」
「ははっ、理由か…そうだな…」
無くてもいいと言ったのに、臣さんは理由を探し始める。
顎に手を添えて視線を左下に逸らしながら、時折添えた手の人差し指で傷を撫でるのは臣さんの癖だ。
影を落とす鮮やかな琥珀色をぼんやり眺めていると不意に目が合って体が揺れた。
「理由、あったぞ」
ニッと口角を上げて年相応より下に見える無邪気な顔に、じわっと胸が暖かくなる。
「なんすか」
「今日、十座に会いたくなったんだ」
「……。」
今日。
出掛けると言うと家族は眉を寄せ渋った。
どうして、なんで今日なんだ、相手は誰だと質問責めにしてきた。
一つ一つ、目を見て、嘘偽りなく、俺の大切な人に会うと伝えて家を出たのが午前10:57
弟の九門は「必ず今日中に帰ってきて」と最後まで裾を掴んで離さなかった。
「俺も、臣さんの事は考えてた。会えるとは思ってなかったっすけど。」
「そうか……俺も、会えると思ってなかったよ。家族は心配してただろ?」
「すげえ質問された。」
「なんとなく想像できる。十座を独り占めなんて、悪い事しちまったなぁ。」
「俺も臣さんをひとり占めしてる。お互い様だろ。」
「……天然なんだもんな、それが。」
「なにがだ。」
うんうんと唸りながら前のめりに車体に項垂れる臣さんの耳は微かに赤かった。
それから二言三言交わして、辺りが夕焼けに包まれる頃、思い出したかのように臣さんはヘルメットを掲げて「そろそろ帰ろうか」と声を上げた。
「…そうだな」
「今日中に帰らなきゃいけないんだろ?」
「…っす」
ポスンと臣さんの大きな手が頭に乗せられて、そのまま優しく撫ぜられる。
「十座の事が大好きだから、今日は帰してやる。な?」
「……ガキ扱いすんな。」
あやすような言動に、少し上にある臣さんに不服の視線を投げつけようと顔を上げると、普段この人に寄せられるイメージである母性とはかけ離れた表情と出くわした。
「…ガキにはこんな事しない」
「臣さ…ん」
包むように唇を食まれて、甘やかすみたいになぞられて、焦らすように離れていく熱に為す術も無い俺は「ガキじゃねえか」と他人事みたいに考えていた。
「よし、暗くなる前に帰ろう」
「……っす。」
すっかりいつもの臣さんに戻った彼は急かすようにバイクに跨って肩を並べてくる。
後を追ってバイクに跨りヘルメットを着けたところで臣さんがコンコンとヘルメットを叩いてきた。
「なんすか」
「言い忘れてた!帰りにサービスエリアに寄ろう」
「いいっすけど、何で今…」
「俺と十座二人の最後の晩餐!コーンスープと、十座はおしるこでいいか?」
「……、ふはっ!アンタの方がガキっぽいじゃねえか!」
「おっ、生意気言うようになったな」
「どうせなら臣さんが淹れたココアとかの方が良かったんすけど。…この際、アンタとなら何でもいい。」
「それは、"また今度"作るよ」
「あぁ。"また今度"な。絶対だぞ。」
「……っ、あぁ。約束する。」
それっきり、二人で来た道を対向車線に見送って、途中のサービスエリアで買ったコーンスープとおしるこで乾杯をした。
飲むと存外体が冷えていたようで、内側から温まるのが心地良かった。
臣さんは、反対側だというのに俺の家までついてきて、帰るなり俺にしがみつく家族に頭を下げて、いつもみたいに笑って帰っていった。俺は、もう直に沈む真っ赤な夕陽に溶けていく、また今度会えるか分からない背中を見えなくなるまで見送った。
身を寄せ合い涙を浮かべながら母さん特製の豪華な夕食を食べる家族を横目に、俺は薄情だと自己嫌悪しながら臣さんと飲んだおしるこの味を思い出していた。
「今日、世界が終わります」
今朝TVで伝えられた真実味の薄い残酷なニュースは、明日にならなきゃ本当かどうかも分からないような代物で。
ただ、あの人に会いたくなった。
【世界の終に何をする?】十臣