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    aimai_moko0817

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    aimai_moko0817

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    勝手に狂っていくモブがいるなら、勝手に救われていくモブだっているかもしれない。
    「少年F被害者の会」に寄せて

    クッキーとチョコレート憎たらしいくらい良い天気だった。まだ短い芝を、さあさあと撫でるそよ風は、春の訪れを告げている。流れる水面は穏やかで、今のあたしの心とは正反対だ。
    「ばかやろーーー!!!!」
     大きく息を吸いこんで叫んだ。慣れない喉の使い方に声が裏返る。おまけにちょっとむせた。川の対岸からは、私の声に応戦するように激しく吠える犬の鳴き声が聞こえる。
     人がいたのか。いつもなら恥ずかしく思うところだろうけど、今日はどうでもいい。
     世界がぐにゃりと歪んで、行き場のない気持ちがぼろぼろとこぼれ出る。叫べばすっきりするかと思ったのに。

     なんであたしがこんなに自棄になっているのかといえば、理由は至極単純。卒業式を翌日に控えた今日3月14日、律義にバレンタインのお返しをくれた想い人に無残にも振られたのだ。
     明日でお別れなら、返事なんていらなかったのに!
    「バレンタインありがとう。これ気持ちだから」
     俯きがちな彼に渡された、今日の青空みたいに爽やかな色の小さな箱。
     丁寧にラッピングされたそれを帰るまで待ちきれず開けたのがいけなかった。チョコレートがかかったクッキーの詰め合わせって。開けたときはそりゃ嬉しかったよ? でも意味を調べてがっかり。チョコレートは「もらった気持ちをお返しします」で、クッキーは「友達でいよう」だって。そんなダメ押しある? やっぱり彼女ができたってあの噂、本当なんだろうなぁ。バレンタインの時はいなかったはずなのに。どうせそのバレンタインをきっかけに付き合ったんでしょ。で、彼女のアドバイスでこんなストレートな断りのお菓子を寄越したんだ。
     妄想が悪い方向にどんどん広がっていく。

     こんなもの……! と、手の中の箱を川に投げようと振り上げて、すんでのところで思い留まる。食べる気にはなれないけれど、生憎と食べ物を粗末にできるほど罰当たりな性格はしていない。
     「帰ろ」
     途方に暮れて誰に言うでもなくそう呟いて振り返ると、悠々と読書をする男がそこにいた。オレンジ色の上着が目に眩しい。
     さっきはいなかったのに。いつから? ていうか、こんなに広い河川敷でわざわざここに座る?
     顔を上げるどころか私がいることにも全く気付いていない様子で男は本を読み続けている。気づかないはずがない距離なのに。
     横を通るのがなんとなく嫌で、川に向き直ってその場に腰を下ろした。どのみちこの顔じゃ家に帰りたくない。男と5メートルほどの距離でボーっと川を眺める。……なにやってんだろ、あたし。

     しばらくそうしていると、ざぁっと大きく吹いた風に乗って何かがローファーにへばりついた。
     薄くて幅の広いその紙は、住宅街にぽつりとある、知る人ぞ知る隠れ家的なパティスリーのレシートだった。
     後ろの男のだろうか。この店を知っているということは、なかなか甘いもの好きなのかもしれない。
     レシートくらい放っておいてもという気持ちと、家計簿とか付けてるかもしれないしという考えが私を迷わせる。
     結局拾ってしまった手前、そのまま放置するのは気が引けた。
    「あの、これ飛んできましたよ」
     レシートを差し出すと、そこで初めて私の存在に気が付いたかのように顔が上がる。無表情の顔の中から深い紫色がじっとこちらを見つめた。引き込まれそうな瞳だ。一瞬がとても長い時間に感じる。
     辺りに鳴り響く時報のサイレンで私の意識は引き戻された。実際はそんなに時間が経っていないのだろう。
     彼は本のタイトルにページを戻し、「ありがとう」と受け取ってレシートを挟み込んだ。
     怖そうな見た目とは裏腹に丁寧な人だな、と思う。彼はこのレシートを栞がわりにしていたのだ。届けて良かった。
    「何を読んでいるんですか?」
     声を掛けたついでになんとなく聞いてみる。
    「本」
    「それは見ればわかりますけど。じゃなくて、どんな本? タイトルは?」
     興味があったわけじゃないけど、聞けばそれなりに気になるものだ。
    「お前も本好きなの?」
    「あんまり」
    「ふーん」
     言葉を交わしつつも、彼はページをめくる手を止めない。答えてはくれないみたいだった。
     ふと、行き場をなくしたクッキーのことが頭を過った。
    「よかったらこれ、食べませんか?」
     再び顔が上がる。
    「何それ?」
    「クッキー」
     相変わらずの無表情の前で、わずかに前髪が揺れた。何かを言われる前に自分の言葉を続ける。
    「好きな人にバレンタインあげたんですよ。普段はろくに料理もしないのに、お姉ちゃん押しのけてチョコレート作って。さっきお返し貰った時はもうすごく嬉しくって! そんで、『これ気持ち』って言ってくれたお菓子を開けたらまさかの惨敗。食べられないっての……だから、お兄さん食べて。ね? 甘いものすき?」
    「うん、俺は甘いものがめちゃめちゃ好き」
    「じゃあちょうどいいね。話聞いてくれたお礼ってことで! ありがと! じゃ!」
     一方的に小箱を押し付けて駆け出す。引っ込んだはずの涙が滲みはじめていた。それでもさっきよりずっと気分がいい。失恋の辛さをあのクッキーと一緒に置いてきたみたいだった。
     初春の夕方はまだ日暮れが早い。うっすらとオレンジに染まりつつある空を見ながら、お兄さんに迷惑かけたかもなぁとちょっとだけ反省した。
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