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    ソルティー

    色々なオタク。

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    ソルティー

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    2323/6/25 JUNE BRIDE FES 甘いヴォイスに目で合図
    新刊 イベント価格500円(2冊組/86P)
    ※イベント終了後に通販あり

    現パロ
    モデルのマイクちゃん×物理教師の相澤の話です。
    四季とごはんネタ。

    #マイ相
    maiPhase
    #サンプル
    sample

    ふたりごはん秋夜22時半。
    それほど大きくない通りのそれほど綺麗でもない、こじんまりとした中華料理屋の暖簾を二人の男がくぐる。
    「いらっしゃいませ~。あら、こんばんは」
    「ども」
    「まだ時間大丈夫?」
    「大丈夫よ。あと10分待ってお兄さんたちが来なかったら閉めようと思ってたとこだけど」
    うふふ、と笑いながら女将さんは油で少しべたつくカウンター席を年季の入った布巾で拭き続ける。

    仕事が早く終わった日は二人そろってこの店に来るのが日課になっていた。
    同棲して早三年。引っ越してきた頃は今より忙しくなかったこともあり、二人でよく近所の飲食店を開拓していた。ちょっと小洒落たイタリアン、大人気ラーメン屋、少しお高めな焼肉屋などなど。色々と食べ歩いた末に落ち着いたのが、ここの中華料理屋だった。かなり年季の入った見た目で、隣の新しくできたラーメン屋と見比べると一瞬入るのを躊躇してしまう。しかし、逆に言えばそれでもこの地で長年店を構えることができるのというのは、それだけ美味いということであり、自分たちのようにこの店を気に入って足繁く通う客がいるということなのだろう。

    「え~どうしよっかな~」
    「遅い。早く決めろ」
    「ひっど~。お前さあ、一日の最後に何を食うかって結構重要なのよ?わかる?」
    テーブルに肘をつくマイクがメニュー越しに相澤を見上げる。その視線に気づかないふりをする相澤は、スマホの画面を見つめ、情報が流れる画面をタッタッとスクロールさせていく。
    「お前、どうせ悩んでも最初に選んだやつに落ち着くだろ。だから早く直観で決めろよ。」
    「え~こうやって悩む時間も楽しいじゃん?」
    「……10、9」
    「え? 突然のカウントダウン⁉」
    「8、7…」
    「ま、待ってって…え、どうしよう。エビチリもいいけど、さっぱりした卵とトマトの炒め物もいいし…でもここはがっつり焼肉定食ってのも捨てがたい…」
    「3、2…」
    「えっ、え…! ショータちょっとタンマ…!」
    「0。すみません。酸辣湯麺ひとつ」
    「あいよ。お兄さんは?」
    「えーっと…レバニラ定食…お願いしますっ!」
    「あと、餃子と角煮、ザーサイを一皿ずつ」
    「それと生二つ!」
    「はい。少々お待ちください」
    にこやかに会釈をして女将さんは、厨房にいる大将に注文を伝える。
    注文を終えたのにマイクはまだメニューとにらみ合いを続けている。
    「毎回悩みすぎだろ」
    「はあ? お前が即決すぎるんだって~。メニューが色々あるとさぁ、迷っちゃうもんじゃん?」

    相澤とマイクの食への関心は正反対と言ってもいい。
    少しずつ様々な料理を食べてみたいマイクと、自分の食べたいものだけをがっつり食べるタイプの相澤。学生時代に初めて「一口ちょうだい」と相澤に言ったとき、とてもひどい顔をされた。俺が食べたくて買ったものをなんでお前にあげなきゃいけないんだ。何も言わずとも表情がそれを物語っていたので、マイクはその顔を見て「…ごめん」とすぐに食い下がった。しかし、そこでめげないのがマイクである。「コレ、美味いから一口食ってみろよ!」と自分から先に一口与える作戦に出た。いやいいよ。と断る相澤だったが、何度も言われるうちに仕方なく一口。また次も進められたら一口…そうやって「一口ちょうだい」のハードルを下げていったマイクは、ついに相澤から一口もらうことに成功したのだった。たかが一口、されど一口。これは相澤にとってもマイクにとっても大きな一歩だった。それから次第にお互いの食べてるものを共有することが増えていった。
    食へのこだわりは対照的であるが、”旨いものを食いたい”という部分は共通していた。だからマイクが色んな店に連れ歩いても、相澤は一切文句を言わなかった。
    とはいえ、いわゆる女子に人気のパンケーキ屋みたいな店に入るときは一問答あった。その上で相澤が根負けして、180センチを超えた男が二人、ファンシーなテーブルに向かい合って座ることとなった。そして相澤は「パンケーキは美味かったけど二度度行かない」と強く宣言したのであった。
    そうして一緒にいろんな店を練り歩くうちに、お互いの食への意識の違いが明確になっていった。マイクはいわゆる女子思考で、いろんなものを少しずつ食べたいし、同じ店でも毎回違うものを頼むタイプ。対して相澤は、その店で一番のお気に入りが決まったら毎回それを頼む。これが一番美味いんだから他を頼む道理がない、と本人はよく言っている。夏と冬で頼むものが変わることはあるが、同じ店に二日連続で行ったとしても同じものを頼むし、昼と夜で二回行ったとしても同じものを頼む。そういうタイプだった。つまり、相澤にとってこの店で一番美味いのが酸辣湯麺なのだ。

    「はい、お先に生ビールとザーサイと餃子と角煮。取り皿必要だったら、そこから勝手にとってね」
    「どーも」
    「ありがと~」
    先ほどまで鉄の板の上にいたのがわかるほど湯気が立ち上る熱々の餃子。そのなんともいえない香ばしい匂いが空腹を刺激する。カリカリに焼かれた底面、そのキツネ色を見るとごくりと生唾を飲み込んでしまう。もはや食べる前から美味いとわかる。慣れた手つきで卓の上に置かれた箸立てに手を伸ばし、箸を持った手で調味料が乗った皿をグイっと引き寄せる。醤油と酢、コショウ、ラー油を各々が好きなように組み合わせ小皿の中に自分史上最強の液だれを錬成していく。「ほんとはポン酢が一番好きなんだけどな」と言いながら、相澤は醤油に酢、ラー油を入れたベーシックな組み合わせ。マイクは酢コショウが最近のお気に入りらしく、家でも店でももっぱらそればかり使っている。少し前は流行りの調味料を試したりもしていたので、こだわりというよりはその時々のお気に入りがあるようだ。マイク曰く「美味いは日々更新されるんだ」ということらしい。
    熱々の餃子を一つつまみ上げ液だれに少しつける。ここの餃子はタネにも味が付いているので、あまりどっぷり液をつけたりはしない。そして、ふうふうと息をかけてから湯気と一緒に餃子を口の中に入れる。がぶりと食いついた瞬間に溢れる肉汁と野菜のうまみ。あまりの熱さに口から湯気を出す。噛んでいくうちに皮のもちっとした部分がほどよくタネと混ざり合い、パンチだけじゃなくどこか懐かしい味わいを引き出してくる。その美味さに幸福を感じたまま、グイっとビールを流しこむ。ぐびぐびと喉を鳴らすとより一層ビールが美味く感じる。
    ごくり、と餃子とビールを飲み込む。勢いよくジョッキをテーブルに置き、冷えた持ち手を掴んだまま2人同時に「美味い!」と声が漏れた。
    「あ~やっぱさ、餃子とビールって最高の組み合わせだよな~」
    「百個食えるな」
    「ははっ! ショータが言うとマジっぽいわ!」

    2個目の餃子に箸を伸ばし、相澤は大きな口に湯気ごと餃子を押し込んだ。マイクは、いただきま~す、と手を合わせニラの香りが食欲をそそるレバニラ定食に手をつける。少しだけ濃いめに味付けされたレバニラを口に入れ、すかさず左手に持っていたほかほかのご飯も口に入れる。ここの定食のメインどころは一通り食べてみたが、疲れた日や明日頑張りたいときにはやはりレバニラに限る。
    「いや~やっぱさ、米食ってると日本人に生まれてよかった~って思うよな」
    「そうか?」
    「そーだって。白米最強じゃん」
    「んなこと言ってお前、パスタ食えばパスタは手軽で最強とか、パン食えばパンが一番効率的で最強とか、なんでも最強って言ってるじゃねえか」
    「まあな~それはな~あ、酸辣湯麺一口ちょーだい」
    「……」
    「うっわ。露骨に嫌そうな顔すんなよ…さすがの俺もちょっと凹んじゃうぜ~?」
    「今『白米が最強』って言った口で人の麺をかっさろうとするその神経の図太さに感心してんだよ…ほら」
    「やった~ショータくんやっさすぃ~」
    「代わりにお前のレバニラ食うからな」
    相澤は左手でズズズと音を立ててラーメン鉢をマイクのほうに移動させると、箸を持ってる右手でレバニラの皿を自分の方へ引き寄せる。そして少し前のめりになってレバニラを大きな口へと押し込む。
    「……ん、美味いな」
    「だっろー! やっぱ疲れた日はレバニラなんだよな~」
    「お前、いいから早く俺のも食え。早く返せ。冷める」
    「待ってって、今食べるから」
    ふうふうと息をかけるために口をすぼめるとご自慢のヒゲがきゅっと内側に寄る。そして、ズルルと音を立ててつるつるの麺をスープと一緒に口に吸い上げる。酸辣湯特有の辛さと酸味が胃を刺激し、じんわりとおでこに汗が滲んできた気がする。
    「え~こっちも美味いな」
    「だろ。食ったら返せ」
    「は~い…ってお前、俺のレバニラ食いすぎじゃない!?」
    しぶしぶどんぶり鉢を相澤の方へ押し返すマイクは、自分が頼んだレバニラが最初に見た時から三分の一ほど減っていることに気付いた。そうしてあっけにとられているマイクをよそに、自分の酸辣湯麺が戻ってきた相澤は何食わぬ顔でズルズルと麺をすする。
    「お前が遅えからな」
    「え? そういう理由で??? ホワイ???」
    「うるせえな~ほら、餃子一個多く食っていいぞ」
    「ちょっと~お前はいつからそういう姑息な交渉を覚えちゃったわけ~ひさし悲しいぞ~」
    「あ? いらんなら餃子俺が食うぞ」
    「うそうそうそ~食べる! 餃子俺食べるから!」
    30歳をすぎた大の大人、それも180センチを超えた見た目も大きい大人たちのこどものようなやりとりを見て、片付けをしていた女将さんもくすりと笑う。
    お互いにいい大人とはいえ、どうしても二人だけの時にはこういうガキのようなやりとりをしてしまうのだ。出会った頃の、ガキだった頃のバカバカしい会話。そもそも大人になったというよりは、歳を重ねて大人であることを周りに要求されることが多くなっただけなのだ。人間の中身なんてものはそうそう変わらない。大人であるように取り繕っても中身はあの頃となんら変わらない。世間体のためにかぶっている大人の皮を気兼ねなく外せるのが、こいつとの時間で、とりわけ食事の時間は自然とこういう会話になる。美味しさで満たされて、自分の大事な相手が目の前にいて、食べることの幸せを一緒に共有できる。どうやったって、素が出てしまう。
    食事というのは、食べることであり、生きること。
    誰かとの食事は、共存の一端なのだ。

    「え、ザーサイ食った?」
    「うん食った。残りのやつ食っていいぞ」
    「オッケー」
    マイクがザーサイの小皿を手に持ち、そこからザーサイを滑らせてレバニラの皿の端に乗せる。
    餃子、ザーサイ、そしていつの間にか食べ終わっていた角煮の皿がテーブルの端に並ぶ。
    「空いたお皿は下げちゃいますね~」
    「っす」
    「は~い。美味しかったです~」
    あと10分ほどで閉店の時間だ。いつも遅めの時間にくることもあり、こうやって少しずつ皿を空けて片付けしやすいようにしている。どちらから言い出したわけでもなく、いつの間にかお互いにそうするようになっていた。言葉にせずにお互いの考えていることがわかるようになったのは、それだけ一緒にいる時間が増えてきたからなのかもしれない。
    酸辣湯麺を食べる相澤の顔や首筋に大粒の汗が滲んできた。テーブルに備えつけられたシルバーのナプキンホルダーからガっとナプキンを5枚ほど抜き取る。あっつ…と低い声を漏らしながら、額や鼻の汗をぬぐう姿を見てマイクがくすくすと笑う。それにイラっとしながら相澤は来ていたグレーのカーディガンを脱いで、隣の椅子に置いた。
    「やっぱ半袖でよかったじゃねえか」
    「……うっせ」
    「だって俺ちゃんと言ったじゃん~」
    家を出る前に相澤はこの時間に半袖はさすがに寒いかと思い、わざわざカーディガンを羽織ったのだった。しかし、マイクはそんな相澤に『いやお前飯食ったらアツいって言って脱ぐから、絶対いらないだろ』と声をかけていたのだ。まさにその言葉通りになってしまい、相澤は下唇をむっと突き出す。
    けらけらと笑うマイクはレバニラ定食を完食し、相澤が食べ終わるのを待ちながらザーサイをつまんでいた。
    相澤は一点突破タイプなので、まず餃子などの小皿のものを食べてから、自分のメインを食べる。最初の頃はマイクから『ラーメン後回しにしたら麺伸びるじゃん』などと言われていたが、もともと口が大きく食べるのが早いので餃子などは一皿あっても数分で完食してしまう。メインも小皿を熱いうちに食べるにはこの順番が相澤にとって合理的なのだ。加えて、色々と食べて味が混ざるのが嫌いらしい。味が強い食べ物を好む傾向にあるので、それぞれの主張が口の中でぶつかるのを避けていたら自然とこういう食べ方になったと本人は言っていた。
    対してマイクは、定食も小皿も少しずつ食べて最後に全部の皿が空くタイプだ。逆に言うと最後までどの皿にも料理が乗っているので、さっきみたいに一つの皿に移して皿を空けていくことが多い。なので二人で外食をするときには、相澤が先に小皿に手をつけて食べ終わったらマイクに渡すのが暗黙の了解になっていた。それがいつからだったのかは、あまりよく思い出せない。気付いたら、いつのまにか、そういう風になっていたし、それだけ一緒に飯を食ってきたということなのだろう。

    「…ごちそーさまでした。アッツ…」
    「はい。お疲れさん~」
    テーブルに置かれていた氷の入った透明なポットからグラスに水を注ぎ、相澤の前にトンと置く。長い前髪を額に張り付かせた相澤が、さんきゅ、と言ってグラスの水を一気に喉に流し込む。ごくごくと飲むたびに喉仏が大きく上下する。水をすべて流し込んで空になったグラスをテーブルの上に置いて「ごちそーさまでした。お会計お願いします」と店の奥に向かって呼びかける。
    にこにこと笑いながらやってきた女将さんが、店の入り口に近くに置かれた年季の入ったレジスターに数字を打ち込んでいく。
    「はいじゃあ2人で4860円」
    「じゃあこれで」
    「あ、俺細かいのあるわ」
    相澤が黒い皮の財布から五千円札を差し出すと、横からマイクが三百六十円を銀の会計トレーに乗せ、相澤の財布に千円札を3枚入れる。そしておつりの五百円玉を相澤がマイクの財布に入れる。
    「サンキュ。女将さん今日も美味しかった~ごちそーさま!」
    「いつも来るの遅くてすいません」
    「いいえ~こちらこそいつもありがとね。あ、来週ね、火曜と水曜お休みするかもしれないのよ、ごめんなさいね」
    「あ、そうなんですか?」
    「中学の頃の同級生たちと旅行に行くのよ~うふふ」
    「それはいいですね。ゆっくり楽しんできてください」
    「ありがとう。でもうちの人が、俺一人でも大丈夫だー、なんて言ってるからもしかしたら夜だけ一人でお店開けちゃうかもしれないんだけどね」
    「たしかに、大将なら開けちゃいそうですね!」
    「そうなのよ~でも、ほらせっかく来てもらったのにお店閉まってたら申し訳ないからね。」
    「わざわざありがとうございます。」
    「ごちそーさまでした~」
    「はい、ありがとうございました~」

    キィっと少し軋むドアを押して店の外に出る。来た時よりもすこし肌寒く感じるが、自分たち以外に夜の街を歩く酔っ払いたちも相澤のように半袖なのが目に付く。九月の終わり、まだ夏であってほしい気持ちとは裏腹に、気温は少しだけ秋に入っている。
    「あ~またがっつり食っちゃったな~」
    「あれ? お前また身体絞ってるんだっけ?」
    「そうなの。来週表紙の撮影なんですよ~俺ってば人気モデルなので~」
    「へ~」
    「せっかくの表紙なんだから、もっと嬉しそうな顔しろよ~」
    「いや俺は別にお前が表紙でも袋綴じでも別にそんな嬉しくはない」
    「え? 何それ。袋綴じだったら喜ぶだろ~」
    「なんでだよ。恋人が袋綴じに出たら止めるだろ普通」
    「マジで⁉ 俺が袋綴じになるの嫌なのお前?」
    「そりゃあ…嫌だろ…」
    乾いたアスファルトの道をゆっくりと歩きながら、マイクが横から身体をくっつける。長い指が相澤の指を絡めとる。相澤は外でのスキンシップをあまり好まないが、そろそろ日付が変わる時間だし行き交う人大半は酔っ払いだ。マイクが絡めた指を少しだけ握り返す。
    「恋人なんだから」
    「…そーだね」
    マイクの長い髪を夜風が攫う。街灯に照らされる掘りの深い顔立ちは、夜の街が似合う。相澤はふと隣を見上げてそう思った。
    「でも、お前が嬉しいことは嬉しいよ。表紙でも袋綴じでも」
    「へへ~ありがと! でも袋綴じはオファーが来ても断るから安心して!」
    「いや、男の袋綴じなんて需要ねえだろ」
    「え~そんなこと言って~誰よりも俺の裸が大好きなくせに~~…ってぇ‼」
    調子に乗ってメロメロな顔で抱きついてきたマイクを、相澤が容赦なく蹴りつける。いわゆる弁慶の泣き所。
    「外でくっつくな。調子に乗るな。締めるぞ」
    「ってぇ~~~お前さぁ。そういうのやった後に言うのマジで意味ないからな~」
    「はいはい」
    「うっわ、聞き流された~ひざしショック~」
    「うるせえわ。はよ帰って寝るぞ」
    「はーい」

    ***

    それからひと月が過ぎた。
    頬を撫でる秋風は匂いを変え、空気がカラリと澄んでいるそんなある夜、相澤はいつもの中華料理屋へ行った。

    「いらっしゃいませ…あら珍しい。今日は一人なのね」
    年季の入ったドアを開けると、女将さんが少し驚いた顔で出迎える。そうですね、とだけ返していつもの席に腰を下ろす。メニューを手に取るより先に女将さんがお手拭きを持ってきて、「金髪の子、どうかしたの?」と心配そうに声をかけてくれた。
    まあ隠すことではないと思い、相澤はゆっくりと口を開いた。
    「あー…なんか一昨日くらいから体調崩してるんですよ、アイツ。」
    「あら風邪?」
    「いや、疲労って感じですね…」

    雑誌の表紙の仕事をしてから、マイクの元には立て続けに大手の雑誌や海外ブランドからのオファーが入った。しかも発売を待たずしての出来事で、相澤もマイクも大騒ぎをした。すでにモデルとしての地位も人気も確立していたマイクではあったが、今回オファーが来たのは誰もが知っている有名企業ばかりで、「俺ってばポテンシャル秘めてたんだ~やっぱりな~~~!」と喜んだかと思えば「てか、もっと早くオファーしてこいっての!」などと家の中で漏らしていた。相澤は愚痴を漏らしながらも嬉しそうなマイクを見て「まあよかったじゃん。デカい仕事できて」と隣で笑って、マイクの仕事を応援していた。
    雑誌の書影が解禁してほんの数日で大きな仕事が舞い込み、マイクはこれまで以上にハードな日々が続いた。
    元々モデルの仕事は華やかに見えてかなりの体力勝負だ。もう十年近くこの業界にいるマイクもちろんそれをわかっていたし体力には自信あったが、朝五時に現場集合し撮影をして帰宅したら日付が超えている…そんな日々が続いていた。相澤も日に日に疲れが顔に出るマイクを心配していたが、「大丈夫か」と声をかけるより先にマイクは「ダイジョーブ!」と自慢の白い歯を見せて二っと笑って見せていた。自由なように見せて、いつも相手に気を使わせないように気を配る、マイクのそんな性格を知っていたが、こちらが心配しすぎると余計に負担をかけてしまうと思い「そうか。あまり無理すんなよ」となるべく優しい声で伝え、綺麗な額に口づけを落とす。それだけでマイクの顔は思春期の高校生のようにほころんだ。
    疲れがひどい日は帰宅して早々ソファに座っている相澤に抱きつきそのまま寝息を立てることもあった。相澤はそんなマイクをベッドまで運びながら、少し痩せた体をなぞり心配した。それから数日ののちマイクは体調を崩し、相澤は嫌な予感が的中してしまい重いため息が出てしまった。ただ幸いなことに、立て続けに入れていた仕事が終わりちょうど連休を予定したところでの体調不良だった。仕事への影響がなくてよかったと、マイクはベッドの上で笑ったが、相澤はその笑顔にどきついデコピンをバンと打ち込み、笑いごとじゃねーよ、と低い声で返した。
    「ごめんなショータ」
    眉毛をハの字にさせて笑って見せるマイクに、相澤は何も言えなくなってしまう。何に対してのごめんなんだ。一番つらいのはお前で、俺はお前に何もしてやれてない。ごめんなんて言われても、どういう顔をしていいかわからなかった。

    「そうなのね~」
    「あ、すいません、酸辣湯麺と餃子、あと烏龍茶お願いします。」
    「はい!ありがとうございます~」
    注文を伝えて、メニューをテーブルの端に戻す。いつものように肘をついて向かいを見るが、ドアのガラスに映る店内と道路を足早に歩く人が見えるだけだった。目の前に座っている相手がいない。それだけで寂しさが心にズシンと重く腰を下ろす。
    別に毎日マイクと一緒に食事をしているわけでもないし、一人で食べることなんてよくあることだ。ただ、それでも、いつもの場所にいつもの相手がいないという事実が、いつもより少しセンチメンタルにさせていた。
    高校からなんやかんや一緒にいることが多く、気付けばお互いに思いを寄せるようになり、一緒に暮らすようになった。一緒にいることが増えた分、一緒にいることを当たり前のように感じていた…お前がいなくて寂しい、なんて感じる日が来るなんてな。相澤は水の入ったグラスに映る自分を見ながら心の中でつぶやいた。マイクはいつも甘えてきて、呼んでもないのに寄ってきて、食べたいと言ってないのに自分が美味いと思ったものを食わせようとする。それなのに、肝心な時には一人でなんとかしようとする。もっと頼って、わがままを言って、用がなくても俺を呼べばいいのに。本当にツライときに頼ってもらえないことに、少しだけ、ほんとうに少しだけ心がチクリとする。
    どうでもいいことも、どうでもよくないことも、全部全部俺にもわけてほしい、一緒に背負わせてほしい。お前の分の人生を背負うくらいの甲斐性は俺にもあると思ってるんだけどな。
    「俺ばっか、好きみたいじゃねえか」
    思わず口から出た言葉に自分で驚いてしまった。

    「お待たせしました~酸辣湯麺と餃子ね。烏龍茶は今持ってくるから少し待っててね」
    「あ、はい…」
    突然後ろから声をかけてられ、さっきの自分の言葉が聞かれていたかと焦ったが、どうやらちょうど別のテーブルの客のお会計をしていたようだ。ほっと胸をなでおろす。気付けばにぎわっていた店内が静かになり、自分以外にはサラリーマン風の男性が一人しかいなかった。いつもは向かいに座るマイクと、その後ろのドアから見える外の景色に目を向けていたので、自分の後ろにある店内の景色がなんだか新鮮に見えた。

    「はい、おまちどうさま」
    「ども」
    グラスを受け取り、口でくわえた割り箸をパキリと割る。立ち上る湯気と独特の香りが食欲をそそる。蓮華を使ってスープをすくい、ふうふうと冷ましてからズズズと口に入れる。肌寒くなってきた季節にピリリとしたこの味がたまらない。とろみのついた具を掻き分けて、中から麺を引きずり出す。ズルズルと音を立てて麺をすすると、熱い湯気が鼻に入り鼻水が垂れてくる。テーブルの端に手を伸ばしナプキンをとる。顔の汗を拭いてから、折ったナプキンを鼻に当てる。固い紙で少しだけ鼻が痛くなる。
    ナプキンを置いて水を飲み、口の中をリセットしてから餃子に進む。香ばしい焼き色が目を奪う。小皿に液だれを作り、ちょんちょんとつけて口に放り込む。パンチがありながら懐かしい味わいが口の中に広がる。うまみを噛みしめながらふと視線を上げる。いつも通り美味い飯がどこか味気なく感じてしまう。
    昨日も一昨日もマイクはあまり食事をとっていなかった気がする。自分が仕事に行っていたから正確なことはわからないが、冷蔵庫の食材は減っていなかったし、買い置きのレトルトやカップ麺も手を付けられていなかった。調子が悪くて食べられないというよりは、疲れて食欲がないような様子だった。一応昨日は帰りがけにゼリー飲料やレトルトのお粥を買い、買い置きの棚にこっそりと入れておいた。わざわざ、買ってきた、なんて言うとまたあいつに気を使わせてしまう気がしたから、何も言わずに家を出た。

    本当ならやっととれた連休なのでマイクと一緒に映画を観に行く予定だったが、マイクの体調が戻らないので一人でぶらぶらと出かけることにした。俺が甲斐甲斐しく世話をやくよりもひとりでゆっくりさせたほうが、きっといい。
    昼に起きてだらだらと準備をし、玄関で靴を履いているとまだ少しつらそうなマイクが「ごめんな」と困ったような顔で声をかけてきた。
    「ちょうど買いたかったもんあるし、気にすんな。」
    白い頬に手を伸ばす。手入れがされた肌は自分と同じ男とは思えないほど滑らかだ。「いってきます」と言って反対側の頬に唇をつける。細い金髪が顔に当たるのが心地いい。そういえば、忙しくてこういうキスすらしていなかったのだと思い出した。

    秋晴れの空の下コツコツと音を立てて歩く。
    ビルの隙間から除く空が、広く感じた。

    夕方に帰ると、飲み干したゼリー飲料がゴミ箱に捨ててあった。調子戻ったのか、と思い部屋をのぞくが、細い長身はベッドの上で横になっていた。ゆっくりと扉を閉めて、久しぶりに飯でも作ろうかと思い買ってきた食材たちは、また後日使うことにして静かに冷蔵庫に入れる。そしてもう一度ジャケットを羽織り外に出た。
    少し遅めに昼食を食べたので、まだ腹は減っていない。どうしようか、と頭を回し、映画館に行くことにした。道すがらチケットをスマホで買い、最近公開された洋画を観る。そうすると映画館を見終わった頃にはちょうどいい感じに腹が減る。ぶらぶらして映画を観ただけで腹が減るなんて、ほんとうに非合理的だ。食事なんて腹が減ったら食べればいいと思っていたころは、それほど空腹を感じなければ一日食べないこともあった。とはいえ、人間の体はエネルギーがないとすぐに不調を訴えてくるので、今のアイツのような状態になり、めちゃくちゃ怒られたのを思い出した。


    『お前さぁ! ちゃんと飯食ってんの?』
    『食ってる』
    『嘘だ! ぜったい今日飯食ってないだろ!』
    『今日は食ってない。昨日は食った』
    『えー……ちょっとショータそれマジで言ってんの…?』
    『いやだって、そこまで腹減ってねぇし…』
    『ノンノン‼ 食べるってのは生きることなんだから、疎かにしちゃいけねーんだぞ!』
    『は、何それ宗教?』
    『チガイマス~仮面ライダーでも言ってたぜ、"食という字は、人が良くなると書く"ってな』
    『え、見てんの仮面ライダー』
    『だって男の子だもん。見るでしょ仮面ライダー』
    『へ~…』
    『そんなことはドーでもイーの! 俺が言いたいのは、お前はもっと食べることとか生きることを楽しめってこと‼OK⁉』
    『こう見えて楽しんでるよ。俺なりに』
    『シンジラレマセン。』
    『お前、チャラいくせにめっちゃ入り込んでくるのな』
    『だって…』
    『ん?』
    『またお前がぶっ倒れたりしたら心配だもん。ちゃんと飯食っててほしいじゃん』
    『……』

    ちょっと拗ねたような顔を見て、可愛いと思った。
    男の顔を可愛いなんて思ったのはそれが初めてで、目の前のトモダチにドキドキした。俺のこと心配してくれてるのもスゲー嬉しかった。だから俺はこいつを心配させないようにちゃんと飯を食おうと思うようになった。
    そして一緒に飯を食うようになり、飯を食うのが楽しいと感じるようになっていた。いや、違う。きっとあいつと一緒に食うから楽しかったんだ。お気に入りの席で、お気に入りの飯を食いながら、誰もいない真向いの席に視線を落とす。
    酸辣湯麺も餃子もいつも通り美味しかった。でもやっぱりアイツと一緒の飯がいいんだよな。そんなことを考えていると女将さんが空いた皿を下げにやってきた。

    「お皿とコップ、さげちゃっていい?」
    「はい、大丈夫です。ごちそうさまでした」
    「いいえ~。あ、そういえば連れの子、食欲はあるの?」
    そんなには、と返そうとしたところでスマホが震えた。女将さんに、すんません、と言って画面を見ると、「山田」の文字。もしかして具合が悪くなったのかも、と背中に冷や汗が流れる。画面をタップしてメッセージを開く。
    『やばい。急にめっちゃ腹減ってきた〜帰りになんか飯買ってきて〜』
    ふっ、と鼻で笑ってしまう。めちゃくちゃ心配して損した。急に笑った俺を不思議そうに見る女将さんにスマホの画面を見せる。すると女将さんもあらまぁ! と笑い、いつもの朗らかな笑顔をこぼした。
    「あのね、ちょっといいものがあるのよ! 待ってて」
    女将さんは何やら楽しそうな様子でパタパタと店の奥へ駆けていき、すぐに戻ってきた。
    「今ちょうどお弁当やってるの、本日限定で。」
    女将さんが持ってきたメニューは、テーブルに置いてあるのと同じバインダーだったが、最後のページだけ少し違っていた。ドリンク欄の下に薄黄色の附箋があり「お弁当三百円」と書かれ、セロハンテープで貼られていた。
    気付けばもう俺以外の客はおらず、今日は外を歩く人もまばらだ。厨房の親父さんも片付けに勤しんでおり、少し早いが店じまいをするようだ。いつもの俺なら、こういう自分だけ優遇されるような気遣いはすぐに断ってしまうが、現に山田は腹が減ってると言ってるし、ここで女将さんの気遣いを無下にするのも失礼だと思い、
    「じゃあ、弁当ひとつ、お願いします」
    と頼んだ。
    「はい! ありがとうございます! 今詰めちゃうから少し待ってね〜あ、あの子、食べれないものある?」
    「いや、大概のは食べれると思います。まぁ、食えないのがあったら俺がもらうんで、好きに詰めてもらえたら」
    「あはは! たしかにね!」
    厨房に入った女将さんは親父さんと何やら楽しそうに話している。二人のことについて詳しく聞いたことはないが、仕事の合間にこうやって話す姿を見ておしどり夫婦なんだろうと勝手に思っている。チャキチャキして面倒みのいい女将さんと、職人気質だが優しい親父さん。……ふと自分と山田も歳をとったらこんな感じになるのかと想像してしまった。
    これから四十歳になって、五十歳になって、六十歳になって……俺たちはどんな俺たちになるんだろうか。

    「はい! おまちどうさま!」
    物思いに耽っている間に女将さんが弁当を持ってきた。半透明のレジ袋の中には、輪ゴムで止められた透明パックと、その上に大きなおにぎりが二つ乗っている。このおにぎりはなんだろう?と思うと同時に、この量はどう考えても三百円のそれではないと、女将さんに言おうとしたら。
    「今日ね、麺ばっか出てご飯が余っちゃったのよ〜それでね、うちのおかず中に入れておにぎりにしたから、一緒に持っていって! もし食べきれなかったら、顆粒の中華出汁をかけて、崩して食べたら中華粥みたいになるからね。朝でもスルっと食べられると思うわ」
    「…はい、ありがとうございます」
    ものの見事に女将さんの勢いと話術に飲まれてしまった。手に持つ伝票には、手書きで「ベントー三〇〇」の文字が書き込まれている。あぁ、これらは何がなんでも三百円しか受け取ってもらえないやつだな、と諦めほかほかの弁当をぶら下げてお会計をする。
    外に出ると、ビューと風の音が聞こえる。
    「寒いからね、お兄さんも風邪引かないようにね!」
    「はい。また二人で飯食いに来ます」
    「ありがとう〜イケメンコンビがお店に来てくれるのがね〜私の生き甲斐みたいなもんだから! いつでも待ってるわ!」
    「アイツに伝えたら喜ぶと思います。じゃあ、ごちそうさまでした。」
    「はい! お粗末さまでした〜また来てね!」
    人懐っこい笑顔で手をふる女将さんに会釈をして、右手にぶらぶらとゆれる弁当をぶら下げ、いつもの道を歩く。


    「やっぱり、ふたりで食う飯がいいな……」

    大きな月を見上げそうぼやくと、薄っすらと息が白くなる。秋は思いのほか足早に進んでいく。そうだ、今度一緒に栗ご飯でも作ろう。あ、今年はまだサンマを食べてなかったな……一人でいるときには全然食べたいものが浮かばなかったのに、山田の顔を思い浮かべたらアレもコレも一緒に食いたいな、と浮かんできた。

    気づくと足取りは軽く、少しだけ早足になっていた。
    早く家に帰って、山田と一緒に飯が食いてえな。

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    モデルのマイクちゃん×物理教師の相澤の話です。
    四季とごはんネタ。
    ふたりごはん秋夜22時半。
    それほど大きくない通りのそれほど綺麗でもない、こじんまりとした中華料理屋の暖簾を二人の男がくぐる。
    「いらっしゃいませ~。あら、こんばんは」
    「ども」
    「まだ時間大丈夫?」
    「大丈夫よ。あと10分待ってお兄さんたちが来なかったら閉めようと思ってたとこだけど」
    うふふ、と笑いながら女将さんは油で少しべたつくカウンター席を年季の入った布巾で拭き続ける。

    仕事が早く終わった日は二人そろってこの店に来るのが日課になっていた。
    同棲して早三年。引っ越してきた頃は今より忙しくなかったこともあり、二人でよく近所の飲食店を開拓していた。ちょっと小洒落たイタリアン、大人気ラーメン屋、少しお高めな焼肉屋などなど。色々と食べ歩いた末に落ち着いたのが、ここの中華料理屋だった。かなり年季の入った見た目で、隣の新しくできたラーメン屋と見比べると一瞬入るのを躊躇してしまう。しかし、逆に言えばそれでもこの地で長年店を構えることができるのというのは、それだけ美味いということであり、自分たちのようにこの店を気に入って足繁く通う客がいるということなのだろう。
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