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    s_eneka

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    カストラート荒沢(沢荒)妄想

    0.『概要』
     謎ファンタジー時空。カストラート(去勢歌手)が誕生してから少し時代が流れ、芸術方面で求められるようになった頃。真澄は天才カストラート歌手として絶大な人気を誇っている。カストラートは変声期前の少年を去勢することで、成人してもボーイソプラノの音域を出せる歌手。
     父親は売れない作曲家で、8歳の頃母親に勝手に去勢される。音楽には明るい家庭だったので、一応「阿片飲ませて体を柔らかくするためにミルク風呂に漬けた後で医者の手で去勢する」というちゃんとした手順を踏んでいる。幸い才能があったので15歳で歌手デビュー。17歳の時に父親の知人で真澄の音楽の師でもあった男に招かれて都市部に移住しそこでも人気に。
     なおカストラートの去勢は玉抜きという、睾丸だけ摘出するやり方で行われている。だから陰茎はあって性交もできるけれど、生殖能力はないので、妊娠しない遊び相手としても持て囃されている。真澄も見た目が良いので、歌手の傍らご婦人方のツバメもやって財産を築いている。

     人気さえ出れば金持ちになれるので、息子を勝手に去勢してしまう貧困家庭の親も多い。当たれば金持ちに、当たらなくても口減らしになるってだけで、ちゃんとした処置もなく手術され死ぬ子供も珍しくない時代。
     丈くんはそんな貧困家庭の生まれで、アル中の父親に麻酔もなしに去勢されそうになる。しかもそのとき12歳で、カストラートにするには少し遅め(本来は7~11歳が多い)。父親は泥酔していたので何とか暴れて家出し、スリやかっぱらいをして糊口をしのいでいる。
     そんな世界線の真澄が気まぐれで丈くんを拾って小間使いにする荒沢。
     

    1.『出会い』
     バザールの空きテントの中で女としけこんでたら、男が踏み込んできてここに小汚ねぇガキが来なかったかと聞かれる。見ていないと答えたらそれで引いたが、女も「なんか冷めた」と出て行ってしまう。肩透かしを食らっていたらふいに、女を押し倒していた台の下にみすぼらしい身なりの少年が。女のスカートで完全に隠れてたらしい。
    「さっきの男が探してたのはお前か」
    「……あんたこんなとこで何考えてんだよ!」
    「おかげで見つからなかったんだから良いだろ。それよりこっちはお前のせいであの娘に逃げられちまっただろうが」
    「俺は生活かかってんだ、女とヤれなかったくらいでウダウダ言うなよ」
     生意気言うので、腿の辺りに軽く蹴りを入れる。
    「いって! 何すんだよ!」
    「馬じゃねぇだけありがたく思え」
    「ちくしょう……」
     台の下から這い出てきた少年の半ズボンに血が滲んでる。さっき蹴った所のような、そうでないような。でもそんな強く蹴っていないと、少し焦る。
    「お前怪我してたのか?」
    「え? あぁ、瘡蓋剥がれてるだけ」
     何でもないように半ズボン捲って腿を掻く。そこには太めの切り傷が一筋あって、少し血が出ていた。痒くて掻いて、瘡蓋を剥がしてしまっているらしい。
    「おいこら、汚い手で掻くな」
    「あ? 喧嘩売ってんのか」
    「破傷風にでもなったらどうすんだって言ってるんだよ。来い、手当くらいしてやる」
     別に自分は親切な人間でもなんでもないけれど、みすぼらしい身なりの少年が太腿に、もっと言うと局部に近いところに傷こさえてることになんかモヤッとしてしまう真澄。ただの勘だけど、もしかすると去勢された時にできた傷なのでは?と思う。阿片も与えられずに去勢される子の中には、暴れて脚に傷を負う子もいるという。
     「荒川真澄のように」と息子をカストラートにする親がいることを知っているし、自分も無理矢理されただけにそういう現状には眉を顰めてしまう。だから、ほんの気まぐれ。カストラート文化を変えようとか、親に勝手に去勢される子を助けようだとか思っている訳ではないけど。でも自分と同じような少年と偶然出会ってしまったからには少しばかりのおせっかいをしてみたい気持ちが芽生えてしまった。
    「は? 何で?」
    「詫びみてぇなもんだ」
    「じゃあ最初から蹴らなきゃいいのに……」
     訝しげな顔をしながらも少年はついてきた。真澄と一緒にいれば、スリをした相手の目を誤魔化しながらこの場から抜け出せるんじゃないかという打算からの行動。
     二人でテントから出て真澄の屋敷に向かう道すがら、ポケットからパンを取り出して食べる丈くん。そういえばあの男、商店街で見たことある顔だった。なるほど、かっぱらって追われてたのかと合点がいく。目の前で堂々と盗品食うなんて良い度胸してんな、と思う。

     屋敷に連れ帰ると、あまりの大きさに門の前でぼーっとする丈くん。
    「何突っ立ってんだ」
    「これあんたの屋敷?」
    「当たり前だろ」
    「……悪いことしてる人?」
     ははは、と笑う真澄に、警戒の目を向けてくる。
    「まぁ俺の顔見て何も言わねぇから、知らねぇんだとは思ってたがよ。俺は荒川真澄だ。名前くらい聞いたこと無いか?」
    「……あるような、ないような」
    「これでもそれなりに有名なつもりなんだがな。……カストラート歌手だよ」
     そう言うと、丈くんは「あっ」というような顔をする。
    「……名前だけなら知ってるかも」
     そう言う丈くんの顔に嫌悪感のようなものが滲み出ている気がして、真澄は自分の予想が当たっていたと悟る。でもあの腿の傷が去勢された時についたものなら、局部はもっと痛いはず。歩けるとは思えない。自分の時は、しばらく寝たきりで阿片を飲んでいた。まぁとにかく屋敷に連れ込んで、使用人の一人を呼ぶも来ない。執事に聞くと、置き手紙を残して出て行ってしまったという。なんでも、荒への恋慕を抱えるのがつらくなったとか。種無しでも自分は男だと実感したくて、女遊びが激しい真澄。使用人にも手を出して、そのせいでしょっちゅう辞められている。自分で丈くんの消毒をしてやりながら、自分のコンプレックスのことは隠して使用人の入れ替わりが激しいことを語る真澄。
    「あんた碌でもねぇな」
    「最初は皆、遊びで良いって言うんだよ」
    「……それ真に受けてんの?」
    「まぁ……本当にそうだった試しはねぇが」
    「最低」
     遠慮なくそんなことを言う。人を傷付けるかもしれないという配慮のない言葉が懐かしく、好ましく感じてしまう。
    「なぁお前、親に去勢されたんじゃねえか?」
     だからか、真澄も遠慮なくそんなことを尋ねる。
    「……されそうにはなった。その前に暴れて逃げてやったけど」
     大方予想通りだった。けれど真澄と違ってこの少年は、カストラートにされる運命から逃げた。真澄の時は逃げることなどできなかった。自分の未来を悟った時には阿片を飲まされ、動けなくされていて。次に意識が戻った時には、局部の痛みにのたうち回っていた。けれどこの少年はきっと、阿片もなしにその辺にある刃物で雑に去勢されそうになった。だから逃げられたのだ。ただの親の教養の差だ。それだけだ。だからどちらが強いとか、幸福だとか、そんな話じゃない。だから同情してやってもいい。
    「……お前、ウチで働くか?」
    「え?」
    「どうせ行くところも無いんだろ」
    「……そうだけど、でも何で?」
    「お前みたいなガキなら面倒な色恋沙汰も起こさねえだろ」
     男も女も狂わせてきたファム・ファタール真澄。
    「はぁ? 何だよそれ」
    「で、どうする? どうせいろんなとこで食い逃げやら、かっぱらいやらしてるんだろ。そんな生活長続きするもんじゃねえぞ」
     そんなことは誰よりも分かっていたのか、丈くんは嫌そうに頷いた。

    2.『日常』
     丈くんは意外にも真面目に働いた。何か頼めばぶつくさ言いながらも、それなりにきっちりこなす。教養も礼儀も皆無だけど覚えは良いようで、一度教えたことは忘れない。何より誰に対しても物怖じしない。かつて自分がかっぱらいをした店にも平気で買い出しに行く。これだけ強靭な精神力があるなら音楽界でも成功したんじゃねえのか、と思い始める真澄。
     ある日お風呂上りの真澄の裸をまじまじと見てくる。性的な含みの無い視線でじっと見られるとなんか気まずくて何だと問うと
    「あんたカストラートなんだよな?」
    「……そうだが」
    「でもチンコついてんの?」
    「当たり前だろ、タマさえ無けりゃいいんだから」
    「え……俺親父にチンコ切られそうになったんだけど」
    「……無駄死にする前に逃げて良かったな」
     そんな家庭もあるんだな、酷ぇ話だと思う。カストラートがどんなものか知りもしないで去勢するなんて。あの母親でさえちゃんとした処置をしたのに。それは別に愛ではないけれど、おかげで自分は栄達を手にした。
    「あんたは何でカストラートになったの?」
    「落馬した時の怪我で」
     多くのカストラートは対外的にはそう言っている。
    「本当は?」
    「親が作曲家だったからな。いつか音楽の道に進むんだろうと思ってたが、一番上手かったのが歌だった」
     事故といっても信じる人間はいない。突っ込まれたときは、こう言っていた。
    「へぇ」
     丈くんはちょっと気に食わなそうな顔をしたけど、それ以上突っ込まれることはなかった。
     
     
     そのうち丈くんに「あんたの歌聴いてみたい」と言われる。それならと招待席用意してあげる真澄。丈くんは歌の細かい良し悪しなんて分からないだろうけどカストラートのことはよく思っていない様子だから、どうせ聴かせるならちゃんと良いとこ見せたい見栄っ張り。
     公演後、どうだったか聞くと「すごかった」と何の飾り気もない感想が返ってくる。「天使の歌声」だの「ミューズの寵児」だの「セイレーンの化身」だの持て囃されてきた身にはそれが却って新鮮で、アホだなぁ可愛いなぁと思うようになる。
     ちょっとコイツの歌聴いてみたいなぁと思って、教えてやろうかと気まぐれに提案してみれば意外にも乗り気。真澄さんの歌がかっこよかったんだね。でも音痴な丈くん。
    「違う違う、喉から声出すな」
    「訳分かんねぇこと言うなよ! あーもういい!」
    「お前、この俺にレッスン付けさせといて……」
     物覚えは悪くないのに、なぜか歌は上達しない。感覚で何かするのが苦手っぽい。
    「あーあ、お前本当に音痴だな」
    「うるせーよ」
    「去勢される前に気付けて良かったじゃねえの。竿ごといかれるところだったんだろ」
    「……まあね」
     そんな会話をしつつ、でも本当は才能がないことに気付く前に去勢されかかったんだよなコイツ、と思う。そうなる前に逃げた丈くんのことが何だか好ましい。それは憧れなのだけれど、真澄は気付かない。

     それ以降、丈くんを毎回公演に招待する真澄。実は公演中、退屈でうとうとしては荒の高音ボイスで飛び起きてる丈くん。
     公演後、言い寄ってきた女としけこんで丈くん置いて帰っちゃう。そのことで喧嘩になる。
    「これでも俺はモテてるんだよ、歌でも女を失神させられる男はそうそういないってな」
    「俺むしろ目が覚めるけどな」
    「は!? お前寝てやがんのか! 音楽家志望の親戚のガキの為にって主宰者に頼んで席用意してやったのに」
    「だって王子は好きな女がいるくせに、父親の命令で隣国の王女と結婚させられそうになって悩むので一幕使うわ、最後はなんか王子と両想いだった女が王子の為に自害するわで意味分かんなかったんだよ。挙句に何だっけ? 王子のアリア、『あなたの為なら私は海へ飛び込もう』って。結局飛び込んだのは王子が惚れてた女じゃねえか。だっせ」
    「あーあ、聞かせ甲斐のねぇ奴」
    「褒めてんのに。ハマり役だよ」
    「どういう意味だこの野郎」
     なんやかんやあらすじは把握できてる賢い丈くん。
     この真澄は自分の名声や、女にモテることを誇る。それは生殖能力を代償にして得たものだから、それを誇らずにはいられない。というより「カストラートである自分」を誇っているポーズを崩せない。それは荒自身の矜持でもあるし、スターが卑屈であってはいけないというプロ根性でもある。  
     
     それはそれとして数年後、父親が作曲したオペラの公演で音楽家から「歌声はシルクのようだが曲が駄作」と批判される真澄。曲が駄作なのは否定できないだけに結構モヤってたら、丈くんに「あんたの公演すごく良かったのに」と言われ「……ははは! やっぱりお前は才能ねぇな!」と嬉しそうに髪をわしゃわしゃ撫で回す。「何だよ!」と怒りながらも、真澄が「ま、俺が歌えばどんな歌でも人気になっちまうってこった」と笑う顔を見ていると部屋から出ていく気にもなれない丈くん。
     
    3.『成長』
     一緒に暮らして数年経ったある日、丈くんの声が出なくなる。特に喉の痛みを訴えたりはしていないけど心配で医者に診せると、声変わりだと診断される。二人できょとんとする。真澄には声変わりがないから、声が掠れるなんて知らなかった。そういえば、なんかいつの間にか丈くんに背を追い越されている。これが普通の男の成長なのかと、未知の変貌を遂げる丈くんが知らない生き物に見えちゃう。そんな真澄の心情は露知らず、丈くんは嬉しそう。
     すっかりテノールボイスが出るようになったころ、元々大きかった手足に合わせるようにすらりと身長が伸びる丈くん。屋敷内でぶつかったとき、一方的に吹っ飛ばされそうになる真澄。倒れそうになったところを、丈くんのがっしりした腕に抱き留められる。
    「ごめん、大丈夫?」
     何も気にした様子なく、さらっと謝る丈くん。身寄りのない哀れな小さいガキが、いつの間にか男になっていたことにどうしてもモヤっとしちゃう。去勢されなければこんな逞しい体になれたかもしれない。こうなったのは真澄自身の意思ではなくあの母親のエゴだと思うと納得できない気持ちがどこかにある。
     それ以降、どこか今までのようには接することができなくなっちゃう真澄。子犬だと思って拾ったら狼だった戸惑い。
     丈くんは真澄の態度の変化に気付くけど、元々気分屋なところはあったからそんなに気にしていない。自分には分からないけど思うように歌えてないのかなぁとか、作曲家や共演者と揉めたりしたのかなぁくらいに思ってる。
     よく分からないけどうまくいってないなら家ではリラックスさせてあげようと、甘い物買ってきてくれる。
    「オレンジ売ってたよ」
    「なんか多くねぇか?」
    「オマケしてもらった。人気歌手様のおかげでどこで買い物してもやたら荷物が重くなんだよ」
     なんてやりとりしつつ、あの水菓子売りの娘はお前に食ってもらいたくて紙袋パンパンにしてんだよと心の中で呟く真澄。気を使わせちゃったのに気付いて反省したけど、またモヤモヤが再燃する。

     そんなある日、母親の愛人で去勢にも協力した男が金をせびりに来る。阿片で意識が朦朧とする中この男の大きな手で運ばれた感覚は覚えていて、気分悪いから金渡して早く帰ってもらおうとする。「種無し男」なんて呼ばれても怒らず、ただひたすら目を合わせないで言葉少なになる真澄を見た丈くんが代わりにキレる。
    「真澄が稼いでる? 当たり前だろ、どれだけ人気が出ても胡坐かかずに練習頑張ってるんだから! そんなに金が欲しけりゃ自分で働け!」
    みたいなこと言ってくれる。相手もキレて殴り合いになるけど、余裕で勝って撃退する丈くん。丈は、俺が無意識に恐れていたあの男より強いのかと思うと、敗北感と安堵にまみれる真澄。丈くんはあの男が自分の父親を彷彿とさせるアル中クズ野郎だったので余計にイラっときたし、いつもは堂々としてるのにあんな男の言いなりになりかけた真澄にも怒る。
    「昔の知り合いだか何だか知らねえけど、あんな奴に金渡したらたかられ続けるぞ。あんなに自分の歌にプライド持ってるのに、その歌で稼いだ金あんな奴に渡していいのかよ。真澄らしくないじゃん。そもそもあいつ誰だよ」
    「あいつは俺の母親の愛人だ。俺は母親とあいつに無理矢理去勢されたんだよ」
     昔自分に害をなした男に怯えてる姿見られちゃって、なんかもうどうでもよくなってくる真澄。
    「え、でも作曲家の親父に望まれたんじゃ?」
    「そんなん嘘だ。父親は売れない作曲家で家にはいつも金がなかった。母親は俺で稼ぎたかったんだろ」
    「……」
    「前に俺の公演が酷評されたことあったろ。あのオペラを作曲したの、俺の父親なんだよ」
    「……俺は良かったと思ったよ」
    「そりゃお前が音楽に疎いからだよ。カストラートの歌唱力頼りで無駄に華美で。才能がねえんだよ親父は。自分が良いと思う歌だけ歌えたらと思うよ。でもあの母親に仕送りするより、俺が親父の歌を歌って儲けさせてやる方がいくらか気分がいい」
    「……放っておいたらいいじゃん、そんな奴ら」
    「簡単に言うけどな……」
    「俺だって酒浸りで働きもしねぇ親父一人置いて出てきた。野垂れ死んでるかもしれないけど、知ったこっちゃない」
    「……」
    「相手の為に我慢することに納得できないなら、やめた方がいいんじゃないの。……まぁ俺真澄の家族のこと知らないから、勝手なこと言っちゃってたらごめんだけど」
    「いや、いい。……さっきは助かったよ」
     そう言ってさっさと寝ちゃう真澄。自分に守られてる分際で強くて、しがらみがなくて、流されない丈くんのことを羨ましく、好ましく思う。
    「なぁ真澄」
    「そんな顔すんなって、もう過ぎたことだ」
     まだ何か言いたげな丈くん。
    「何だ?」
    「あのさ……去勢された時、痛かった?」
    「なんだ、カストラートになりてぇのか? お前はもう手遅れだって」
    「…………」
     ごまかさないでよと言わんばかりにじとっと睨んでくる丈くん。ごまかそうとしたのがバレたのが気まずいやら恥ずかしいやらで、目を逸らす真澄。
    「……ごめん。無神経なこと聞いたなら……」
    「や、そんなことねぇよ」
     恥じるように目を逸らす真澄を見て、引っ込めようとしてくれる丈くん。ふいに丈くんに気を使わせている自分が恥ずかしくなった。
    「その日は母親が珍しくホットミルクなんか作ってくれてな。変だなと思いつつ飲んだら、次目が覚めた時にはもうミルク風呂から出た後でよ」
    「どういうこと?」
    「ミルクに阿片が混ぜられてたんだよ。それで意識が朦朧としてる間にな。……まあその日の母親は妙に親切で、嫌な予感はしたんだが」
    「…………」
    「そんな顔するなよ。阿片があったおかげで手術後の痛みもマシだったんだ。それよか、せっかくミルク風呂に入ったってのに覚えてないのが残念だよ」
     丈くんが悲しそうなので、そんな風に強がってみる真澄。明るく笑おうとする真澄を見て丈くんは余計に悲しそうになるけど、ぐっと堪えて顔を上げた。
    「明日のお風呂それにしようか? 俺準備するよ」 
    「え」
     何を、と笑おうとしたけど、あの時の牛乳の匂いを思い出すと本当は少し気分が悪い。あの日以来牛乳を好んで飲むこともなかった。でもそんなことをいつまでも抱えている自分が嫌だとも思っている真澄。
    「……ああ、そうだな。頼むよ」
     せっかく準備してくれたミルク風呂だけど、一人で入るにはやっぱり勇気が足りない。せっかくだから一緒に入ろうと誘えば、丈くんは素直に頷いてくれた。
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