カストラート沢荒バッドエンド 真澄が丈くんの中の男を認められず、丈くんも真澄に理解してもらうことを諦めちゃったルート。
喧嘩の末に家出してしまう丈くん。住み込みの仕事を探して、鉄工所で働き始める。仕事は重労働だけど、汗水流して働いてると一人前の男って実感できて結構楽しい。そんな折、荒川真澄が最近あまり公演を開いていないらしいと噂を聞く。病気説まで出ていているらしい。心配になって、仕事が終わったあと屋敷に戻る丈くん。
そこには阿片を吸って無気力な真澄がいた。
「うわ煙たっ…何この匂い、阿片? ちょっと吸いすぎじゃねえの?」
「んー……丈? なんだぁお前、帰ってきたのか」
口調もふにゃふにゃ怪しい。
「あんたが病気で公演開いてないって話聞いて様子見にきただけだよ。そんなにどこか痛いのか?」
「別にどこも悪くねえよ」
「じゃあ何その阿片」
「これ吸うと気分がいいんだよ」
「それだけで……? ……阿片ってずっと吸ってると頭バカになるんだろ? 一度に吸いすぎて死ぬ奴もいるっていうし」
「うるせぇなあ」
ため息つきながら、ちょいちょいと手招きしてくる。素直に近寄る丈くん。
「何?」
「この手、鍛冶屋にでもなろうとしてんのか?」
両手で丈くんの手を握り、ペタペタ弄ってくる。一日中ハンマー握ってたせいで、丈くんの手はごつごつ逞しくなっていた。
「あはは、やめとけよ。こんな手になるほどあくせく働いて、せいぜい自分とその家族が食っていけるくらいの稼ぎでよぉ。そんなカツカツな生活してるから、碌な楽しみも知らねぇままなんだろ。いい男なのに勿体ねぇなぁ。ほら来いよ、俺が気持ちいいこと教えてやるよ」
そう勝手なこと言って丈くんをベッドに引き倒し、キスを仕掛けてくる。呆気に取られて動けない丈くん。でも真澄が阿片のパイプを吸って、その煙を口移しに吸わせようとしてきたところで我に返って真澄を突き飛ばす。
「何すんだよ! 馬鹿じゃねえの!」
これ以上こんな真澄を見ているのがつらくて、部屋を飛び出してしまう丈くん。鉄工所に戻ろうかとも思ったけど、やっぱり真澄が心配になる。真澄は気分屋で女遊びが激しいけど、それでもカストラート歌手としての自分にプライドを持っていた。そんな真澄が歌手活動を疎かにしてまで、享楽に耽るなんておかしい。結局、元々自室だった部屋に籠って一晩過ごす。
翌朝真澄の部屋に行くと、阿片の効果が切れて正気になっていた。
「昨日は悪かった。すまねぇ、どうかしてた」
「真澄……」
「丈がいなくなって、でもどこに行ったか検討もつかなくて。毎日不安でたまらなかったんだよ。お前に嫌なことたくさん言っちまったから、どんなに困っても俺を頼ってくれないんじゃないかと思って。そうしたら不安で不安で……俺が悪かった、許してくれ」
昨日の態度とは一転して、しおらしく謝って来る。心配だったなら阿片に溺れてないで探すべきだろ、なんて思えない丈くん。真澄以外の人に愛された経験がないからね。
「ちょっと見ない間に逞しくなったな。顔付きも心なしか凛々しくなって。ここを出た後どこで何してたんだ? 元気にしてたか? お前の話を聞かせてくれ」
そんな風に言われては、邪険にできない丈くん。鉄工所で働いてた話、根性があると褒められた話、仕事終わりに仕事仲間と飲む酒が美味かった話をする。
「丈は偉いな。一人で仕事探して、生活できて」
「このくらい普通だろ」
「そうか? でも安心した。お前喧嘩っ早いから、仕事仲間と揉めそうなのにな。お前友達作れたんだな」
「うるせーよ」
前みたいにそんな軽口も叩いてきて、上手くいっていた頃に戻ったようだった。
「今日は? 仕事は大丈夫なのか?」
「今日は休みだよ」
「ならまだ時間はあるよな? 飯にしよう」
あんなに丈くんが自立するのを嫌がってたのに、今の真澄は丈くんの世界の話を楽しそうに聞いてくれる。本当に真澄に心配をかけてしまったんだなと、罪悪感を抱いてしまう。それに丈くんにとって真澄は、一人ぼっちで途方に暮れているときに手を差し伸べてくれた相手なのは確か。つらい思いをしていたなら、ましてや自分のせいでもあるなら支えてあげるのが筋ではないかと思ってしまう。そうして結局また真澄の屋敷に留まる丈くん。でも真澄は阿片中毒に苦しみ続ける。体調不良で寝込んでいることが多く、阿片を減らしてもなかなか元のように歌手活動ができない。
床に臥せって、哀れっぽい声で丈くんに縋る。
「なあ丈、阿片をくれよ」
「だめだよ。今日はもう吸いすぎ」
「頼む、頼むよ。頭が痛くて眠れないんだ。少しでいいから」
「だめだって。そんなに眉間に皺寄せてるから頭も痛むんだろ。ほらちょっと落ち着けって」
ベッドに乗り上げ、真澄に膝枕しながら頭を撫でてあげる丈くん。おでこにキスして寝かしつけようとする。少しだけリラックスしたような表情でふうと息をつく真澄。
「おやすみのキスなんていつ以来だろうな」
その声がやけに甘ったるくて、思わずぞくりとする丈くん。
「……丈、頼むよ」
「何を」
「だるいのに頭が痛くて眠れないんだ。頼むよ、眠りたい。阿片をくれないならせめて、疲れさせてくれ」
弱った姿がなんだかとっても婀娜っぽい。数多の人間をたぶらかしてきた真澄の色気に逆らえず、一線越えてしまう丈くん。これは沢荒。
そのまま共依存関係になってしまう。丈くんを手に入れた真澄は、前よりは阿片を控えて歌手活動もぼちぼち再開し始める。実は真澄は丈くんに出て行かれたあと阿片吸いながらの乱交にも参加してたけど、丈くんがいるのでそれも控える。
でも一度依存した体はすぐに元通りにはならなくて、阿片を求めてしまう。薬物乱用って概念はない時代だけど、吸いすぎると無気力になるので根気よく控えさせる丈くん。けれど真澄は隠れて吸うことはせず、毎回丈くんに阿片をねだる。そうすれば、丈くんが抱いてくれるから。
本当は立派に自立できる男が、こんな阿片中毒のカストラートの元から離れられないでいる。そのことに満足しながら、真澄は丈くんに甘えてキスした。