腐れ縁ようやく血の匂いがとれた。正直ゲストの接待よりも本の整理よりも掃除が1番大変な作業だと個人的には思っている。
特に今回はねじれ…通称泣く子の接待という大事な仕事だった。あの赤子の声が耳に痛く響き、鋭い刃が突き刺さり、肌が焼けるほど痛かった。致命的な怪我をした人も居た。時間が経てば舞台が整ってかなり楽になったが結局は逃がしてしまった。泣く子…いわゆるフィリップはこうやって何度も図書館から逃げては試練を与える厄介な存在である。…これだから男は。
「あっ、フォルテさーん。お疲れ様です!」
「お疲れ様。」
突然元気そうな声が響いた。技術科学階のムードメーカーであり、特攻隊長のリズだ。彼女は今回の接待で唯一ピンピンしたまま帰還した人で、本の整理が終わって暇をしていたようだ。足を前後に動かして頬杖なんか付いちゃってる、可愛い後輩だ。
「いやー、今回めちゃくちゃ疲れましたねー!!クッタクタですよ!!」
「の割には元気そうね…」
「だって、アイドルは皆に元気を分け与えなきゃいけませんからね!本人が元気でなければ!」
自分でアイドルと言っているが、L社時代からずっとそうだ。昔から同じ箇所で仕事をしている仲間なのだが、実際アイドルのような可愛さであるのでなんの問題も無し。
「そういえばフォルテさん、新たな環境でのEGOはどうでしたか?私は頭がキーンとなって今にも冷たくなりそうな感覚でしたよ〜」
「あんなに使いこなせていたのにね」
「はい、やっぱEGOはまるで長年の相棒みたいにしっくりきちゃうんですよね〜。そこが良いところでも悪いところでもあるんですよね!」
「そうね。…でも私的には悪くなかったわね。」
「えぇ!?あれ1番キツそうですよね!!」
リズは今回、死んだ蝶たちの葬儀のEGO…いわゆる「厳粛なる哀悼」を使用していた。EGOページは基本的に一瞬強い力を借り、物によってはその後もこちらに有利な影響を与えるものもある。しかし、私が今回使ったのは「魔法の弾丸」である。これはEGOの中でもかなり特殊なものであり、通常よりも長い間幻想体の強い力を借りる…いわゆる幻想体と「同化」するというものだ。他のEGOよりも負担が大きいのは必然である。実際、現在もかなり倦怠感を感じている。
「…あの幻想体の過去が見えてくるような感じや頭に語りかけてくるのが凄く不快だったけど、同時に勇気も貰ったわ。」
「勇気?」
「えぇ、昔の職場で共に働いていた仲間の声も聞こえたの。不思議よね。」
「…ステラ?」
静かに頷いた。ステラはL社時代同じ情報チーム所属で、昔はリズも合わせた3人で仕事をしていた。彼女は銃のEGOを得意としており、中央本部解放辺りでは魔法の弾丸をこよなく愛していた。そして良くも悪くも鉄仮面な人であり、その影響で自分をうまく表現出来ないところがあり、どこか頑固でもあった。私の考えと合わないこともしばしばあり、正直仲は良くなかった。しかし、そんな彼女は、私が魔弾の射手と同化していた時に語りかけているような、応援しているような錯覚に陥った気がした。
「「フォルテさんなら使いこなせます」…ってね。使ったこともないEGOなのに本当に使いこなせた気がするわね。」
「そうですね!お陰様で想定より楽に突破出来ました!」
「本当に?」
その笑顔はとても自分には眩しかった。アイドルなので愛嬌を振りまくのは確かに上手だが、昔の情報チームの仲間や今の技術科学の階の仲間には素を見せながら生活をしている。なので彼女のその反応は心の底から出ているのはすぐに分かる。
「また次も頑張りましょうね!EGOはそのうち慣れますから!」
「そうね。」
話が終わろうとしたその瞬間、
「失礼します。あれ、今はお2人だけなんですね。」
「あれ、ステラじゃん!どうしたの?」
「少しフォルテさんと話がしたくて。」
「…何の用?」
見計らっていたかのようにステラが来てしまった。仲が悪かったとはいえ、1度助けられた身でもある。警戒するのはあまり良くないであろう。肩の力を抜いて話をきく準備をした。
「…EGO、どうでしたか?あれは一時期の私の相棒でもあったので少しワクワクしながら見ておりました。」
「幻想体だけじゃなくてあんたの声も聞こえてそれどころじゃなかったわね。」
「アハハ。私もフォルテさんなら大丈夫だと心の中で思っていたのですが。」
鉄仮面の彼女にしては珍しい笑い声をあげていた。少し気に触るような煽りの感じがするが、一方でどこか心配している感じもした。相変わらずだ。
「いいですね、EGO…確かに頭が蝕まれるのは嫌ですが、私もかつての相棒使いたかったです。私は総記の階の司書補なので今回はあなたに託そうとは思いますが。」
「…あんたよりもうまく使いこなせてみせるわ。歯食いしばって見てなさい。」
「楽しみにしてます。」
「相変わらずねぇ2人とも。」
しかしステラとリズの表情はとても嬉しそうだった。私は嬉しいかどうかはうまく理解出来ないが…きっと嬉しいのだろう。次もうまく使いこなして見せてやるとやる気が湧いてきた。まぁ負傷者はいるので少し間が空いてからになるだろうけど。
「それじゃあ、私は総記の階に戻ります。健闘を祈ります。」
「…あんたももし出番があるなら恥かくようなことはすんなよ。」
「えぇ、それじゃあまた会いましょう。」
悔しくも彼女の信念を示すような真っ直ぐなポニテがなびいていた。
「はぁっ…なんなのよあのメガネ!また逃げやがって…!」
「さっきからそればっかりじゃないですか。もう少し冷静になりましょうよ。」
特に酷い怪我をおった残りの2人が帰ってきたようだ。応急処置をしたとはいえ、まだまだ動くのも厳しい状況なので、なんとか肩を貸し合いながら歩いていた。
「2人とも休んでていいよ!私とフォルテさんで仕事は済ませておいたから!」
「ありがたいです…」
動きたくないといいながら2人が倒れた。普段互いに素直になれないとは思えない息の合いぶりを見せていた。妹と仲が良いと思うとちょっと悔しい。
「そうだ姉ちゃん、リズちゃん。次の絶対もうちらが出動するみたい…本当に勘弁して欲しいわ。」
「まぁ、傷が治ってからなのでそんなに気負わなくていいですよ。」
ちょうどいい。さっき闘志を燃やしてきたところだ。今回の私達の活躍で図書館はいわゆる都市で最高クラスの「都市の星」へと昇格したという噂を聞いた。きっとこれからのゲストは泣く子よりも強敵揃いなのだろう。
「…どんな相手だとしても私たちでねじ伏せましょう。」
「うん!ねじ伏せて叩き潰してやるわよ!」
「珍しく姉ちゃんもやる気だね!でも2人もちゃんと休まなきゃだよ?」
「わかってるわ」
そんな感じで笑い合いながら、四人の戦士は休息をとることにした。休息をとりながら、次の接待のイメージトレーニングなんかもしてみた。魔法の弾丸…最初は少し嫌だったがこれからお世話になる、アレにとっての代わりの相棒となりそうだ。絶対にステラよりも…いや、誰よりもあの弾丸を使いこなしてみせる。かつてEGOに興味がなかった少女はそう誓った。
「フォルテさん、いいライバルを見つけられて良かったですね」