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    _Roshibu

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    職員の小説を不定期で投げます

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    餅支部
    とある年長司書補達の話

    理解出来ない2人「失礼します。」
    その先は薄暗い青だった。
    芸術の階の司書補、ブラッドは本を取りに行くついでに世間話を少しだけしようと社会科学の階に来た。が、どうやら司書補はおろか、指定司書もこの場にいなさそうだ。
    (…まぁ、いずれも急ぎの用事じゃないしいいか。)
    今回のところは諦めて帰ろうとドアノブに手をかけようとした途端、
    「ふぁあ…」
    と、声が聞こえた。聞き覚えはあるが、自分にはそこまで馴染んでない感じだった。振り向くと、どうやらソファーの上で寝ていたウィステリアが起きたようだ。…良いとこ育ちのはずなのに意外な場所で寝ているのだなと彼は思ってしまった。
    「あら…ごめんなさいね。お客がいるのに恥ずかしいところを見せてしまいましたわね。」
    ウィステリアは少しはにかみながら、部屋の電気を付けた。いつもの見慣れた鮮やかな青に変わった。
    「いらっしゃい。あなたが1人でここに来るのは珍しいわね。」
    「…本を取りに行くついでにアナスタシアに用があったのだが。」
    「ごめんなさい。アーニャ君は多分ナラグ君のところに行ったわ。」
    「承知した。」
    ナラグ92は元々、ウィステリアやアナスタシアと同じチームで働いていたのだが、どうやら今回は彼だけ別の階層に引っ越ししたらしい。アナスタシアとナラグ92は年が近いこともあり、仲が良いのだろう。
    人がいるのなら、本だけでも貰って帰ろうかと思ったのだが、ウィステリアがねぇ、と呼びかけ、
    「よかったらお話しましょう。ほら、私たちって同期なのにほとんど関わらなかったでしょう?」
    と続けた。2人はそれぞれ2日目と3日目での入社…来た時期としてはほぼ同じだし、会社にいる時間も長かったので十分関わりがありそうだが、年上同士なことや他の要因があり、お互いなかなか話しかけられずにいた。ブラッド自身の気持ちとしてはさっさと帰っても良かったのだが、特にこの後予定が無かったので、
    「構わない。」
    と、承諾した。

    「あなた、確か甘いものが好きなのでしたっけ?マキアート辺りでも入れておこうかしら。」
    「…助かる。」
    ブラッドは普段はクールで皆の頼れる隊長的な存在なのだが、甘いものが好きだ。こういう人こそ弱みを見せたくないと隠すのだが、彼の場合はあまり隠す気がなく、皆の前でも食後に特盛パフェを頼むような人間だった。今も何も恐れていないような反応をしていた。それに、甘い物こそ苦いコーヒーが引き立つだろうに。…といろいろ考えながらマキアートを煎れたのだが、ウィステリア本人も実は苦いコーヒーは飲めないのである。普段は少し苦くないカプチーノを飲んでいるくらいだからだ。ちなみにナラグ92と元福祉チーフのオリオンも苦いものは飲めず、元福祉職員の中でブラックが飲めるのは最年少のアナスタシアだけだ。今日はせっかくなので自分もマキアートを飲むことにした。
    「どうぞ。普段はケセド様が煎れてくださるから、あまり上手くいってない可能性もあるけれど許してちょうだい。」
    5人以上が座って話せる憩いの場に、2人の人間がマキアートを片手にブレイクタイム。少し寂しくも見える。
    口の中に入れたマキアートは甘く、2人とも問題なく飲める味になっていた。
    「…美味いぞ。」
    「うふふ、お気遣いありがとうね。」
    ウィステリアはいつもの表情でお礼を言った。ブラッドにとってはお世辞ではなく本心だったのだが、まぁそれは別にいいだろう。しかし、先述の通り、ほとんど絡んだことが無かった組み合わせだったので特に話すことがなく、せっかく温かく美味しいコーヒーがあるのに少し冷めた雰囲気になってしまった。
    しばらくした後、不意にウィステリアが口を開いた。
    「…そういえばブラッドさんは裏路地出身でしたわよね?」
    「まぁ、そうだな。」
    「…今更こんなこと聞く年齢ではないけれど、正直私のことどう思っているのかしら。」
    「…身分的な意味でか?」
    聞いた本人は不動だった。ブラッドは裏路地出身で、幼い頃から戦いと殺しを叩きつけられて生きてきた。最終的には2級フィクサーまで上り詰めたが、確かに昔はなかなか腕が震わず、生活に困ってた時期があった。…のだが、
    「…別に金持ちを恨んだことなんて無い。結局俺も裏路地の中では人一倍金がある立場になったから。」
    「あら、ほんと。」
    結局人生は99%は運だからな、と付け足した。ウィステリアは閉ざされた目のせいで表情があまり変わらず、感情が読み取りにくいのだが、先程の言葉は素で反応したのだろう。その瞳が少し見えそうになった。
    「…私ね、知ってると思うのだけれどいいとこ育ちのお嬢様なのよ。でも、私は私が大嫌いだったの。」
    表情では分かりにくいが、普段の穏やかな雰囲気が一瞬で無くなったかのような冷えた空気となった。ウィステリアは本気で語っていた。
    「小さい頃から私は一人の人間ではなく、美しい宝物として扱われてきたの。1000年に一度の輝きだって。でもね、本物の宝石のように純粋な輝きを放ち続けるのは私には無理だったわ。」
    彼女はブラッドの口数の少なさは知っているのでそのまま話を続けていた。
    「…いつだったかしら。私は世話人のうちの一人に協力をして貰って、巣じゃない外の世界…つまり、外郭や裏路地を少し見たの。そしたら、裕福で幸せで危険とは無縁そうな私の生活とは真逆の光景が広がっていたわね。…でも、私はそれを見て人生で初めて本当に美しいものを見た気がしたの。」
    「…美しい?」
    ブラッドには彼女の語る美しさがあまり理解が出来なかった。
    「必死に生きると努力するその姿が幼い私にとっての美だったの。それとは真逆の生活を送っている自分のことが次第に情けなく感じてきたわね。」
    ウィステリアはどこか虚空を見つめてるようで、悲しそうな雰囲気を出している気がする。普段あまり話してないからか、その糸目が感情をあまり表さないようなイメージを持っていたのだが、こうやって話すと意外と分かってしまうものなのだとブラッドは悟ってしまった。だが、彼女の美学についてはブラッドは結局あまりピンと来なかった。こうやって生きるためなら汚い手を容赦なく使う人達を美しいと言うのか?
    とはいえ、ブラッド自身の美学とは何かと言われると答えることは到底出来ないだろう。しかし、一つだけ分かるのは自分の生き様は決して美しいものでは無いということ。だからウィステリアの意見に同意が出来ないのかもしれない。
    世の中にはいろんな人がいる。少なくともブラッドはそれを理解せざるを得ないほどの出会いや別れ、裏切りなどを体験してきたので、
    「…あなたがそう思うのなら、それも1つの正解だと思う。俺はそれだけだ。」
    と、分からない価値観も受け流すことなんて容易に出来てしまう。
    「フフ。まぁ、私もそれを押し付ける義務は無いからね。変なこと言ってごめんなさいね。」
    ウィステリアは笑った。しかし、この話をした意図や本心は表されないままだった。…不思議な人だ、とブラッドはウィステリアのことを再認識した。
    それきりで暗い雰囲気の会話は終わり、後は仲間の話でそこそこ盛り上がっていた2人なのだった。

    「ただいまデェース!!」
    「戻ってきたよ〜」
    何だかんだで盛り上がっていたら、いつの間にか長い針が一周する程時間が経っていたようだ。オリオンと指定司書のケセドが帰ってきた。
    「あら。もうそんなに時間が経っていたのね?」
    丁度いい時間かもしれない、話に区切りがつき始めたし、コーヒーはとっくに飲み終わっていた。ブラッドは立ち上がり、目的の1つを成し遂げようとした。
    「…そうだ、頼まれてた本があると聞いたのだが。」
    「そういえば本を取りに来たと言っていたわね。確かこれで合ってるかしら?」
    「感謝する。では。」
    ごちそうさまと言い、ブラッドはそそくさと社会科学の階を出ていこうとしていた。
    「よければまたお話しましょうねぇ〜」
    「空いていたらな」

    今までほとんど面識が無かった2人だが、この日をきっかけにとある共通認識が生まれたのであった。
    (…うふふ、あの方を理解するのは難しいことね。ノアちゃんって凄いのね。)
    (…やはり不思議だ。近寄り難い雰囲気もあるし理解出来ない。アイツは凄いんだな…)
    2人が親しくなれるのはまだまだ先のことだろう。
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