「ごめん、ちょっと離れてくれる?」
俺の左半身を独占する彼にそう言うと、
「どうして」
「どうしてって……」
胸元に寄せた顔を気だるそうに動かして俺を見上げてくる。上目遣いになったその顔は年上の男というにはひどく幼くて、心臓がふるえるのを感じた。
ソファでぴったりと体を近づけて甘い時間を過ごそうという彼に対して、先ほどの一言は少々冷たいものだったかもしれない。どうして、なんて言葉が返ってくるとは想定していなかった。
ふーふーちゃんが、こんなに甘えてくるなんて聞いてない。好きな人にそうされるのはもちろんうれしいけどね。
「昨日は浮奇の方がくっついていたのに」
「……」
お互い様か、と昨夜の自分の行いを思い返した。
おそらく、久しぶりに会えた喜びを声に乗せ、全身で伝えたに違いない。おそらく、というのは自分の行動よりも彼の姿を記憶しているものだから、実際どうだったか自信がないのだ。
代わりに彼が俺を見た途端に目を細めてほほえんで、名前を呼んで抱きしめてくれたことは滲む視界で唯一鮮明に覚えている。いつも顔を見ただけでうれしさに涙が出そうになるのは会えない時間と距離のせいだと思っていたけど、ふーふーちゃんがあたたかすぎて安心してしまうからかも、と最近は考えるようになった。
その後はほとんどの時間を彼の言うように腕を絡めてくっついて過ごした。眠るときも。ふーふーちゃんの体温と優しさで存分に甘えさせてくれるのが心地よくて、離れ方がわからなくなってしまったのかもしれない。
なるほど。
そう思えば、今こうして甘えてくる恋人の気持ちがわからなくはない。隣にいるだけでやわらかい気持ちになる。これが幸せなんだろうと素直に感じる。ふーふーちゃんといると笑ってしまうくらい俺の幸せバロメーターは上昇しっぱなしだ。
ふーふーちゃんもそうなのかな、と思い、昨日の彼がしてくれたように頭をなでてみる。すると一瞬目を見開いて、今度はうっとりと閉じていく。その顔はまた俺の胸元に落ち着いた。
ついでに耳たぶを遊んで頬もなでてあげる。肩や背中もさすってあげながらね。君がいつもそうしてくれるから。
口元がゆるんでいることを右手が感じ取った瞬間、彼は俺に顔をうずめて「ふふふ」と笑い声を出し始めた。
「ふーふーちゃん、もう終わり!」
急な合図に今度は目をまんまるにしてる。
そんなかわいい顔したってダメだよ。
名残惜しさは俺にもある。だけど、そろそろ離れてもらわないと。
俺はふーふーちゃんが大好きだけど、今はほかにも同じくらい、いやもしかするとそれ以上に気になるものがあるんだ。
それを手に入れないと君との時間にも集中できないほど。
「もうとっくにランチタイムだよ」
俺は食べることが好きなんだ。
君との食事はなおのこと、ね。