私の推し「邪魔するぜー」
よく晴れた日の午後、暖簾をくぐって馴染みのお客さんがやって来た。
人混みの中でも目立つ赤い羽織と灰銀の髪、腰に佩いた刀。一見すると何やら『そちら側』の人間にしか見えない粗野な立ち居振る舞いに、他所の國から訪れた人は決まってぎょっと顔を強ばらせる。
借金の取り立てにでも来られたのかとこちらを恐る恐る伺う眼差しにももう慣れたもので、私は精一杯の笑みを浮かべて彼に相対した。
「若頭、いらっしゃいませー」
「よお、相変わらず賑わってんな」
私の言葉に店内に安堵したような空気が広がる。顔は見たことがなくとも、『堺の若頭』と呼ばれる存在は彼、朱の盆をおいて他にいない。
「皆さんが見回りしてくださるおかげで」
「おう、何かあったらすぐ言えよー! 駆けつけるからな」
にかっと笑うと鋭い歯並びが露わになるけれど、私はそれを怖いと思ったことは一度もなかった。
ともあれ、今日この日に限っては純粋に見回り『だけ』に足を運んでくれた訳ではあるまい。何せ今日は秋めいて来たからそろそろいいだろう、と店主がかねてから用意を進めていた季節限定の栗の新作焼き菓子が出る日なのだ。
表向きには「男なら火を噴くような辛いもの食ってナンボだろ!」と公言しているものの、若頭が同じくらい大の甘いもの好きであるのは堺の菓子屋なら全員知っている(勿論彼の体面のために口にはしないけども)。
私は試食用に小さく切り分けた菓子の並んだ皿を、さり気なさを装って差し出した。
「若頭、こちら店主の自信の新作なんです。お一ついかがですか?」
途端に少なくともそれまでは威嚇するような剣呑さを滲ませていた若頭の顔が、ぱあっと綻んだ(ように見えたのは多分気のせいではない)。
「お、いいのか? ありがたく頂戴するぜ」
これが気になっていたから来てくれたのだろうに、あくまでも『勧められたから』と言う体を装って楊枝を摘む鬼に、こぼれそうになる笑みを全身全霊で堪える。曲がりなりにも、裏を取り仕切っている男を「可愛い」などと形容してはならない。
ぱくりと大きな口に放り込んでもぐもぐと咀嚼するその様子に、ぶんぶん嬉しそうに揺れる尻尾が見えた気がするのはあくまでも幻覚だ。
「うん、めちゃくちゃ美味いな」
「ありがとうございます」
「まだあるか? お館様も気に入りそうだし、皆に季節感を味わって貰うってのは大事だからな。その包み五つくれよ」
裏の面子で分けるにしたってそんなに要らないだろう、と言う言葉はギリギリで飲み込んだ。
さすがは店主。
顧客の好みをばっちり掴んでいる。
「承知しました、ありがとうございます!」
袋に入れて手渡すと、
「じゃあな、店主にもよろしく言っといてくれ」
と、さっさと踵を返す若頭。やっぱり近隣の店は覗いて行かないことと言い(多分後で部下の人が来るのだ)、鼻歌でも歌いそうなほど上機嫌な様子と言い、解りやすい人だと思う。
さてさて、商売人としてはここからが腕の見せどころと言うやつだ。
「さあさあ、今若頭がお買い上げの新作焼き菓子! 美味さは保証しますよー!」
蘊蓄よりもその顔が何よりの証明。
今回も花丸笑顔の『美味い』いただきました!
以上、完。