『それは、きっと春の予感』
我輩は、聖堂騎士である。長年この街の警備をしつつ、この街の住民と平和を…ごほんっ、すまない。今はそれどころではなかった。
先日我輩の愛すべきこの街に、期待の新人が転勤してきたのだ。この若者、近頃には珍しいぐらいの真面目なヤツでな、我輩は嬉しくて嬉しくて…。この若者ならば脱走したりサボったり牢屋にブチ込む事態にはならないだろうと、んん、すまない。我輩の話は良く脱線して長いと、苦情を言われたばかりだった。気をつけねば。
「確かクリック、といっていた筈だ。その新人が、どうもとある異端審問官から理不尽なぐらいに不当な扱いを受けているという情報が入ったのだ。なんでもこちらの予定なぞお構い無し、時間外だろうと容赦なく連れ回すし振り回す、最初依頼されてた内容以外の行為の強要等々。最初聞いた時は、流石の我輩も頭を抱えてしまったのだ。酷すぎる、と。」
新人故の立場の弱さに漬け込まれているというのならば、代わりに我輩がと思った。そこで早速相談という形で新人から情報を聞き出そうとしてみたが、何故か新人は大丈夫です気を使ってくださりありがとうございますとしか言わない。
これは、おかしい。そこで我輩が辿り着いたのは、もしかして口止めされているのでは?という事だった。なんという卑劣な行為、絶対に絶対に我輩が救って見せるからなと決意をした。
「お待たせしました、テメノスさん!」
「おや、今日はちゃんと起きれたみたいですね。関心関心。」
「うう、先日の事は謝りますから、その、からかわないでください…。」
新人の口から聞き出せないのなら、もうその現場を押さえるしかない。そう判断した我輩は、少し離れた所から新人を見守っている。仕事はどうした、だと?本日、我輩は休みである。通常の勤務がある日は、ちゃんと見守れないからな。やるなら今日しかなかったのだ、うん。
新人は今日も、審問官殿の護衛任務か。朝早くから呼び出すとは…。教皇から直々に任命された異端審問官だかなんだか知らんが、あまりこちらの新人を振り回さないで欲しい。いくらあの新人が優秀でも、今の時期は沢山覚えなければならないモノがあるからな。疲れて倒れられても困る。
「…ちゃんと起きれて偉いですねと、褒めてあげたかったのですがねぇ。私は。」
「わ、わ、す、すみません…。」
審問官殿の手が、新人の髪を撫でた。新人の顔が真っ赤になった。どうやら寝癖を直してくれた様だが…、ふ、ふん!我輩は誤魔化されんぞ。どうせこれぐらい自分で出来ないようではと、あの新人を嘲笑うつもりなのだろう。そうに決まっている。
「…ん、これでよし。」
「ありがとうございます、テメノスさん。」
「ふふ、気を付けてくださいね。また子供達に笑われてしまいますよ、子羊くん。」
照れている新人を、審問官殿は微笑みながら見つめている。その目は、親が子を見るような優しいもので。
うーむ、いまいちよく分からんな。護衛対象に身だしなみを整えてもらうなんて、もっとしっかりせんか弛んでいるぞと新人を叱りたい気分にはなるが…。
「さて、今日は何処へ連れて行ってくれるのです?私、自分で言うのもなんですが、とても我が儘ですよ?」
むむっ、とうとう尻尾を出したか。さてはこちらが予定をちゃんと把握してるか確認の後に新人を、
「お任せください。テメノスさんに気に入って貰えるよう、念入りに調べて来ましたので!」
あれ?連れ出されるのは、むしろ審問官殿の方なのか?新人は連れ出す方?話の内容的にをその様な印象がするのだが。我輩、色々考え過ぎて頭が痛くなってきたんだが。
…いや、待てよ。ま、まさか護衛である新人に行き先を決めさせて、成果なしだった場合には新人を責め立てるつもりか?そんな事は絶対にさせんぞ、新人は必ず我輩が守ってみせる!
※※
「テメノスさん、どうぞ此方へ。あまり有名では無いのですが、この丘からも街が一望出来ます。ここ、僕のお気に入りなのです。」
「へぇ、これはなかなか…。」
「一人になりたい時とか考え事をしたい時とか、ここはとても静かなのでオススメです。」
ずっと新人達の後をこっそりついて回った我輩なのだが、審問官殿はなかなか尻尾を出さない。そう簡単にボロを出すとは此方も思っていないが、さっきから妙な気持ちになっていて困惑している。さっきから、新人に突っ込みを入れたくて仕方がないのだ。
新人、待つのだ新人。先程お主は念入りに調べたと言っていたではないか。審問官殿に気に入って貰えるように、と。紹介すべき場所は、素敵な場所は他にあった筈だろう。何故一番目がこんな静かな丘なのか。どうせなら、人気の展望台とかにすれば良かったではないか。
何故、何故なのだ新人。我輩は膝から崩れ落ちた。
「もう既にテメノスさんは知っているかもしれませんが、人気の店のクレープです。甘さが自慢の店で有名ですが、この様にあっさりしたモノもあるのです。」
「ふむ、これならば私も食べれますね。」
「そうでしょうそうでしょう!試しに全メニュー制覇してみたのですが、気に入ってもらえて良かったです。」
あの店であっさりしたモノといえば…、塩バニラかハニーバターかだろうな。新人が持っているクレープは、フルーツが滅多刺しになっている様だからデラックススペシャルフルーツマウンテンか。
それにしても審問官殿は甘さ控え目を好むのか、それは知らなかった。そんな審問官殿の為に新人は全メニューを制覇したのか。トッピングも合わせると百近く種類があった気がするようだが…。
新人があまりにも美味しそうに食べていたものだから、審問官殿が興味を抱いた様だな。一口貰った様だが、くくっ、とても驚いた顔をしているな。それもそうだ、あの店は甘いモノとあっさりしたモノの差が激しいのだからな。我輩も昔よく選択をミスって大変な目にあった覚えがある。
「この店は古くからある店で、とてもよい仕事をします。少し値段は高くなってしまいますが、多少無理な注文も聞いてくださいますよ。」
「それは良い事を聞きました。今度頼みに来てみようかな。」
「そうしてください。きっとテメノスさんの要望にも応えてくださると思います、ここの職人さんは本当によい仕事をしてくださるので!」
この店を知っているという事は、新人は念入りに調べたと言うのは本当の様だ。先程疑った事は詫びるとしよう、すまなかったな新人。でも、審問官殿にこの店の有能さをアピールすべく何か用意しておいた方がもっと…、いや、賄賂を疑われてしまうからそれは止めた方がいいな。
その気がなくても疑われてしまう様な行為は避ける、我が身を守る為には必須な心掛けだ。我輩も注意するとしよう。
「(…それにしても、新人よ。お前、護衛任務中であるのを忘れていないだろうな?)」
ニコニコと終始笑っている新人は、朝早く呼び出されたにしてはとても嬉しそうで。そんな新人を優しく見つめる審問官殿の目は、最初感じた子を見守る親というよりもむしろ…。
「(なんだ、何の心配もないではないか。)」
噂は所詮ただ噂だったか、我輩は帰る事にした。そこにあったのは、もうすぐ訪れるかもしれない春の予感だけ。ならば、何もしないしする必要もない。我輩だって暇ではないし、馬に蹴られたくはない。
だから、その後は全く知らないのだ。
「…君、大事にされているし愛されてますねぇ。」
「どうかされましたか、テメノスさん?」
「いえ、ただの独り言です。」
馬鹿馬鹿しいと思いつつ帰っていった我輩の背後で、新人と審問官殿がそんな会話を交わしていた事など。
【終】