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    marintotiko

    @marintotiko
    大逆転裁判2らくがき投下用。兄上右固定でいろいろ。リアクションありがとうございます!!👼🌟
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    marintotiko

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    誘拐に関する話。
    1万字をこえちゃったので完成版はしぶへ。

    *




     新造アヘン流通組織を巻き込んだ狂言誘拐は、すべてウィリアムの筋書き通りに進んだ。

     アルバートの部隊の者たちに無事《救出》されたウィリアムは、形式的な事情聴取ののちすぐに解放されることとなった。事後処理のため帰宅できないと思われたアルバートもまた、ウィリアムに付き添い帰ることが許された。どうやら、兄弟の涙の再会を考慮されてーーー実際は、組織と繋がっていた軍上層部の一部がてんやわんやになっているためだと思われるがーーー詳細な報告は明日で良いということになったらしい。もっとも、兄が真に報告すべき相手は、陸軍の印度方面隊の直接の上司などではないのだろう。

     モランやフレッドとも途中で合流してロンドンの屋敷に帰ると、待機していたルイスに大袈裟なまでに無事を喜ばれ、腫れた左頬に気づくなり憤慨して飛び出して行こうとする彼を宥めるのに苦労した。喜んだり怒ったりとひとしきり騒いだルイスは疲れたのか、いつもより早めに寝室に入る。モランたちもすでに自室に戻っていたから、部屋にはウィリアムとアルバートの二人きりになった。

    「兄さんも、明日は大事な報告があるでしょう。そろそろ、休まれた方が」

    「そうだな…」

     返事をしつつも、アルバートは一向に部屋を出ようとはしない。それどころかソファーに座るウィリアムと距離をつめると、左頬へと手を伸ばしてきた。

    「ウィル…すまない。お前ばかり痛い目に合わせた」

    ーーー『ごめんね。助けてあげられなかった…』

     ウィリアムの左頬に触れるアルバートは、端整な顔を歪めている。それは子供の頃、傷つけられたウィリアムを見て心を痛めてくれた時の表情と重なった。

    「私が代わってやれたら良かったのに…」

     血で手を汚し続けている今となってもなお、時折見せる昔と変わらぬ優しさ。それが今自分だけに向けられていることに、ウィリアムはこの上ない満足感を覚える。いまだ左頬を優しく包むアルバートの手に、自分の左手を重ねた。

    「大切な兄さんに、危険な真似はさせられませんよ。いくら鍛えていると言っても、手足の自由を奪われ敵に囲まれる状況など不馴れでしょう」  

    「…そんなことはない。私だって誘拐など、子供の頃に経験済みだ」

     アルバートは、変なところで負けず嫌いを出してくることがある。モリアーティ家でも主に社交を担当し、普段は荒っぽい現場から遠ざけられている兄を案じての発言だったのだが、彼の自尊心を少々傷つけてしまったようだ。

    「兄さんが、誘拐それは初耳なのですが」

    「お前たちと出会うよりも前のことだからね」

    「その時のこと、教えていただけませんか」

    「今日は、もう休むのではなかったかな」

    「気が変わりました。兄さんのことはすべて、知っておきたいので」

     甘えるように左手の指を絡めれば、アルバートは少しうつむいてから頷いた。



    *



     当時、ウィリアムやルイスと出会うよりもだいぶ前から、アルバートは暇さえあれば最寄りの孤児院に通っていた。自分より幼い子どもたちの貧しい生活を目の当たりにして、少しでも役に立ちたいという思いもあったが、なるべく家にいたくないからという理由も大きい。自分もまた、偽善という言葉から抜け出せないでいる子どもであった。

     その日も、いつものように孤児たちに絵本を読んだり、歌を教えたりして一日を過ごした。他の貴族の子息と過ごすよりも有意義な時間はあっと言う間に過ぎて、帰らなければならない時間になるのもいつものことだ。本音を言えばあの家に帰りたくなどないのだが、そんな我儘を言えば心優しいシスターたちを困らせるだけなのは分かっていた。


     悪魔の巣窟へと続く帰路を一人歩いていると、声を出して泣いている幼い少女と出くわした。周囲にそれらしい大人の姿は見えないから、迷子かもしれない。

    「どうしたの」

     アルバートはなるべく少女を怖がらせないように、優しく声をかける。孤児院の子どもたちとはすっかり顔見知りだが、そうでない子が貴族をひどく警戒することはすでに知っていた。

    「あのねアップルがにげてっちゃったの、むこうに」

    「アップル…」

    「ええと、ネコだよ。むこうにいっちゃった」

     思いの外早く泣き止んだ少女は、たどたどしく状況を説明しようとする。どうやら迷子ではないらしい。少女が指差した先は、今アルバートが歩いている通りから曲がる細い道。方角からいって、より治安の悪い貧民街に続いていると思われる。普段アルバートは子ども一人で歩いていても安全な道を選んでいるので、ここより先はもちろん行ったことのない場所であった。

    「君の猫なんだね」

     少女は見ていてかわいそうになるくらい、必死にうんうんと頷く。

    「でも、あっちはいっちゃだめって、いわれてて」

     確かにまともな親であれば、幼い我が子に治安の悪いエリアには行かないよう教育するだろう。親の言いつけを破れず、かといって猫を探しにいくのも諦めきれないでいる少女を見捨てることは出来なかった。それに、少しでも家に帰るのが遅れる理由ができるのはアルバートにとってもありがたいことだ。

    「分かった、僕が探してくるよ。どんな猫なの」

    「えっとね、そう、黒い猫だよ」

    「黒猫のアップル…すぐに見つけてくるから、ここで待っていてね」

     アルバートは少女を安心させるように頭を撫でてやってから、人が一人通るのもやっとな細い道を歩き出した。



     細い道を抜けると、少し開けた場所に出た。途端に鼻をつく悪臭に、アルバートは思わず眉を寄せる。表通りでは考えられないが、ゴミや動物の死骸がそのまま道端に放置されているのだ。無意識に口元を覆いながら猫が潜んでいそうな場所を探し始めると、貴族の来訪が珍しいのだろう、街の人々がちらちらと見てくる。中には明らかに敵意に近い感情を滲ませている者もいたが、直接アルバートに危害を加えにこようとする様子はなかった。それでも、長居はしないに越したことはない。

     黒猫の姿を探して、入り組んだ路地のひとつひとつを視認していく。一際狭い路地に入ったところで誰かが背後に立つ気配を感じ、アルバートは警戒心も露に振り返った。そこには、明らかに柄の悪い男が、もとの道へ戻るのを阻止するように立ち塞がっていた。

    「どいていただけませんか僕は、黒猫を探しに来ただけです。貴方がたのテリトリーを荒らすつもりはありません」

     なるべく相手を刺激せぬように説得を試みるが、男は下卑た笑みを浮かべるばかりだ。アルバートの背筋に、なにか嫌な感覚が込み上げる。

    「残念だがな坊主。そんな黒猫は《最初からいねえ》んだよ」

    「…………」

     驚いた隙を狙って、男はアルバートを地面に組伏せる。慣れた手つきで両手足を縄で縛りあげられ、口を布で塞がれると、今度は乱暴に肩に担がれた。

    「んーーー」

     助けを求めて声をあげるが、布越しではたいした声量にもならない。いや、口を塞がれていなかったとしても、貴族に良い印象を持たぬであろうこの街の住人に助けてくれる者がいるかどうか。

    「表通りで堂々と拐えばさすがに目立つからな。貴族が通りがかったらこっちに誘い込ませるよう、街のガキを雇ったってわけだ。中々泣き真似がうまかっただろうお前はあのガキに、たったリンゴ五つ分の報酬で売られたんだよ」

    「…………」

     疑いもしなかった自分の迂闊さを呪うと同時に、貴族だからという理由で見ず知らずの少女から知らずに向けられていた悪意に悲しくなった。だが、犯罪に子どもを利用するような男だ。自分をおびき寄せることに失敗したら、あの少女がひどい目に合わされないとも限らない。そう思えば少しだけ後悔の念は和らいだ。過去を悔いるよりもまずは現状をどうにかしなければ。

     そもそも男の目的は何なのだろう。身代金目的の誘拐か、それとも貴族の命を奪うこと自体が目的か。顔を隠していなかった、つまり顔を見られて困らないのだということを考えれば、後者である可能性が高いだろうか。今闇雲に暴れて刺激すれば、予定を繰り上げてここで犯行に及ぶかもしれない。どうせ死ぬ運命ならば、ここで殺されるのもアジトに連れ込まれたあとでも変わりないような気もする。元より、歪んだ世界で生き続けることにさほど未練などなかった。

    ーーーあいつらは、僕が死んだら悲しむだろうか

     ふと、嫌悪している家族たちのことが思い浮かぶ。彼らが必要としているのは《成績優秀、品行方正な貴族の嫡男》という駒であって、アルバート自身ではないことは痛いほど理解していた。その死も、社交界でしばらく注目の的になる悲劇的な話題程度にしか考えないだろう。弟のウィリアムに至っては、兄が死ぬことでモリアーティ家を継ぐ権利が手に入ると、喜ぶかもしれない。

     未練がないとは言え、あの悪魔たちを喜ばせるために死ぬのはなんだか癪にさわる。そう判断したアルバートは、ひとまずは大人しく拐われることを選んだ。




    *
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    Replies from the creator

    marintotiko

    MAIKING兄様が子ども化する話の子ども化する前の序章。つづきは思い付いたら書きたい。*



    「ふう……」

     アルバートがロンドンの屋敷に戻った時には、夜中の二時を回っていた。思わず、らしくないため息がこぼれる。弟たちがこの場にいれば心配させてしまったかもしれないが、幸い彼らは週末まではダラムに滞在している。

     ここ最近はMI6や社交界がらみのことで連日忙しく、ほとんど睡眠もとれていない。疲労の蓄積を強く感じる。まだしばらくこの忙しさは続くだろうから、油断すれば文字通り倒れてしまいそうだ。ウィリアムの知恵を借りれば、もう少し負担は減るのかもしれないが。

    ーーーいや、このようなことでウィルに頼るなど。

     だいぶ弱気になっていると、アルバートは自嘲した。神のごとき知能をもつ弟に頼るのは、あくまで《計画》やそれに準じる事のみと決めている。たとえどんなに時間がかかろうと、人間ができることは神にすがることなく人の手で解決するべきなのだ。そもそも、自分の頭脳などウィリアムの半分程度の働きしかできない。それならば、彼の半分程度の睡眠時間で十分であるはずだ。

     ベッドの中に入ってもなお現状の打開策を考え続けるアルバートの心身は、その日も完全に休まることはなかった。




    2019

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