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    marintotiko

    @marintotiko
    大逆転裁判2らくがき投下用。兄上右固定でいろいろ。リアクションありがとうございます!!👼🌟
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    marintotiko

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    ウィルアルシャリマイ前提で、
    兄組が話してるだけの話。

     *




     いつも通り形式的な護衛の申し出を断ると、マイクロフトは目的の部屋へと続く長い階段をのぼった。この塔の最上階に囚われている男は、自ら幽閉を望んでいる。護衛などなくとも、マイクロフトが預かった鍵を奪って脱走することなどあり得ない。

     ようやく最上階までのぼりきり、重い鉄の扉を開けると、その男ーーーアルバートは椅子に座り小さな窓から外を眺めているところだった。マイクロフトの来訪に気づくと、ゆっくりと立ち上がりこの部屋にたったひとつしかない椅子を譲ろうとする。マイクロフトは謹んで辞退し、再び彼を座らせた。前に面会した時よりも、また少し痩せたように感じたからだ。

    「…食事にあまり手をつけていないと聞いたが」

    「ここのシェフの味付けは、残念ながら私の舌には合わないのです」

     囚われの身でありながら伯爵家の当主を務めていた時と変わらぬ皮肉めいた言葉に、思わず苦笑する。たしかに、ここで出される食事は貴族であった彼が食べていたものとは比べ物にならないほどの粗食であろう。しかし、問題がそれだけではないということはマイクロフトには分かっていた。

    「何を食べても同じような味に感じるのだろう」

    「…………」

     一瞬だけ、なぜ分かったのかというように目を見開く。しかしその一瞬だけで、アルバートはすぐに元の表情に戻った。

    「……私も、しばらくはそうだったからな」

     弟を亡くした心痛は、これまで当たり前に存在していた感覚を大いに鈍らせたが、その中でも味覚は顕著だった。それでも、仕事にこれまで以上に打ち込むことで、何とか気を紛らわせることができた。それに、弟が生前暮らしていた街に行けば、弟の死をともに悼んでくれる人たちもいた。しかし、この狭い部屋でやることもなく、話相手もいないアルバートはそうもいかなかったはずだ。彼の弟の死の痛みを分かち合えるであろうMI6のメンバーとの接触は、当然禁止されている。

    「少量でも栄養価の高いものを持ってきた」

     ひとつの紙袋にまとめた差し入れを渡す。食べ物の他、いつも通り清潔な着替えや本などを入れてあった。

    「……なぜ、このようなことを。犯罪卿に肩入れしていると知れたら、立場が悪くなるのはあなたの方でしょう」

     マイクロフトの政府の中での立場を、面白く思わない者も多いーーー当然彼らはホームズ家の罪については知らないわけだが。アルバートの言う通り、そんな彼らにとってこの密会は格好の攻撃材料となるだろう。

    「立場など関係ない。私は今、友人としてここに来ている」

    「友人、ですか……」

     しらじらしく聞こえたのだろう。互いの利害のみに依っていた、これまでの彼との関係性を考えれば無理もないが。アルバートの緑色の瞳は、猜疑心を隠そうともしていない。

    「このような本を寄越すので、てっきり長官は私に自死を望まれているのかと」

    「自死……」

     アルバートが視線で示した方を見ると、小さなテーブルの上にこれまでマイクロフトが差し入れた本が几帳面にきっちりと積まれていた。退屈しのぎになればと、巷で人気らしい本を数冊差し入れることにしていたが、それなりに忙しい身なので内容までは吟味していなかったのだが。

     これ見よがしに一番上に積まれていた一冊を手に取る。パラパラとめくると、どうやら血の繋がらぬ兄弟の確執を描いた物語のようだ。

    「…342ページです」

     アルバートが指定したページは、弟に裏切られた兄が絶命する場面であった。

    「内容も確認せずに渡したことは謝ろう。私に、そのような意図はなかった」

    「…………。分かっています、冗談ですよ」

     アルバートは口許を歪めてうつむいた。以前より皮肉や嫌みに富んだ男ではあったが、このような冗談を言う男ではなかった。隠そうとしているが、相当参っているに違いない。自分と同じように。

    「友人として来たと言ったが、半分は嘘だ」

    「………………」

     アルバートは無言で顔をあげる。

    「もう半分は…。私は今、君と同じ《弟を亡くした者》としてここに来ている」

    「……あなたと私では、前提とする条件とすら異なっています。私と、ウィリアムは…」

    「同じだよ」

     マイクロフトは言い切った。弟の死を悲しむ気持ちに、生まれも、血の繋がりのも関係ない。

    「私はただ、弟には自由に生きて欲しかった」

     七つ年下の弟、シャーロック。彼が生まれた時、この小さな手を守らなければならないと強く思った。ホームズ家の罪に縛られ生きるのは自分だけで十分だと。

    「しかし、弟にすべてを伝え私と同じ生き方をしていたら、こうした形で命を落とすことはなかったのかもしれない。私の判断が弟の死を早めたのだとしたら…もう、何が正しかったのか分からないよ」

     政府の歯車として、水面下で国のために生きる。シャーロックには似合わない生き方であろうが、それならば彼らに目をつけられることも、《正義の探偵》として彼らの《計画》に巻き込まれることはなかった。そんな懺悔めいた想いを、マイクロフトは今初めて口に出している。こんな天に近い場所で勝手に神父に見立てられたアルバートは、意外なくらい静かにマイクロフトの言葉に耳を傾けていた。

    「金輪際、《友人》としてここへ来ることはご遠慮願います。私と関わることで、友の不利益になるのは心苦しいので」

     アルバートの声音には、一切皮肉の類いは含まれていなかった。マイクロフトの政府内での立場を心配しているのは本当なのだろう。彼もまた社交界で、人間同士の足の引っ張り合いなどいくらでも見てきただろうから。

    「ですが、《弟を亡くした者》としていらっしゃるのなら…恨み言くらいは聞いて差し上げましょう」

    「アルバート…」

    「あなたには…その権利がある」

     あくまで弟の自由意思による結果を、目の前の哀れな男の罪として糾弾する気にはならなかった。しかし、他者を恨むことで傷を癒す方法を選択できるのだとしたら。

    「……ならば君は、誰を恨めばその悲しみから逃れられる」

    「…………」

     アルバート曖昧に微笑んだだけで、再び視線を小さな窓へと戻し、二度と振り返らなかった。
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    Replies from the creator

    marintotiko

    MAIKING兄様が子ども化する話の子ども化する前の序章。つづきは思い付いたら書きたい。*



    「ふう……」

     アルバートがロンドンの屋敷に戻った時には、夜中の二時を回っていた。思わず、らしくないため息がこぼれる。弟たちがこの場にいれば心配させてしまったかもしれないが、幸い彼らは週末まではダラムに滞在している。

     ここ最近はMI6や社交界がらみのことで連日忙しく、ほとんど睡眠もとれていない。疲労の蓄積を強く感じる。まだしばらくこの忙しさは続くだろうから、油断すれば文字通り倒れてしまいそうだ。ウィリアムの知恵を借りれば、もう少し負担は減るのかもしれないが。

    ーーーいや、このようなことでウィルに頼るなど。

     だいぶ弱気になっていると、アルバートは自嘲した。神のごとき知能をもつ弟に頼るのは、あくまで《計画》やそれに準じる事のみと決めている。たとえどんなに時間がかかろうと、人間ができることは神にすがることなく人の手で解決するべきなのだ。そもそも、自分の頭脳などウィリアムの半分程度の働きしかできない。それならば、彼の半分程度の睡眠時間で十分であるはずだ。

     ベッドの中に入ってもなお現状の打開策を考え続けるアルバートの心身は、その日も完全に休まることはなかった。




    2019

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