まよなかインクルージョンガラガラ、ガラリガラリ。
鈍い音を立てて岩が砕けぶつかり合いながら崩れ落ちていく。しかし目的の青い光は見えてこない。今回配置された坑道はハズレのようだ。
「…クソッ。」
悪態がつい口をついて出る。直ぐ側にいた仲間がこちらをチラと振り返った気配を感じたがそれは一瞬のことだった。もともと言葉遣いが上品とはとても言えない自覚があるにせよ思ったより大きな声で発してしまったらしい。今日は残業や上司の小言で終業時間を遅らせるわけにはいかない理由があるのだから見逃してくれとD-16は思った。
今日の採掘量のノルマはどのくらいだったか。まだ一割ほども満たされていないだろう採取コンテナをを想像するとため息が出てくる。日に日に要求されているノルマが増えていっているように感じるのは決して間違いではないだろう。
削岩機の振動が両手に伝わってくる。始業してから間もない今はまだなんとも思わないが、終業時間には振動が両手に移り、削岩機を手放しても震えが止まらなくなるのだからたちが悪い。しばらく時間が経てば震えは止まるが、いずれ後遺症のように四六時中両手が震え続けるのではないかと嫌な想像をしては毎日無理やりその想像をかき消していく。
地下都市のアイアコンのさらに地下は狭く暗く、採掘用機械や自分たちの排気の熱気が蒸し暑くまとわりつくくせに、地下特有の冷たい風がさっと吹いては暑さに慣れてきた機体の表面の熱を不気味に奪い去っていき、ひたすらに不快でつくづくここは劣悪な労働環境だとD-16は改めて認識した。
「D!」
居るだけで機体中の関節が軋んでしまいそうな陰鬱な坑道とは正反対の弾けるような明るい声がD-16の背中にかけられる。オライオンの声であることは確かめるまでもなかった。不安定な坑道を気にもせず駆け足で自分のもとに駆けてきている姿も同じく確認しなくても瞬きをした瞼の裏に描ける。
これが仕事中でなければD-16も振り返って「パックス」と緊張の解けた顔をして迎えることができるのに。しかしやはり今D-16は仕事中で、D-16の親友であると同時に同じエリータ-1の採掘チームに所属しているオライオンも、つまり仕事中のはずである。
「何してんだお前。持ち場はどうした?」
「あー、まあいいだろ、今はそんなこと。」
訝しみの色を目に乗せながらD-16が振り返るとオライオンはわかりやすく目を泳がせた。仕事を放棄してここにやってきたのは確認するまでもない。オライオンの仕事放棄はエリータ-1やダークウィングに何度怒られても頻度が変わることはなかった。他機からの叱責にめげることのないオライオンの頑固さを、美点ととるべきか悪癖と呼ぶべきかはその時々によるのだが、今このときばかり悪癖と呼ぶべきだった。
「持ち場に戻れ、パックス。」
D-16から冷たく言い放たれた言葉に目に見えてオライオンは消沈する。
「なんだよ、俺が来たんだから少しくらい喜んでくれたっていいのに。」
「昨日も一昨日も来ただろ。たまになら可愛げもあるが毎日はいただけないな。」
昨日も一昨日も結局上司に見つかって、叱られ注意され、ダークウィングに至っては嫌味や暴言までこちらに投げかけてきた。反省の色が薄い親友が最悪の処分を受けないようにいつも通りフォローしたのはD-16だ。運良く相手を本音でも何でもない言葉で持ち上げて煙に巻くことができたが、今日こそ見つかったらどう手を尽くしたところで降格は免れないだろう。
「もう少しくらい大丈夫だろ。ここ、昨日よりも一昨日よりも深いんだから、こんなところまで見に来るわけないって。」
軽い口調のまま、足取りも軽やかにオライオンはD-16のそばまで駆け寄ると肩と肩をわざとぶつけた。そのままもたれかかるようにオライオンは体重をほとんど遠慮なしにD-16に預ける。いつも通り、相変わらず距離の近いヤツだとD-16は思う。
「絶対来ないってこともないだろ。いいから戻れって。今日はとっとと終わりたいんだから。」
「なんでだ?」
「パックスお前…。今日仕事が終わったら連れていきたいところがあるって行ってたじゃないか。新しく開いたジャンク屋だかなんだかはっきり言ってなかったが。」
D-16が言い終わるとパックスは弾かれたようにパッと預けていた体重を自分のもとに戻すと、D-16の顔を覗き込む。パックスの表情は口元も目元も柔らかく弧を描いている満面の笑顔である。
「なんだよD!お前、俺が誘ったときはつれない返事だったのに実は楽しみにしてたのか!」
パックスが瞬きするたびにオプティックの眦からコロンと丸みを帯びた綺羅星が飛び、D-16の額にぶつかった。
「声がでかいんだよ!だからもう分かっただろ。ほら、早く戻れって。」
「よ〜し、じゃあ俺も今日は頑張るぞっ。Dのために!」
「今日だけじゃなくていつもしっかりやれよ。」
「ははは、まあまあまあ。」
「まあまあ…じゃないんだよ。パックスこの野郎。」
D-16が叱るように右手でパックスの肩を小突くと、パックスは反抗するようにD-16の右腕に抱きついて「許してくれよD」とわざとらしい声色でねだった。今日は随分と甘えたな気分らしいが、そんな仕草に流されるD-16ではない。
「甘ったれんなパックス。」
D-16が右腕を軽く振るとパックスはあっさりと離れた。自分の甘えが通じないことを最初から分かっている身の振り方だった。
「じゃあまた後でな、サボり野郎。」
「ああ了解、堅物野郎。またな。」
やっと真面目に仕事をする気になったらしいパックスが自分の持ち場に帰ろうとD-16に背中を向けたが「あっ」とすぐに振り返ると、閉じかけの「あっ」の形を残した唇をD-16の頬に押し付けた。フニリと柔らかなそれは「次は何なんだ馬鹿野郎」と悪態をつきかけたD-16の口を封じるのに十分で。
「じゃあな、ダーリン。」
オライオンから見て中途半端に口をポカンと開いたD-16の顔はさぞかし間抜け面に見えているようで、オライオンは子供っぽいいたずら顔で笑った。その眦にはやはり煌めきが宿っていて、それがやたらに眩しくてD-16はいつの間にか小さくなっていくオライオンの背中にすら結局なにも言い返すことができなかった。
「……お熱いことで。」
今の今まで沈黙を貫いていた同僚がD-16をチラと見ながら呟いた。こちらを気にするでもなく黙々と作業していただけではなかったらしい。彼の言葉がオライオンとの約束のことだけにかかっているのかとD-16は思ったが、どうやらそれだけではないらしくD-16の視線に気が付いた同僚は指でトントンと自らの顔を叩いた。その位置はオライオンがD-16にキスをした頬の位置と一致している。
「うるさいぞ。」
「顔が赤いから説得力に欠けてるが?」
「カマをかけるな。こんな暗い地下で顔色まで見えるわけないだろ。」
「ふは、お見通しか。」
吹き出した同僚に腹立たしいやら気恥ずかしいやらないまぜの感情を湧かせながら、D-16は両手に持った削岩機を半ば無理矢理目の前の岩壁に押し付けた。いまだ含み笑いをする同僚に話している暇はないと無言のメッセージを送るためだった。
削岩機が一定のリズムで岩壁を叩くたびにバキバキと罅が入り、亀裂からガラガラと砕けた岩が足元に転がる。抉られた岩壁の隙間から青い光が溢れてD-16を照らす。
「…よしっ。」
掘り当てたエネルゴンを採取コンテナに運びかながら、D-16は先程のことを思い返していた。頬がやたら熱いような気がして顔を伝う冷却水を拭うような仕草で手の甲で頬を擦る。ときおり吹く地下の風は相変わらず冷たいというのに顔の熱だけは一向にさらってくれないのだ。額から滲んだ熱い冷却水が頬を伝い落ちるより前に手の甲で拭う。まったく鬱陶しくて仕方がない。
削岩機から手を離し歪に砕けた岩とエネルゴンを選り分けて淡く光る青色を採取コンテナに次々と運んでいく。岩壁と採取コンテナを往復し、削岩機を手に取り岩を砕き、また採取コンテナへと向かう。単調な作業を繰り返していると思考は目の前のこと以外のことをD-16に思い出させた。
「パックスのやろう……。」
先ほどもそうだったが基本的にオライオンはスキンシップが多い。しかしそれは不特定多数に向けられているのではなくD-16に限ったことであることは傍目から見ても明らかで、少なくともD-16はオライオンが自分以外の誰かと拳を突き合わせたり、肩に手を回しているところを見たことがなかった。全幅の信頼を寄せていると全身で表してくるオライオンにD-16の胸の中心にぽっかりと開いたコグの無い劣等感が薄らぎ、常日頃から削られていく自尊心がじわじわと溢れてしまうくらいいっぱいにまで満たされてしまうのだった。
それでも頬に口付けられたのは今日が初めてであったからD-16は決して不快ではないたぐいの妙な落ち着かなさを抱えてしまっている。
しかしどうしてオライオンが突然そんなことをしたのか、などとD-16は悩んだりはしなかった。昨夜、二人で聴いたラジオドラマがきっかけであることはオライオンに確認するまでもない。
鉱山労働者の娯楽は町中に比べて極端に少ない。身近な娯楽といえばところどころデータの抜け落ちたデジタルブック、アナログなボードゲームと筐体式のゲームマシン、共同スペースに設置されたテレビ、そしてラジオくらいだった。ラジオは鉱山労働者の少ない賃金でも手に入れやすいこともあり、一機ひとつを所有していても珍しくなかった。オライオンも同じくそうで、初めての採掘労働から数シフトで得た貴重な賃金で早々にラジオを手に入れていた。オライオンは手に入れたラジオを一人で聴くことはほとんどなく、「Dー!」と名前を呼びながら片手に持ったラジオを反対の手で指差しながら言葉なしに一緒に聴こうと誘うことが圧倒的に多かった。オライオン曰く「お前と聴いたほうが面白い」かららしい。
昨夜もまたオライオンとD-16は深夜放送のラジオドラマを聴くためにこっそりとリチャージスラブから抜け出した。足音を忍ばせてながらも足早に他機の気配のない二人だけの秘密の場所に行く。
オライオンはもちろんだったがD-16も他機も知らないだろう場所を探すことがすっかり日課になっていた。プライバシーのほとんど存在しないコグ無しの自分たちが自分たちだけの時間を過ごすためにはそんな場所がどうしても必要だったからだ。真夜中でも端々まで機械仕掛けの光が煌々としているアイアコンのさらに隅、建物と建物の隙間にある死角、掘り尽くされ採掘量の見込めない閉鎖された坑道のうろ、崩れかけ危険ではあるが機体の気配がない廃墟、古い古い保管庫。オライオンもD-16もそんな場所を一機で見つけた時はすぐにお互いに知らせたくてソワソワとしてしまい、二機で見つけるとオプティックを見合わせてニンマリと笑い、その日の夜には今夜のように二機きりの秘密の場所に相応しいか確かめるためにリチャージスラブを抜け出すのだ。
今夜の場所はそうやって二機で見つけた廃墟の一つ。建物内は大小の崩れた瓦礫だらけで、誰かに見つからないように額の明かりも付けないまま一階から屋上まで上るのは大変だったがD-16はオライオンと二機で話しながら協力しながら進んでいくことに苦労は感じなかった。オライオンもD-16と同じ感情であるはずで、皆と過ごしている時より口数は多く声色はより軽やかだった。
経年劣化で途切れてしまった階段の上階にD-16がオライオンを持ち上げると、オライオンはD-16へと手を伸ばす。
「コグがあったらこんなの簡単なのにな。」
「無い物ねだりしても仕方ないだろ。」
自分のものに比べて小さなオライオンの手が存外に力強いことをD-16は知っていたから、遠慮ひとつもせずにその手を掴んだ。
「そうだけどさ、でもやっぱり考えるだろ。Dは何にトランスフォームしたい?」
二人の間に今さら合図も不要で、D-16の思ったとおりにオライオンは話しながら難なくD-16の体を引き上げる。
「その質問には何回も聞いたし答えたが。」
「いいだろ何回聞いたって。お前の気持ちが俺の知らないうちに変わってるかもだし確認しないと。」
「そうそう変わるかよ。」
「わからないだろそんなの。親友のこの俺にもさすがにDのブレイン全部はわからないからなー。」
言いながら大げさな仕草でオライオンはD-16の肩に腕をかける。至近距離で見るオライオンからは労働による疲労が見て取れたが、表情は柔らかい弧を描いていて、その弧はD-16にも当然のように移っていくのだった。
屋上に到着すると二機は隣り合って床面へと腰を下ろした。オライオンはラジオを取り出し、電源を入れ、チャンネルを合わせる。ジジジ…と濁った音を出していたラジオは次第に意味のある音を発し始めた。
「間に合ったな。」
まだラジオを所有して間もないころチャンネルの合わせ方がわからくなり泣きついてきたオライオンのことをD-16は覚えていたが、オライオンはすっかり忘れてしまっているようで。
「当然。」
胸を張り自信しか含まない声色でD-16に答えるのだった。
ラジオからは二機には縁のないブランドやら企業のCMが次々と流れてくる。もちろんこんなものを聴くために真夜中に宿舎から抜け出すなんて違反行為をしたわけではない。二機が待っているのは今夜で11話を迎える連続もののラジオドラマだった。登場人物は同じだが回ごとに世界観がガラリと移る風変わりなそのドラマを、展開が予想できなくて面白いとオライオンはオプティックを輝かせながら楽しんでいた。同じようにD-16も楽しんでいたが、それはあれこれと予測を立てては「Dはどう思う?」と聞いてくるオライオンを含めての感情だった。予想が当たるとオライオンはD-16にニヤリと笑いかけ、外れたとしても喜びの驚愕を浮かべるのだから、D-16は愉快な感情を溢れさせずにはいられなくなる。
そして今回もまた。
「今回はどんな話だろうな、D。」
「予告だと今が舞台らしいが、このドラマの予告は当てにならないからな。」
「いっつも詐欺みたいな展開だもんなぁ、よく苦情が来ないもんだ。俺は文句ないからそんなことはしないけど。」
「面白さが上回ってるからだろう。苦情でも言って面白くなくなったら元も子もないしな。」
「…苦情が来た上でこれだったとしてもやばくないか?」
廃墟の屋上にいるとはいえ万が一にも誰かに見つからないように聴覚センサーがくっつくくらい顔と顔をを近づけてヒソヒソと話していると時間を忘れてしまいそうになる。明日もまた過酷な労働が控えているのだから本来なら機体を休めて明日に備えるべきなのに、たわいのないこの時間が少しで長く続けばいいと望まずにはいられなかった。
やがてノイズの混ざったラジオからオープニングミュージックが流れ始め番組の開始を告げる。D-16とオライオンの暮らす階層の電波はいつも不安定だ。皆が寝静まる夜は特に。
「始まったな、D。」
「ああ。」
「楽しみだなっ。」
「そろそろ口を閉じろよパックス。聴き逃すぞ。」
前回のラジオドラマはサイバトロン星黎明期の歴史劇だったが、今回は現代を舞台にしたシチュエーションコメディとなっていた。主人公二機のあらゆる出会いからあらゆる別れまでを描いたいつものストーリーライン。しかし前回は敵対していた二機が今回は出会ってすぐにお互いに一目惚れをするものだから、オライオンは驚きに機体を跳ねさせ、「え!」と声を上げた。いかにもコメディの世界に引き込まれたオライオンの面白げな姿をD-16はもちろん見逃さなかった。「ハハッ」と笑ったD-16に、まさかオライオンは自分の姿に笑っているとは思わなかったようで、「やっぱ今回も予告と全然違うよなぁ」とD-16からしたら的外れで純粋な感想を言うものだから、さらにD-16は笑い声を弾ませた。
ラジオはわざとらしいサウンドエフェクトを挟みながら物語を進めていく。一目で惹かれ合ったにも関わらず二機は大いにすれ違い、舞台としているアイアコンの民衆までも巻き込んだ奇妙な鬼ごっこにまで発展させていった。鬼ごっこといっても追いかけてくる者と逃げている者がいるわけではなく、二機ともがお互いを追いかけているというのになぜか再会することが叶わないのだった。二機がすれ違うたびに鐘を打ち鳴らす音が響き、ままならなさを強調させている。「君に会いたがってるらしい」「さっきまであなたを探していたよ」「やあまだ恋人には会えてないのか?」「今日こそ会えると良いな。」などと友人知人、果ては見知らぬ機体からすらもからかいと同情の言葉を同じくらいかけられて主人公二機のフラストレーションは高まっていった。
「もういっそ再会したらコンジャンクス・エンデュラを誓ってしまいたい」主人公の一機が言った。「一緒に暮らせるように準備を整えておこう」もう一機の主人公も同じような台詞を言った。なんとも極端な思いつきである。聞きようによってはホラーじみた台詞でもあったが、サウンドエフェクトやキャラクターの口調の滑稽さが恐ろしさを感じさせなかった。
「おお…。おお?」
困惑の色の濃い声を零したのはオライオンだった。前回の命を狙い騙し合うシリアスな展開はなんだったのかという疑問が湧いてくるラブコメディにオライオンは置いてけぼりになっていて、それはD-16も同様だった。知識や身の回りから聞こえてくる話から無知というわけではなかったが、若い二機はまだ恋というものを自らのものとして実感したことがない。
主人公たちの出会えずの追いかけ合いは延々と続き、やっと二機は再会したのは物語最終盤になった頃だった。二機は当然お互いに愛の言葉を告白し、コンジャンクス・エンデュラの約束を交わし、同じ家で暮らし始め…、この展開にかかった時間はわずか一分であった。これからの新しい生活に胸を躍らせながら二機は二機の家の扉を開ける。「今日からよろしく」「こちらこそダーリン」チュっとこれもまたわざとらしいお手本のようなリップ音が、扉が閉まる音が、そして何度も響いた甲高い鐘の音が再び鳴った。
「え?」
オライオンが再度上げた驚きの声が聞こえているかのように、ラジオは鐘の音の余韻をかき消すようにお馴染みのエンディング曲を流し始める。
「もしかして、また会えなくなるのか?」
「…そういうことになるだろうな。」
「ええー!ハッピーエンドかなって思ったのに!」
「だいたい毎回そんな終わり方してるだろ。」
「そりゃそうだけど。…あんなにイチャついてたんだから今回こそって思っちゃうじゃん。」
終わりに近づくエンディング曲のボリュームが小さくなり次回予告が聞こえてくる。次回もまた舞台を変えガラリと雰囲気の違うあらすじだったものだったがきっと予告も次回の参考にならないことは明白だった。
「こいつら絶対別れるよなぁ。でもさすがに最終回は別れないよな?」
「さぁどうだろうな。出会って別れる展開はどの回も共通してるから。」
「ええーなんかかわいそうになってきた…。ほっぺにチューまでしてさぁ…。」
言いながらオライオンは番組と番組の間を繋ぐCMを流すだけになったラジオの電源を切る。途端に真夜中のシンとした無音が二人を包みこんだ。
「…チューまでしてたのに。」
「やけにそこに拘ってんだな。」
ラジオを片手に立ち上がるオライオンに倣い、D-16も同じように立ち上がる。これから誰にも見つからないようにリチャージスラブまで戻らななくてはならないのだが、しかしオライオンは立ち止まったままラジオドラマの感想を話し続けた。D-16に話しかけているわけでもなく、誰かに見つからないようにというわけでもなく、声量の小さな呟きは自問自答に近い。
「うーん、コンジャンクス・エンデュラ?はどんな感じか想像つかないけど、チューは違うだろ?他のやつらがしてるのをうっかり見たこともあるからさ。…うーん。…。」
「パックス、話は帰りながら聞くからそろそろ戻るぞ。」
D-16はオライオンの後ろから肩を押し帰路へと導いたが、オライオンの足取りは非常に遅い。
「…なあD。」
「なんだ?」
「ちょっと俺にしてみてくんね?」
「なにをだ?」
「チュー。」
「なんでだよ。」
「ドラマの理解をより深めるため?」
「……わけわかんねえ。」
「えー?じゃあ俺からならしていい?」
「もっとわかんねえから。」
まだブレインの中をドラマが回っているオライオンの歩幅はやはり狭くおぼつかない。ただでさえ暗い帰り道、オプティックが暗視モードになっているとはいえ怪我でもしてしまったらどうするんだとD-16は気が気でなかった。
「もういいから足元ちゃんと見ろってパックス。」
「話そらすなよD……え…?わっ!」
そして案の定と言うべきかオライオンはD-16の注意も虚しく瓦礫につまずき盛大に転けてしまうのだった。
そんなつい先日のやりとりがブレインを駆け巡る。
うやむやになったはずのあの夜できなかったことを今日になって突然実行するなんて、なんて奴だ、とD-16は思った。オライオンの頑固さしつこさは機体に沁みているというのに結局はこうして振り回されてしまうのだ。
「あああもう、…パックス覚えてろよ。」
落ち着いてきたと思っても、振り子のようにブレインがざわざわとして落ち着かない。
「今日はやけ独り言が多いな、D-16。もしかしてさっきのまだオライオンのことまだ考えてるのか?」
「余計なこと言ってないで手を動かせよ。」
面白がって声をかけてくる同僚に手に持ったエネルゴンの混ざった貴重な石を投げつけたくなったがぐっと我慢する。そんなことをしてしまったら図星であると肯定しているようなものだからだ。同僚の言う通り先ほどからオライオンがブレインの真ん中に居座っていた。
しかも落ち着かないだけでなく、スパークにチリチリとした静電気が起きているようで、しかもそれが決して悪い心地ではないからこそ困ってしまう。敗北感にも似ていた。
オライオンは親友ではあるが親友だからこその対抗心がD-16にはあった。やられっぱなしは気に食わないし、少なくとも自分を動揺させた分は驚かせ動揺させて、暫く自分のことだけで頭をいっぱいにさせてやりたいと思ってしまう。
「どうしてやろうかな。」
相変わらず喧しい掘削機の騒音の中にある一定のリズムに合わせてアイデアを次々と浮かべていると、先ほどの敗北感を忘れてなんだか楽しい気分が湧き出てくる。
とりあえず、まず最初はオライオンがしたように頬にキスでもしてやろうとD-16は決心した。その時オライオンがどんな顔をするか、もし嫌がられてしまったらと悲しくなる想像がブレインを過ったがオライオンに限ってそれはないだろう。きっと愉快に困惑した姿を見せてくれるか、綻ぶような笑顔を見せてくれるはずで、その想像だけで疲労が蓄積しているはずの全身のパーツが軽くなっていくようだった。
「ああ、楽しみだ。」
定時までにはノルマは達成できそうである。おそらく最短でオライオンに会えることだろう。あとは彼がD-16と同じくノルマを達成していることを願うばかりである。