【ブラネロ】あったかもしれない夜(2周年アニバ後) こちらでお休みください、と案内されたのは、豪華で広い部屋だった。
ヒースクリフは二つ先の扉を女官が開くと、ありがとうと軽く笑顔で礼をして、調度品のセンスが素敵だねとあまり驚きもせず部屋を覗き込んでいるようだった。思えば彼の実家も相当な広さの城だったなと思い出す。
見慣れているシノも当然驚きは少ないようだった。こんな無駄に広い部屋はいらない、ヒースの部屋のソファで寝る、と言ってヒースクリフに怒られていたが。
「居心地がなんとも……な」
ファウストのそんな声に、ほっとする。よかった、同じ感覚の奴がいたと振り返る。
「そうだよな、ちょっと俺には広すぎるよ」
「ああ、同感だ。僕にはこの半分くらいあれば充分なんだが。まあ、厚意はありがたく受けるけど」
早く魔法舎に戻りたいよ、という言葉が彼の口から洩れたことに、じわりとネロは頬を緩めた。なんだかんだ言って、魔法舎を居心地のいい住まいと認識し始めているであろうことが嬉しかった。自分の事ではないのに、おかしな話だ。
賢者さんに聞かせてやりたかったな、あとから教えてやろうかなと考えながら、各々があてがわれた部屋に入っていくのを見送り部屋に足を踏み入れる。
それぞれの国に合わせて調度品を工夫してくれているらしい。華やかさや派手さはないが繊細な造りの調度品は、東のものか。
売りさばいたらいくらになるだろう。
つい値踏みしてしまうのは沁みついた癖だ。西は派手なデザインの方が高く売れるが、中央は東の繊細なデザインが貴族の間ではやり始めているはず。中央ならこの部屋一つで当分は食うに困らぬほどに稼げそうだ、なんて考えながら、ネロは衣装を脱ぎ落しソファに投げ出した。
部屋には簡易のシャワーがついていた。軽く汗を流して、用意されていた寝間着を覗き込んでから苦笑い。
「こんなん、上等すぎて落ち着かねえ」
西のシルクを使った、肌触りがいいそれには腕を通さず、パチン、と指を鳴らしていつものシャツとスラックスを身に着ける。
念のため、持ってきてよかった。
濡れた髪をタオルでガシガシと雑に拭き上げ、まだ湿ったまま軽く髪を束ねると、ネロはベッドを振り返った。
念のため目くらまし……いらねえか。
今日はいろんなことがありすぎて、皆疲れているはずだ。わざわざ部屋を覗きに来る酔狂はいないはず。
「朝もどりゃ問題ねえな」
ネロは肩をすくめて、そのまま部屋を出た。
気配を消す魔法をかけて、廊下の隅を足音もなく進む。賢者の魔法使いは、国ごとに少しずつ離れた場所に部屋を与えられているようだった。賢者が念のためと見せてもらっていた部屋の見取り図を盗み見ておいてよかった。
記憶を辿りながら、ネロは目的地へと急いだ。
西や東の魔法使いは、他の客人とも比較的近い場所に部屋を配されているようだったが、中央と北は少し離れた位置にある。
北の国の魔法使いの周りに人間を配さないのは賢いし納得できるが、中央の魔法使いもというのはおかしな話だ。
そう思ったが、シャイロックがゆったり微笑みながら、西のお客様が多いので、配慮なのでしょう、と言った言葉に納得した。
西の国と中央の国は緊張状態が続いているので、それもそうかと。
それにしても広いな。
朝部屋に戻る時間も余裕に計算しておかねえと、と考えながら、ネロは少し歩調を早めた。
馴染んだソファと異なり、やたらと上品なデザインのそれに無理矢理寝ころんでいたブラッドリーはふと身体を起こす。
「ぐ」
まだ腹が痛い。
顔をしかめたところで、音もなく開いた扉の隙間から、馴染んだ気配が忍び込んできた。
「やっぱり。てめえ、ソファじゃなくてベッドで寝ろよ馬鹿」
「ネロ」
見慣れない装いはどこへやら、いつものシャツにスラックスという簡素ないで立ちで、ネロが顔をしかめて立っていた。
彼はああほら、そのまま寝たら皺になるだろう、とバタバタ寄ってきたかと思うと、おもむろにブラッドリーからジャケットを剥ぎ取った。
「んなもん、朝魔法でどんだけでも」
「だからその魔法を温存しろっつってんだよ。ほら、脱げさっさと脱ぎやがれ!」
「まて、無理矢理引っ張んないてえ!」
自室と同様、いつでも動けるように衣装を着たままに仮眠をとろうとしていたブラッドリーは、ネロに半ば無理矢理衣装をはぎとられ渋面になった。
一方のネロはスラックスも引きずり降ろし脚から引っこ抜くことに成功し、どこか晴れ晴れとした表情で大きすぎるほどに大きいクローゼット(部屋だ)にクロエの力作を一式しまい込む。
「東の飯屋が何しに来やがった」
「今は飯屋休業中だ。……完全に回復してねえだろ。ほら、今日はしっかり寝ようぜ」
「……!」
苦笑が、かつての全てを諦めたようなそれではなく、どこか温もりを感じるそれであることにブラッドリーは軽く息をのんだ。
自らもスラックスを脱いで雑にソファにかけたネロは、ブラッドリーの腕を引っ張りベッドへと促す。
「あんた、一人だと熟睡しねえじゃん」
「……」
血と共に大量に流れた魔力を回復し、まだ表面上を塞いだにすぎない怪我を完全に癒すためには深い眠りが必要だ。
だが、ブラッドリーは基本的に浅い眠りしかとらない。
ネロといる時を除いては。
こちらを見上げるブラッドリーの顔に、ネロはなんて面してんだあんた、と笑った。
「ほら来いよ、今日は抱っこして寝てやるよ」
「……ガキ扱いしてんじゃねえぞ」
「ガキより性質悪いやつが何言ってやがる。ほら、要らねえのか」
「要る」
もそりと立ち上がった男に抱き締められ、ネロは笑顔を柔らかなものへと変化させた。
「言っとくけど添い寝だけだからな」
「おう」
今この時だけは、あんたに寄り添っていられたら。
ベッドに倒れ込むや否や、ネロにしがみついてコトンと眠りに落ちたブラッドリーの頭をそっと抱え込みながら、ネロは目を伏せる。
「おやすみ、ブラッド」