Recent Search
    You can send more Emoji when you create an account.
    Sign Up, Sign In

    閉じます

    ありがとうございました。

    ☆quiet follow Send AirSkeb request Yell with Emoji 🐾
    POIPOI 19

    閉じます

    ☆quiet follow

    つづき。まだ鈴川のターン

    #腐向け
    Rot
    #杉尾
    sugio

    【杉尾】胡蝶の夢(2) 翌朝、旭川にむけて出立した。
     ぶあつい砂ぼこりが足元にまとわりつく、乾燥しきった道路、風のうなり、くちも耳も胃も肺もざらざらする。咽喉にしこりができたように鈴川ははげしく咳きこんだ。気管が蠕動する。吐きだすばかりじゃ呼吸がたりない。
    「ヒィ、ヒィ、俺も、馬に、乗せてくれっ」
     連中は一顧だにしない。倒れて大声でごねてやろうか、のたうちまわってやろうか、それよりあとじさりしてやろう。このままトンズラだ。しかたがない俺は落伍してしまったのだ。
    「ハアッ、もう歩けない……。うん、歩けないな~」
     しかし鈴川は後方をあるく尾形に捕まった。
    「根性がたりん。首に紐くくって轡とりしてやろうか」
     尾形はすずしい顔で笑う。
    「くそっ、だれかさんのお陰で寝不足なんだよ」
     こいつの弱みはここだ。みなに知られたくなければちょっとはやさしくしろ、休ませろ、水をくれ。
    「それなんだが……」
     尾形は待ってましたとばかり、ぽつぽつしゃべりだした。上機嫌だ。
    「進展があったんだ。いつもがめつい杉元が蝶を食ったところで終わるだろう。はじめて次の展開にまできたんだ。てめえに見せたからだろうか」
    「あれ、俺の脅し? ちょっとしたお願い? 伝わってないな?」
     結局あのあと見てたの、不死身のほうかよ。まさか俺と話すために最後尾にいたのか?
    「気になるだろう、実はあっちの俺、ついに、杉元の」
    「待て待て待ってひとに言えるやつ?」
    「杉元の、袖を、つかんだ……!」
    「袖っ……?」
    「ちっ! てめえがいま借りて着てるコートの袖だよ! むかつくぜ」
     豹変するなって。鈴川はコートの襟もとに顔を隠した。
    「今日も宿をとれるだろう。そんとき、ちょっと貸せよな。絶対にてめえのにおいをつけるんじゃないぞ」
    「コートのにおいでなにするつもり」
    「うーん。それは考えてなかった」
     本気の口調。やましいところがあるほうがましだ。
    「手ざわりを確認してみたかったのかな。あれを見てると、見ながら思考していることを思考することができなくなる。たえず動く光景が思考を分断する。俺の考えを奪ってしまう」
    「しかも見るのをやめられない?」
    「そうだな」
     それはべつにどうでもいい。尾形の上映につきあわされると決定していることが問題だ。

     ゆり起こされた、夜も明け方のちかく。
    「まだ眠いんですけど……」
     しっ、とひとさしゆびをたてる。
     闇のなかでひとつのひかりが発すると、人間は必ずその光に向かって目をそそがねばならない。趨光性の本能だ。その一点を眺めはじめたら、終わるまで魅いられてしまうのだ。意志や興味ではなく無意識の底の機能でそうさせられている。ほのあかるいあっちの世界に憧れるようにできている。
     杉元が蝶を食べ、したたった蜜を舌ですする。
     なんかちょっと美化しすぎじゃないか。たしかに滅多にない美形だが、ここまで美男だったか? きょうもアイヌの娘にきゃんきゃん言わされて、娘よりずっと娘っぽかった。宿にはいる前、こそこそするからなにかと思えば、銭握りしめた少女たちにまぎれて(まぎれてない)雑誌『少女世界』を買っていた。
    「見ろよ」
     灯篭尾形が牡丹尾形をさす。
     彼は胸をたわませ身じろぎした。すうっとしろい首がのび、まなじりのあかい粘膜が目立つ。とがった咽喉仏、結んでいるのと反対の手、雪よりしろい手、あおい爪、蝶を食い終えた男の袖をぎゅっとつかんだ。袖ベルトにゆびをひっかけひき寄せる、そこに牡丹が咲く。そこまで、たったの。
    「数秒っ!」
    「やかましい」
     鈴川は予告どおり尾形に杉元のコートを奪われていた。うらめしい目つきをすると、代わりに尾形の雪山用の白い外套を渡され、ふたりはそれを羽織って画面を見直す。
    「へへへっ、なんか俺たちがあっちのふたりみたいだな」
    「脱げ」
    「へへへへへっ」
     殴られそうになり、鈴川は外套を膝掛けにした。
    「……どうだった」
    「ん?」
    「あれ、どう思う」
    「ああ~……」
     鈴川は素人ではない。職業病に罹患している。「相手を喜ばせてやりたい」という一見善性のような病だ。たやすく喜ぶやつはたやすく騙せる。たやすく喜ばないやつは腕の見せどころ。
    「きれいだったよ」
     尾形は無反応だ。これは核心をついている。無言でさきを欲しがっている。あの不死身の杉元が俺くらい察しのよいマメな男だったらなあ。気配り気遣いができて話をきいてくれて面倒見がよくちょっとした変化にきづいてくれて……、うん俺やアシリパちゃん(そう呼んだらほうぼうから殴られた)にはとてもマメな男だった。やさしい男だ、ぶるぶるしてたらコート貸してくれた。こりゃあ、脈なしだぜ尾形。
    「晴れすがただよ。あっちの杉元もきれいだと思ってる。まちがいない」
    「……」
     すると画面がつづきを作りはじめた。牡丹尾形のまばたき、すると次々に蝶が生まれてゆく。雪上にあおじろい燐光をふりまき、舞うひかりは杉元のうえに積もった。軍帽の庇がずっこけ、杉元はこまったように顔をふせる。ふたりはしかたなく絡ませあったゆびをほどいた。軍帽をぬぐ。杉元のはねた髪も花になりかけていた。手にした帽子は尾形の頭に、しろい外套をかぶったうえから乗せられ、睨みあうように見つめあったまま、もはや会話もない。
     明日にはおぞましい進展をしていそうだ。
     鈴川はさむざむしい心地がして、こっそり肩をすくめた。足の小指の骨が痛む。俺には復讐する権利がある。余人ならば、繊細な部分を無垢に開示されると守ってやりたくなるものだ。だいじな秘密を返報してやりたくなる。親近感をもたせる、詐欺の技巧だ。しかしこの男は珍奇な情動を煽る、善人でも悪徳の愉しみに染められてしまう、おかしな引力をもっている。傷つけたくなる。傷ついてませんというふりをするに違いないから、甘美な毒で内側をぼろぼろにしてやろう。本人が気づいたときには立ちあがれなくなる。そこへさらにやさしい毒を注入して自滅を待つ。そのとき彼の「きれい」はホンモノになっているだろう。
    「でも杉元は惚れた女のために戦ってる」
    「いまそばにいるのはアンタじゃねえか」
     幻影から、あまだるい幻のにおい。胸焼けがする。


     翌日、杉元のコートを纏った鈴川は、さらに杉元の襟巻を首にぐるぐるに巻きつけられ、犬畜生のように引ったてられていた。
    「もう尾形とは話すな」
    「はっ?」
     杉元はこわい顔で脅しつけた。背嚢には少女世界がはいっているくせに。
    「毎晩、夜明け前、布団のうえでこそこそしてんの、バレてるから。悪だくみしてんならぶっ殺す。違うなら、尾形に起こされてももう起きなくていい。蹴っとばされても絶対に起きるな。殴られそうになったら、俺が守ってやるから」
    「(やさしい)わ、わかったよ……」
     杉元は鈴川を、白石奪還に利用すると名指しした。囲いこみたいのだ。モテる男は困る。男にモテても困る。貧乏人ならなおさら。
     土方歳三と合流し、借りた一室で、尾形はことを問いただされている。
     尾形はぼうっとしてシイタケが刀をふりまわし、チャンバラしたり切腹したりする映像を垂れながす。「よくも大事を雇い主に黙っていたなっ!」仲間外れにされた永倉がきいきい怒り、牛山がなだめる。
    「家永、原因や治療法に心当たりはないのか」
     家永は首を左右にふり、「いまこの瞬間にも……」と飯のたびに作っていた真顔で「切開しましょう」と言った。
    「原因究明のために頭蓋をはずし、脳を検査しましょう。前頭骨からノコギリをいれます。頭頂骨を脳を傷つけないよう丁寧に削りましょうね。大丈夫、私失敗しないので。きっと尾形の脳はぷりぷりのきれいな桃色ですよ。ズズズズッ」
    「きれい?」
     尾形は反応を示した。
     映像がかわる。白衣を着て糸ノコギリを構えた家永がくちびるをすぼめ、るんるん腰をふっている。後方でキロランケが楽器を奏でている。あちらの大人しくひざをかかえた尾形がじっとこちらを見るので、映像を眺めるものはみな尾形と目があっていて気まずい。家永のノコギリはすっとそのひたいを裂き、血も出ない。るるるん。頭髪の伸ばしている部分がぽんと浮きあがり、永倉がうけとめ、裏に表に回転させたりかぶったり、るんるん腰をふる。花笠音頭だ。すっぱり輪切りにされ脳味噌が露出した。尾形とはやはり目があっている。つやつやと桃のようなみずみずしい脳味噌はぷるんぷるん、永倉の舞にあわせて踊る。
    「私よい電極をもっていますから、脳に刺しこんで電流を流してみましょう。本邦初になるわ……ジュルッ。私の仮説ではあかるいほがらかな性格に変われるから、尾形にはちょうどいい。次に脊髄に電気を送る試験をして……、ちょっと酢醤油をたして……」
    「もういい」
     ようやくくちを開いた土方の表情は読めない。
    「なにがなんの役にたつかもわからん。無用となったら雇い止め。それでいいだろう」
     尾形はニヤリと笑うことで承諾した。使えなければ捨てると宣言されたのがきもちよかった。

    「鈴川、おい、鈴川っ」
     ひそめた声。鈴川は寝たふりをしなければならない。尾形はいますぐに鈴川を殺しそうにないが、起きれば即杉元に殺される予感がある。あきらめてくれ、あっちへ行け。ふとんをかぶり、ダンゴ虫になる。
     背中に蹴りがとんできた。
    「うっ」
     ごろんと転がる。
    「起きろ」
    「うう、ぐうぐう……」
    「いぎたない野郎だ」
     もう一発くる、というところで鈴川はとなりで眠っていた杉元に抱きこまれた。予告どおりに守ってくれた(やさしい)。俺おじさんなのに……。わかい美男の湯に流された夜の静寂のにおいがうしろめたさのようなものを覚えさせる。
    「むにゃむにゃ」
     杉元も寝たふりをしている。鈴川は抵抗したくなるのをこらえた。尾形が凝視している。視線であちこちが痛がゆい。蟻でも這っているかのようだ。まさか恋敵と疑われちゃいねえだろうな。尾形は舌打ちもせず諦めていった。わずかに畳がきしんだ。
     ここでようやく冒頭に戻る。
     鈴川にふられた尾形は布団をかずき、頭だけだした亀のかっこうで上映をはじめた。
     集束するあおじろいひかり。だれにも迷惑をかけない、だれにも邪魔されるべきでない、なにも持たないちっぽけな人間が、人間のなかでも欠けたできそこないが、自在になれる、神憑りの時間だったのだ。だが――、
    「尾形、……なんだよそれ」
     尾形は後悔した。耳がおろそかになっていた。あっちの杉元へ言ってやりたいことがいっぱいあったのだ。
    「杉元……」
     めぐらせた首、幻影は杉元の背面におおきく映る。どちらも軍帽をはずした杉元だ。照れくさげにうつむく杉元と、侮蔑の睨み、それから背後へ目をやる鬼神の杉元。ははっ。尾形はこういうときにへらへら笑ってしまう。傷ついた内心を隠すためだと、老婆心のめばえた鈴川だけが気づいた。
    「やっぱ、俺だよな……。うわっ、え、ええ~?」
     音もなく、ひかりは回転をはじめる。
     尾形の動揺はひかりにあらわれる。映写機の直線的なひかりはいまや、盆の吊り提灯だった。火袋が風に廻るのだ。天井も、布団を敷いた床も、壁も、いちめんに、尾形の幻影がゆらめきながら回転している。右は緑のひかりのなかに、上はしろいひかりのなかに、そちらはむらさき、薄紅色。数々に変化する杉元があちらの世界の尾形を見つめ、ゆびをとらえ、ささやいている。しろい息。闇にも蝶がとび影をなくしていく。
    「きれい……髪がお花みたい」
    「……きれい?」
    「きれい。だけどさ、俺と尾形しか登場しないのかぁ、残念」
     俺にはそれでじゅうぶんなんだ、天井の尾形が言う。
    「尾形いつも早起きして、こんなの見てたの。ええー、ちょっと、むずむずするなぁ」
     杉元はきょろきょろ見まわしながら居心地わるげに身をゆすった。
    「いつもじゃない」
    「じゃあ鈴川とこそこそなに企んでたんだ」
     声色が豹変する。
    「てめえに話すことは、なにも」
     現実の尾形がことばをなくす代わりに、幻影のくちびるが動く。夢でもおまえだけに会いたかった。おまえも俺だけを見ればじゅうぶんなはずだ。声は耳ではなく、脳裏を刺す。
     尾形ははっとした。またあたらしい続きが生成されだした。顔をふせる。この続きはまずい気がする。期待もしていた。だが杉元に見られていいものじゃない。
     ふせてもだめだった。散光、天井に向けて、掛布団にもぐりこむ直前、コートの袖をつかんだ尾形のくちは首をうしろに避ける杉元にのしかかり、そのくちにふれていた。
     なんてこった。うすい布団の綿の闇、目を閉じないふたりが戦いをいどむようにくちづけている。目が離せない。外では杉元が怒鳴っている。
    「ぎゃああっ!? この、バケモンがっ! オイ、逃げんな!」
     杉元は布団をまくろうとする。
     俺を暴いて、どうするつもりだ。おまえも続きをみるか。おまえは俺を睨みつけたままで、ときおり瞳のひかりが弱りかける、俺はひかりを消してしまおうとしている、おまえは眉をしかめいらだち、突然くちびるをやわらかくする。くちびるのなかの粘膜があつい。くちびるは雪のようにつめたい。寒熱が交錯する。それでおまえは、俺をやっつけた。杉元。俺の意志はなかった、逆らいようもなかった。熟した桃がはじける、腹から腰の裏へ、膿んだ傷口のようなくるおしい痛みが走った。抱かれたがっていた。バケモノ!
    「ははっ、バケモノか……、傷ついたよ。きれいって言ってくれたじゃねえか」
    「知るかよ! きれいなもんか! てめえはバケモンで、あっちの尾形は化生だっ。そんなのと……せっぷ……、んもおぉお! なんてもんを見せやがるっ!」
     布団にこぶしが落ちる。本気じゃない攻撃。俺のくぐもる声が聞こえるか。
    「杉元はホンモノのほうがきれいだぜ」
    「クソ尾形ッ! バカにしやがって~!」
     尾形の目にはついばみあうふたり。杉元に顎をつかまれ、たわむ背、そりかえる首、軍帽と外套が風のように煽られて落ちる。尾形の髪は内側から内側から牡丹の花びらが生まれ、大輪をなし、雪上に、軍帽のなかに、外に、ぽとりと落ちる。また一枚ずつ、生まれ生まれて積もっていく。そこからも蝶が羽ばたきだす。あけびの実のやわらかく裂け蜜のあふれるように、逆らいようもなかった、あたたかい、ねばねばする、俺を支える腕のなかでのけぞりあえぐ。
     どたんばたん、杉元の不可解ないらだちは、ひとしきり暴れまわり、からまわり、アシリパの不機嫌な歯ぎしりで「きゃ、いけないっ!」となってようやく終息する。
     杉元がのんきに二度寝をはじめると、尾形はむくりと顔を出し、明け方の陽がはいり幻影の消えるまで、むつみあいを威圧するようににらんでいた。
     鈴川はたまに不死身の踵を食らいつつも、最後まで観察をした。
     あれを本音ととるか?
     これを冗談だととるか?
     尾形はこんなにわかりやすいのに、このふたり、相性が悪すぎる。
    Tap to full screen .Repost is prohibited
    😭💕🍑💛👏💖💕
    Let's send reactions!
    Replies from the creator

    related works

    hisoku

    DOODLE作る料理がだいたい煮物系の尾形の話です。まだまだ序盤です。
    筑前煮 夜の台所はひんやりとする。ひんやりどころではないか。すうっと裸足の足の裏から初冬の寒さが身体の中に入り込んできて、ぬくもりと入れ換わるように足下から冷えていくのが解る。寒い。そう思った瞬間ぶわりと背中から腿に向かって鳥肌も立った。首も竦める。床のぎしぎしと小さく軋む音も心なしか寒そうに響く。
     賃貸借契約を結ぶにあたって暮らしたい部屋の条件の一つに、台所に据え付けの三口ガス焜炉があるということがどうしても譲れず、その結果、築年数の古い建物となり、部屋も二部屋あるうちの一部屋は畳敷きになった。少し昔の核家族向けを意識して作られた物件らしく、西南西向きでベランダと掃き出し窓があり、日中は明るいが、夏場には西日が入ってくる。奥の和室の方を寝室にしたので、ゆったりとしたベッドでの就寝も諦め、ちまちまと毎日布団を上げ下げして寝ている。また、リフォームはされているが、気密性もま新しい物件と比べるとやはり劣っていて、好くも悪くも部屋の中にいて季節の移ろいを感じることが出来た。ああ、嫌だ、冬が来た。寒いのは苦手だ。次の休日に部屋を冬仕様をしねえとと思う。炬燵を出すにはまだ早いか。洋間のリビングの敷物は冬物に替えとくか。気になるところは多々あれど住めば都とはいったもので、気に入って暮らしてはいて、越してきてもう三年目の冬になった。
    3423

    recommended works