Askr♀ 授業参観遅刻Askr♀ 授業参観遅刻
「幼年学校のお迎えはマウント合戦って本当ですか?」
「それをぼくに聞けるアグネスはきっと無双するね」
「わかります?アカデミー時代は無敗でしたけど~」
キラの向かい側に座るアグネスが、A定食の三種のフライにタルタルソースをしっかりかけながら説明してくれたが。
プラントでは家庭教師に子供を見させる場合が多い。少子化社会だから第三世代の子供を授かった時点で勝ち組確定だし一人っ子が多いからお金も人的資源も注ぎ込む。アグネスもアカデミーに入る前は家庭教師で義務教育課程を終わらせている。同年代とのコミュニケーションは親に連れられたパーティーや会員制のクラブで培う。それがプラントの上層階級の子育てである。ママ同士はお互いに家やお気に入りのカフェを貸し切りにしたり、サロンを開いてずっと喋っているのをアグネスは見て育った。
「地球の漫画で読みました。おもしろそうだなって」
「おもしろい漫画だったの?」
「いいえ、マウント合戦に参加しているヤマト隊長を想像して、おもしろそうだなって」
「ぼくがえ、ど…どうして……?」
部下の予想外の発言におもわず箸をとめた(キラはスープパスタを頼んでいるので手にしているのはフォークだが)キラをしり目にアグネスは自分の妄想を説明していく。
彼女の口調は滑らかで、特に恥ずかしいとも後ろめたいと思ってもいないと伺える。
「まずヤマト隊長がお子さんを通わせているなら高官や貴族…オーブでは氏族でしたか?そんな家柄の子たちが通うとこですよね。セキュリティや護衛が必要ですから」
「見てきたように言うね……あってるけど」
「色々と細部は省略しますが、まずママ友の一人が自分の義理の父が議員とか氏族長だって言ってくるんです。そしたら隊長は相手にしないけど無意識に匂わせちゃうんです『ぼくの姉はカガリ・ユラ・アスハです』って」
「アグネスの中でぼくってどうなってるか、ちゃんと話そう」
「他にも年収合戦があるんですけど、これにもヤマト隊長は華麗に勝利するんです『うちは夫婦ともに将官ですから、それほどでも……』って。あ、ファッション合戦は少しこっちに置いておきますね」
アグネスは空中に四角い箱があるような仕草をして、それを自分の隣のあいた席に置くジェスチャーをしてみせる。
キラは自分のパスタが伸びようとお構いなく、ただアグネスを見つめる。
え、アグネスのなかのぼくってどうなってんの?
仲良くしてこれたと思ってたの、ぼくだけ……?
「あと、アスラン・ザラが少し遅れてお迎えに現れて『えっ、あのカッコいい人誰?』『誰のパパかしら?』ってママたちがシングルファザーである可能性を夢見るんですけど『キラ!』って輝く笑顔でヤマト隊長に駆け寄っていって、ママたちの夢を打ち砕くシーンとかですね」
「それはぼくも見たいな。最後のお話に免じて君を許すよ、アグネス」
「……?ありがとうございます?」
アグネスはよくわからないけど、キラの機嫌がよくなったので深く考えないことにした。
「きちんと話すと、お迎えがあるのは幼年学校のうち4歳から5歳までの学級だけだよ。その頃はほぼ母さんたちに任せてたからぼくが行けたのは数えるほどしかないんだ」
ちょうどファウンデーションでの事件の直後にあたり、多忙を極めていたキラはPTAやママ友のグループには一切かかわれなかった。
「だから、今度の授業参観では作りたいんだよね、ママ友」
「ではマウント合戦……」
「しない、しないからね……!」
ファイティングポーズを取るアグネスに、キラは首をぶんぶん振って否定する。
「今日中に行くんですよね」
「うん」
キラは半休を取っているから、食事を終えたら各クルーに引継ぎをして、買っておいた家族へのお土産を持って、地球へ降下する予定だ。
前日の夜にオーブに帰って、英気を養って気合をいれて授業参観に向かう。
その後はなんと一週間の休みをもらったし、アスランも予定を合わせてくれたので、家族揃うことができる。
伸びてしまったパスタを啜ったキラの腕が小さく振動する。時計型のウェアラブル端末がキラの私用の携帯がメッセージを受信したことを知らせてきた。
軍の作戦行動中のため私用の端末は部屋にしまってあるが、アスランや子供たちに何かあった時にすぐわかるようにしている。
「ちょっとごめん」
「………いえ」
送信者は、キラの母からだった、なにかあったのはアスランではない、ではあの子たちが……?
大きくなってくる不安に押しつぶされそうなりながら、キラはメッセージを見る。
キラ、今日の夜にくるって言ってたけど何時くらいになるの?
お夕飯は用意しておく?
アスランくんは朝にくるって言ってたけど―――――
事件性もなにもない文章にキラの体から一気に力が抜ける。
食堂の硬い椅子の背もたれに深く沈みながらキラは天井を仰いだ。数年前は新造艦だったが、数年の間に少し油じみが浮いている。
なんだ、なんでもなか……
った、と言い切ろうとして妙な違和感に襲われて、キラはだらけていた姿勢を正した。
溶けていた隊長がピンと背筋を伸ばしたから見守っていたアグネスはびっくりして肩を跳ねさせた。
「え…………いやいや……………」
もう一度、母のメールを見る。
―――キラ、今日の夜にくるって言ってたけど―――
今日の夜??
母の言う、今日の夜はオーブ現地での時間だ。キラの過ごしている宇宙の標準時間とは時差があるが……母の言う今日の夜は、つまり、えぁ?
「まって、まって………え、え……?」
「た、隊長?顔真っ青ですけど、どうしました」
私用端末のメールフォルダ、そこに埋まっている学校からのお知らせ『授業参観について』を探り当てる。
スクロールを何度もしていると脳内で『いらないメールをすぐに消しておかないからこうなるんだ』とアスランの声がしたけど、今は黙ってて!ちょっと……お願いだから……ヤバいかも、いやきっと大丈夫、そんな間違いするはず…………
ようやく見つけたメールの日時の欄には初等学年、中等学年、高等学年でそれぞれ別の日程が組まれていた。
子供たちは幼年学級を終えて初等にあがったばかり……キラが授業参観の日だと思い込んでいたのは、中等学年の、日程だった……………奇しくも一日違い、思い込んでいた日より一日早い。
「い、いやああああああぁぁぁぁぁぁぁぁ」
オーブの現地時間、ミレニアムが採用している宇宙の標準時間、ここから地球までの降下にかかる時間、すべてを計算したキラの絶叫が大きく響いた。
食堂が最もにぎわう時間帯のため大勢が振り返り、続けて聞こえてきた「1日間違えたーー」のキラの涙声に、その場にいた全員が事態を把握した。
准将は数日前から、休暇を取って子供たちの授業参観にいくことを楽しみにしている姿をオープンにしていたし、中にはキラとアスランの子である双子と会った者もいる。
アグネスもその一人なので、食べかけの定食セットのお盆を真横へ押しやりさっそうと立ち上がった。
「隊長、荷物は私が持ってきます。部屋に用意してますよね?」
「う、うん……鞄にいれてる」
「他にも必要そうなもの詰め込んで持っていきますので、先に行ってください」
キラの返事も聞かないままアグネスはザフトレッドらしい素早く軽い身のこなしで食堂から出て行った。
力を貸してくれるのは彼女だけではない。
「ヤマト隊長、艦長へは私が連絡しておきますから」
「早くパイロットスーツに着替えてください」
「元々、フリーダムで降下する予定でしたから、時刻を前倒しにするだけで済みます、はやく行って!」
「……っ、ありがとうございます!」
キラはパイロットロッカーに飛び込んで、真っ白な隊服を勢いよく脱いで(乱暴すぎてぶちっと音がしたが聞こえないふりをした)ロッカーに突っ込んだ。スリープモードのトリィを自分の胸の谷間に押し込んだ。大きな胸をむぎゅっと押しつぶして素早くパイロットスーツを着る。
「バカッ、バカ……!ぼくの、大馬鹿……!」
ひとり言の己への罵倒が止まらない。
事情を知ったコノエ艦長から発進許可を得た。
元から数時間後にフリーダムで地球に降下予定だったので前倒し対応だけで済んだ。
准将であるキラは独自の権限を持っているが、戦闘ではなく授業参観の日を間違えていたからという私的すぎる理由でMSを発進させるわけには……いや、絶対に間に合わせたい。
恥をかいても、後ろ指刺されても。
だって……
ロッカーを飛び出して、無重力の通路を煩わしく思いながらたどり着いたカタパルトデッキ。ふわふわとキラの長い髪は宙に揺れていく。
床を蹴って無重力の空中をフリーダムめがけて進んでいくと
「ヤマト隊長…ッ、キラさん……!」
「シン!」
「アグネスから……、荷物ッ、受け取ってきました…」
息を切らせたシンが、鞄を掲げながらキラへと追いついてきた。
全力疾走をしてくれた部下の姿、感謝と申し訳がない気持ちでいっぱいになって、たえていたキラの目じりには涙が浮かんだ。
「ありがとう……もう、やんなっちゃう、こんなバカみたいなミスしちゃって」
「大丈夫ですよ、さっきハインライン大尉から聞きましたけど、予測ではギリギリ間に合うって言ってました」
「大尉が言うなら、間に合うかな……」
「アスランだって来てくれるんですから」
授業参観に両親不在は寂しいけれど、どちらか、父親であるアスランが間に合ってくれるはず。シンはアスランなら遅刻などしないと思って励まそうとそう言った。
「………………………アスラン?」
「……えっと、キラさん?」
「…………アスランにメール転送、してない……日付教えたの、ぼくだ……」
キラ・ヤマト、本日二度目の大絶叫を放った。
ハインラインのギリギリ間に合うというのは、手段を選ばなければギリギリ間に合うという意味である。
フリーダムで地球に降下して、そのまま子供たちの学校に向かう、直行である。
学校近隣の軍施設でフリーダムを預けて、車で駆けつける余裕はない。
しかも大気圏突入プログラムも適宜修正、突入後も気象や風向き、気圧などのデータをリアルタイムで反映させながらだ。
だからGに耐えるためのパイロットスーツから着替える暇はキラにはない。
大気圏に突入して、モニターが真っ赤になりながら映した地球に向かってキラは叫んだ。
「このために洋服だって買ったのにぃぃぃいい」
ただの私服ではなく、授業参観に着ていくための、ある意味では勝負服。
ネットで色々と調べて色々な意見を見てきた。基本はオフィスカジュアル(キラの場合は白隊服になるが当然却下だ)だが学校の雰囲気によってはカジュアルまたはシック系統に寄る。
キラの想像以上に、子供たちは親の服装に敏感だ、一番びっくりしたのは『ママがホットパンツ履いてきた。先生がずっと挙動不審だった、最悪』だ。
キラはコーディネイターであることを加味しても母親としては年若い。子供同士の軋轢の原因にならないように、色々な人に意見を聞いて、時間を恐ろしくかけて選んだ洋服は、オーブにある家のハンガーにかかったまま日の目を見ないことになった。
アスランは本来の予定ではオーブには深夜に到着予定だった。家には帰らずそのまま軍の施設で一夜を明かしてから朝一で報告を上げて休暇入り。授業参観は4限目の11時40分からなので、時間に合わせてキラを迎えに行き、共に行く予定だった。
それをキラから緊急連絡が来たと思えば、大惨事の発覚だ。
予定をかえて、あとは後処理だけの仕事を引き継がせて、潜入していた国から鳥の如く出立した。Gに耐えるためパイロットスーツに着替え、コックピットで計器と時刻を計算するアスランの表情は暗い。
ズゴックは隠蔽のための外殻でデッドウェイトだ。ミラージュコロイドは便利だが、間に合わせるために脱ぎ捨てるかどうか真剣に考えている。
「う~ん、あんまりお勧めしないです、むしろキャバリアーつけたまま行ったほうがいいです」
「理由は?」
「途中でお風呂に入れます」
メイリンからの指摘にかき上げた髪に汗と汚れがこびりついているのは事実だ。
アスランには授業参観や学校のイベントに父が来てくれた記憶はない。
最も身近な父親と言えばキラの父であるハルマだ。両親が揃って見に来てくれるキラを羨ましく思っていた。アスランにとってはそれだけだったが
だが最近の子供たちは父親のジャッジに厳しく「清潔さ」「爽やかさ」「優しさ」「ファッション」など多岐にわたって見定めてくる、と雑誌で読んだ時は驚いた。
念のためメイリンにも聞いたら「最近の子はませてますから……」と否定肯定もなかったのだ。
「あ、キラさんから通信ですよ。大気圏突破したみたいですね、そちらに繋ぎますね」
メイリンからの通信は切れた、かわりに画面に映るのは、ヘルメット越しにもわかるほどのべそをかいてるキラだった。
キラから日付を間違えたことへの謝罪は受け入れ、話を掘り返すのはやめよう、今はただ間に合わせることに集中しようと話し合った。
「キラ、だから泣き止めって」
『う゛う゛ぅぅ……だって、だってぇ……ぼく、しってたのに、ずっと見てきたのにッ、だから……』
「何がだ?」
きっと自分が情けなくてどうしようもないのだろう、キラの話は支離滅裂になっており、アスランは単語を拾っては繋ぎ合わせて予測するしかない。
だが何を知っていて、何を知らなかったのか
『アスランのこと、ずっととなりで……みてたからッ』
「俺?」
『……ぅう、運動かいとか文化祭とか……おばさん、急にこれなくて……ッ』
「あぁ……そんなこともあったな」
生物ではないが生き物である植物を相手にしていたアスランの母は忙しく、研究対象の急激な変化に予定を振り回されていた。
〇日はお休みできるから出かけよう、とか運動会には応援に行くからね、とか。叶うときもあったし、叶わない時もあった。
今のアスランには当時の自分がどれだけ喜んでいたか、ショックを受けていたか、鮮明に思い出すことさえできないほど記憶は薄れているが。
キラはその逆で、しっかりはっきり記憶に焼き付けている。
『アズラン、泣かなかったけどさみしそうでッ……だから、急な予定でいけないとか、絶対に、しないって!……きめてたのに、ぼく、ぼくが……うぅっ』
キラがまた自己嫌悪の謝罪ループに陥りかける。それをやめるようとどめながら、昔のキラはアスランが思うよりも自分を見ていて心の中を悟ってくれていたのだ。
母が急に来れなくなったと連絡があるといつもキラがそばにいて手を握ってくれていたのを思い出す。
「俺の事よく見てたんだな」
『……きみのこと、好きだったからね!あの頃から!』
「俺もだ」
ヤマト夫妻もいたけど、なによりも好きな子が隣にいてくれるから、あの頃を思い出しても寂しいとか悲しいといったネガティブな気持ちが湧いてこないんだ。
キラのおかげだ。嬉しい、だからこそ子供たちのため、キラの為にもなりふり構っていられない。
「始業ベルにだって間に合わせよう……まず……校庭への着陸許可だな」
やっぱりこんな格好、僕だけなの恥ずかしいな、まさか診断が長引いちゃうなんて――
私立であるからかオフィスカジュアルよりもシックな系な服装の親が多い中で、診療所を開いている男は、少々のトラブルによって着替えが間に合わず、仕事着でのまま教室に立っている。
一人だけ異質で浮いているせいか、視線をよく感じる。
自分が恥をかくのはいいが、これをみた息子が傷ついていないかどうか……
まいったなぁ……白衣は比較的新しいから綺麗だし、う~ん……と白衣の袖を引っ張りながら彼は授業開始のベルを待っていた。
突然、教室の窓ガラスがブルブルと震えだした。防弾加工された強化ガラスだからちょっとやそっとでは割れないはずだが教室はにわかに騒がしくなった。
強風にしては異様に強く、ドンっという強い衝撃が地面を伝っていき、おもわず足が浮いた。
あれ、二回あったか?
間がほとんど空いていなかったからわかりにくいが。
続けて、今の衝撃には問題はないことを示すアナウンスが代わりに流れてきた。
なんだったんだろうか、窓に近い場所に立つ親や子供たちが何かに気づいて騒ぎだした。
彼は白衣姿が目立たないようにドア付近の端にいるので、外に何かいるのかまったくわからない。
人によっては携帯のカメラを構えて、興奮した様子でシャッターを押していき、興味を持った人が窓に押しかけていく、同じように写真を取り出している。
あれって……数年前にテレビでさ見た、……天使みたいに綺麗……あの結婚式の……結婚式じゃない!……初めて見た、ヤバ……カッコいい……守護神様……
初等学級の親たちはまだ年若く、なにかにはしゃいでいる様子でひそひそと話している。
担任の先生は親にはどうこう言えないので子供たちに対して「席に座って、立たないように」と叱るしかない。
ちょうど、授業開始のベルが鳴り始めた。
教室の真ん中、金髪の女の子と紺色の髪をした女の子……あ、男の子だ。息子がすごく綺麗なクラスメイトがいるって話していた。目の色が綺麗な碧色をしているって。
落ち着かない様子で何回も振り返って、教室の後ろに並ぶ親たちを端から端まで眺めては、しょんぼりした顔になる。
もしかしてご両親来てないのかな、来てれば手を振るもんね、うちみたいに。
……今日は僕の姿にふくれっ面だけど。
バタバタと廊下から足音が二人分、よく響くから聞こえてきた。
もうすぐベルが鳴り終えてしまう、入ってきやすいようにドアを開けてあげると、
リレーのアンカーがゴールテープを切る勢いで、男女が駆け込んできた。
ベルもちょうど鳴り終わった。ギリギリセーフだ。
先にかけてきた男性が、ドアの開閉ボタンを押している男をみて息切れしながら「ありがとうございます」と頭を下げてきたので、「間に合ってよかったですね」と声をかけた。
その顔は教室の真ん中に座る少年とよく似ている。来てくれたよ、よかったね!とあの少年を見ると、目を丸くしながら振り向いている。授業が始まったからすぐに前を向いた。
あれ、あんまり嬉しそうじゃないな。
前かがみになって息を切らせている長い髪の女性は、奥さんだろう
旦那さんに手を貸してもらいながら姿勢を正した。
あ、思わず声を上げそうになったがこらえる。
よかった、僕だけじゃない申し訳ないけれど仲間が増えた喜びはある。
白衣の男の隣に、パイロットスーツ姿の男女が並んで立つ。
海外出張中でこの場にいない妻が、この旦那の顔を見たら黄色い声をあげる、そう確信できるほど顔が整っている。
奥さんの方はパイロットスーツだからほっそりとした体つきが丸わかりで、ダークブラウンの髪がふちどる顔は穏やかで繊細な美人だった。
教室中の視線が二人に集中する。
担任がごほんっとわざとらしく咳をして注目を子供たちへ集めなおした。
2人とも額に汗が玉のように浮かんでいる。きっと急いで仕事を抜けてきたんだな
医者である彼は、未開封のペットボトルを鞄から出して2人へと差し出した。授業はもう始まっているから声は出さないまま。
旦那さんが会釈して受け取って、一口飲んでから奥さんへと渡した。
ペットボトルの水がすぐに半分ほどなくなった。それをまた旦那さんが受け取ってからになるまで飲んだ。
それから二人とも頭をさげてきてくれたが、お礼を言いたいのは男の方だ。
さきほどから白衣への突き刺すような視線はなくなった。
ふくれっ面だった息子も、うってかわって興奮した面持ちで窓の外やパイロットスーツの夫妻を振り返ってみている。
カッコいいもんな、スーツ。
「それじゃあ次は……パトリシアさん、お願いします」
「はい」
金髪の少女は隣の席にいる片割れを見る。
2人ともこの日のために、発表作文を書いてきた。
「……どっち読む?」
「パパの読むから、パティはママのやって」
「わかった……」
端末から投影されるディスプレイの文章を、少女はゆっくりと読み上げる。
連絡はあった。
絶対に行くから!と両方から。
来てくれると思ってけど不安だったし、そわそわしていた。
窓ガラスがビリビリ大きく揺れた時点で嫌な予感はしていた。
「パトリシア・ヤマト。わたしのママはパイロットです」
……………うん、知ってる。
先生も、クラスメイト達も親たちも、窓ガラス越しからそれを見た。
校庭の端っこ、樹木を数本なぎ倒して、必死に体を縮こませたポーズのMSがとまっている。
それはとても有名なMSだ。数年前の岬で行われた結婚式でテレビに映った。それからマスメディアにはオーブの守護神として扱われている。軍港近くで運が良ければ、飛びたつ様子を見ることができるし撮影された写真はSNSですぐに拡散される。
風が吹いて砂ぼこりが舞って、MSへとぶつかっていく。
翼を畳んだフリーダムの隣に透明で巨大な何かが立っていることを砂風が教えてくれた。
しんどい話考えてたら明るい話でも書いておくかで
午後に書いてたらえ、長……ッ
軍施設にMS預けてからひとまず車を拾おうとしたら、黒塗りのリムジンが見事なドリフトで二人の目の前に停車して、運転席の窓が開いて
「乗れ!ヤマト!……夫妻」
って親指立てて後部座席をさすノイマンさんもいいよね。
キラたちのことなんて呼ぶんだろう。
ヤマト!ザラ!って言おうとしたけど、夫婦だし別姓だけど、って咄嗟にヤマト夫妻と呼ぶノイマンさん。
速度超過で爆走するリムジン、めっちゃ横揺れするからお互いに体をぶつけあう。アスキラ♀……ラキスケしながら移動時間中に着替えることができるルートもいいよね