鍛錬を終えて食事をとろうと、食堂へとやってきたエリクが、厨房からにぎやかな声が聞こえることに気づく。いつもは食堂で腕を振るっているノエミの声だけなのだが、覗いてみると自分と同じ世界のセルフィ、コーデリアが何かを作っているように見えた。
「二人とも、何やってるんだ?」
「あ、エリク」
「今日はバレンタインデーですから、チョコレートを作っているのですわ」
なるほど、だから甘い匂いがしているのか、と納得していると
「よろしかったら、エリクも作ってみませんか?」
「えっ?なんで俺も?」
「バレンタインデーはお世話になった人にチョコレートを渡す日なんだって。だからフォルカー様にあげたらどうかなって思ったんだけど、どうかな?」
フォルカーに、と言われてかの人を思い浮かべる。兄貴として尊敬していて、いつも自分の前を歩いて、その立派な背中を見せてくれている、そんな人を。
「なあ。俺でも作れるのって、どんなのがあるんだ?」
照れながら告げられた言葉に、チョコ作りに励んでいた女性陣の目が輝いた。そこから早かった。手順を一つ一つ丁寧に、注意点は事前に伝える。的確なサポートのおかげで、エリクの初めてのチョコレート作りは、満足できるものとなった。
「できた!へへ、兄貴、喜んでくれるかな?」
「大丈夫ですよ。フォルカー様は好意を無碍にする人ではないでしょう?特にエリクからのは」
「なっ!…これ、あ、兄貴に渡してくる。みんなも手伝ってくれてありがとな」
顔を赤くしながら食堂を後にするエリクの背中を見送り、残った三人も自分の最後の仕上げに取り掛かる。渡す相手を思い浮かべながら、楽し気に。
エリクはフォルカーの部屋の前にいた。練兵場や食堂にいなかったからおそらくフォルカーは今ここにいる。あの時は渡したいと思ったのだが、いざ渡そうとするとなんて言って渡せばいいのかが分からなくなってしまった。お世話になっているから?で、でも仮にも恋人なのにそんなよそよそしくていいんだろうか?と悩んでいる間、不意に目の前のドアが開いてエリクの肩が跳ねた。
「うわぁ!あ、兄貴」
「やれやれ、ドアの前にずっと突っ立ってるから誰かと思えば。ほれ、入れよ」
呆れているようで優しい眼差しと声色で言われ、誘われるままに部屋へと入っていった。
「で?どうして部屋の前で突っ立ってたんだよ。俺に用があったんだろ」
「あ、そ、それは…」
目を彷徨わせるエリクを不思議そうに見るフォルカーは、手元に包みがあることに気づく。
「それはなんだ?」
「あっ…そ、その。こ、これ…兄貴に、あげたくて」
そう言って渡された包みを開くと、出てきたのはココアパウダーを纏った、一口大の丸いガナッシュチョコだった。
「おおお、美味そうだな。食べていいか?」
「う、うん。美味しくできてるといいけど」
嬉しそうに一粒、指でつまんで口に入れる。口に入れた瞬間、とろりと蕩けてその甘みを口一杯に広げた。滑らかな舌触りもその美味しさを際立たせている。美味しさに口元を緩めるフォルカーの表情に、エリクはほっとする。
「うん!これ美味いぞエリク」
「よかった。美味くできたか自信なかったからさ」
「ん?自分で味見してないのか?」
「う、うん。作るのに精一杯で」
「じゃあ、ほれ」
フォルカーの指先にチョコが一粒つままれ、それをエリクの口元へと当てられる。フォルカーに食べさせてもらう構図にほんのり頬を赤らめるも、ゆっくりと唇を開く。開いた唇に押し込むようにチョコを入れられると、フォルカーが味わったのと同じ舌触りと甘みに、エリクの口元が緩む。
「ん、美味しい」
「だろ?にしてもなんでチョコをくれたんだ?お前、バレンタインがどんな日か知らなかったよな?」
「あ、その…食堂に行ったら、俺たちの世界のセルフィとコーデリアがノエミさんと一緒にチョコを作ってて。その時にお世話になった人にチョコをあげる日だって教えてもらったんだ」
「ふーん、なるほどなぁ。それでも合っているんだが、メインはそっちじゃないんだぜ?」
どういうこと?と首をかしげるエリクの唇に指を押しあててゆっくりと告げる。
「メインは、恋人にチョコレートを贈る日なんだ」
「え、ええ?!そ、そうだったのかよ」
あわあわとするエリクを楽しそうに眺めながら、再度問う。
「さてエリク。このチョコは、世話になってるから贈ったのか?それとも、恋人だから贈ったのか?」
その問いかけにエリクは渡す前のもやもやが晴れるのも感じた。
「恋人、として渡していいんだよな?兄貴」
「ああ、むしろ世話になったから、て言われたらへこむぞ」
「よかった。俺も、お世話になったからって渡すの、よそよそしくてなんか違うなって思ってたんだ」
それから二人でチョコレートを食べさせあったりして、甘い時間を過ごした。