洞察❋
赤橙色の空の下、孤高に立つ小さなラボで、一人の科学者が頭を捻っている。数時間前から何度も試験管を入れ替え、測定値を確認しては溜息をつく。
「……おかしい。再現性がない。理論上、間違っていないはずなんだが…」
あれやこれやと手を加えても、寧ろ遠のいていく。段々苛立って手荒になっていく科学者の手。それを眺めるもう一人の視線が、さらにそれを加速させる。
「まだやってんの」
とだけ語りかける、頼りない助手の声。
「やかましい。放っておけ。」
「一応俺あなたの助手なんですけど」
「道を降りたお前に分かるものではない。これは比較的最新の研究だ。」
「じゃあなんも言わん」
数秒の会話で交信を諦め、作業机に手をつき、助手は散らかったメモの山を覗き込む。
「…落ち着かんのだが」
「いるくらい許せよ、手伝おうとしてんのに」
「何を偉そうに」
なんかしたんかというくらいに当たりが強い。彼は常にそういう奴だ。
❋
六度目の失敗で色々とはち切れそうになりかけた時、助手がひとつの資料に指差した。
「…これじゃね?温度設定、予定より±2度ずれてる」
唐突な助言がいきなり送られた。
「ほれ、そこのパラメータ。設定温度、こっちの手順書と違う。前提条件崩れてるから、理論通りの反応にならないんじゃねえの?」
「は?温度?そんな序盤で見落とすほど私は愚かでは…」
そういいながら、指定のものに目を通す。
…確かにずれていた。基本的な箇所で、しかもずっと見落としていたとは。
「…………っ」
口を開きかけて、すぐ閉じる。そのまましばらく沈黙したのち、吐き捨てるように言った。
「……偶然だ。」
「何がだよ」
その声に返事もせず、誤った箇所を直す。いや、礼くらいしろよ。
「……目敏いな、お前。」
不器用か。
❋
「まあその辺は、昔俺もよく見落としてたし」
「昔…」
助手も、かつては科学者を目指していた。
が、脆弱故に落魄れた。
もし、もしもそうでなければ、ただ隣にいるだけでなく、肩を並べられたのだろうか。
「…その程度の知識でいい気になるな、はぐれ者の分際で。今の私の足元にも及ばんことを自覚しろ。」
「なんで怒ってんだよ。その程度の知識を見落としてたのは誰でしょうかね」
「黙れ」
❋
もしもは、未来には来ない。
あくまで可能性であり、実現しない夢のような話。それでも、もし二人が生まれ直せたら。何もかもなかったことにできたら。
最初から、友達になれたなら、なんて。