沈黙の手(官半のりはびり短文) するり、と重々しく仰々しい手袋を外すと、手首から徐々にその素肌が顕になる。
爪は几帳面に切りそろえてられており、顔色と同じく肌は少々青白い。健康的とはいい難いが、整った指は長く、関節の骨ばった無骨な手はなんとも男らしい。指と指を擦り、しばし開放感を味わうかのように動かす。
まるで目が離せない。
血管の浮いた手の甲。広い肩。
重ねたときには覆い尽くされてしまった。己の手も、身体も、なにもかも。
しゅる、と自ら帯を解く僅かな音にも、半兵衛はうっとりと耳を澄ます。
誰に対しても、小さな居住まいにすらこの男は隙を見せない。ついこないだまでは、そうだった。
長い指が、後頭部で髪を纏めていた紐を解いて、前髪がばらりと散った。鋭い目元がほんの少しだけ緩む。彼が私的な時間へと己を切り替えたその瞬間たるや、半兵衛には垂涎ものであり。
(…うわぁ、やらしい。)
纏わりつく無遠慮な視線に、ふぅ、と、息をついて手の主は、冷たい目でついにこちらを向いた。
「何か面白いか。」
「えー?別にー?」
「では何をそんなににやついている…。」
そりゃ、普段そんだけもったいぶって肌隠してるんだから、見えたら嬉しいに決まってる。
すきなひとだもの。
なんだって俺は知っていたい。
本人が意識していないことも、知らないことだって。
夜着に着替え終えた官兵衛が、同じく夜着に着替えた半兵衛のそばに膝をついた。彼の瞳に映る、行燈の灯が揺らめく。
「官兵衛殿って、さあ。」
首に両腕をからませ抱き寄せると、前髪同士が触れた。背中に回ってきた大きな手のひらが熱い。満足げな半兵衛は、襟口からそっと手を忍ばせ官兵衛の首筋の一点へ触れ、呟いた。
「…首にほくろ、あるよねえ?」
半兵衛が目を瞑ると、夜の闇がその唇を覆った。