高校生おさぶ 三郎が大学への進路を悩んでいた時期に目の前の男、天谷奴零は姿を表した。
眉根を寄せる一郎とこの男が信頼に値するのか見極めようとする三郎に零は苦笑を漏らし、数冊のパンフレットを机へと置き本題に入る。
「三郎、アメリカの大学に興味はねえか?」
その一言で三郎の人生は変わった。
教師との三者面談で勧められて以来、一郎がそれとなくアメリカ行きを勧めてきていた。はっきりと三郎が拒否すれば一郎だって納得するが、一掴みの興味が三郎にもあったのだ。
一掴みの興味に一抹の不安。なにより、国内を旅するのとは萬屋ヤマダとの距離が違いすぎた。二郎はイケブクロから離れてしまったが、数時間もあれば帰ってこれる距離だ。二郎もいないのに僕が離れてしまったら、と三郎は一郎の顔を見上げた。
「茶ァ淹れてくるわ」
キッチンへと立った一郎に零が口角をあげる。このわかりきっていたと言わんばかりの男の表情が三郎は嫌いだった。
「お前には関係ないだろ」
眉を寄せる三郎を気にしないまま零はパンフレットを持ち上げる。
「見やすいようにお前のメールに送っておいたぜ」
零の言葉にスマートフォンを見れば、メール受信を知らせる通知が一件届いていた。ご丁寧に三郎がメインで使用しているメールアドレスではなく、かつてナンバーナインに教えていたサブアドレスに届いている。
「ご丁寧にどーも」
こういうところが嫌いなのだ。人を揶揄る態度。この男なら三郎のメインのメールアドレスだって電話番号も調べられるはずなのに、わざわざナンバーナインに教えたメールアドレスへと連絡をしてくる。含みがあるとしか考えられない行動。
「おら、粗茶だ」
緑茶を淹れた一郎が零の前に湯呑を置く。粗茶と言い切る限り一郎も零に対して複雑な心境なのだろう。