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    kirikirid

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    モチベがあがらないのでたすけてほしい

    【さぶれい】追想の記憶「この遷移だと効率が悪いぞ」
     三郎の肩越しから腕が伸ばされ、液晶の一部が指差される。タブレットで開いていた設計書の一部を零が指差した。
    「セキュリティの観点からここを経由してるんだ」
     今度は三郎がタブレットを二本指で拡大し、詳細の部分を指差す。
    「それなら、根本的に考える必要があるんじゃねえか」
     肩越しに響く重みのある声。何度も聞いているはずなのに、背後から響く声音になぜか懐かしく落ち着くような気持ちが湧いてくる。
    「まぁ、そうなるだろうな」
     タブレットの画面を切り、零の胸へと体重をかける。上を向けば、三郎とは異なる色のオッドアイと視線があった。
     影に覆われマグネタイトのような黒灰色、光彩がきらりと光り八面体のような輝きで三郎を見つめている。そして、メラニン色素の薄いであろう瞳にかかる傷跡。
     見慣れていない瞳のはずなのに、何故か、三郎の記憶の奥底で同じものを見た気がした。

     
     僕にはある年齢の記憶がない。
     一兄や二郎が何も言わないうえに、僕自身も不便を感じていないから気にすることもなかった。
     子供の記憶だから、どうでもいいことは忘れたのだろう。
     ずっと、そう思っていた。

     養護施設の自由時間は子供たちがそれぞれにやりたいことをやっていく。大勢の子たちは庭でサッカーをしているが、一部の子供たちは室内で静かに遊んでいた。
     二郎がサッカーをする掛け声を聞きながら、三郎は室内のテーブルに向かった。
    「三郎くんは何をやっているんですか?」
     子供たちの輪に入っていない三郎へと施設長が声を掛けた。
    「あ、おとうさん!いまは中学生の数学ドリルをやっているんです」
     お父さんに話しかけられ瞳を輝かせた三郎が嬉々として答えた。これです、と閉じられたドリルの表紙はたしかに中学生の数学ドリルだ。
    「小学校にあがったばかりなのに、もう中学生のドリルをやるなんて偉いですね。なにか目標でもあるのかな?」
     施設長をお父さんと慕う三郎の頭を撫でてやると、褒められたのが嬉しいのだろう。笑顔を綻ばせながら目標を話していく。
    「まえにテレビでみた数学オリンピックで優勝するのが夢なんです。とてもおもしろいし、たのしいので、がんばろうと思ってます」
    「そうですか、三郎くんは偉いですね。僕も三郎くんの夢が叶うことを応援していますよ」
     三郎の夢を聞いて施設長はこの子を全力で応援しようと心に決めた。
     何と言ったって金のなる木だ。中学生レベルといえど、7歳の子供が誰に教わることもなく問題を解き、あまつさえ全問正解していた。
     見るからに才能に溢れている。
     こんな才能の塊を、他の子供たちと同じような販路で消費するのは罰が当たるというものだ。
     それから数日後。
     「三郎くん、会ってもらいたい人がいるんだ」
     数冊目となった数学ドリルを解く三郎へと施設長は声を掛ける。何の話だろうと見上げる三郎を安心させるように頭を撫でた。
    「君の新しいお母さんとお父さんが決まったよ」

     ヒプノシスマイクの開発の傍ら、活動資金を集めるためにも詐欺師として動く必要があった。完成目前と言っても、それは変わらない。研究施設の維持費とメンテナンスには莫大な金がかかるのだ。
     いかにも豪邸という造りの家の前に零は立っていた。車が三台はゆうに停まる広さの車庫。外観も広い窓に謎の曲線の建物といったデザイナーズハウスだ。
    「(いいカモちゃんになりそうだな)」
     事前の調査である程度の目星は付いている。良い結果になるだろうと零はインターホンを押す。軽やかなチャイムの音、カメラ越しに人当たりの良い笑みを浮かべた。
    「こんにちは、天谷奴です。先日、ご相談頂きました件について詳細をお話しようと思いましてね。御子息の数学を伸ばすのにぴったりのご提案があるんですよ」
     すでに電話でアポを取っていたから話が早かった。零が詐欺師だとは気付かずに招かれるように開かれる扉。適当な教材を高額で売りつけ、途中で音信不通になる算段であった。会社が倒産した体でいれば、警察の捜査も手が伸びない。
     玄関を開けた女性が、にこやかに零をリビングへと通す。女性のデコルテを飾る宝石が散りばめられたネックレス。促されてソファへと座れば、妙齢の女性が零と女性の前にコーヒーカップを置く。高級な装飾、家政婦もいるとなれば事前調査通りの金持ちなのだろう。
    「コーヒーまでありがとうございます」
    「いえいえ。私たちと息子の夢を叶えるお手伝いをしてくださるんですから」
     にこやかに微笑む女性。子供の夢にただ乗りをしている母親にも思える。
    「我が社の社訓にお子さんの未来を広げるとありますから。全力でお手伝いさせて頂きますよ」
    「そう言われると安心しますね。息子を紹介した方が、話が早いかしら。ちょっと息子を呼んできますわ」
     母親がリビングから二階への子供部屋へと足を運んでいく。子供部屋はリビングの真上辺りなのだろう。
    「さぶろうくん、お客様が来たから会って」
     さぶろう、というよくある名前に零の胸がどきりと鳴る。零が子供たちに名付けたときには古風な名前だと言われていたが、零と那由多にとっては二人の名前から続く特別な名づけだ。
    「(まぁ昔からよくある名前だからな)」
     階段を下る音に零が用意していた資料を並べていく。
    「お待たせしましたわ。こちらが息子です」
     挨拶をしようとソファから立ち上がれば、特徴的な青と緑のオッドアイが視界に入った。オッドアイだけではない、左目の目元にほくろが二つ、口元にほくろが一つ。最後に見たのが赤ん坊の頃だと言えど、間違うはずがない。
    「三郎くん、挨拶して」
     母親に促されるまま、三郎と呼ばれた小さな少年が会釈をした。
     末の息子は零と別れた時にはまだ一歳になっていなかった。セミが喧しい日だったのを覚えている。冬生まれの三郎が、誕生日を迎えるずっと前の季節。
     心臓が跳ねるとはよく言ったものだ。心臓が跳ね上がり、血の気が引いていく。どきりと一際大きな音を立てた鼓動ごと息を呑み込んだ。
     そんな表情を悟らせないように、笑みを貼り付ける。
    「三郎くんっていうのか。よろしくな」
     成長をした末の息子との再会は心の底から喜べるものではなかった。
     何があった、一郎はどうしたんだ、二郎だってずっとお前の手を握っていただろう。上の兄二人はどうしたんだとか、お前だけなのか、とかどうやってこの家にとか、尋ねたいことや疑問がたくさん浮かんでは消えていった。
     それでも、無事にここまで成長した三郎を見て零はどこか安心したようにも思えた。
     母親に促されるまま、ソファへと戻ると、三郎もソファへと座った。齢は七歳のはずだ。
    「御子息の数学分野を伸ばしたいとのことでしたね。三郎くんは数学が好きか?」
    「ええ。今は中学生レベルの数学を解いていますわ。ですが、独学だと難しいでしょう。それで、何かないかとお伺いしたくて」
     小さく頷く三郎の横で母親が口を開いた。母親が決裁権限を持っていると一目でわかる。
    「なるほど。すでに独学でここまで解けるのであれば既存の問題集ではなく、思考の柔軟性や考え方を伸ばすのが良いでしょう。弊社からの提案としては、家庭教師はいかがでしょうか?」
     零の提案に母親がオウム返しに「家庭教師ですか?」と返した。
    「まだ、わたくしの名刺をお渡ししていませんでしたね。東都大学理学部数学科で非常勤講師もしています。三郎くんの数学的思考を伸ばすためには、ワンツーマンでのレッスンが効果的でしょう。非常に優秀な御子息です。担当はわたくしが務めさせて頂きます」
     様々な種類の名刺から一枚を取り出し見せれば、名刺の肩書に母親の目つきが一目で変わったのが分かった。
     当初の予定から咄嗟に計画を変更したが、手放したといっても息子に変わりはない。この家に一人で迎え入れられた三郎のことが心配であった。乳幼児の頃に別れた末の息子だ。捨てたはずの親心といっても、欠片ばかりの情は残っている。
    「日程やお時間などは、できる限りご希望に沿わせていただきますよ」
     肯定的な母親へと営業スマイルを向ける傍らで、三郎へと視線をやれば俯いたまま指を口元にあて、人差し指の爪を噛んでいた。
     ただの癖か、不安や愛情不足のサインか。シルバーフレームの眼鏡の奥で、零のオッドアイが細められた。


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