ぽたぽたと水音が響く部屋の真ん中で、セパルとアルフォンスはそれぞれ持ち寄った酒精を飲んでいた。ここはセパルの監獄でもあり、自室とも呼べる部屋だ。
事の発端を辿れば、珍しくアルフォンスが「サシで飲もうぜ」とセパルを誘ったからで。
「んで、どういうつもりなんですぅ?」
「ん〜? まぁなんだ、1人で飲むのも寂しくなってな?」
いつも通りのへらへらとした軽い態度に、冷えた目線を向ければ嬉しそうに微笑まれる。まるでその態度が気に入っていると言わんばかりの笑みに、思い通りに動いている事実が気持ち悪くて仕方ない。
ぐっと薄めの火酒を呷り、すっと鼻に抜ける甘いバニラの香りを楽しむ。対面でひたすら麦酒を飲み続けるアルフォンスを見ながら、セパルはぼんやりとファウストのことを考えていた。けれど、段々と無言が痛くなってきてしまったから。
「…なんで私なんですぅ?」
「そりゃ、こんなの頼めるのお前くらいだろ」
「……なるほどぉ」
酒精が回ってきているのか、どろりとした目で無防備にそんなこと言われてしまう。こりゃあ、1度ハマれば抜け出せないなぁと、数々の被害者の顔を思い浮かべてセパルは笑う。傍から見ている分には面白いし、実害がなければどうなったってわりかしどうでもいいから。
筆頭のイサンなんかすっかり入れ込んでいて、憑き物が落ちたおかげか遠慮のないアタックは見てて飽きないし。ヒースの無自覚な目線はいつだってアルフォンスを向いている。そのくせこの男はそんなもの見る気もないし、の割に簡単に体を受け渡してしまうのだからちぐはぐだ。
「…そぉやって俺も誑かすつもりですかぁ?」
「はぁ? んなわけ。 そもそもお前は俺なんかに興味ねぇだろ」
「なはは、どうですかねぇ? 私が抱かせろ〜とか言ったらどうするんですぅ?」
酔った勢いもあるが、前々からしばし気になっていたことを聞いてみる。その答えがどうであれ、なんでも面白そうな質問だと思っていたのだ。もちろんセパルは微塵も抱く気は無いし、そもそも男に対して欲情できるかも分からない。だからただのお遊びのひとつとして、からかうつもりで聞いていた。
「………まぁ、そうだなぁ………昔の俺はなんて言うのかわかんねぇけど、今はシンクレアに誠実でありてぇからさ」
「……つまんな」
セパルは再び冷えた顔をして、吐き捨てるように呟く。もう少しマシな答えが返ってくると思っていたのに、蓋を開ければただの惚気だとは。
マァ仲睦まじいのは良い事だと思うが、それはそれとしていくつも想像していた答えと何もかすらないのは面白くない。
というか、なんか告白してもないのに振られた気分になって酒が不味い。
「…はぁ。 クソつまんねぇですねぇ…なんかもっと気分の上がる悪口とか不満とかないんですぅ?」
「はぁ?? ホントなんなんだお前。 悪口ィ?相変わらず性格悪ぃな」
「あんたに言われたくないですよぉ。 そんで、ないんですかァ? シンクレアくんに不満とか」
「あー……お前に対するもんならいくらでも出てくるんだがなぁ?」
セパルはつまらなそうな顔をしながら、先程まで飲んでいた薄めの火酒に原液を流し込む。こんな酒のつまみにもならない話には、さっさと酔いを回してしまう方がずっと楽しい。どうせ二人で飲むと決まった時点で二日酔い確定なのだから、出し惜しみする方が損だろう。
「…まぁさ、あるぜ? それなりに」
「あぁ、そうなんです? てっきり馬鹿みたいに信仰してるのかと」
「前まではそうだったよ。 唯一無二の光だと信じて疑わなかったし。」
「今は違うと?」
「んぁー……。 違うともいえねぇけど…それだけじゃなくなった…?かな」
なんとも歯切れの悪い回答に、少しめんどくさくなってくる。でもこのまま踏み込んで聞けば、なんだか面白そうなことを聞けそうな気がするんだけれど。マさっき壮大に外してしまったので、勘を信じるのは程々にしておくべきか。
「良くも悪くも人間くさいなぁって…クッソ、許せねぇ! とかはねぇんだけど…あと俺自身の嫉妬とか?」
「君が嫉妬する権利ありますぅ?」
「んな。 一切ねぇんだわ! だはは!」
「笑い事じゃねぇでしょう」
「でも笑うしかなくないか?」
「そーですねぇ。」
セパルはそう返しつつも、内心「こいつも嫉妬心なんてものあったんだ」と失礼にも思う。勿論アルフォンスも人間なのだから、それくらいの感情の一つや二つはあるんだろうが。
普段の言動を聞いていると、それなりに心を開いているシンクレアにさえも1枚の壁を隔てて話しているように聞こえる。別に遊びで付き合っているという事では無いだろうし、ただ彼の性格がそうさせるんだろうなぁとは思う。
「彼はずっと本気みたいですけどねぇ」
「知ってんよ。 そりゃもう…痛いほど」
「なら何故信用してあげないんです? その浮気性もそれ故なんでしょ?」
「……。 お前、意外と人の事見てんね」
ていうか、最近は浮気してねぇしと付け足して、アルフォンスは居心地悪そうに顔を伏せた。恐らく飲みに誘った理由も、俺になら上手く言語化してもらえるだろうという幼い期待故だ。本人はそれを自覚していないし、無自覚でここまでこなせるとなるとそれはひとつの呪いでもあるだろう。
可哀想とは思わない。環境がそういう人間にしたのだとしても、才能がなければ開花するものでもないし、コイツはそれを使ってさんざん甘い蜜を吸っている。無自覚に搾取していたから許してね、なんて世迷言まかり通るわけが無いんだ。
「私は別に怒りませんけどぉ。 ただ…シンクレアくんがあんまりだなぁと思ったんですよ」
「はぁ…そうだよなぁ。 なー……どーすりゃ直るかね」
「さぁ? 直るも何も…それが君なんじゃないんですかぁ?」
セパルは口に出した後に思う。なんだか彼を肯定しているようではないか?と。そんなつもりは一切ないのだが、どうにも他人事だと割り切るにも虚しさを覚えてしまう。まるで半身が人生相談をしているみたいな、そんなよく分からない心情なのだ。
「まー……いつか君がシンクレアくんに捨てられた時には…俺が拾ってやってもいいですけどねぇ」
「あ、悪い。 先約いるんだわ」
「は?」
「ちょっと前にイサンから似たようなこと言われて…」
「………。 お前、マジでシンクレアくんに感謝して生きろよ。 普通なら刺し殺す…いや、呪い殺されてるわ」
「あーーー…………うん。 カレンダーのってあれ…呪いかな」
「…そういえばやけに君のこと狙ってましたねぇ…シンクレアくん。」
どかっと爽快な音を立てて吹っ飛ばされるアルフォンスを思い出して、酒精のせいもあるだろうが頭が痛くなる。視界もぼんやりしてきたし、もうそろそろお開きにした方がいいかもな。
「さぁて…あんたとサシ飲みしたってバレたら睨まれそーですし、そろそろお開きにしません?」
「一応ちゃんと許可取ってきたけどな」
「なんかもう犬ですね…猫なんだか犬なんだか…」
「そりゃお前にも言えんだろ。 気分屋のくせにファウストさんの狂犬だし。」
「そーですね、あの人はそれがお望みなんですよ」
「なんか闇深けぇな、お前ら」
「君が言います?」