アンビバレンスの見本 (郁玲・ひかる目線) まるで、郁人さんの為にあるような言葉だと思う。
ブロイラーが用語を作り出し、フロイトが精神分析理論に組み入れたとされるそれは、対象人物に向けて相反する感情を抱くことを指している。
* * *
とんでもなく乱暴な口調と悪口の応酬。
理路整然となじりながら、テーブルの下、足先は対象人物のヒールにさりげなく触れている。
眉間に皺を寄せてつく、これ見よがしのため息。そして。
「休憩を入れてやるから消費に付き合え」
「え……っと?」
ああ。あのシュークリーム。朝から並んで買ったって話してた、期間限定フレーバーの。
立ち上がった郁人さんがこちらを一瞥したので、僕もさりげなくパソコンのモニターに視線を戻した。〝対象人物〟との仕事の話が終わるまでは、こちらに火の粉が降りかかることはないと踏んでいる。
1614