未完フォドラの戦火が途絶えてから、何度も同じ夢をみるようになった。
『師』
彼女達と過ごした日々。
『さようなら、師』
彼女達と道を違えた日。
『貴方の手で…』
彼女の命を、この手で断ったあの時。
縋るような、拒むような瞳と、戦で乱れた白髪を今も夢にみる。
「…ス、ベレス」
「!」
「魘されていましたよ」
暗い部屋の中、慣れない目で声の主を探す。
「レア…」
頬に触れた温もりを辿り、その先の愛しい人を抱き締める。少し驚いた様子の彼女はそっと私の頭を撫でながら子供をあやす様に語りかけた。
「悪い夢を見ていたのですか?」
「悪い夢…」
じく、と身体中に鈍い痛みが走る。
伴侶の優しい声に頷きたくなる。しかし、それを拒もうとする自分もいた。
暗闇に目が慣れると、自然と互いの瞳を見つめた。レアの瞳は不安げに揺れている。私の口から答えを聞くのを怖がっている。
「…寝言、言ってた?」
「……ええ、何度か」
ならば自分が何の夢をみていたのか、きっと分かっているのだろう。
「……あの子達の夢をみる。あの日から何度も」
不安にさせたくないが、隠し事も、嘘も吐きたくなかった。
「…そう。…悲しい夢をみたのですね」
「…うん」
悲しい夢。そう言い変えたのは彼女の優しさだろう。情けなくも、その優しさに甘えてしまっている。
「…そうでしょう、ね…」
レアが毛布の中で小さく身を捩ると、返事をする間もなく腕から出ていってしまった。
傷付けてしまっただろうかと手を伸ばすと、気付けば柔らかな胸に包み込まれていた。一瞬状況が呑み込めないまま視線を上に向けると、意外にも彼女は優しくこちらに微笑みかけていた。
「貴女は、人の為の言葉なら迷わず口にするのに、自分の気持ちは胸に秘めたままの事が多いのですから。…私のことを気遣ってくれていたのでしょう。その心遣いは嬉しく思いますが、貴女の本当の気持ちを受け止めきれないほど弱くはないのですよ」
呆れたような顔で笑う彼女は、自分が思っていたよりもずっと強かった。
「聞かせてもらえますか?」
「…ずっと、同じ夢なんだ。あの子を討った時から変わらず」
「…ええ」
「……レア」
「はい」
「私は、あの日彼女と道を違えた時、迷っていたのかもしれない」
皇帝を討てとレアが命じなければ、すぐに剣を構えることが出来ただろうか。
皇帝とその従者である彼。しかし、私にとっては大切な生徒だった。構えた剣が重かったのは、きっと気のせいじゃない。
今だから分かる葛藤だ。無意識に天秤を揺らして、私は生徒だった彼女に剣を向けた。
その選択に、後悔は無い。
「後悔はしていない。レア達とフォドラを守りたいと思ったから。この気持ちは嘘じゃないよ」
「ベレス…」
「…ごめん。不安にさせてしまったね」
白い頬に手を伸ばせば、心地よさそうに目を閉じる。この人を独りにしたくない。何よりも強く思っていたことだ。
「……ベレス。そのまま、私の話を聞いてくれますか?」
「?」
レアは一度口を引き結んだ後、目を閉じたまま小さな声で話した。
「私も、あの時は怖かった。大勢の凶徒が同胞の眠る場所を荒らして回ることも、皇帝を映す貴女の瞳が揺らいでいたことも」
「!…気付いていたんだね」
「ええ。私にとってあの者は討たねばならない存在。しかし、貴女にとっては…」
「レア…」
「貴女の迷いを責めることはできません。かつて私も、同じ気持ちを持ったことがありました。…ネメシスを討った時のことです」
ネメシス。
レアが言っていた。ソティスを害し、彼女の骨を武器として振るっていた者。彼女の同胞達を亡き者にした邪王だと。
「私は、一刻も早くあの者達から全てを取り返したかった。家族によって、同胞達が討たれていく姿を見たくなかった。…けれど、私は彼等と剣を交えた時に感じてしまった。…骨となった彼等の嘆きを」
ひたり、と彼女の頬に当てた手が濡れる。
溢れたそれを拭うことも出来ず、ただ話に耳を傾けることしか出来ない。もどかしいが、動いてはいけない気がした。
「今も耳に焼き付いています。刃と刃が触れた時の声なき悲鳴。私が剣を振り下ろす度に、私が彼等を害しているような感覚…。腕は止められなくとも、迷いはきっと、私にもあったのでしょう…」
「…」
「私も貴女も、迷いを払い、成すべきことをやり遂げました。過去を想うことは咎められるものではありません。しかし、前を向き続けなくては……私達の守るべき者たちのために」