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    幻覚ウマ娘育成シナリオ ジャスタウェイ編
    シニア級 10月後半

    天皇賞・秋の前に 欲しい言葉は「次のレース出るんだって?応援してるよ!」

    ___いつからだったのだろう。

    「一着ではなくてもいいから、どうか無事に帰ってきてね」

    ___周りからかけられるそれが、勝利を祈る言葉から身体の無事を祈る言葉に変わったのは。

    「なあなあジャス、アタシのレース見てただろ!?」

    ___休むことなくターフを駆ける親友に激しい憤りを覚えるようになったのは。

    「……あの、先輩っ」
    「ごめん、今は放っておいてくれないかな」

    ___周りの人達を遠ざけるようになったのは。

    「…………」

    病室は静かだった。自暴自棄になった僕が、心配してくれている人たちを遠ざけたからだ。
    その中には……デビュー前からずっと隣にいた親友のシップも含まれている。
    シップがレースを勝つ度、最初は僕だって自分の事のように嬉しかった。けれどダービーに出走した後から、僕は病気や脚の状態が問題でレースに出走できなかったり、結果が伴わなかったりといったことばかりで。そんな中シップは怪我ひとつなくレースを勝ってくるものだから。……羨ましい、と思ってしまったのだ。
    羨望は嫉妬に変わり、嫉妬はやがて憎悪へと変わっていった。そうしてある時、僕は次のレースは勝てる、と励ましてくれる彼女へ吐き捨てるように言葉を零してしまったのだ。
    「怪我ひとつしたことない健康な君には、僕の気持ちなんてわからないよ」……と。
    ひどいことを言ってしまったという罪悪感でまともに見れていないけれど。その時の彼女は、泣きそうな顔をしていた気がした。
    それからは気まずくて学園でも話していないし、寮に戻れば彼女と同室同士なので病室を借りている。

    コンコン、と。病室のドアがノックされた。こんな僕の元にいまだに訪れてくれるひとなんて誰だろう。看護婦さんやお医者さんなら一声かけてくれるだろうし。
    「どうぞ」
    開けられた扉の向こうに見えた人影に息を呑んだ。突き放してしまった親友の姿がそこにあったから。
    「よ、ジャス。次走は天皇賞・秋って聞いたぜ?」
    「……うん。足や体調に問題が無ければその予定」
    ずっと見ていたいと思う綺麗な髪が目の前にあるのに、自分の手元から目線を外せない。彼女の顔を見るのが怖かったから。
    「まあ、久しぶりのG1レースだし……無理しない程度に走ってくるよ」
    それは自分を守るための嘘だった。本当はこの脚が壊れたって構わないから勝利を掴みたい。でもそれを素直に伝えれば、無理はしないでねと色んな人に嗜められたから。
    「……オマエがそのつもりなら、今日は帰った方がいいな」
    「え?」
    「レース前にゴルシちゃんからのありがた〜い激励の言葉でも送ろうと思ったんだけどよ。本人に勝つ気がないならいらねーかなって」
    「あ……っ」
    反射的に顔を上げる。シップの瞳には呆れの色が浮かんでいた。……逆に言えば、あんなことを言った後でも、僕のことを今まで信じてくれていたということで。
    違う。本当はそんなこと思っていないのに。君に走る気がないウマ娘だなんて思われたくない。
    病室を去ろうとする彼女を、半分叫ぶように呼び止めた。
    「……っ違う!!」
    「……」
    「勝ちたいし、勝つつもりだよ。去年からずっと、このレースだけはって決めてたから……!」
    昨年、僕たちがまだクラシック級だった頃。ふたつ上の世代であるエイシンフラッシュさんのレースに、僕は心を奪われた。レース中後ろから見送るしかなかった背中も、秋の盾を手にした後観客席に向かって跪いたあの姿も。心よりも、もっと奥底__本能を揺さぶられたような感覚だった。
    だから、このレースだけは。天皇賞・秋の盾だけは、逃したくなかった。上位のウマ娘が出走回避をして、ギリギリ僕が出走枠に滑り込めた時は思わず涙したくらいに。
    僕の言葉を聞いたシップはニッと笑って、ベッドの柵へと寄りかかる。
    「言えたじゃねえか。それじゃ、アタシからの激励の言葉だ。心して聴きな!
    ジャスは絶対に勝てる。……この日のためにずっとお前が頑張ってきたのを、誰よりもすぐそばで見ていたゴルシちゃんが言うんだ、勝利は間違いないぜ!」
    「……絶対に、勝てる?」
    「おう!」
    彼女の言葉はまっすぐで、嘘偽りのないことがわかる。
    __絶対に勝てる、なんて。トゥインクルレースに絶対はないというのに。シップが言うのなら本当にそうなんじゃないかって思えてしまうから不思議だ。
    「シップ。……ありがと」
    「はっ……ちょ、何で泣いてんだよ!?これじゃ激励じゃなくて泣かせにきたみたいじゃ__」
    「違う、違うよシップ。嬉しかったんだ。
    今の僕が一番欲しい言葉をかけてくれて、ありがとう」
    慰めでもなく同情でもなく、勝利だけを信じて贈られた言葉が心の中にじんわりと染みていくのがわかった。


    その後、あの日僕が放ってしまったひどい言葉のことを謝ってから、次回のレースを絶対に勝ってくると約束をして。

    『第148回天皇賞・秋、まもなく発走です!』

    __その日、僕は憧れのひとを超えてゴール板へと飛び込んだ。
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