キスの日ネタ(もんけま)「勝負だ! 文次郎!」
留三郎の声に思わず口角が上がる。早い速度で迫り来る留三郎を袋槍で阻止しながら、隙をついて攻撃をする。久しぶりにする手合わせは楽しくて堪らなかった。空は雲一つなく、他に人の気配もない裏山は集中するには好条件だった。
お互いに熱が入り、いつもより長くやっていた。留三郎の動きに乱れが出始め、額にじんわりと汗が滲んでいるのが見え、俺は構えていた袋槍を下ろし留三郎に声をかけた。
「休戦。そろそろ休憩にしないか」
「ん……」
提案に留三郎も同意したのか、構えていた鉄双節棍を下ろすと口から大きく息を吐いていた。動いているときは気づいてなかったが、いつもより顔が赤いような気がした。額に滲んでいた汗は変わらず出ており、こめかみの辺りから出た汗が顎を伝って地面にポタリと零れ落ちる。
なぜか、心がざわりとした。
「……留三郎」
名前を呼んでみたものの、留三郎は反応することなく足を一歩出したかと思うとそのまま体が傾き、咄嗟に支えると手から伝わった留三郎の体温は驚くほど熱かった。
「熱……!?」
体調が悪いようには見えなかった。それこそ動きはいつも通りだった。急に崩すことなんてあるのか。そう思ったものの、上からジリジリと照らしつける日差しに暑さでやられたのだとすぐに気が付き、影になっている木の下へ運んだ。とにかく体を冷やさなければならないし、水を飲ませなければならない。留三郎を仰向けにし、頭を覆っていた頭巾を外して、腰紐を緩め服に隙間を作ったもののあまり変わりないようだった。
「留、留。水飲めるか」
置いてあった留三郎の水筒の口を開け、声をかけたものの留三郎はぼんやりと目を開けるだけで水を飲むというのが理解できていないように固まったままだ。首を少しだけ上げ水を飲ませてみたものの、上手く飲み込めないのかすぐに吐き出し咳き込む姿に申し訳なさでいっぱいになる。
なんとかしなければならない。忍術学園に戻るのは当たり前として、その前にせめて水くらいは飲ませておかないとマズイだろう。しかし当の本人は上手く飲むことすらままならない。どうすれば。そんなことを考え、思いついた一か八かの思いつきに賭けるしかなかった。
「留三郎」
名前を呼びながら、肩のあたりを叩くとまたしてもぼんやりと目が開けられる。それを見て俺は水筒に入っていた水を口に含み、そのまま留三郎に口付けた。入ることなく零れ落ちる水を感じながら、口を開けて貰うよう耳の裏を撫でるように触れると少しだけ口が開かれた。再び水を含んで口を付ける。今度はさっきよりも零れ落ちることなく、留三郎の口に移り喉が上下するのを感じ少しだけ胸を撫で下ろした。そんなことを数回繰り返し、水筒の水が残り半分を切ったところで留三郎の目は少しだけ意識を取り戻していたようだった。
「も、んじろ……?」
「大丈夫か?」
留三郎の腕を引いて上体を起こすとグラついたものの、さっきと比べると幾分かマシなようだった。そのまま留三郎を背中に乗せ山を下り、忍術学園に戻るとそのまま医務室へと向かった。
結果としては軽い熱中症のようだった。まだ五月だというのに高い気温に体が対応できなかったらしい。未だに少し赤い留三郎の頬を撫でながら、額に乗っていた手拭いを冷たいものと取り替えた。
ようやく留三郎が目を開けた頃には、日はすっかりと暮れていた。
「文次郎?」
「おっ、起きたか」
起き上がる姿勢を取ったため背中を支えてやると少しもたれながらも、昼間よりかはかなり調子が良くなったように見えた。赤く熱くなっていた顔も普段通りに戻っている。ホッとしながら、枕元に置いていた水を取り留三郎に飲むように出したものの手を付けることなく、水を見つめたあと視線を俺に移した。
「……飲ませろ」
「は? なに言って、」
まだ喋っているのに、留三郎自ら顔を近づかせ唇が重なった。柔らかく温かい感覚に体の中心がグツグツとたぎるように熱くなる。重なってすぐ離され、留三郎は少しだけ照れたように笑った。
「……水、飲ませろよ文次郎。昼間みたいに」
了