三つの“噂”の仕入先「いらっしゃい!人形・ぬいぐるみの素材・パーツ・歯車から装飾まで、なんでも揃ってるっすよ。今日は何をお求めで?」
見知った顔の友人が、お決まりの来店セリフを言ってくれる。もう何千回と聞いたはずなのに、不思議と聞き飽きることはなかった。
「やっほー、素材屋さん。…ダメ元で聞くんだけどさ、人形の目ってあるかな?」
「あー…それだけは宝石店に向かわないと無いっすね…」
ダメ元で言って正解だった。何度かこのお店には通ってるけど、人形の目用のガラス玉を売っているところは見たことない。流石に私の持ってるぬいぐるみも目を失くすことはなかったから買う必要もなかったのだけれど。
「なんでも揃ってるって言った癖に。わかってたけどさー。素材屋なのになんでガラス玉だけ揃ってないの?」
「ガラス玉の目だけは特別なんすよ。こういった人形のパーツとか、装飾も量産されてるんすけど、眼球用のガラス玉って希少らしくて。」
何気に初耳だ。割と人形ってどこにでも居て、人形たちは全員、ガラス玉を付けているのに。
「職人さんが一つ一つ丁寧に作ってたりするの?」
「いや。…。なぁ、人形もぬいぐるみも目が絶対にガラス玉の理由、知ってるっすか?人形はまだしも、ぬいぐるみにも。ボタンやビーズでも良かったものを…」
素材屋を務める友人はいつも素材も面白そうな話も仕入れてくれる。
「…私のとこのゲルダは片方ボタンだよ」
「そこは置いといて」
「人形のガラス玉は、魔女が作ったと言われてるんすよ。」
「魔女?この世界に魔女なんて居るの?」
魔女なんて伝説的な存在だ。幸せへ導く善い魔女、命を奪おうとする悪い魔女なんかの逸話はたくさん存在する。特に悪い魔女の逸話のほうが多い。…でも、今は魔法なんかなくても人の手で人形が作れる時代。現代に魔女は居ない…はずだ。
「あんたの師匠魔法使いでしょうが。」
「あの人はただ手先が器用なだけだよ。」
本当に、手先が器用で演技も上手くて、よく人を騙す。根っからの悪い人でも無いんだけど。…でも、私もこの店主くんも、見紛うほどに、あの人の操る人形たちは魔法で動いてるようにも見えていた。正直悔しいけど、同じような仕事をしてる私にとっては、尊敬している。
…にしても、この店主くんと話すとどうも場の雰囲気がフワッとする。中々シリアスな気分にはなれない。
「…ゲルダも、そこらに居る人形も、みんな人間が糸で操ってる訳じゃないっすよね?
…マリオネットタイプとか言う糸を使うものも居るっすけど。」
「…確かに。カイくんはメカニックタイプで自立出来るからまだしも、ゲルダって中身綿だけだったような…」
「そうなんすよ。どの人形も、みんな人間みたいに、「意思」を持って動いてる。」
ゲルダが人形を見つけた時「直そう」と説得してきたのも、意思。
カイくんが最初私達に反抗し、何度か口論したのも、意思。
ゲルダがカイくんに目をあげたのも、意思。
本当に、人間との区別が付かない。
「人形の目のガラス玉は、全部魔女が作っていて、魔力が込められているから動いてるっらしいんすよ」
「えーそれ本当?」
こんなやりとりもn番煎じだ。私はあの人を反面教師に、嘘を見抜くのが少し得意になったのだ!すると友人も見抜かれることは承知していたか、演技がかった表情から外れ、ニヤリと笑って返してきた。
「“噂”っすけどね!!」
「やっぱり。…でも、本当に魔法で動いてたら結構ロマンチックな話だね。魔法がいつか解けちゃうなら、いつかあの子達も動かなくなっちゃうのかな…なんて。」
「単に素材の劣化や機能の停止でで人形が動かなくなると「魔法が解けた」とか、「十二時が来た」とか言う話もあるみたいっすよ」
どうしてそこまで知っているんだろう。いつも私の話に合わせて面白い話の補足も足してくれる。と、そういう話をどこから仕入れてるのか一回聞いたことがある。店主くんの友達に、自称魔法使いのあの人みたいに、自称精霊の人が居るらしい。その人と会う度に、毎回三つくらいのそういう話を聞かされて、私に流れてきてるんだとか。
店主くんは友達が精霊なことも、友達の話す非科学的な話も信じてないみたいだけど、同じ自称人が周りに居る環境で、同じく魔法も精霊も信じてない私に、友達から聞いた話を話して「それはないでしょ」と笑い合うのが日課になっていた。
「十二時?なんで?」
「さぁ…詳しくは知らないっす。地域差とか、魔女の逸話で残った風習みたいなもんなんじゃないすかね」
…と、十二時からふと思い出して時計に目をやると随分と話し込んでいたようだった。これだからいつも帰ると「おそいよ!」と怒られる。…最近は「どうしてたかが素材屋行っただけでそんなに暇が潰せるのさ」と言ってくる子も増えてきたから長居はしづらい。
「目を手に入れるには結局、宝石店しかないかー。」
「…目を買おうとしてるってことは、もしかして、この前脚のパーツ決めてたときの…カイ…だっけ?そいつのことっすか?」
もちろん、ゲルダのリボンや他の素材、クライアントや仕事で必要なものもここで買い揃えている。メカニックタイプの脚パーツまで売ってるとは種類が豊富だ。ガラス玉以外は。
「そ。そろそろ目を買ってやんなきゃと思ってねー。」
今日はガラス玉があるかどうかを聞きに来たが、それ以外にも、最終メンテに必要な細かな部品やら工具やらも買い足しに来た。必要なものを取っていきながら世間話する様は、常連ならではの得意技。
「宝石店の見当はついてるんすか?良ければ紹介するっすよ」
「ううん。もう決めてるからいいよ。」
必要な素材や用具をカウンターに置く。思ったよりも多く買ってしまったのか、「ドサッ」という音が本当に聞こえてきた。。店主は商品を見て計算しながら世間話を続ける。
「…あ、もしかしてあそこっすか?」
「うん。」
「ケンキューインが経営してると“噂”の。」
「七つの鉱山系列の…」
「「え?」」
基本的に、私が「アレだ」と言えば「コレ」がわかる人だった。逆も然り、店主くんの言う「アレ」に「コレだ」と言える私が居た。
始めて話が噛み合わなかった。
「え、あの、白髪の男の子が店員のとこ…」
「そっすよね!でっけー図書館の隣の…」
「七つの鉱山で採れた宝石も扱ってるって…!」
「隣の図書館が実はなんかよくわからんケンキュージョだって…!」
情報が一致しない。研究所とか私はそんなことは初耳だ。同じく、アラジンくんも私の言ってることに理解を示さないようだった。別の宝石店を言い合ってる可能性は低い。「白髪の男の子」、「図書館の隣」の情報は多分合ってる。
「…ま、まぁ、同じ店のこと言ってることに変わりはないと思うっすよ…!多分」
「そ、そうだよね!「図書館の隣の宝石店」って言えばみんなわかるもんね!」
とは言え、なんとなく気まずい。今まで解り合えてた相手と、急に話が噛み合わなくなるなんて。…でも、店主くんは友達から噂とか聞くの好きだし、何かがごちゃごちゃになってるのかも。…宝石店のあの子が研究員?かもしれないのは、ちょっと気になるけど…
「げ、元気っすか!ゲルダとカイ!」
「…えっ?あ、うん!元気だよ!」
気まずさからからか、話題を変えてくれた。体調を崩したりしない人形に「元気?」と聞くのはちょっとおかしいが、別の話題に行きたかった私達は続けた。
「…こんなこと聞くのもどうかと思ったんすが、カイって、その…捨てられたやつなんすよね。」
「あー…うん。そうだね。明確にカイくんの口から出た訳じゃないけど、多分。…自覚したくないんだろーね…。」
「…どーして元の持ち主は、あんな高性能なメカニックタイプを捨てたんすかね。」
「確かに。メカニックタイプって普通、寂しさを紛らわせるぬいぐるみとか、着せ替えを楽しむ人形のためじゃなくて、病院とかで人の状態を見てお医者さんのお手伝いをしてるイメージ。」
人形には型とタイプによって役割がある。それは割と、人類が決めたふんわりとしたものなんだけど。
ぬいぐるみ型は、テディタイプが家族が増えるというコンセプト。
ストラップ型は、身の回りの小さな彩り。
テーマパークで見かけるマスコットタイプなんかも最近は見ることが増えてきた。幅広い年齢層の人達を喜ばせる、おもちゃとか、娯楽みたいな。
一方で、ドール型は、着せ替えを主要としたビスクタイプ以外のタイプは市販で売られていない。
マリオネットタイプはレジャー施設の案内役とかしてる場面も多い。ぬいぐるみとは違って、人件費の削減…のような形で使われる。
中でも異質なのが世界で生産されてる数が少ない、メカニックとミリタリー。
ミリタリーは公に公開されてる情報が少ないので省くが、メカニックタイプについてもまた、情報はそんなに多くない。人形というよりかはロボット。医療機関に関わることが多くて、実は《素体》がないだけで、私達の住む世界で、中の機能の方があらゆる部分で関わってる。…というのが、調べたときに出てきた検索結果だ。
「…俺が今から言うことは、友達に聞いた話から繋げただけのただの憶測なんすけど」
「…メカニックタイプ、どっかの研究所でも使われてる“噂”があるらしいんすよ。」
「もしかして、カイが捨てられた理由って、要らなくなったんじゃなくて、あの研究所からの実験とかだったんじゃないかって…」
変な汗が出てくる。カイくんを拾ってもう十分な時間が流れている。夏の暑さと言うには遅すぎた。店主くんは真剣な顔からへらっと顔を崩す。いつもだ。非科学的な妄想を、いつもそうやって信じないで笑ってた。
…そうでもしなければ、もしそうだったら、この事実は残酷すぎる。
っすね!」
「「…それはない
でしょ…!」